人理焼却された世界で転生者が全力で生き残ろうとする話   作:赤雑魚

13 / 23
帰還、邂逅

 意識が浮上する感覚。

 

 幾度となく繰り返した霊子ダイブ。それが終わり、カルデアへと戻るときに感じる独特の浮遊感だ。

 

 電子音が鳴り響き、レイシフトの終了を告げる。

 機械的な音を立てながらコフィンの蓋が開く。

 

 どうやら「自分の棺桶がコフィンでしたー」なんていう、笑える要素が一切ない結果は避けられたようだ。

 

 身体は満身創痍、魔術礼装は破損という大概な状態だが、それでも得られた物は大きかった。

 

 コフィンから出て、ゴルフバッグから黄金に輝く杯を取り出す。

 

 

 ―――聖杯。

 

 

 これが今回の戦利品だ。

 ソロモンが生み出し、無数の特異点にバラ撒いた万能の願望器。人類史を狂わせる役目を果たす最悪の楔。

 

「······流石に使えないか」

 

 冬木では膨大な魔力によって願望を叶えていた聖杯も、カルデアに帰ってからはウンともスンとも言わなくなった。

 魔力が詰まっている感じがするのだが、何を願っても叶えてくれる様子はない。

 

 やはりソロモン式聖杯は特異点という限られた状況下でしか機能しないようだった。

 

 これはこれで上手い使い道があるのかもしれないが、それを考えるのはダヴィンチちゃん辺りだろう。

 

「まあ俺的には爆弾にするのが―――」

 

 そんな物騒な事を考えるていると、何かが猛スピードで突っ込んできた。

 

 というか沖田だった。

 

「マスター!!」

 

「おお!?」

 

 胸に飛び込んできた沖田を抱える。

 

 辛うじて沖田を受け止めることに成功したが、体力的に限界だった俺は為す術なく床に倒れ込む。

 

 倒れた衝撃が全身を貫いた。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 

 『陰鉄』の過剰強化による筋肉断絶、最強クラスの筋肉痛だと思えばいい。そして自分の動きに耐えきれずに罅が入ったり折れたりしている骨に衝撃が響く。

 

 さっきまでは脳内麻薬的なものと、ゆっくり動くことで痛みを誤魔化していた。

 

 だが今の衝撃で、俺の痛みの許容範囲を完全に振り切った。

 

 悶絶必死の苦痛が俺を襲う。

 

「良かった······!! 私はカルデアに来れたのに、いつまで待ってもマスターが帰って来なくて······!! もう会えないかと思いました!!」 

 

 やめろ、ふざけんな。

 

 沖田が俺を抱き締め、柔らかい胸が押し付けられているが堪能する余裕はない。

 

 三本くらい折れている肋骨が悲鳴を上げている。俺も悲鳴を上げている。

 

「やめてぇ!!  やめれぇぇぇえ!!」

 

 やばい、痛すぎて呂律が回ってない。

 あと痛すぎて身体が動かない。あまりにも痛すぎると人間は身体の力が抜けてしまうというのは本当だったようだ。

 

「す、すみません。マスター!」

 

 ぐったりとしたまま狂ったように叫び続ける俺に漸く気付いたのか、沖田が慌てて俺から離れる。

 

 そして身体の力が抜け、沖田という支えを失った俺は床に崩れ落ちる。

 

 再度、激痛。

 

「ア―――ッ!?」

 

 

 

 カルデアに、男の悲しすぎる悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 

「·······すいませんでした」

 

「いや、気にするなって。誰にでも間違いはあるんだし」

 

 俺は廊下を歩きながら、肩を落とす沖田をフォローしていた。なんでだ。

 

 

 ――――あの壮絶な苦痛の果てに俺は医務室へ送り届けられた。

 

 

 ロマンを筆頭に医療スタッフの全力の施術の末、俺は骨折以外は完治という誠に残念な結果に終わった。

 

 怪我を理由に俺はサボり、特異点は藤丸立香達だけで行って貰おうと思っていたというのに。

 

 やはり不意討ちだったとはいえ、初見で騎士王とマトモに戦えていたのは大きかったらしい。

 いくら俺が「もうあいつ等だけで良いんじゃないかな」「礼装が壊れたから無理」「持病の癪が―――!!」「ウンコ漏れそう」と叫んでも、まともに取り合ってもらえなかった。

