人理焼却された世界で転生者が全力で生き残ろうとする話 作:赤雑魚
「嘘だろ······!?」
腕の中でぐったりと動かないセイバーの傷から血液が溢れ出す。
浅葱色の羽織が真っ赤に染まり、セイバーが非常に危険な状態ということを理解する。
這い寄るように死の気配がセイバーにまとわり憑いている。
視ることのできない不確かな
―――このままだと間違いなく死ぬ。
早急な処置が必要だ。
「悪い、セイバー·····!!」
迷ってる場合じゃない。
短く謝罪し、治癒の魔術を行使する。
セイバーの傷が癒しの緑光で包んでいく。だがこれは最低限の応急処置に過ぎない。カルデア礼装の燃費が悪いのだ。セイバーの傷を完治させようとするには魔力の消費が激しすぎる。
故にセイバーが死なない程度に魔術を維持する。同時に彼女の帯を緩め、服をずらして傷口を露出させる。
「······ッ!」
セイバーの透き通るような肌の上に、大きな傷が張り付いているのを直視する。
初めて重傷を見て吐きそうになるのを堪える。
聖剣の一刀は、セイバーの傷は肩から腰にかけて伸びるように走っていた。
完全に身体を切断したのだろう。右肩の断面が僅かに覗く。
こんな状態での戦闘は不可能、現界できている事すら奇跡に近い。
騎士王を視界の端で捉える。
俺達にまともに戦えるサーヴァントが残っていないことを理解しているのだろう。ゆっくりと歩きながら此方に向かってきている。
「マシュ、時間を―――」
稼いでくれ、と言おうとして―――言葉に詰まる。
「わ、わかりました、ヒズミ先輩―――」
彼女の体が、膝が、何より声が震えている。
明らかに戦うこと恐怖していた。
当然か、味方をあっさり倒した騎士王と一人で戦えと言われたのだ。喧嘩もしたことがなかった少女に強制するには無茶が過ぎる。
俺だって嫌だ。
「―――いや、行かなくていい」
騎士王に向かおうとするマシュを止める。
どうせ行ったところで無駄死にだろう。
藤丸立花の様子を見るがこっちと似たようなものだ。動けないキャスターを彼女は全力で治療していた。
いよいよ手詰まり、もうほとんど手は残されていない。
焦燥が胸を焦がす。
思考が回らない。
死にたくないという思考が脳を埋め尽くしていく。
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタク―――。
「―――マスター······」
クイッと、襟を弱く襟を引っ張られ正気に戻る。
セイバーが目を覚ましていた。
「セイバー!?」
目を見開く。
あの出血量では死んでいてもおかしくない。少なくとも衰弱しきっていた筈なのに。
「私は······まだ······戦えます······! お願いします······なんでも、します······だから······!」
涙を流し、血を吐きながら彼女は叫ぶ。
そこには苦しみが、悔恨が、怒りが、悲しみが満ちていた。
目を覚ましたのは執念だろう。
―――最期まで戦い抜くこと。
彼女の、沖田総司の願いはここまで強かったのか。
動けなくなっても、戦えなくとも、死にかけたとしても。それでも彼女は戦いを求めている。
仲間への、新撰組への負い目が彼女を戦いへと駆り立てる。
俺にはそれが正しいのか、間違っているのかは分からない。
ただ、彼女がまだ諦めていない事だけは理解した。ならば、沖田総司のマスターの俺も諦める訳にはいかない。
だから俺は沖田の意思を理解した上で、騎士王を倒すことを絶対の条件と定め、何より生き残る事を前提として沖田総司にこう告げた。
「駄目だ、次の命令まで待機しろ。だから―――今は休め」
「ます、たー·······わたし、は······!」
もともと気合いで意識を保っていたのだろう。セイバーは弱々しく俺を呼びながら再び気を失った。
あとで怒られるかもなぁ、なんて考えながら右手を掲げる。
『令呪をもって命ずる。全快しろ、セイバー』
円形の紋様をした令呪が紅く輝き、その効力を発揮する。
三回だけの絶対命令権は使い方次第で、様々な奇跡を起こすことができる。今回は傷を癒すことに絞ってセイバーを回復させた。
セイバーの呼び戻しに一画、回復に一画。
令呪の残数、残り一画。
いよいよ後が無くなってしまった。新人マスターの藤丸ちゃんもこれまでの戦いで使用したのだろう、キャスターを呼び戻したので最期だった。
「―――解せんな、意識がある間に回復させれば再び戦えたはずだ」
俺の行動に疑問を持ったのか、騎士王は歩みを止めていた。
まあ、彼方としては戦力になるサーヴァントがいないのが大きな理由だろう。急ぐ必要はない。セイバーがまだ脱落している以上、負ける理由は無いのだから。
