あれに憑依してしまいました。   作:koth3

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まさかまさかの二話目です。

 私は忘れない。自分が知らない体になって、困り果て、それでも私を救ってくださった主の優しさを。

 あの時目が覚めたら、私は私ではなくなっていた。その体は人間のころと大きく違っていた。訳が分からず困り果て、暴れまわり、新しい体が持つ摩訶不思議な、神通力ともいえる力を把握して、大自然の中を生きるはめになった。人家に近寄ろうとは思わなかった。なにせ、私の力は人に見せられるようなものでないし、多分であるが見せびらかすほど低俗なものではない。そんな確信があった。

 雨にうたれ、風にさらされ、炎天下に干されながらも私は逞しく生き、そしてある日主に出会えた。

 主に会えたというこれ以上の幸運が私の人生に有るのだろうか。いや、ないだろう。かつて人だったころを思い出せば、独り身で、ブラック企業で身を粉にし働き、家に帰れば煎餅蒲団で眠り続ける毎日。疲れるといったことすら認識できず、ときには携帯食料で三食を済ませてしまうこともあった。味など二の次。栄養も取れなくて構わない。ただ、働く時間を作るためだけにそんな生活をしていた。

 だが、今は違う。主の下、私は働く。だがそれは働かなければならないという強制でなく、私が働きたくて仕方がないという、自然でとても快適な仕事だからだ。流す汗が清々しく、決まった時刻になると腹がすく。かつてでは信じられないほど健康的な生活だ。人間でない方が自由に、そして楽しく生きられるのかと私は知った。

 もちろん、最初はいくら主といえども抵抗はした。人だったころのプライドはある。大自然を一人で生き抜いてきた自負がある。時には化け物に襲われもしたし、食事に何日もありつけない日があった。時に泥をすすることもあった。人だったころに信じられないが、最も嫌悪される虫すら食した。しかしそれだけの日数を生き抜いてきた私ですら、人に飼われるというのは抵抗があった。

 それでも今こうして私が彼女に尽くしているのは、人のように扱ってくれるからだ。赤い奇妙な巫女服を着た巫女は、確かに私を敬ってくれるかもしれない。しかしそれはあくまでも商店の店主が商品を眺めるのと同じだ。だが彼女は違う。私を一つのいのちと認め、それでいて心の底から愛情を持ち接してくれる。だから、私は彼女に尽くすと決めた。受けた愛を返すために。

 

 

 

 私は、この体になってから朝早く起きると体が軽いと感じれるようになった。

 人だったころには起きるということがつらくてつらくて仕方がなかった。だるさは抜けきれず、隈を作って出勤し、働き続ける。夜は一時過ぎに帰れればましな方で、それでいて六時には出勤していなければならない。睡眠というものが、ただ時間をつぶすためだけに存在していた。

 だが今は違う。夜、心地よい疲れに襲われて、主から与えられた寝具に身を任せると、睡魔が襲ってくる。すると考える暇もなく、夢に誘われてしまう。その気持ちよさは、なんとも言えない。とくに疲れた日はそれが顕著だ。そして朝起きると、疲れなどふきとんでおり、気持ちよくその日をすごせる。

 もちろん、この眠りに関してはここに来てからだ。それまでは大自然で生活していたため、休むという行為ひとつが危険で、警戒しながらのため疲れは取れてもすがすがしいとは到底言えなかった。衣食住がそろって、人は礼節を知るというが、あれは間違いだ。衣食住をそろえて人は満足を知れる。それだけで十分満足だから、それ以上を求めなくなり無欲に礼節を行えるようになる。

 さて、いろいろ考えていたが、そろそろ床から出なければならない。主が近々寒くなったと、夜なべで編んでくださった服に身を通す。上質な布から作られたそれは、滑らかな肌触りを楽しめ、かつ保温性能も良く、この身にはとてもありがたい。主は幼いながらも、自分でできることはすべて自分でする。それこそ服ですら自身で作られる。

 人間だったころの私はどうだっただろうか。服は出来合いのものを買うだけ。そういった、生きるための技術なんてあっただろうか。食事すら店屋物だった。なかっただろう。

 大の大人ができないことをまだ年端もいかない少女の身でする主。その手助けをしたくなったのは当然だ。これだけの恩を受けて、なにも返さないほど私は恥知らずでいられない。

 まあ、結局主の為に何かするにも、時間は必要だ。そして、その時間は多ければ多いほど、良いだろう。窓から差し込む日はまだ仄暗い夜を少し明るく照らしている程度だ。ここの住民は皆総じて朝が早い。急がなければ。

 まずは、部屋の掃除だ。下に散らばっている多種多様なものを拾い集めて、元々あった場所に戻していく。中には、重い物があり、引きずるしかないようなものもあるが。そういった場合は、体ごとへばりついて引っ張っていく。

 次は料理の準備だ。とはいえ、この体ではまともな料理なんか出来やしない。そもそも、私は人間の頃も料理なんてしたことが無いから、絶対に作れない。

 だからせめて、食材を用意しておく。この体になって、嗅覚ははるかに利くようになり、さらに第六感ともいうべきもののおかげで、食用の植物類がどこに自生しているかが手に取るように分かる。十分もしないうちに、とれたての山菜をたくさん用意できた。これで、主が起きたらすぐに料理を作れるはずだ。

 そろそろ起こしに行かなければ。起こさずとも、ある程度すればそのお顔を拝見できるだろう。しかし、それでは私の存在意味がない。主の生活を崩さないように私が注意しなければ。特に成長期に入った主は夜更かしすることが多いから、気を付けて見守らなければ。

 苦労してドアを開けると、主がベッドで安らかに眠っている。私は主を起こそうと必死になる。いたくないように優しく、しかし確実にその身を揺らす。

 

「……う、ううん。あ、朝、か。おお、今日も起こしに来てくれたのか。可愛いやつだな、お前は。なあ、ツチノコ」

 

 今の私は、かの有名なUMA、ツチノコだ。




魔理沙がたしか三妖精の話で見つけた野槌です。名前をどう名づけたかは知らないので、ツチノコでもいいかなと。

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