 

 俺が最前線へ出向することは確定してしまったらしい。

 

「嫌だなぁ」

 

 ぼやきながら歩く俺を見て、ロマンが苦笑いする。

 人類史を救うことができる可能性を持つマスターが見込みなしと言われた新人と悪名高きウンコ垂れだ。その心労、お察しする。

 

「頼むよヒズミ君。レイシフトできる君達だけが頼りなんだ。僕らスタッフも出来る限りの支援を全力でさせてもらうから」

 

 そこまで言われると断りにくいよなぁと思う。

 

 別に俺は人の苦しみを見て喜ぶ愉悦部所属の人間じゃない。

 基本手段がクズなだけで、良いことをすれば気分が良くなるし、悪いことすれば気分が悪くなる。

 

 取捨選択をしたが、他のマスターが死ぬ可能性を減らせるように幾つかコフィンを強化したし。瀕死の所長に代わり重傷を負った人間を冷凍保存する案をロマンに伝えたりもした。

 

 一応、やれることはやってきたのだ。

 あくまで自分の命を最優先にだが。

 

「······死なない程度に頑張るよ」

 

 渋々、承諾する。

 

 結局の所、沖田の願いを叶えるつもりだったので、やらないという選択肢は無かっただろう。

 それに、もし何もしなかったら、世界を救った後に俺の社会的な立ち位置が非常に不味いことになる。レフのテロからも逃げ切り、もう脱糞をする必要が無くなったのにこれではいけないだろう。

 

 まあ騎士王の時みたく特攻しなければ死ぬことはないだろう。

 これからは後ろでカルデアメンバーに媚びへつらう勢いのチキンプレイを心掛けよう。

 

 命を大事にしよう。

 

「いやあ、良かった。じゃあ次は戦力を整えるだけだ!」

 

「ああ、そうだな。狙うは最強サーヴァントだ!」

 

 とりあえず悩みの種は無くなった。

 

 ならば次はお楽しみのガチャタイムだ。

 ロマンと俺はテンションを上げながら、召喚サークルを設置してある研究室の扉を開け放つ。

 

 青く輝く光の円環が浮かぶ室内には、すでに二人の少女がいた。藤丸立香とマシュの二人だ。

 

 何やら話し込んでいたみたいだが、二人とも俺の姿を見て目を丸くする。

 ロマン談だが、俺と沖田が一緒にカルデアに戻って来なかったのはヤバい状況だったとか。ぶっちゃけ特異点の崩壊に呑まれて死んでいたと思われていたらしい。

 

 ははは、驚け小娘ども。

 

「ヒズミ先輩!?」

 

「生きてたんですか······よかった!」

 

「おう、お前らも元気そうで何より」

 

 二人とも所々、ガーゼなどの治療の痕が見えるが大きな傷は無いようだ。

 というか冬木での最終的な重傷者は俺だけだろう。流石に一刀修羅はキツかった。落第騎士のオマージュ礼装だったが負担がヤバすぎましたよ、アレは。

 痛いしもう使いたくないなと心底思う。

 

「本当に良かった·······先輩!!」

 

「おお······!?」

 

 マシュが胸に飛び込んでくる。

 沖田の時と違い、怪我はだいたい治っている。若干あばらに痛みが響いているが、抱き着くマシュの胸の柔らかさに比べれば誤差だ。

 これがマシュのビーストなボディなのか。控えめに言って最高なんですけど。

 

「もう、先輩と会えないかと······!」

 

 しかもマシュってば泣いちゃってるよ。

 おいおい、これはデレ期ってヤツが来たんじゃあないだろうか。

 

 

 

「おお、よしよし。俺はもう何処にも行かないZE☆」

 

 ニカッと笑い、キラリと歯を輝かせる。

 

 今まではカルデアの職員が全員ツンデレだと思わないとやっていけなかったが、遂に俺の時代が到来したか。もう皆俺に惚れちゃっててもおかしくないんじゃないですかね。

 

 そんな事を妄想しているとロマンが咳払いをする。

 

「······こほん」

 

 同時に我に返ったのかマシュが俺を見上げる。

 状況を理解したのか顔を真っ赤にしながらゆっくりと俺から距離をとる。

 

