人理焼却された世界で転生者が全力で生き残ろうとする話   作:赤雑魚

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全力

 大気を震わせる絶叫が響き、騎士王の顔に拳がめり込む。

 メキリと骨が砕ける音が腕に伝わるが無視して全力で振り抜く。

 

「オラァ!!」

 

 人外の領域に踏み込んだ一撃に騎士王が吹き飛ぶ。

 

 致命傷には程遠い。彼女は魔力放出で体勢を立て直し、地面に轍を刻みながらも踏みとどまる。

 聖杯による魔力の無限供給によって受けた傷も即座に回復する。先の攻撃で砕けた頬の骨も瞬時に完治している。

 

 だが騎士王は、サーヴァントでもない男から受けた一撃で目に見えて狼狽していた。

 

「なん―――」

 

 言葉は続かない。

 

 即座に俺が剣を振り抜きながら接近していたからだ。

 その普通では有り得ない速度に騎士王の対応が再び遅れる。

 

 暴風じみた剣撃が乱舞する。技量を度外視した力任せの斬撃が騎士王に殺到する。反射的に聖剣で受けるが力で押され、再び拳を打ち込まれる。

 

 間違いなく、俺は騎士王を上回っていた。

 

「なんなんだ、貴様は―――!?」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――普通の人間が英霊と戦うのは無理がある。

 

 

 それが俺が、鴻上ヒズミが武術を習った段階で出した結論だった。 

 実際の所、そんなことはやる前から解りきっていたのだが。それでも戦争などのある時代に向かう以上、最低限の護身術は身に付けておきたかった。

 

 無論、生身でサーヴァントと戦える人間も存在しない訳ではない。

 英霊エミヤの戦闘経験を受け継いだ衛宮士郎。暗殺拳の使い手である葛木宗一郎。封印指定の執行者バゼット・フラガ・マクレミッツ。防御に徹するなら両儀式も戦える。

 

 だがどの人物も卓越した戦闘技能があるということが前提だった。

 型月世界に転生したことに気付いてから慌てて近所の道場で剣術を学びだした俺では、彼らと同じ領域に立つのは無理があった。

 

 だが万が一、敵のサーヴァントや魔獣と向かい合った時に戦えないでは済まされない。主人公達は死ななくとも、鴻上ヒズミという脇役が死ぬことは十分有り得るのだから。

 

 だから必要になる。自分だけでも戦える力が必要だ。

 

 自分の戦闘技術では足りない、ならば戦えるようになるだけの魔術礼装を造り上げるしかない。

 自分の家系では凝った魔術礼装を製作することはできない以上、俺が最も基礎的な魔術『強化』に注目するのは必然だった。

 

 

 自己強化型魔術礼装『陰鉄』

 

 

 それが名刀・菊一文字の柄を改造し生み出した、俺の魔術礼装の名だった。

 効果は極めて単純。使用者が指定した肉体の部位と性能を、魔力量に比例し最高効率で強化する。

 

 身体の強度を、筋力を、視力を、聴覚を、嗅覚を、反射神経を、脳の思考速度を指定し、強化する。ただそれだけの性能。

 だがそれだけで十分だ。

 

 衛宮士郎、葛城宗一郎、バゼットは、素の身体能力で英霊達と渡り合えていた。

 ならば自分の身体能力を引き上げれば? それも己の魔力を数分で使いきる勢いで魔力を消費すればどうなる?

 

 答え。

 

 

 ―――英霊と渡り合える。

 

 

「ラアアァァァァァァアアアアアア!!」

 

 大空洞に響き渡らんばかりの絶叫と共に、剣撃と拳撃が騎士王に殺到する。

 

 剣を受け止め体勢を崩した所に拳が打ち込まれる。

 剣の技量も、体術の心得も何もない。ただの上昇したスペックによる力押し。

 

 依然として聖杯による魔力の無限供給は続いている。即座に回復するのだ、打撃程度のダメージなど無いようなものだ。

 

 だが、サーヴァントでもない男に、自分を侮辱した魔術師に押されているという事実が彼女のプライドを傷付けた。

 

「ラアアァァァァァァアアアアアア!!」

 

「―――喧しい!!」

 

 魔力放出で己の膂力を底上げし、剣を打ち払う。

 鴻上ヒズミが己を強化するように、騎士王もまた魔力放出で己をブーストする。そして互いに魔力による力押しになった以上、聖杯を持つ騎士王が有利。

 

 即座に彼女が反撃に転じる。

 魔力放出によってブーストされたその動きは容易く俺を上回る。

 

