機動戦士ガンダム0096 白地のトロイメライ   作:吹き矢

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この小説は、SNS上で呟かれた一つのIfネタを元に製作されています。

原案 ゼルガメス(@Zelgameth1)

本文 ミナミ(@pigu0303)



蝗の王~Day after Abad~②

 ――ノースベイ地球連邦空軍基地周辺――

 晴天の下、礫のような雪が降る。針葉樹林は風に揺られ、乾き凍った葉が粉々に千切れ飛ぶ。過去では此処も緑豊かな土地だったが、人間も宇宙服を着なければ体温低下で死ぬ地獄となった。

 だがこの環境も今の連邦にとっては自然擬装という利点を得ていた。ノースベイは雪風と針葉樹による視界の妨害、また豪風が酷いときは通信すらダメになる。積もり重なった雪層はMSの足すら絡めとり、簡単には進ませないだろう。だからこそ、今まで生き延びてこれた。

 緑林に塗り重なった白雪に紛れ、辺りを見渡す薄紅の眼。高さ十五メートルの見事な樹林の隙間からその眼を覗かせる。

 其処には《ジム寒冷地仕様》が三機。外殻を見れば何ら変哲もないジムだが、中身の殆どはパーツの寄せ集めになっている。その為出力の調整が難しく、整備を怠ればすぐさま各機器はお釈迦になる。武装は寂しいもので、頭部バルカンの弾数は半数も装填されておらず、主力武装の100mmマシンガンも、予備弾倉は多くても二つまでしか各自持つことができない。

 さらにバズーカやミサイルランチャー、180mmキャノンなどは希少価値の高い兵器となっていた。光学兵器などもってのほかである。身を護るための盾も新品などは少なく、殆どが溶断箇所や弾痕が残ったまま使われている。

 それでも索敵班に回りたがる兵士は後を絶たない。理由は様々あるが、一番は特別支給されるレーションだった。この環境下ではいくら地下とはいえ、作られる食物が限られており、そんな中懐かしい俗食を味わえる唯一の食品なのだ。空腹と酷食な基地内ではレーションは麻薬のように中毒性を孕んでおり、一度味わえば抜け出せない沼。

「あー、あーあーあー。今回のレーションは何だと思う」宇宙用のパイロットスーツを身に着けた兵士が期待を洩らす。「出来れば俺はミネストローネがいいね。冷えててもあれは美味い」と続けて要望を言った。

「おい、ホワイト2。あと十三時間近くもあるってのによぉ。そんな事言われたら俺も気になってくるだろぉ」右側八m先に離れた方から、語尾に独特な鈍りを感じられる声が届いてくる。

「おい、やめてくれよ2、3。本当に腹が減ってくるだろ。それにさっき味方に発砲しそうになった馬鹿は何処のどいつだ? 今度下手に警報鳴らしたらブーイングで済まねえぞ」もう一人に痛いところを突かれて、ぐうと変な声が漏れ出る。分かってるさ、分かっているさと思いはするが、やはり腹の虫が思考を鈍らせる。

 しかし怖かったなぁと男は震えた。あの時誤射しそうになったネモ。搭乗者の少女の声で発せられる「何やってるの」という単語はナイフより胸を痛めつけた。何と鋭い殺意だっただろうかと操縦桿を握る手が震える。

 あれこそが死神とでも言うのか。通信映像で見た顔は可愛いものだったのに勿体ない。そんな他愛ない事を男たちは口々に話していく。

 

 時刻は午後四時過ぎ。雪風に遮られた陽光が僅かに落ち始めていた。間もなく闇が来る。不安と寒波を乗せた暗黒がやってくる。ここら一帯に人口建造物は存在しない。故に夜になると辺りからは光が失せる。

「やだねやーだね。なんたって夜なんかあるのかね」ライトで照らす先を見つめながら、男は口走る。五感のうち、一つまたは最悪二つも奪うのが夜の習性。その空間では生きた心地がしないのを男は知っている。辺りが見えず、何も聞こえぬ世界。

