人理焼却された世界で転生者が全力で生き残ろうとする話   作:赤雑魚

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終わり

 轟音と破壊が撒き散らされる。

 

「痛っ·····!?」

 

 爆発と共に散らばった手榴弾の鉄片が、掲げていた腕に突き刺さる。

 

 出来る限りの距離をとっておいたが、やはり遮蔽物がないと厳しいらしい。それでも致命的な傷を負っていない辺り運が良い。

 

 

 ―――寸鉄魔(ペリル・ポイント)

 

 

 使い捨ての魔術礼装だ。材料はマナプリズムと霊体に効果がでるように処理をした鉄片。

 圧縮したマナプリズムを火薬代わりに鉄片をぶち撒ける単純なものが、かなりのマナプリズムを消費して作った物なので結構な威力が出る。霊体に効くように魔術的な処理を施した鉄片を仕込んであり、至近距離で使用すればサーヴァントを殺すくらいには威力が出る。

 一つ1000マナプリズム。作ったのは四個。ダヴィンチちゃんからパクったりして色々頑張ってやりくりしたのだが全部使いきってしまった。

 

 

 

 ―――だが、まだ戦いは終らない。

 

 

 まだ風は止んでいない。

 

「······うっそだろおまえ」

 

「アァァァァアアアアアアアア!!」

 

 暴風と絶叫が駆け抜ける。

 

 爆炎と砂煙を押し退け、騎士王が姿を現す。

 

 傷だらけになりながらも、血塗れになりながらも、それでも騎士王は立っていた。

 

 マナプリズムが燃料である以上、手榴弾の熱と炎は魔術的なものだ。三騎士には対魔力で防がれることを想定していたから、サーヴァントを殺す為の鉄片を仕込んでいたというのに。

 

 魔力放出で防御したのだろう。咄嗟に使用した為に完全には防げなかったようだが。

 

 だが俺ももう限界だ。

 

「ゴホッ········!?」

 

 咳き込むと同時に血を吐き出す。

 

 魔術礼装『陰鉄』による全魔力を注ぎ込んだ自滅に等しい自己強化。血管が裂け、筋肉は断裂。咆哮のせいで喉はがらがら声だし、超高速思考の影響で脳に負担が掛かって頭が痛い。体力を使いきったのか身体に力が入らない、魔力は少し残っているが、切り札の手榴弾を使いきってしまった。

 

 全てを投げ打つ覚悟で挑んでこの様。

 

 これが凡人と英雄の差。

 

「私の、勝ちだ······!!」

 

 流石に手榴弾を直に食らったのは痛かったらしい。僅かにふらつきながら騎士王が叫ぶ。

 未だ騎士王に死の気配は無い。聖杯のバックアップによって完全回復するのも時間の問題だろう。

 

 既に勝利し、手榴弾の脅威も過ぎ去った。故に騎士王が魔力を放出するのを止める。

 

 暴風が止まる。

 

「ああ······俺の敗けだ」

 

 出来る限りの手段を使い、騙し、欺き、不意討って戦った。

 魔力は枯渇寸前、身体はまともに動かない。立ち上がれずに座り込んでいる状態だ。

 

 英雄と凡人

 

 強者と弱者

 

 勝者と敗者

 

 未だ倒れぬ騎士王と、立ち上がれない俺。

 

 誰が見ても一目瞭然、議論の余地など一切挟めるはずもない。何も言えないし、言うこともない。全力を尽くして俺は敗けた―――ただそれだけのことだ。

 

 勝者は生き残り、敗者は死ぬ。

 

 戦いの不文律を実行しようと騎士王が俺に歩みより―――剣を振り下ろす。

 

 『陰鉄』を使用しているわけでもないのに、世界がゆっくりに見える。

 

 先にあるのは間違いなく死だ。防御(ふせ)ぐ余裕も、逃げる余力も残っていない。

 

 

 

 ―――だが騎士王、お前は知らない。

 

 

 

