原案 ゼルガメス(@Zelgameth1)
本文 ミナミ(@pigu0303)
ジム・クゥエルのコクピット内に響く警告音。ロックオンされたとアラームが鳴り知らせる。しかし、ユートにはどうする事も出来ない。
「くそッ! くそッ!」重力に背を引かれ、目の前の全天周囲モニターに映るのは、敵機のみ。
二機のガザWの持ち上げた腕先には炸薬弾頭が見える。それがロケット噴射と共にこっちに迫ってきた。それは全部で四つ。
直撃すれば死ぬ。子供でも老人でも分かる。
ブワッとまた泥みたいな汗が噴き出てきた。一分一秒がまるで百年の時にまで長引いて感じる。神経が研ぎ澄まされ、感覚が震えあがり、脳髄の底から生に縋り付く。
「俺だって……俺だって……殺してやりたい、お前らを」
狂気の死神がやってきた。その手が己の魂を掴み取ろうとしていた。操縦桿が骸の腕にすら見える。この小さな鉄の箱が、地獄の炎が渦巻く窯にすら感じる。
「けど、それじゃあ、終わらないって……殴れば、殴り返すだろう!」
視界全てに炸薬弾頭が映りこむ。死神の生温い手が、喉元を締め上げる。しかし、同時に天使の囁きも届いた。躱せと。飛べと。星の輝光が導く。
「それでも、俺が情けないって言うなら――望み通りにしてやるってんだよ!」
目一杯に広がる白光世界。キラキラと眩いその先から、すらりと伸びる女の手。華奢で玉露のように透き通った手を差し伸べてくる。その手の先には宇宙が見える。星空が見える。薬物をやったトリップ状態かと自分を疑いたくなる。
その手に重ねる様に自分も腕を伸ばした。何も恐れず、疑わず、その女性をエスコートするべきだと自分の魂が叫んでいた。
閃光の時が刻まれる。指先に温かい想いが伝わってくる。
そして、遥か自分の後方へと、自分の体を突き抜けて、光が消えていく。次に目に飛び込んできたのは、現の時。炸薬弾頭が目と鼻の先にまで迫ったその刹那。
視神経が焼ききれるかと思うほど、激しく眼球が動き回る。自分の意思とは関係ない。無意識下で両手両足が動いた。
「ッッァ――――!!」
声にならぬ声をあげる。それに呼応するジム・クゥエル。流れるように体を躍らせ、炸薬弾頭を躱す。その始終はまさに神技と呼べる。
驚愕の沈黙。ブギーマン部隊の誰もが虚空の思考に陥る。無理もない。例えこの先同じ状況に自身が陥る事があろうと、あのような回避行動がとれる自信がないからだ。唖然。絶句。
それはユートも同じだった。炸薬弾頭を躱し、地上へ着地したユートはまず己が手を見た。両掌をまじまじと眺め、荒々しく乱れた呼吸を繰り返す。
本当に今のは、自分がやったのか……。汗に滲んだ生身の皮膚が、やけに歪んで見えた。
「違う、今のは、俺じゃない――俺の体だったが、俺じゃない」
あの一瞬、自分の意思とは違う動きを肉体は起こした。何故かの理由は分からないが、嫌な気分ではなかった。それどころか心地よさすらある。あの回避を行った感触が全身に残っている。
「隊長! 野郎、まさか……ッ」フレディは疑った。
あの回避行動が行える人種は一つしかない。
「狼狽えるな! 有り得るか。有り得るわけがない。奴がニュータイプなわけがない。奴が人々を導いた英雄であっていいわけがない!」
カチルの言葉は否定と呼ぶより、希望願望に近かった。その恐怖の姿を最も知っているカチルとフレディであるからこそ、そう望む事実。
そして、もしそうであるならば、今ここで無理をしてでも、この連邦兵を殺す必要性がある。その思いの強さは言葉にすぐさま現れた。
「奴を叩く。今ここで、今すぐに!」カチルの言葉。たったそれだけで、隊員は今までにない真剣な顔になった。
「た、隊長……」ジェイソンはその気迫にやられ、情けない声を出していた。
「ああ、ああ。ジェイソン。温めておけ! いつだって焼けるように心構えをしておけ!」