 なにこの娘、超かわいい。

 

「········お見苦しい所を見せてしまいました。すいません、ヒズミ先輩」

 

 駄目だ。こんなの見ちゃったら、マシュを弄らざるをえない。

 というわけでマシュの顔を覗き込み続ける。

 

「ええんや!! 別に気にせんでもええんy―――ウッ!?」

 

 怒ったマシュの拳が俺の腹部を撃ち抜いた。

 デミサーヴァント化はしてないのに、体重の乗ったいい一撃だった。

 

 あばらの痛みに崩れ落ちる俺を尻目に、ロマンが立香達に召喚サークルの説明を始める。

 

「これから君達は七つの特異点にある聖杯を回収し、人理を修復しなければならない。それは過酷な戦いになることだろう。だから新たな戦力の確保として立香君には新たなサーヴァントの召喚をしてもらう」

 

 冬木では思うところがあったのだろう。

 ロマンの言葉を聞いて立香が頷く。

 

 あの時、あと一人でも戦える英霊がいたのなら、騎士王との戦闘も有利な状況で行えたに違いない。

 

「でもどうやってサーヴァントを召喚するの? 私ってカルデア礼装の治癒魔術しか使えないんだけど」

 

「心配ないよのび太くん! 何故ならカルデアのサーヴァント召喚は猿でも出来るからな!」

 

 ダミ声で叫びながら、ゆっくりと起き上がる。

 

 立香に「なに言ってんだこいつ」みたいな目で見られるが俺は気にせず続ける。 

 

「カルデアが独自に精製した聖晶石という魔術媒体を、そこの召喚サークルに三つくらい投げ込めば勝手に召喚してくれるのさ」

 

 本来なら聖晶石をいくら注ぎ込んでも召喚成功率が一割を切るという惨状だったが、今は違う。

 

 チラリと、召喚サークルの下に設置されたマシュの大楯を見る。

 

 これは実は盾ではなく、真名を『いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)』と言う()()だ。多くの英雄が集ったこの円卓は『英霊を集める』という性質を持ち召喚を安定させることができる。

 

 このお陰で召喚成功率が大幅に上昇したとロマンが言っていた。

 

「······うん、わかった。サークルの中に投げ込めばいいんだよね?」

 

 ロマンから石を受け取った立香が最終確認をとる。少々緊張しているようだ。まあ過去の偉人を呼び出すのだから緊張するのは当然だろう。

 

 だがまあ、ここで止まっていても話が進まないので、さっさと召喚を促す。

 

「そうだ、あくしろよ」

 

「·······わかってますよーだ!」

 

 多少は緊張が解れたのだろう。べえ、と立香が舌を出し、石を入れる。

 

 サークル内に八つの光球が浮かび上がる。

 

 青く輝くそれは高速で回転し、三つの円環を形作る。

 

 魔力の風が吹き荒る。

 

 光が溢れ出し、眩しさに顔を腕で覆う。

 

 サークルの中心に魔力が集中し、召喚される英霊の存在感が強まっていく。

 

 召喚は成功だ。問題は何が出てくるか。

 

 今のところ、カルデアに聖晶石の予備はない。なのでカルデア職員が全力を上げて精製している所だ。

 

 何が言いたいかというと、使えるサーヴァントが出るまで回し続けることができないのだ。つまり役に立たないサーヴァントが出ても諦めるしかない。

 

 いや、役に立たないならまだいい。

 

 だが存在自体が害悪みたいなサーヴァントも一定数いるのがfateだ。名前は出さないが全力で遠慮したいサーヴァントが俺には数人存在する。

 

 

 ―――ヤバいのが出たら逃げよう。

 

 

 立香を身代わりにすればなんとかなるだろう。どんな奴とでも仲良くなれる主人公だ、最悪でも殺されはしないだろうし。

 

 俺が逃げる算段を立てていると、サークルの光が収まり、風が止む。

 

 空間の魔力が安定した所を見るに、サーヴァントが召喚されたようだ。

 怖さ半分、期待半分で呼び出された英霊を見る。

 

「いったいどんな奴が―――」

 

「―――問おう、貴方が私のマスターか」

 

 

 

 

 

 

 ―――俺は全力で逃げ出した。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。