人理焼却された世界で転生者が全力で生き残ろうとする話   作:赤雑魚

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邪竜百年戦争オルレアン
開始


「―――――――――ァ!!」

 

 本来、フランスの地には存在しない筈の竜の叫びが響き渡る。

 自分こそが邪悪の顕現だと示すかのように延々と叫び続けている。

 

 竜の息吹が街を燃やしていく。

 夜の闇を、街を呑み込まんと燃え盛る紅蓮の炎が染め上げる。

 

 あらゆるモノを喰らい尽くす空想の産物が街を破壊していく。

 

 その正体はワイバーン。

 竜種の中では下級に属しており、比較的弱い部類の敵性存在。

 

 だが、そんな事は戦うことのできない市民達には関係がない。

 

 焼け落ちる街の中で人々が逃げ惑っている。

 

 泣き出す少女が、地面に座り込んでいる老人が、神に祈る神父が、竜に殺され死んでいく。

 街を守る事を己の職務とする衛兵でさえ、邪悪の象徴を前に武器を取り落とし、為す術なく食い殺される。

 

 それは紛れもなく地獄絵図。

 

 それは一つの終焉の形。

 

 街はすでに崩壊寸前。

 目の前に迫る死の気配を前に人々は皆絶望していた。

 

 

 ――――一人の少女を除いては。

 

 

 長い金髪を後ろに結わえた少女は、小柄なその身には不釣り合いな旗を振るい竜と戦っていた。

 人々に避難を呼び掛けながら、襲い来るワイバーン達に一人立ち向かっていた。

 

「はぁぁァァアアアア!!」

 

 叫びに近い掛け声と共に、男を喰らおうとする亜竜を少女が旗で殴り付ける。

 

 まともに反撃をしてきた少女に怯んだのかワイバーンは逃げていくが、ガクリと少女が膝をつく。

 長時間の慣れない戦闘に加えてワイバーンの反撃による負傷、生前では御旗を掲げる事を主としていた少女では厳しいものがあった。

 

 少女に助けられた男が助けられた礼を言おうとして―――彼女の顔を見て凍りつく。

 男の表情は、まるで亡霊をみたかのような恐怖に彩られていた。

 

 早口で訳の判らない言葉を喚きながら、慌てて男が少女から逃げていく。

 その理由を知っている彼女はどこか悲しい表情をして、それを眺めていた。

 

 少女が弱っている事を察したのか複数のワイバーンが彼女の回りに舞い降りる。

 多少は自分たちに抵抗することが出来るものの、囲んで襲えば勝てると判断したのだろう。彼等の目には獲物を痛め付け、蹂躙できるという歪んだ喜びが浮かんでいた。

 

 少女自身も終わりが近いことを悟ったのかもしれない。力を振り絞り御旗を杖代わりにして立ち上がる。

 

 諦めた訳ではない。

 

 覚悟したのだ。

 

 手も足もまだ動く。ならばまだ戦える。

 確かに自分はここで死ぬかもしれない。だが抵抗することで、一人でも多く避難させるための、時間稼ぎになると信じる。

 

 亜竜が口を開くのを見て身構える。

 

 ―――火炎(ブレス)

 

 無闇に近付かず、痛め付けて弱らせればいいと考えたのだろう。

 群れのボスなのか一際大きな体躯を持つワイバーンが火炎を吹き掛けようと、立ち上がった少女に向かって口を開いて―――。

 

「オラァッ!!」

 

 

 ―――現れた闇を纏った男に首を斬り飛ばされた。

 

 

 頭部を失ったワイバーンの首から噴水のように血が吹き出る。

 そして突然リーダー格を失い、混乱したワイバーン達が少女と男から距離を取ろうとして―――

 

「殺れ、沖田」

 

「了解です。マスター」

 

 同じく突然現れた桜色の少女に一瞬で首を斬り落とされた。

 

 次々と竜の首から血が吹き出し、赤い雨が降り注ぐ。

 

 ワイバーンの作り上げた惨状を塗り替えるような地獄絵図に、少女が唖然としているとマスターと呼ばれた男が彼女に話しかける。

 

「もしかしなくてもジャンヌ・ダルクさんですかね?」

 

「は、はい。その通りですけど―――!?」

 

 返事も終えない内に膝の後ろを掬うようにして抱えあげられる。

 初対面の男性に抱き上げられるという状況をジャンヌが呑み込めないでいると、男は更にとんでもないことを言い出した。

 

「よし逃げるか」

 

「ま、待ってください!! まだ街の人々が―――」

 

「とりあえず森に逃がした。竜の巨体じゃ木々の間までは襲えないでしょ」

 

 若干食い気味に答えられて言葉につまる。確かにワイバーンから逃げる方法としては悪くない。

 ジャンヌが黙ったことを問題なしと取ったのか男は彼女を抱えて走り出す。

 

「じゃあ逃げるんで暴れないでくださいね」

 

「走って!? あの竜たちは馬より速いんですよ!?」

 

 無茶苦茶だ。

 

 確かにもう街の人々はいないようで、何匹かは此方に気付いて向かってきている。

 ワイバーンを一瞬で倒した実力があるとはいえ、街を襲っていた群れに殺到されればどうしようもなくなるだろう。

 

 だと言うのに見慣れない曲刀を握った男は余裕な態度で走っている。

 

「まあリーダー格っぽいのを殺したからしばらくは統率がとれない·····と思う。数匹くらいなら沖田さんが対処してくれるし。あと逃げると隠れるは得意分野だから行ける気がする」

 

 そう言いながら走っている男の身体から黒い靄が溢れ出す。

 それはどこか空虚で寒々しい―――例えるなら闇のような何かだった。

 

『覆え―――』

 

 深い深い漆黒が溢れ出す。

 

 その闇は男を隠し、ジャンヌと桜色の少女を取り込み、遠くから追いかけてくるワイバーン達すらも呑み込んだ。

 

 ようやくワイバーン達の視界に光が戻ったとき。

 

 すでに追いかけていた男たちは夜の闇に紛れて消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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