機動戦士ガンダム0096 白地のトロイメライ   作:吹き矢

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この小説は、SNS上で呟かれた一つのIfネタを元に製作されています。

原案 ゼルガメス(@Zelgameth1)

本文 ミナミ(@pigu0303)




蝗の王~Day after Abad~⑦

 ――ノースベイ地球連邦空軍基地跡 格納庫跡内――

 傷病兵で蒸し返した格納庫。キリキリと痛む頭を抑え、到着したユートが見たそこは自分でも想像して居なかったほどの呻き声で埋め尽くされていた。

 先の強襲で増えた負傷者。立て続けに起きる追悼。床に伏す者達は、いつ自分たちに黒い手が伸びるかという不安で、症状は悪化していくばかり。筋弛緩剤は底を尽いていた。

 数分と居ただけで精神が擦り減る感覚を味わう。そんな地獄絵図。

 死にたくても死ねない亡者もどきの隙間を辿りながら、ユートとセフィは奥の小テントへと向かう。

 殺してくれ、死にたくない、助けてくれ。そんな言葉が自分の足元で流れ続けている。いっそ楽にしてやりたい。そんな思いがよぎる。

「待ってくれ」か細く消え入るような声が自分の足を止めた。

「ユート、だろ……。お前、そうなん、だろ」よく知る声。かつて何度かポーカーをした仲。

「頼むよ」懇願。救願。言霊という見えないものが、ユートの手を右腰のホルスターに入った拳銃へと引っ張る。

「立ち止まるのが、趣味なの?」数歩先で止まったセフィが問いかける。

「いや、だけど……」歯切れの悪い言葉。セフィにとっては苛立ちの対象でしかない。

「どうにも出来ないから、そうなってるんでしょう」

 突き放される温情。

「私達には、見殺すことしか出来ない。医者や天使じゃあるまいし……軍人よ?」

「それに……誰が、この状況を生んだか、分かってる?」

 突き付けられる否認の真実。

 ユートの身が震える。多死の責任感に、今にも震えはじけ飛びそうだった。

 それでもとユートはホルスターから手を離そうとしない。今にも蓋を開け、拳銃を取り出そうとする。

 セフィの視線は、ユートの右手から、一度彼の顔へと。曇った焦燥と苦悩を見ると、また右手へと目を動かした。

 大きなため息を始めに、セフィは言った。

「…………好きにしたら」そう残して彼女は小テントへと、再進する。

 その場に立ち尽くすユート。ホルスターに触れている右手は汗で滲んだまま。引き抜こうとはしない。

 今更になってだ。責任と背徳と恐怖が身を襲った。情けない。自分より年下の少女を困らせておきながら、実行する勇気を持ってはいなかった。

 エースを気取ってはいるが、所詮は青二才。この不穏に不浄な空間が産み出した負の重圧に心身を潰す。

 頼むという言霊に、ユートはごめんとしか返す事が出来なかった。次第にその言霊は多く、大きく、色濃くユートへと飛んでくる。

 頭痛が酷くなる。吐気が身を襲い、体内の臓物全てが飛び出そうな感覚。まるで黒く濁った心という電流に、直接生身で触れた衝撃。

 頭に響く心願をかき消す様に謝罪を叫んだ。

 