大丈夫だ。そんな言葉を添えつけて、鼓舞する。
ジェイソンはカチルの言葉通り、左操縦桿近くにあるボタンを1、2、3と軽やかに押していく。ガザWの右ムーバブル・シールドに備え付けられたスキウレ砲に、エネルギーが充電される。
「いいか、俺が殺す。俺が斬りかかる。奴がそうだと言わなくとも、そうである可能性があるならば、カワイイカワイイお前たちに任せれないからな」カチルはハハハと乾いた笑いをしながら、ガザWを急降下させた。
その後を追うドットとスマイリーの二機。バルカンの装填を行いながら、照準を地に立つジム・クゥエルへと向けていた。
突如、警告音が鳴り響く。それはジオン連邦両機に起きていた。好機を逃さぬとしていたユートも、魂気篭ったブギーマン部隊も、その音に過剰反応を起こす。
音と共にモニターに示されるUnknown。その居場所を報せる赤い矢印はブギーマン達の背後、そして上空を指していた。
「ジオンの援軍!? 新型!?」
「連邦か。んな馬鹿な話があるか! 初陣か!?」
データバンクに存在しない。その事実がどれだけの意味を持っているか。それを彼らはよく知っている。未知ほど恐ろしいものはない。
Unknownは甚大な熱量を持っており、またその落下速度は300km/h近い。あと数秒もせず、この地上に墜落する。
モニターに映る落下物をズームアップすると、その正体がすぐさま分かった。
鉄か合金か。黒鋼色の人型。機体識別反応があるという事は、あれはMSと窺える。
敵か味方か。分からない。分からなければ、何も出来ない。それは両者共に同じであった。通信コールには一切反応がない。ただただ飛来するアレに、疑心と危機感を覚えるしかない。
その時だ。ユートの脳内に聞こえぬ声。生娘のようにか細く、小綺麗な水流を通しているように透き通っている声。
言葉は全く聞こえない。それは無線通信などではなく、外気の音が届いたわけでもない。ただただ突如として飛び込んできたような感覚がした。
その声はユートの心奥底に、強迫概念の色として滲みこんでくる。それに違和感も何も覚えず、ユートの体は操縦桿を動かし、ペダルを踏む。
「呼んでる、のか……?」自分に助けを求めている。
実際にそう聞こえた訳ではないが、そう感じた。思いのまま体は動く。体勢を崩しながらもゴールへ滑り込もうと、そんな焦りに近かった。
何よりジオン軍たちにアレを渡してはいけない。そう告げられているような――気がした。
ジム・クゥエルが地を蹴り、背から火を噴く。落下地点を予測する。前方八十メートル先と推測。白雪に脚を引きずるが、それでもと強くバーニアを噴かした。
その動きにカチルが気づく。落下物を救助しようとする動き。ますます疑心が強くなる。「アレの落下地点を、奴の動きから計れ! 着地と同時に、叩くぞ――ジェイソン、準備はいいか!」
「は、はい!」カチルのお呼び出しが余程嬉しかったのか、ジェイソンは跳ねあがるような喜びを見せた。
そしてモニター近くのスイッチを弾き、着地予測をたてる。残り十八秒。狙いを定めるのには、十分すぎるほどの時間だ。
ジェイソンのガザWが右腕のスキウレ砲を構える。左手を銃底に添え、衝撃に備えた。予測地点に照準を向け、カウントダウンを始める。
「隊長‼ いつでもいけます!」
「させる訳にはッ!」スキウレ砲の熱源を確認したユートが、ジム・クゥエルのハイパー・バズーカを撃つ。機体を雪上で滑らせながら、残弾全てを吐き出す。
「あぁッ!」突然の攻撃にジェイソンは竦んだ。全部で四つの弾頭に、カウントダウンの数字が重なる。
「情けない声を出すな、マヌケ!」ジェイソンと弾頭に割って入るフレディのガザW。負傷した右腕も含めムーバブル・シールドを前面に向けた。
一つ目の弾頭が、機体の前で広範囲で炸裂する。熱を持った数百の小弾が、ガザWの機体にめり込む。しかし、破壊までには至らなかった。