 俺が手段を選ばないクズだということを。

 そもそも、俺はお前相手に勝てると考えるような殊勝な奴じゃない。

 人理が焼却される事を悟ったあの日から、勝利、尊厳(プライド)、社会性なんぞは投げ捨ててきた。

 

 騎士王、お前には見落としている。

 

 俺が後生大事に令呪を一画だけ残していたことを。

 お前を爆破した瞬間(とき)に生まれた一瞬の空白、そこで俺は最後の令呪を切った。『騎士王に気付かれぬよう接近しろ』とセイバーに命令した。 

 

 騎士王が俺の()()()使()()()()()右手に気付き、目を見開く。

 

「まさか―――!?」

 

 ああ、そうだ。

 

 俺の目的は最初から一ミリたりともブレちゃいない。俺の実力で騎士王を倒せると思った訳でも、ましてや傷付いたセイバーに情が移った訳でもない。

 陰鉄も、手榴弾も、全力の攻撃も、すべては沖田総司の奇襲に繋げる為の布石に過ぎない。

 

 俺は敗けた。

 

 だがセイバーは、沖田総司は敗けちゃいない。

 

 縮地による高速移動で沖田がセイバーに接近する。傷が完治し、令呪による瞬間的な強化が入った今ならば―――騎士王の魔力放出による防御すら突破できる。

 

「殺れ! 沖田ァ!」

 

「無明―――」

 

 沖田が剣を引き絞る。

 

 背後から迫る脅威に気付いたのは直感か、それとも膨大な戦闘経験か。  

 剣の軌道を変遷し、沖田を迎え撃つ。

 

 魔力放出による超加速。

 それは本来間に合わないはずの迎撃を容易く可能にする。

 

 セイバーの剣が自分に届く前に、武器ごと相手を切り捨てる。

 それが騎士王が直感によって導き出された、勝利へと繋がる最善の一手。そして魔力放出によって騎士王の剣速はセイバーの剣速の一歩先を行く。

 

「終わりだ······!!」

 

 勝利を確信した声。

 事実、もうセイバーには騎士王の剣速を上回る方法はない。俺もセイバーを助けられるだけの余力は残っていない。

 俺とセイバーの全力では、あと一歩足りない。

 

 だから頼んだ。

 

 ここぞと言うときの援護を、彼に頼んだ。

 

「―――お返しだ」 

 

 キャスターの声が響き渡る。 

 藤丸立香の治癒魔術と持ち前の戦闘続行スキルによって行動可能な状態へと持ち直した彼ならば、沖田総司を支援できる。

 

 魔術では対魔力で防がれる。

 

 故に彼は杖を撃ち放つ。そもそも彼はランサーとしての適正がある英霊だ。たとえ満身創痍であったとしても、狙った的は外さない。

 

 無論、キャスターが投げたそれはただの杖だ。あの名高い朱槍ではない以上、致命傷には至らない。

 

 だが杖に撃ち抜かれ騎士王が姿勢を崩し、一瞬だけ隙ができた。

 

 一瞬の空白

 

 僅かな猶予。

  

 それだけあれば十分だ。

 

 沖田総司には十分過ぎた。

 

 「平晴眼」の構えから、彼女の秘剣が放たれる。

 

 壱の突き、弐の突き、参の突きが同時に同じ位置に存在するという矛盾によって引き起こされる事象崩壊。あらゆる物質を問答無用で破壊する、事実上「防御不能」の魔剣。

 

「―――三段突き!!」

 

 斯くして彼女が放った究極の一は鎧を容易く食い破り、騎士王の霊核を正確に貫いた。  

    

 

 

 

 

  

■■■■■■■

 

 

 

 

 

「―――見事だ」

 

 騎士王が呟く。

 霊核を砕かれてなお立ち続けるその姿は、敗けてなお勇壮だった。

 

「聖杯を守り通す気でいたが、負けた以上とやかくは言うまい」

 

 霊核を砕かれ、残された時間が少ないのだろう。光輝く粒子となり、世界に溶けながらも俺たちに向かって話続ける。

 