 痛みの唸りが響く格納庫の端で小さなテントは建っている。穴だらけの薄汚れた布地を僅かな骨組みだけで急造されたもの。

 その中でアレから不眠不休で治療や看護、または手術にまで明け暮れる女医が居た。

歳は二十八。身長は百七十一。名前はリューラ・シャント。階級は中尉。この基地唯一生き残った軍医であった。

着の身着のままでの医療生活。衣服は既に血で染まり、美白端麗な顔立ちも憔悴しきっていた。

 今は僅かな時間を割いて、セフィの診察を行っている。彼女の左目にペンライトの光を当てながら、うんうんと彼女の現状に悩ましく唸る。

「芳しくないわね……。特に目ね。腕はよくなるでしょうけど」

 リューラの言葉に、セフィは「そう、ですか」と気落ちした声で返事をした。自身分かってはいた事を改めて言われると、結構堪えるものがあった。

 今も瞼は開いているが、光の感覚はない。右目を閉じれば何も見えない。闇だけが広がっている。

 それでも今はリューラに尋ねたいことがあった。自身だけでなく、これからの基地や部隊の皆全員に関わる事だ。

「あの、リューラ中尉殿」光を全く感じない左目を僅かに案じながら、セフィは尋ねた。

「先生でいいわよ。なあに」とリューラが答える。

「レンス上等兵は馬鹿なんでしょうか?」呆れ返った声で冷たい言葉を罵り吐いた。

「ええ、そうかも」言葉をよく聞きもせず、リューラは思わず返事をしてしまった。

 すぐに自我を呼び戻すとリューラは先ほどの言葉をよく脳内で反芻する。とんでもない質問が来たものだと驚愕を隠せない。

 リューラはペンライトを胸ポケットに収め、小さな溜息を吐く。少し考えた後、母が子を諭すように優しく、そして暖かい声でセフィに尋ねた。

「どうして、そう、思うのかしら」

リューラは身を伸ばし、デスクからセフィのカルテを手にすると、何かをそこに書き始める。

 強いて何故と問われると、セフィは言葉を選び始めた。どう彼を説明すればいいのかわからない。自身の足りない語彙と知識から何とか巧みに言葉を選んでみた。

「彼……何かに憑かれた様に暴走することが、時たまあるように思えるのです」

「さぁ……? 私は彼と話したこと少ないから」

「あ、はぁ……そう、ですね。二度の戦い。ここ最近の二度の戦い。どれも自分を英雄か何かだと言わんばかりに突貫して、この基地、皆を危険に晒し、自己嫌悪」

「ええ、そうみたいね。さっきも何かやらかそうとしてたんじゃない?」

「そうです、その通りです。彼はあまりにもアップとダウンの差が激しい。まさか何かキメたりしてるんじゃないんですか? どうなんです? 中尉ならご存知かと」

 ああ、成程、嫌な役割が自身に回ってきたとリューラは心の中で嘆いた。陰で誰かの悪口を聞いて、それの是非有無を答えるのは何とも心苦しい。出来れば何とか話題を逸らして、これを終わりにしたかったがそうもいかないようだ。

 何としてでも言葉を聞くまでは此処を動かないと、セフィは未だに居座っている。左目を瞼越しに押してみたり、折れた左腕を揉みしだいて痛みを確認している。

 このまま放置という訳にもいかず、リューラは仕方なく口を開いた。

「薬物はヤってないわ。彼」

「〈は〉? それ以外はやっているという事です?」

 余計な詮索。何と苛立たしいものか。ペンの尻部をカチカチと何度も鳴らす。

「はぁーー……軽いCSRみたいなものよ。精神が病んでるの。戦争に長いこといれば誰だってなり得る心的病気よ」

「……治す事は?」

「病んだ理由が分からないとどうにも……それに私は心を治せる程出来てはいないから。時の流れに任せるしかないわ」

 セフィは悔しそうに下唇を噛み締めると、「ありがとうございました」と立ち上がった。眼帯を自身でつけながら、テントから出ていく。

 彼女の背を見送りながら、リューラはカルテへの書き込みを続ける。

 

 U.C.0091 地球連邦陸軍モスクワ基地第七部隊 学徒兵として配属。

 同年 初任務の為オデッサ方面への移動中、ジオン残党軍と交戦。自分以外の部隊員全滅。半壊したMSでの移動中雪山にて遭難。その四か月後、自力でオデッサ近くの駐屯基地に避難。軍法会議後、ダカール奪還作戦の先遣隊として、当地に赴く。