「散弾なのか!?」最もそれに驚いたのはユートである。まさかそんな弾頭が紛れていたとは思いもしなかった。
二発目、三発目は横合いからやってきたドット、スマイリー機によって破壊される。
残り一発。
スキウレ砲を構えたガザWが庇われ、その姿を確認することができない.これでは相手の攻撃タイミングが掴めない。
「よおく、狙えよ。マヌケ」フレディが笑う。
「ええ、びっくり箱を叩いてみせますよ」精一杯ジェイソンも笑った。
庇っていたフレディが急上昇で、最後の一発を回避する。その奥に控えていたジェイソンのガザWは、ドット、スマイリーによってワイヤー牽引され、後退しつつも砲身を構えていた。
弾頭はジェイソンの居る位置より遥か下で炸裂する。
「しまった!」既に砲口には光が見える。「リミットか!」ユートの言葉と同時に、MSが地に到達する。
やはりそれはMSだった。着地した衝撃で白雪が撒きあがるが、不気味に奏でる機械音はMSのそれだった。
「これで――」ジェイソンが発射のボタンを押す。その指に震えは無かった。
強く輝く薄緑の光線が、砲口から今にも溢れそうであった。
「ダメだ、間に合わない!」カチルは必死にペダルを踏み込むが、もう遅い。
ジム・クゥエルは手を伸ばすが届くわけもなく、スキウレの砲撃が白煙内のMSに直撃する。無念を残し悔やむユート。しかし現実は仮想とは真逆を彩る。
「アーマーだと!?」思わず身を乗り出して、誰もがモニターに映るそれを凝視する。
鉄黒いMS。あまりにも角ばったフォルムをしていたが、その外殻はオーバーアーマーだったようだ。そのアーマーが受け止めた光線は、細切れに四方八方に散っていく。直撃だというのに、その異様な光景には誰もが恐れを抱いた。
「くうぅ……スキウレ砲を、弾いてる」その事実にジェイソンは歯がゆさを感じた。
そして、その次には驚愕した。目に映った者が異常から、異形に変わったからだ。
スキウレの閃光が消えると、アーマーに切れ目が入ったのだ。そして、解錠音と共にその鎧が脱ぎ落ちていく。
騎士のように鎧を被っていた中身には一機のMS。機体各部から排熱の煙が噴き出ていた。
爪先から頭頂まで、約十八メートル。
肩には大きく出っ張ったスラスターが増設され、鎧を縫いだというのに全身の装甲は見る者を圧倒した。
寸胴な体に見合わぬ腕の細さ。されど、一つの造形美とも言える美しさを感じる。
青の胸に、黄色の腰。白を基調としたトリコロールカラー。そして、V字を描く二本の角に、碧に光る二つの眼。
カチルは嫌というほど見た。あれを見た。姿形は異なれど、あの頭にあの風貌に、あの威圧感。
最もジオンが嫌い、最もジオンを殺したアイツが今現れたのだ。その名を思わずカチルは口にする。
「《ガンダム》……」まさか、いいや、そんな、けれど。ゴクリと生唾を飲み込みながらも、プレッシャーに押しつぶされぬよう気を保とうとする。
スキウレ砲による攻撃が終わっている。そんな隙を逃してしまうほど、ユートもまたそのガンダムに意識を持っていかれていた。
「アレが、呼んだのか――俺を?」自分でも理解できない言葉を口にする。
カチルは焦っていた。
逃げる訳にはいかない。そうだ、いつもアレには良いようにされてきた。だったら次はこちらの番だ。
「ジェイソン、もう一度だ!」そんな思いからカチルは無謀な賭けに出る。
「ですが、隊長‼ あれは……」当然の返答。例え今回ガンダムを初めて見たとしても、ジオン軍人が語り継いできたガンダム像が、恐怖と委縮となってその魂に植え付けられていた。
「分かっている! だがもう鎧はない、次は防げん!」
カチルの言う通り鎧は脱げ落ちた。怖くはないのだ。
そして、カチルはある事に気づいた。
(ガンダム……動けないのか?)
