人理焼却された世界で転生者が全力で生き残ろうとする話 作:赤雑魚
―――夢を視ている。
格安アパートの、ある一室に気付けば立っていた。
うんざりとした溜め息を吐く。生まれ変わって二十と少しの歳月が流れても、一度もこの場所を忘れたことはない。
俺の死んだ場所だから当然かもしれないが。
「そんな目で見てんじゃねえよ······!」
もはや懐かしいとさえ思える声を聞いて、その声の主に視線を向ける。
そこにはあの日殺された俺と、俺を殺した男と、そこに居合わせた母の姿があった。
ある意味、最も古い記憶だ。恐らくは現在の俺の在り方を定めた
そして、それ以上の意味はない。
これが過去の物語の再演である以上、結末は決まっている。
力なき少年が必死に暴力に抗い。そして力及ばずして死んでいく。
それだけの話だ。
得られる教訓は特にない。
世界中の何処でも起こり得る、毒にも薬にもならない話だ。
俺が生命の危機を感じた後に必ず視ることになる、たった一人の孤独なユメ。
今回の引き金は先日の騎士王との一戦が原因だろう。
全くもって腹立たしい。せっかく生き残ったというのに、こんな
ガクリと糸が切れるように力尽き、少年が命尽きる。
それで終わり。
■■少年の物語は幕引かれた。
特に感想は無い。
父親を恨んでいないと言えば嘘になるが、所詮は過ぎ去った事だ。母に対しても女の膂力ではどうにも出来なかったと、そこまでの意思も無かったと納得している。
子供が一人死んだだけ。
物語が一つ終わっただけ。
だがそれを傍観する俺にとって、終わってからが始まりなのだ。
少年が事切れると同時に、世界が暗くなる。
否、闇に覆われた。
世界の隅から闇が溢れ出してくる。
光が掻き消え、音が消え去り、この世界の物が全て崩れ去っていく。
濃密な死の気配が世界中に満ち、あらゆるモノに終わりが近いことを悟らせる。
闇が俺を食い潰すように身体を崩していく。
末端からじわりじわりと這い寄るように闇が俺を飲み込んでいく。
「ひぃっ·············!?」
自分が失われていくという、何度経験しても慣れない感覚に情けない悲鳴を漏らす。
世界から音が消えていく、視界の端から闇が覆ってくる、熱が奪われ身体が寒いと叫び続ける。
この悪夢としか言えない世界の中。
俺は確かに、闇に飲まれて消えた。
■■■■■■■■■■
自分の叫びで目が覚めた。
目覚まし時計の電子音が酷く喧しい。
起きろ起きろと鳴り続ける時計を倦怠感に包まれながらも止める。
時刻は朝六時。
鴻上ヒズミの朝は早い。
「······クソったれ」
ベッドから降り、立ち上がる。
散乱した武器。俺が魔術礼装を製作しようとして失敗した粗悪品の数々だ。俺の作った成功品は幾つか存在するが、その内の一つも騎士王に使いきってしまった。
陰鉄の刀身も砕けたし。
「生きてるだけ安い、か」
だが、その結果が昨日の悪夢と言うのはいただけない。
言葉にして例えるのは難しいが、あの闇に呑まれる感覚は本当に気持ち悪い。
これから先の特異点も命の危険がある以上、何度も視ることになるのかもしれないと思うと気持ちが沈む。
「まあ、得るものは大きかった······のか?」
ゴルフバッグから
ソロモン式聖杯ではない。
それは昨日の内にロマンに預けておいた。
これは冬木にあったもう一つの聖杯。
「いや、違うか?」
もう一つの聖杯ではない。
正しく言うのなら、これこそが本物の聖杯だろう。
本来、魔術師が求めるのはソロモン式聖杯ではなく、冬木製の聖杯なのだから
七つの英霊を殺すことで完成する万能の願望器。
ゆっくりと焼け落ちた冬木での、あの時を思い返す。
セイバーである沖田がカルデアに帰還し俺もカルデアに帰るまで、あの時に三十分程の
なんの事はない。
俺の前に聖杯が現れたのだ。
初めから条件は整っていた。
カルデアの術式を組み込んだとはいえ、冬木の聖杯戦争の召喚陣を利用したのだ。恐らくは沖田も聖杯戦争のサーヴァントとしてカウントされていたのだろう。
なら話は簡単だ。藤丸立香がライダー、ランサー、アサシンを撃破。俺がアーチャー、セイバーを仕留めた。立香と仮契約していたキャスターも、騎士王との戦いで限界が来て消滅したと考えれば納得がいく。
バーサーカーを除いて死んだサーヴァントが六騎、俺達のいた場所は大空洞。聖杯が出現するのに必要な条件は満たしていた。
聖杯戦争の勝者と判断された。
だから俺の前に聖杯は姿を顕したのだろう。
それを見た俺は慌てて聖杯を使ってレイシフトを踏みとどまり。聖杯を持ち帰れるように細工したというわけだ。
所要時間は約三十分。
俺だけ帰って来るのが遅れた時間とピッタリ同じだ。
それ以上はロマン達に何かをしていたと疑われる恐れがあると判断した。
だから俺がソロモン式聖杯を用いて行ったことは最低限の二つ。
限り無く冬木の聖杯に似た
歴史は強制的に修正されるわけではない。要は辻褄が合えばいいのだから、それと似たものを残していけば歴史が変わることはないだろう。
だから冬木の聖杯を持ち帰ることができた。
二つ目は聖杯の封印だ。
遮蔽といった方が正しいかもしれない。端から見れば膨大な魔力の塊だ。普通に持ち帰ればまず間違いなく魔術師とサーヴァントにバレるだろう。
だから隠す。
聖杯の魔力を抑え込むことのできる術式を施した。
それさえ出来れば問題はない。気絶するなどのヘマをしなければロマン達にゴルフバッグの中を覗かれるということもない。
聖杯の複製に遮蔽、両方とも本来なら三流魔術師には不可能なものなのだが。
それでも三十分でなんとかなる辺り、本当に聖杯サマサマだが。
こんな感じで聖杯を入手することには成功した。
だがこの聖杯をおいそれと使うことは出来ないだろう。
FGO軸の世界では聖杯は汚染されていないようだが、物が物なだけに気軽に使うことはできない。
使用するならば本当にここぞという時だけだ。
それまでは切り札としてではなく伏せ札として、ひた隠しにしなければならないだろう。
問題はどのタイミングで使用するかだが―――
「―――まあいいか」
ぽいっとベッドの隅に放り投げる。
今のところは使用の目処が立っていないのだ。あまり頭を使っても仕方がない。
だが間違いなくこの過去最大の聖杯戦争において、俺の奥の手になるだろう。それまでは俺の部屋で保管しておこう。
時計を見るともう7時を回っていた。
そろそろカルデアの食堂が開く頃だ。
ジャージを脱いでカルデア制服に着替える。
今日は休日だ。
炎上汚染都市を攻略した俺達の令呪が回復し、次の戦いに向かえるようにするための準備期間でもある。
まだ人理は救われていない。
そして次の戦いも過酷なものになることだろう。
だからこそ俺はこの僅かな休息を、少しだけの安息を、いつか本当の意味での安寧が訪れることを願いながら過ごすことにした。
――――俺は絶対に生き残る。