「だが心得よ、グランドオーダー―――聖杯を巡る戦いは、まだ始まったばかりだという事をな」

 

 それだけを言うと騎士王は消えてしまった。

 

 拍子抜けするほどアッサリと、まるで最初からいなかったようだ。

 身体が満身創痍でなければ夢だと錯覚してしまいそうになるほどに。

 

「先輩!」

 

「ヒズミさん!!」

 

 立香とマシュが駆け寄ってくる。

 すでにキャスニキは退場したようだ。彼の姿はもう何処にも見当たらない。

 

『お疲れ、ヒズミ君。まさに面目躍如だ。皆驚いてるよ!!』

 

「ああ、ありがとう。ロマン」

 

 通信機から喝采の声が聞こえてくるが、素直に喜べない。騎士王を倒せたとはいえ、人類史に打ち込まれた特異点は幾つも存在するのだから。

 

 というか、本当に特異点を全てどうにか出来るまで生き残れるのだろうか。毎回こんな調子で前線出てたら死んじゃう気がするんだが。

 

 あと、俺にはまだやるべき事が残っている。

 

「沖田、急いで聖杯を持ってきてくれ」

 

 セイバーに命令し、聖杯の回収を促す。

 

 そろそろ魔力が限界だ。このままだとセイバーの現界させることすら危うい。聖杯さえあれば魔力の回復くらいなら容易いはずだ。

 

「はい。マスター!」

 

 契約を結んでいたのだ、魔力の限界を察していたのだろう。セイバーが聖杯に向かって駆け、回収して戻ってくる。

 

「ありがとう」

 

 短く感謝を述べ。聖杯を受けとる。

 

「おお······」

 

 身体に魔力が満ちていく。さっきまで枯渇する寸前だった魔力が戻り、『陰鉄』の使用によって使いきった体力も少しずつ回復しているようだった。

 

 ゆっくりと立ち上がる。

 

 握っているだけでこれだ。聖杯のチートさを改めて実感した。

 そんなチート持ちの騎士王をよく倒せたもんだと思う。不意討ちに近い形で畳み掛けたとはいえ、一歩間違えれば俺はミンチになっていただろうに。

 

 

「―――聖杯を持っていかれるとは、少し遅かったな」

 

 

「出たよ······」

 

 気付けばそこに奴がいた。

 

 レフ・ライノール。

 

 カルデアをテロった張本人。ソロモンの手下にして、恐るべき魔神の一柱。

 一流の魔術師であり。カルデアの研究で最も大きな成果を上げた人物でもある。

 

 ある意味、俺が騎士王以上に会いたくなかった相手だ。

 

「マスター、後ろへ······後ろへ下がってください!!」

 

 マシュが大盾を構え、立香を後ろへと強引に下がらせる。

 セイバーは静かに俺の一歩前へと進み、剣を抜き放つ。

 

「ど、どういうこと!? あれ、レフさんでしょ!?」

 

「あれは人間じゃない。さらに言うと、奴は今回のテロの下手人だ」

 

 状況を呑み込めずに混乱する立香に、短く説明を入れる。

 それを聞いたレフがほうっと声を上げる。

 

「君には驚かされっぱなしだよ。鴻上ヒズミ君。まさかサーヴァントでもない人間が、精々二流の魔術師ごときがそこまで気付くとは!」

 

 ニコニコと笑うが目が笑っていない。

 今まで何度も目にしてきた、嘲笑うような、蔑むような、そんな目だ。俺を見ている時だけ嫌悪が混じっていたのは、奴の前で脱糞した回数が多かったのが理由だろうか。

 

「さては予想より死者が少ないのも、君が何かをしたのかね?」

 

 そうです。

 優秀な人材を何人かピックアップしておいて、その人物のコフィンだけ爆破に耐えれるように、簡単な魔術で強化しておきました。

 

 優秀な奴が生き残れば、俺は前線出なくてもいいかなーという、安易な思考からの行動だったのだが―――見事に失敗した。

 