仁王立ちのままのガンダム。パントマイムをしている訳じゃないのに、微動だにしない。
カチルは賭けに打って出た。危険ではあるが、成功の可能性は高いと予想できる。
「ドット、スマイリー。スキウレが溜まるまでそのまま牽引してやれ!」
応と返したドット、スマイリーの二機が、地上からの攻撃が届かぬ位置までジェイソンを連れ上がる。
カチルのガザWが右ムーバブル・シールドよりヒート・ホークを取り出す。
そして「フレディ!」とだけ叫ぶと、地で立ち尽くすガンダムへと突っ込んだ。
フレディは呼びかけの意味を理解する。散弾により元々負傷していた右腕が動かなくなったとはいえ、左腕のバルカンだけでも十分な弾幕は張れる。
万が一、ガンダムがカチルへと攻撃を行おうとすれば、すぐさま退路を確保する為にフレディは放射を始める。
攻撃が可能な状態にだけすると「隊長!」とフレディはカチルに呼びかけた。
それに対し、カチルは「応」とだけ答えた。
自分が近づいているというのに。温まったヒート・ホークが目に映らないわけじゃないだろうに。動かない。否、動けない。カチルは一つの答えをはじき出した。
このパイロットは、ドがつくほどの素人。コールの受け答えが出来ないのもきっとそうだからだ。
ならば簡単に終えれる。万が一味方であったとしても、そんなルーキーを送ってきた上層部が悪いと言い切れる。
何よりもガンダムという存在を消せるこの上ない喜びが、カチルの中に満ち溢れていた。
「もらったぞォォ! ガンダムゥ!」ガザWがヒート・ホークを振りかぶる。ガンダムの頭頂目掛け振り下ろされる斧は、熱を帯びていた。
しかし、それは防がれる。
寸で間に合ったユートのジム・クゥエルのヒート・サーベルが、凄まじい熱気を噴きあげ、ヒート・ホークの刃を受け止めた。
「また、お前かァ! ガキ!」
「言っただろ! ジオン!」
接触通信で届くユートの声。それはカチルにとって、己の過去を知らぬ若者の声。
あと一手。あと一寸。このジム・クゥエルさえ居なくなれば。
それを、それをこんな、こんな――。
「こんな戦も知らないガキに!」
「戦いを知らないからこそ、知ってるお前らが……いいのかよ!」
「智多者じゃねえんだよ、俺達は! 他人の望みが分かるほど、達者じゃねえんだよォ!」
ガザWのブースターがより強く噴きだされる。重力という重しを乗せた上からの一刀。例え推力で負けていようと、この状況ならば有利なのはカチルであった。
「俺達はただ、生きてるだけなんだよ。それを、それを邪魔する権利がお前らジオンにあるのか!」
「言えた義理かァ! ガキィ!」
その言葉にユートはただならぬプレッシャーを感じた。何かが自分の内に流れ込んできた。
熱く黒く、それでいて苦しく痛い。怒りか、憎しみか。いいや、そんなものはとうに枯れ果てた乾いた感情。乾いているのに、熱だけ持っているから余計に苦しい。
(この男……さっきの奴と一緒で、生きてる事そのものに――)
「さっきもフレディに同じことを言っていたよな……ガキ。生きてるだけ? 生きたいだけ? だけってなんだよ、だけってよぉ。お前ら連邦の圧制でそれすら高望みだった連中も居るという事を、学ばなかったのか……」
ユートの眼に光が見える。今火花を散らしているガザWの背から僅かに小さいが、緑光が見える。すぐさま先ほどの高濃度のビーム砲の余光だと分かった。
この距離。ギリギリでこのガザWが逃げれば、自分も逃げれる。しかしそれではガンダムを連れて行くほどの時間はない。
共に死ぬか、自分だけ逃げるか。嫌な選択肢を迫られたユートの頬に、ダラリと汗が垂れる。
「どうした、連邦! さっきの生への願望論はなくしたのか――だったら、死ね! ジェイソン!」接触通信で飛び込む声が、一人の名を呼んだ。
このままだと選択などする前に自分は死ぬことになる。誰もが願う生への縋りに、ユートはまたあの鈴の音がなるのを待ち望んだ。
奇跡が起きる事を頼み、操縦桿を握るしか出来ない。
鳴れ、鳴れ、鳴れ――!