 U.C.0092 03.05 ダカール奪還作戦決行。自身も戦闘に参加するが、作戦は失敗。先遣隊隊員達と共にニューヤークへと逃亡。

 同年 ニューヤーク基地周辺任務においての戦闘で負傷。

 U.C.0093 3.12 ネオ・ジオン総帥シャア率いる艦隊がアクシズ落としに成功。

 同年 04.13よりスノーアース化現象が進む。それに伴いニューヤークよりノースベイへと避難。現在に至る。

 過去三度の作戦任務において、多くの仲間を失い、多くの重責を背負い、得たのはたった一度の勝利。

 モスクワ、オデッサ、ダカール、ニューヤーク。そして、ノースベイ。此処に辿り着くまでに逝った仲間はもう覚えていない。名前も、顔も、声も。好きな歌や嫌いな食べ物も。

 ただただ残ったのは死神の悪名、苦杯の味、歪になった人格。今でも自身を手招く死者の声が頭の中を叩くことがある。

苦しい、苦しい、苦しい。過去何度として苦しみから逃れようとしたが、その度に運命の鐘音が自身の邪魔をする。そして、生きながらえたと安堵の心を浮かべてしまう。

 自分に出来る事はMSに乗る事だけ。自分が好きな事はMSに乗る事だけ。自分が一番やりたくない事はMSに乗る事だけ。誰かを殺して、誰かが死んで、ようやく自分は生を感じる。

 だからずっと、ずっとずっとずっと……。しかし器より溢れた感情を抑えつける事が出来なくなった。溜めにためた感情の水流が、止めどなく全身を流れる。

「だからもう、もう……」

 廊下の隅で、頭を抱えて蹲っている人の影――ユート。頭を必死に掻き毟っていたのか、震える両手の指先は僅かに血で滲んでいる。まるで追手から身を隠しているかのように、体はガクガクと震慄をやめない。

 ヒッヒッと小さな嗚咽を何度も繰り返しながら、目に涙を浮かべるユートの横で、彼の話をずっとただただ黙って聞いていた少女がいた。

 淡い藍色の流れる長髪に、髪色と同じ淡い色の目は宝石かと思わせる。サイズ違いの軍服から見えるきめ細やかな白雪肌は、男の淫情を掻き立てるだろう。血と泥で薄汚れた地上の人間とは違い、彼女はまるで今まで博物館で眠っていたかの美しさを持っていた。

 名前を《サナ・ビスハイト》。あのガンダムに乗っていたパイロットだ。 

自分より歳が四つも下の少女に、涙を見せるなんて大の大人としては恥ずかしいが、今はそんな羞恥心も無いほどにユートの心は弱っていた。

「でもユートさん。沢山の人を守ったじゃないですか。私を助けてくれたじゃないですか」

 サナは優しい言葉を投げかけた。

 サナはユートの事をよく知らない。あの戦いの内、気絶していた自分は目が覚めた時には基地内のベッドの上。リューラの安心した表情が目に映った。

 隊長から自分がいつ此処にどうやって来たのか。そして何があったのかも全部聞いた。

 しかしサナはユートの事をよく理解した。彼は優しく勇気があり、誰よりも誰かを守りたくて、誰よりも自分を奮い立たせる事が出来る。隊長の話からそんなイメージが、サナの中では生まれていた。

 そして、今――。リューラに頼まれた水を運ぶ途中、彼を見つけて話を聞いて、彼への思いが変わった。

 彼は自分の正義感に忠実で、だけどそれを伝えるのが不器用。誰よりも臆病だけど、その恐怖を背負うのは自分だけでいいとも思っている。

「だから……それだけでも凄いじゃないですか」

 心の底より吐き出した言葉だ。選んじゃいない。真意のものだとそれはサナの表情からもよく伝わった。

 自己嫌悪を続けていたユートの体の震えが少し緩まった気がした。その言葉のお陰だろうか。一人悩んでいた事を誰かにようやく聞いてもらえた事が嬉しかったのだろうか。何れかにしても自身の気が僅かに楽にはなっている。

 年端もいかない、しかも民間人である少女に慰めてもらい、立ち直るとは自分ながらにも現金な奴だとは思った。だがそれでも気が楽になれた。

 徐々にユートの中の思考回路がネガティブからポジティブへと切り替わっていく。

 そうだよな、そうだよな。なんて自我への昂ぶりを振るわせ、徐々に腹底から丹力が上りあがっていく。

「それに今度だって……この基地の、皆を助けるために、やれる事です。何もできない私と違って、何かできるって――とても羨ましいです」

 悲しげに呟く少女の言葉にユートは励まされた。奮い立った。彼女が望んでも手に入らない暴力が誰かの救いになるのならばと。

 自分が引き起こした結果こうなったのが、自分の手で清算出来るなら尚更昂る。

 ユートは徐に立ち上がると、尻に付いた埃を払う。

「ありがとう、ありがとう」お礼を二度言うと、ユートは掩体壕の方へと走っていく。本当ならばもっと言葉を語りたかったが、今はそこにまで時間をかけたくないと考えたのだ。