 剣を弾かれ動きを止めた俺に聖剣が降り下ろされる。

 刀で防ぐ事は叶わない。名刀とは言えど古いだけの刀、聖剣をまともに受け止めようとすれば刀ごと両断される。

 

 防御は不可、絶対の危機。

 

 

 

「―――そこだ」

 

 

 さっきまで叫んでいた男とは思えないほど冷静な声が大空洞に響く。

 

 

 なるほど、騎士王の魔力放出は現在の身体強化を上回る。

 だが、俺の身体強化は思考速度にすら作用する。高速化した思考の影響で緩やかに流れる世界の中、彼には騎士王の攻撃が見えていた。

 

 降り下ろされる聖剣が見えていた。

 

 そして見えているならば、本来は不可能なことも可能とする。

 

「―――フッ!!」

 

 呼気と共に聖剣の刃の側面を、刀を握っていない方の手で()()退()()()

 

 標的を見失った漆黒の刃は地面に突き刺さり。渾身の一撃を避けられた騎士王は再び体勢を崩す。

 

 最大の好機。

 

 攻防は反転する。

 

 俺が振るうのは拳ではなく、名刀・菊一文字。威嚇の拳ではなく致死の刃。いかに聖杯と言えど、首を跳ねれば騎士王も回復は出来ないはず。

 

 騎士王の首に刃が迫る。その時だった。

 

 

「―――認めよう」

 

 

 そう呟いた彼女から暴風が吹き荒れる。

 

 全方位に向けた加減抜きの魔力放出は大した防御手段を持たない俺を容易く吹き飛ばす。

 

「クソッ······!!」

 

 苦々しい表情で悪態を吐く。

 

 上手く着地はできたものの。騎士王を仕留めるチャンスを逃したのは痛い。彼女が本気を出す前に倒しておきたかった。

 

 大きく開いてしまった距離の向こう側で騎士王が話しだす。

 

「お前を侮っていた。取るに足らぬと、所詮は有象無象の類いだと思っていた。だが、お前は強い」

 

 ポタリポタリと騎士王の左腕から血が滴る。

 

 俺は騎士王の首を断つことは出来なかったが、吹き飛ばされる瞬間、強引に剣の軌道を変えて左腕を切り飛ばした。まあ聖杯で回復する以上、生えるのも時間の問題な気がするが。

 

「······そうかよ」

 

 あと普通なら褒められて喜ぶが、騎士王の首を刎ね損ねたのが痛すぎてそれどころじゃない。魔力の残量も残り少ない。

 

 騎士王の圧力が増していく。

 

「―――故に私も全力で応えよう」

 

 聖剣が黒く輝く。

 おそらく次で決めに来る。

 

 だが好都合だ。こちらも限界が近い。

 

 ゴポリと口内に溢れた血液を吐き出す。

 

 『陰鉄』による強化は完璧じゃない。

 

 俺という魔術師が初めて作った魔術礼装には粗がある。調整を何度か行ったのだが、人体の強引な強化はやはり無理があったようだ。身体強度そのものを強化して誤魔化していたが、所々の強化の綻びから身体を破壊していた。

 

 一応回復力も強化出来るのだが騎士王相手に使っている余裕はもちろんない。

 

 俺の身体の内部はすでにボロボロだった。

 

 だが、ここで強化を止める選択肢は無い。

 

 静かに菊一文字を構える。

 

 左手を欠損している今こそが最大の好機。

 是が非でも、ここで騎士王を仕留めるしかない。

 

「精々応えてくれよ。だが俺は魔術師。外道非道はお手のもの、正々堂々真正面からお前を不意打たせてもらおうか―――!」

 

 騎士王が薄く笑い、黒く輝く聖剣を掲げて高らかに宣言する。

 

「良いだろう! 我が名はアルトリア・ペンドラゴン! キャメロットを治めた聖剣の担い手なり! 貴公の名を名乗れ!」

 

「カルデア戦闘員、鴻上ヒズミ。―――お前を殺す者だ」

 

 自己強化型魔術礼装『陰鉄』残り稼働時間約180秒。

 

 分換算にしておよそ三分。

 

 供給魔力量を変更。

 

 活動に用する魔力を全て注ぎ込み一分に凝縮する。

 

 敵を撃滅せよ。

 

 ―――術式解放『一刀修羅』

 

 身体に力が満ち溢れる、視界は極彩色に広がり、音が空間を把握させる。思考は加速し世界は緩やかに停滞へと近付いていく。

 