「祈ってれば、誰かが助けに来るならいい時代になったのね」
鳴った。神ではないが、救いの音が鳴った。
「セフィ上等兵!」
「随分と気楽に名を呼んでくれるのね……。どれだけ自分が馬鹿な真似をしてるか、分かってるの」
セフィの声は以前話した時と何ら変わらない冷たさだったが、怒りに震えている事はしっかりと感じ取れた。
「そ、それは――」思わず口ごもる。それを大きなため息の後に「私がどうこうできる事じゃないから。今は貴方を生かすのが、先。そいつをしっかりと逃がさないでいて」
どうするというのだ。そう言おうとしたとき、彼女は続けて小さく、そして優しく呟いた。「撃ち殺してやる」と。
父と母と妹の住むコロニーを後にした。ジオン将校であった父の威厳もあった。ネオ・ジオンという正義を執行する者に憧れてもいた。
ゆくゆくは、小隊長、中隊長、佐官。
そうすれば、何も困る事はなく、愛する彼女と結婚だって出来る。
けれど自分が飛ばされた部隊は、何処からかかき集めた旧ジオンの異端者ばかり。部隊員は禄でもないし、隊長は過去に縛られた軍人。クルーだってまともなのが一人も居やしない。
一刻も逃げ出したかった。何度だって願書を出した。
だがその誤解は最初だけだった。
彼らは優しい。厳しいが魅力もある。隊長のカッチョイーって口癖が笑えるって事にも気づけた。
旧だネオだの囚われずに考えれば、少し頭のおかしい良い人たち。それで済ませられる。
自分に戦争の歴史を教えてくれた。自分に軍人の生き方を教えてくれた。馬鹿な酒の飲み方。マヌケな腹踊りなんていつやるんだって言ったぐらいだ。
だから自分は、クルーの皆を、隊員を、隊長を、ブギーマンという存在そのものが大好きだ。
自分を一人前に認めてくれた時、隊長は言った。
「いいか、クラウス。俺達はジオンだ。軍人だ。人を殺して、それの対価として金を貰って生きているクズだ。だからいつ、だれに殺されようと文句は言えねえ」
「だがな、だけどな……。何かを残せ。自分が誇らしく死んだと言える何かをだ」
「ああ、何でもいい。仲間を庇っただとか、民間人を救っただとかよ――無様に死ぬよか、カッコよく死んだ方がいいだろう?」
「まあ、その、何だ。生きろ。無様に死ぬぐらいなら、生きろ。俺にお前の証を作らせるなんて事はさせるな」
「どうせ死ぬならカッコよく死ね。それが出来なきゃ俺が地獄まで行って、テメーのケツ蹴り上げて、生き返らせてやる。分かったな?」
「よゥし、ならカッチョイーコードネームを俺からくれてやるよ。ジェイソン、ってのはどうだ? いいだろ? さあ、決まりだ! 今日は呑むぞ、お前ら!」
あの後皆が飛び出てきて、どんちゃん騒ぎ。あれは楽しかった。いつも楽しかった。
だから、だからこそ。
「ジェイソン! ジェイソン! 撃て! ガンダムを!」
隊長。それは出来ません。今皆が注目している場所とは別に、貴方を狙う者が居ます。
あの白いネモ。上空からだとようやく分かるほど迷彩塗装が上手い。あれは出撃用ハッチだろうか。ハッチを途中で止めて、ギリギリ胸から上だけ出して、隊長を狙っている。凄い。
「隊長」
だから、だからこそ。奴に目標を切り替えて。
「何だ! マヌケ!」
「今から皆が行っても間に合いません」
牽引ワイヤーをこっちで切断して。
「それがどうした! 撃て! ガンダムを! 奴を討てばジオンにとって」
「いいえ、隊長。貴方を失う事の方が、自分にとっては辛すぎます」
ネモを撃つ。
スキウレ砲を構えるガザWを引っ張る牽引ワイヤーが突如千切れた。無論、それをセフィは見逃さない。最初は一人逃げるのかと思ったが、その考えはすぐさま改める。
ガザWが落下しながら、先ほどまでガンダムに向けていた体をこちらへと動かしてきたのだ。狙っている、気づいている。自分の存在に。