 一人残されたサナは、元気づいた彼の背中を見送るのだった。

 

 それから十日。ユートを含めリャオと数名の整備員は、不眠不休で生き残ったMSの整備を行った。

 現存しているのは、何とか大破を免れたジム・クゥエルに白いネモがそれぞれ一機。それに加えて寒冷地用にハイチューニングを施したハイザックが一機。そして、ジム・ナイトシーカーの改良機―または整備班が弄り尽くしたハイエンド機―が一機。

 更に「まだまだ! こんなのビーム・ライフル一発で落ちちゃうよ!」なんていうリャオの台詞に熱の上がった整備班が、飛来したガンダム・タイプの身に装着していた装甲板を各機のコクピットに溶接を始め、余った残りで簡易防護シールドを作ったのだった(正直その熱意にはユートも引き気味であったのは内緒である)。

此処にガンダム・タイプを戦力と加える事で十二分ではないかとユートは思っていた。しかしこれまたリャオの「近くの倉庫でガンタンク見つけた!」なんていう台詞に、本来ならば六日目で終わっていた整備に、更に四日を費やす事となった。

 その時間を消費して完成したのは、最初期型のガンタンクをベースとした輸送も担うツギハギだらけの援護射撃機となった。車体前面部にサブアームを取り付け、頭が無かった為そこにはレドームを設置し、コクピットを胸部へと移動した。

 右腕は簡易アームとなっており、パーツさえあれば様々なアタッチメントに切り替えれるようにしてある。長年放置されていた為か、武装は右肩にある大口径砲のみとなっている。

 戦闘機体としては何とも頼りないが、今だ起動手段が不明のガンダム・タイプを牽引する役には打ってつけであった。

 完成した灰色のガンタンクに整備班は満足げにしていた。中には車体に製造年月日と自分のサインを書く者まで現れた始末だ。

「リャオ・ローレンス整備班長……」

 散々出発時間を先延ばしされた挙句のこれか。そんな思いを込めて、隊長は悲憤の色を現した。しかし、どうやらそれはリャオには届かなかったようだ。

「ありがとうございます!」満面の笑みを投げかけてきた。「そうじゃないんだが、な。ぐぅぅ……」人格に難ありでも整備においては良しである為か、怒るに怒れない。

「――ガンタンクには最大でも三人までしか搭乗できないので、別途で大型ホバートラックを用意しました。各種兵装はMSへ割り当てる為に全て取っ払っているので、あくまで居住目的にしか利用できませんけど」

 こういう気配りというか、行き届いた才能があるからこそ尚更隊長は怒れなかった。

 今は「よくやってくれた」と褒める事だけしか出来ない。

 MSの準備はできた。あとは兵装弾薬に生活物資、必需品などを大型ホバートラックに積み込み、出発に備えてMSを地上へ上げ、ガンダム・タイプを牽引する状態にさえ持ち込めば何時でもこの地を後に出来る。

 隊長は全ての作業を終えるまでの時間を計算する。

 今日中に物資を積み込み終えれれば、明日にはMSの準備が整うだろう。

 そうすれば出発は明後日――であれば、先のジオン部隊の再来にも間に合うだろう。

「よし……各自準備を開始しろ! 出発は明後日。いいな、明後日だ!」隊長の大号令を合図に皆が動き出した。

(明後日……明後日か)ユートは自身のジム・クゥエルを見上げる。

 各部剥がれた塗装の下にある装甲は痛みが酷く、多くの戦線を過ごした証となっている。

(しかし脆くなった。嫌というほど脆くなった。自分も、コイツも)