「―――来い」

 

「――――――!!」

 

 地面を踏み砕くような踏み込みで加速する。

 十メートルはあった距離を一足で駆け抜け騎士王へと接近する。

 

「―――卑王鉄槌」

 

 黒の極光が横凪ぎで放たれる。

 真名解放時ほどの出力はないが、その威力は人間一人を破壊し尽くして余りある。

 

 だが、当たらなければどうと言うことはない。

 

 地面を這うように聖剣の極光を潜り抜けて、接近する。

 

 容赦はしない。

 騎士王の未だ使い物にならない、左腕の方向から斬撃を叩き込む。

 

 白刃が彼女の首に届く刹那、聖剣で受け流される。

 

 騎士王は第五次聖杯戦争でスペックで己を上回るバーサーカーとも渡り合える技量を持っている。動揺、あるいは慢心を捨て去った以上、力任せの攻撃であるならば御するのは容易い。

 

 

「ラアァァァァァァアアアアアア!!」

 

 銀の剣閃と黒の剣閃が交差する。

 

 俺が打ち込み騎士王が捌く。

 

 実力は拮抗しているように見えるが、追い込まれているのは俺だった。

 

 

 ―――痛い。

 

 

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!

 

 無理な強化が体を壊していく。

 

 身体中の血液が沸騰しているみたいだ。頭が割れそうに痛む。筋肉が断裂した。鼻から血が垂れる。身体から血が吹き出る。

 

 全身が悲鳴を上げている。

 

 これ以上戦うなと叫び続けている。

 だが止めることは出来ない。強化を解き、騎士王との剣戟から逃げれば間違いなく殺される。

 

 更に悪いことは重なる。

 

 

 ―――パキン。

 

 

 あまりに軽い音をたてて、菊一文字の刃が砕け散った。

 

 間違いなく聖剣との打ち合いが原因だろう。強度を引き上げ、まともに切り結ばないように扱っていたが―――遂に限界が来た。

 

 そして攻守が入れ替わる。

 

 ()()()()()()()騎士王が両手で剣を振りかぶる。

 

 ―――極光は反転する。

 

 騎士王を見上げる。

 

 聖剣が黒の極光を纏っている以上、手で払うことは不可。回避しても即座に二撃目が来る。

 『陰鉄』の稼働時間も残り二十秒を切った。身体も十全には動かせなくなってきた。

 

 俺自身に死の気配が這い寄ってくる。

 

 だがまだ終わっていない。

 柄が本体である『陰鉄』は()()()()()()()

 

 ―――肺活量強化

 

 ―――発声器官強化

 

 ―――鼓膜強度強化

 

 息を全力で吸い込む。

 

「卑王鉄―――」

 

 そして、解き放った。

 

「■■■■■■■■■■■■ァ!!」

 

 咆哮が、大空洞に響き渡る。

 

 地面が砕け、俺と騎士王を中心に同心円状の砂模様を描きあげる。最早それは音響兵器に近い。

 

「ぐぁ······!?」

 

 直に咆哮を聞いた騎士王の耳から血が吹き出る。平衡感覚を失いよろけ、ふらつく。だがそれも一時期なものだ、聖杯がある以上、騎士王の回復に制限はない。

 

『覆え―――!!』

 

 『闇』を展開する。俺と騎士王を中心に夜の帳が降り、視界が零になった瞬間、全力へ後ろへと跳躍する。

 

 騎士王が聖剣の極光で切り払い掻き消されるが、問題ない。隙は見えた。

 

 俺は柄を、『陰鉄』を騎士王に投げつける。

 強化は解除される。世界の流れは等速に戻り、限界を迎えた俺はあっさりと崩れ落ちる。

 

 騎士王の目が見開かれる。

 

 奴の行動が理解出来ない。

 

 自ら勝機を捨てるような愚行に戸惑い、飛来する『陰鉄』を避けようとして―――

 

『置換』

 

 刃折れの剣と同質量の三個の手榴弾に置き換わった。

 

 置換魔術。

 

 エインワーズ家には足元にも及ばない、ごく基本的な物質置換。だが、俺の持つ最も高威力の攻撃を撃ち込む為の最適解だ。

 

「しまっ―――」

 

寸鉄魔(ペリル・ポイント)

 

 力ある言葉によって爆弾が起動する。

 

 一つでもエミヤが防がざるをえないと判断する爆弾が三つ。騎士王の眼前で炸裂し、轟音と破壊を撒き散らした―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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