「ああん? こっちの勝手だろこのヤロー」
若干キレ気味に返答する。
そもそも騎士王が強すぎたせいでこんな状況になったのだ。このくらい言ってもいいと思う。宝具連発は六章でやってろよ糞が。
死の気配が消え、表情が穏やかになったセイバーを地面に横たえ立ち上がる。
「藤丸ちゃん」
もうなんか馴れ馴れしいけど、それでいい気がしてきた。ここで負けたらどうせ終わりだし。
「立香でいいですよ、ヒズミさん」
「じゃあ立香ちゃん。キャスニキの傷が治ったら、ここぞって時に援護頼むって言っといて」
背負っていたゴルフバッグから改造刀・菊一文字を取り出す。もう『闇』を見せてしまった以上、これが俺の最期の切り札だ。
『何をする気だ、ヒズミ君!?』
「おいおい、俺の仕事を忘れたかロマン。俺はカルデアの戦闘員だぜ?」
バッグの中には手榴弾くらいしか残っていない。こんなモノを持ち出すと警戒されるので取り出さないが。
『正気かヒズミ君!? 相手はサーヴァント2体を容易く屠った騎士王だぞ!?』
ロマンが叫んで俺をひきとめようとする。俺の身を案じてくれているが、いい感じに騎士王に立ち向かおうとしているのに水を差さないで欲しい。
て言うかマジで止めろ。せっかく覚悟決めたのに行きたくなくなっちゃうだろ。
必要な装備は整った。用のなくなったゴルフバッグを投げ捨てた俺に―――マシュが駆け寄ってくる。
「ヒズミ先輩、私も戦います!」
その瞳にさっきまであった恐怖の色はない。たしかマシュは藤丸立香を守るためなら勇気で恐怖を抑え込めるとかだった気がする。
なら今なら騎士王も恐れずに戦うことが出来るのかもしれない。
だが、必要ない。
「いや、俺はいいから戦えない奴等を守ってやってくれ。マシュ、それだけはお前にしかできないんだ」
「わ、私は―――」
「頼む、やらせてくれ」
俺とマシュが即席で連携を取れるとも思えないし、なにより互いに死んでしまったら困る。俺は言わずもがな、マシュだって物語に大きく関わっていくのだから。
防御型の宝具は貴重だし。
「·······わかりました。御武運を、先輩」
説得は無理だと悟ったのだろう。
マシュが目を伏せ、一歩後ろへと下がる。
今では俺とマシュの接点はほとんど無くなっていた。それでも恐怖を抑え、俺と戦おうとしてくれたのは彼女の優しさだろう。
「ああ、ありがとう」
なら、それに応えられるよう努力しよう。
騎士王の元へと歩み寄る。
漆黒の騎士は俺達を眺める様に、ただ佇立していた。
「別れの挨拶は終わりか?」
「一応、死ぬつもりはないんですけどねえ」
恐怖で震えそうになる膝を抑え、騎士王に歩み寄る。
一歩進むごとに騎士王の圧力が増していく。身体がすくむ、逃げろ逃げろと本能が叫び続けている。
「愚かな。情に動かされサーヴァントを差し置いて私と戦おうとする。貴様らには少しばかり期待していたが、それも間違いか」
騎士王が蔑むように話す。
お前は弱いと、お前たちでは足りないと騎士王が言う。
だが、そんなことはどうでもいい。
「聞こえないな」
「······何?」
騎士王が訝しげな表情を浮かべる。
奴との距離が5メートルを切った。
腰から剣を抜き放ち、だらりと剣を地面に垂らすように持つ。そして、いつでも魔術を行使できるように魔術回路を起動する。
―――意識を切り換える。
アーチャーの時とは違う。
あとは戦うだけだ。
だから俺は全力でムカつく笑顔を作り、大声で叫んだ。もちろん中指を立てることも忘れない。
「部下に嫁を寝取られた無能の声は聞こえないって言ったんだよ、負け犬の玉無し野郎!」
「――――――殺す」
かくして俺の渾身の挑発は成功した。
騎士王が魔力放出で加速し、一瞬で距離を詰め剣を振り下ろす。聖杯戦争で幾度となくサーヴァントに対して使用された彼女の戦闘スタイル。
それを俺は何も出来ずに眺めていた。というか身体が追い付かない。
当然だ。俺は一騎当千の英雄達じゃない。無限の剣の世界がある訳でも、死の線を見抜ける訳でもない。卓越した武の才がある訳でも、チートな転生特典がある訳でもない。
―――だから俺は『強化』することにした。
―――身体強度強化―――
―――思考速度強化―――
―――身体能力強化―――
魔力が全身を駆け抜け、世界が低速化する。身体に力が満ち、己の限界を大きく超越し―――英雄の強さへと追い付いた。
即座に刀で聖剣を受け流すように払いのける。
攻撃を受け流され体勢を崩した騎士王が目を見開く。
―――好機。
「オラァ!!」
叫びながら全力で踏み込み、拳を振るう。
技術などない、だが過剰な威力を持ったその一撃は―――虚を突かれた騎士王の顔面に突き刺さった。