 生き残った証。生き残ったからこそやらねばならない責任。もう一度自分にそれを強く言い聞かせる。

 今回の作戦が上手くいけば、この基地の皆を助けれる。だからこそ、もう少し。あともう少しだけ頑張ってくれ。そんな言葉をジム・クゥエルに投げた。

「もう、大丈夫なの」ユートの背後からセフィが話しかけてくる。

「え、あ、ケガはもう大体……」笑ってドンと胸を張って、そう答えた。しかし、何を言っているのかとセフィは冷笑を浮かべながら、「私のネモの方。変な整備されてたりしたら、また傷が増えるし」と言い捨てた。

 何とも捻くれた言葉にユートはムッと顔をしかめるが、まだ彼女の身から取れていない包帯と眼帯を前にそれに対して言及することはできなかった。

「整備は、大丈夫。うん。リャオの腕を信じてやってほしい」

「そっ――じゃあ、信じてあげる。あの整備さんも、あなたの言葉も」

 その言葉を最後にセフィはそそくさと何処かへと早足で行ってしまった。彼女なりのユートへの安否を心配した言葉だったのか、ユートの横を通り過ぎるとき、僅かに彼女の顔が赤らんでいたのが目に入った。

 次には隊長がユートの背を叩いて話しかけてきた。

「気は落ち着いたか」最後のメディカルチェックだと手に持ったカルテを見せつける。

 それにユートは疑問を投げる。

「……本当に俺なんかでいいのでしょうか」

「さぁ、どうだろうな――今残っている戦力を寄せ集めた野良犬部隊(ストレィドッグス)だ。動ければ誰だっていい」

「はぁ……。分かりました。それなら尚更やる気が湧きました」

「おお……そうか。じゃあ、改めて挨拶をしよう。ユート・レンス上等兵。このたび、地球連邦陸軍残党部隊〈ストレィ・ドッグス〉隊長《フォード・エンボス》軍曹だ」

「改めて初めまして。隊長殿。ユート・レンス上等兵。よろしくお願いします」

 男同士の熱い握手。感動の挨拶。ユートの胸は感激でいっぱいだった。

 しかしフォードの表情はやけに暗く、先を案じて念を続けているように思えた。

 

 日はあっという間に過ぎた。

 ユートはジム・クゥエルに。セフィはネモに。フォードはハイザックへ搭乗し、ジョセフはジム・ナイトシーカーへと。余ったダンは「お前みたいなペーペーに、MSは勿体ない」というフォードの判断により、ガンタンクの操縦を任された。

 仰向けに寝かせたガンダム・タイプを乗せた荷台を牽引する大型ホバートラックには、数名の整備班率いるリャオに、軍医のリューラ、そしてガンダム・タイプのパイロット〈サナ・ビスハイト〉が乗ることとなった。

 天候は晴れ。雪雲一つとない青空を見たのは何時ぶりだろうか。まるで天が彼らの出発の門出を祝っているようだった。

 今日から何か月かかるかは分からないが、目的地までの旅が始まる。大がかりな南下作戦が始まるのだ。

「では、通信を拝借」フォードからの通信が入ると、トントンと通信機を叩く音が聞こえた。

 そして深く喉を鳴らす彼の声の後に、深呼吸が三度。ようやく彼の言葉が始まる。

「――〈野良犬部隊〉はこれより南下作戦を開始する。――なぁに、生き残る為の行いだ。悔むことはない、恐れることはない。ただ生きたいという思いだけを胸に明日まで歩けばいい」

 各機のエンジンに火が入る。唸りをあげて強く熱気をふき上げる。

「では、ストレィ・ドッグス……作戦開始!」

 MS達が歩みを始める。その一歩がどれだけの明日と未来に繋がるか、そんな淡い希望を抱いて――。

 




次回予告

 野良犬達が歩みを始める中、白雪のどこかで、また血が流れる。その量、約三千ガロン。銀世界を真紅に染めても手に余る。
 戦う事が罪ならば、生きる事は罪なのか? 明日を夢見る有象無象の血肉を餌に、生きる為だと狂気に満ちた白兎がせせら笑う。
 第二話《イナバ―前編―》
 
 勝者だけが正義なのだ。

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