避けられない。逃げれない。避けれるほどの時間はなく、逃げればこの掩体壕が焼け落ちる。
自分も目標をあのガザWに変えるしかなかった。
今セフィのネモが撃とうとしている弾は、MSの装甲など簡単に撃ち抜ける程の威力を持っている。正確に弱点を撃ち抜けば、一発で十分だ。一撃で仕留めねば自分が死ぬ。
それでいい。それこそが己を奮い立たせる。
自分に殺意を向けられると――何よりそれがジオンであれば、より強く操縦桿を握れる。
「殺してやる。殺してやる。パパと、ママを、殺した以上に」
狙いを確かめた。モニターには目標の胸元がズームアップで映し出されている。目いっぱいに広がる緑色が忌々しい。
あとは、右手元にある精密射撃用のグリップを握り、射撃命令を下す紅いボタンを親指で押すだけ。
死ね。頬を歪ませ、殺意を投じる。
「よせ、ジェイソン! よすんだ!」カチルが叫んだ。
「何馬鹿な真似やってんだ、マヌケ!」フレディが怒った。
「クラウス、逃げろ! 隊長命令だ!」部下であるジェイソンの突然の発言に、戸惑いを隠せず、カチルは思わず攻撃の手を止めた。
そしてユートを蹴とばすと、落下するジェイソンの元へと誰よりも速く、機体を飛ばす。
「隊長……言いましたよね。カッコよく死ねって」
ヘルメット内から耳元に流れるジェイソンの声から覇気を感じる。
「もし、もしカッコよくなければ、どうぞ自分を地獄から蹴り飛ばしてください」
「待て、待てクラウス! 俺は認めてないぞ、許してないぞ! クラァァァウス!」
カチルの叫びの直後、クラウスのガザWがスキウレ砲を放つ。ネモへと向けて。
その数コンマ後には腹を折り目に、ガザWが前のめりで曲がった。折り目から弾がコクピットを貫通したのが、カチルには直感的に分かった。
「セフィ!」機体を起し、スキウレ砲の光線を眼で追うユート。
光線はほぼ彼女から通信の届いた位置に命中していた。
しかしガザWの体がくの字に曲がった事で、スキウレ砲の照準がずれる。光線がネモの位置から跳ねあがり、掩体壕を掠める様に空へと向きを変え、そして消えた。
「クラウス!」
「セフィ!」
両者ともに通信はなく、雑音の嵐だけが耳を支配する。最も考えたくなかった事態が発生した事で一番焦っていたのは、ブギーマン達であった。
それは空で彼らを見れば、動きで分かるほどだった。
「隊長‼ 隊長! クラウスが、クラウスの声が!」
「分かってる、分かってんだよ! 黙ってろ、オーグリィ! ふざけてるだけだ! きっとまだ生きてる。当然だろ! 誰の部下だと思ってんだ!」
落ちるクラウスの体を持ち上げるカチルが怒鳴り散らす。認めれない事実。認めたくない。
「馬鹿にしやがって、童貞が。マヌケが。どうせ腕一本、その程度だ。そうだろ、そうなんだろ! 何とか言えよ、クラウス! その程度で失禁とは面白くねえんだよ!」フレディが叱咤を飛ばす。悪い冗談だと事態の認識を放り投げる。
どうするか、どうしたらいいのか。ジェイソンのガザWを抱えたまま、カチル達は集まり、ただ飛んでいた。
「連れて、帰ろう。隊長! 早く!」誰かが言った。
その言葉は気付け薬としては効果覿面で、カチルもすぐさま息を整えた。
今はガンダムを逃すという事や、連邦達を見逃す事など誰の頭にもない。ましてや、過去の因縁やら、さっきの覚悟もない。
この体中から溢れる冷や汗を無駄であってほしいと願い、帰艦するしかなかった。
遠空へと小粒になって消えていくブギーマン。その背を見ながら、ユートはセフィの安否に恥汗を流し出す。
心配しても遅いかもしれない。それでもユートは通信でセフィを呼びかけた。
しかし数秒待てども返事はない。最早これまでか――。大きな代償を払った平和だと涙を呑みこもうとした時だった。
「五月蠅い……頭が、痛いのに」不快気に彼女は呟いた。
安堵の息を洩らす。肩の荷が落ちる。