 まあ俺程度の遠隔魔術では気休め程度でしかなく、所長の即死が瀕死になったくらいの違いしか出なかった。おそらく今頃、所長も他の職員と一緒に仲良く冷凍されているんじゃないだろうか。

 

 まあ、素直に認める訳にはいかないだろう。レフに警戒されるのは避けたいし、ロマン達に転生した事を隠して説明できる自信がない。前世の記憶があるとかワンチャン実験対象にされかねない。

 

 故に全力でとぼける。

 

「いやいやいやいや、この状況でその発言。もう自分が犯人だって認めてるじゃないですかぁ! てか自分のやったこと解ってます? 職員爆破とか、流石の貴方でも免職だけじゃ済みませんよ?」

 

「······ふん、まあいいだろう。時間もここまでのようだ」

 

 たいして興味もなかったのだろう。レフは特に追及してこなかった。

 まあ彼方からしてみれば、そのうち存在すら無かったことになる生き物なのだから当然か。

 

 すでに特異点が崩壊し始めている。

 

 世界そのものに死の気配が満ちているのを感じる。騎士王が聖杯を使っていたからこそ保っていられた特異点だ。聖杯を手に入れ、何も願わなかった以上、崩れさるのは必然だった。

 

 ロマン達が現在、職員を総動員してカルデアにマシュと立香を戻そうとしているところだ。特異点が消滅してしまうと、中にいる人間がどうなるか解らないのだから当然だろうが。

 

 下手しなくても死ぬ可能性は十分あるのだから。

 

「あー······」

 

 まあ彼女達がレイシフトするまでの間なら、少しだけ使っても問題ないだろう。ソロモン式聖杯に特異点の安定を願う。

 

『ヒズミ君!? ······いや、助かった! 彼らが消えるまで維持をしてくれ!』

 

「はい了解」

 

 まあ俺は願うだけで、維持は聖杯がしてくれるのだから別に構わない。

 

 て言うか本当に万能だなこれ、原作のストーリーから察するに他の特異点では使用できない事が非常に悔やまれる。

 

 一瞬、身体の負傷を治すことも考えたが、この怪我を口実に特異点攻略をサボれるかもしれないので止めておいた。

 

 マシュと立香がカルデアへ帰還し、俺の番が回ってきた。

 身体が引っ張られるような感覚と共に、身体が薄れ消えていく。となりにいる沖田も一緒にだ。

 

 これが特異点からの脱出なんだろう。

 

 ようやくだ。

 

 とりあえず帰ったら医務室に行くべきだろう。聖杯の魔力で治癒を行い微妙に回復してきたが、俺はいまだに満身創痍なのだから。

 俺は基本的に『強化』以外は得意じゃないのだから。

 

 そんなことを考えていると、唐突に沖田が口を開いた。

 

「ありがとうございます、マスター。私の願いを聞いてくださって」

 

 願い、というのは最後まで戦い抜くことだろう。

 俺が最後に沖田に止めを頼んだ事を言っているのだとしたら、心苦しいところがある。 

 

「あー、うん。まあ不意討ちしかさせてないけど」

 

 本当に不意討ちしかさせてないんだよなあ。

 一応、三段突きの後に高確率で病弱が発動するらしいが、それもやはり運なんだろう。どうにか沖田の強さを安定させる手段があればいいのだが。

 

「それでも、私は嬉しかったです」

 

 穏やかに彼女が笑う。

 

 きっと騎士王を倒して気が緩んでいたのだろう。

 沖田の微笑む顔を見て、それを俺は何よりも美しいと思った。

 

 魅入って。

 

 見惚れて。

 

 言葉を失った。

 

 そうやって呆けて立ち尽くす俺に、彼女は悪戯っぽい表情を浮かべ、ふふっと微笑みながら答えた。

 

「今度、お礼をさせてくださいね!」

 

 身体は満身創痍、全身が痛い。

 頑張って作った礼装はほとんど失った。カルデアでの評価は最低だし、誰からも嫌われていた。

 

 だが、それでも。

 

 今の俺の心は、確かな充足感に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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