 そう、怖いのだ。子供の頃から親より言い聞かされた幽霊・悪魔のように、その闇が脚をかすめ取り、黒の先へと自分を連れ去ろうとしているのではないかと体を強張らせるのだ。

 他の二人もそうだった。口々に「馬鹿か?」「ありないだろぉ」と言葉にはするが、本心ではない。

 培った経験か、はたまた覚醒か。闇がまるで光を侵食し、自分たちすら飲み込もうとしているのではと思ってしまう。笑いそうになってしまう。自分たちがどれほど間抜けかと。

 どれだけ取り繕って、巨大な兵器に乗り込もうとこの孤独感を促進させる白雪世界では、己らなど無力だと気づかされるのだ。

 今日はやけに憂鬱だった。白に覆われた夕日がそうさせるのだろうか。そんなセンチメンタルな心を自分たちは持っていない。そう男たちは笑い飛ばした。そうしなければ、操縦桿が握れなくなりそうだったからだ。

 しかし、やけに嫌な空気が辺りに張りつめている。誰かがそう言った。まるで時間そのものが凍ったかのように、辺りからは音という音が消えている。まるで嵐の前兆ともいえる。

 そんな時だ。何か引き裂くような、鋭くも轟くような音が響き始める。

「な、何の音!?」まさか本当に嵐がやって来たのか。

 しかし、それは雷鳴の咆哮などではなく、有象無象と沸き立つ雲霞の羽音。

 ジムのメインカメラの倍率を上げる。五倍、十倍――二十倍。ようやくそれを目に捉える事が出来た。

 それは陽光を背に、隊列を乱さず横一列でこちらに向かって、飛び落ちていた。まるで荒鷲の群れかと見間違えるほど美しく、気高く、そして恐ろしい。

奴らだ、奴らがやってきた――。目いっぱいの警笛をかき鳴らす。そして通信で奴らの名を呼び叫ぶ。

「ジオンだ――緑の鬼がやってきやがった!」

 

 それを待っていたのだと。まるでそれが自分たちへのファンファ―レだと言いたいのか、満足げな声で「ごきげんよう」と鬼が告げる。奇声に近い掛け声でジオンの機体―ガザW―が落ちてくる。

「く、くそっ、太陽が邪魔で」雲を掻き散らす雷の如く飛来してくるガザW。僅かに陽に照らされ、黒光りするのは銃口だとしっかり視認できた。

 ジムが100mmマシンガンを急いで構えようと、それを固定するシールドの取り付け機具を解除する。ロックが外れ、支えを無くしたマシンガンは一度重力に従うが、すぐさま鉄の手に掬われる。最早構える間すらなく、無駄弾とは知りながらも撃ちつつ、目標へと銃口を向けた。

「――ッッ! キックバック!」誰が言ったかは関係ない。連邦の攻撃と知ったブギーマンの誰かが急制止を呼びかけた。全出力で前方にスラスターを吹かす。同時に変形を行い、MS形態へと移行しながら、高速を保っていた機体を停止させる。そして、両肩のシールドバルカンを激しく撃ち放つ。

 空中で幾つもの弾のかち合いの音と機体に響く銃弾の雨霰。

「散開しろ! いい的だ!」ガザW達が機体を後転と同時に変形。散り散りに空を切っていく。

 それをジムは必死に目で追おうとするが、明らかに三コンマほど遅れていた。それでも幾度と繰り返し、機械的に覚えたマニュアル操作でジム達は針葉樹林に身を隠す。

「ホワイト2、3‼ 敵機は可変機。どこかで必ず変形によっての隙が生じる! それまで姑息なりとも生き抜け!」ジム達は姿勢を低く保ち、空からの索敵を妨害する。

 今は警笛を鳴らし続け、自分たちがオオカミ少年ではない事を味方に知ってもらうしかない。自分たちの基地に秘密裏に作られていた最強MSが居てくれればと願った。

「ブギーより、ブギーマン全機に告ぐ。目標はジム。ろくに当てれもしない連中だ。嬲って嬲って嬲って、思う存分ヤってやろうぜ」カチルの言葉は火種には十分だった。

 空を我が物顔で飛ぶブギーマン達のうち、二機が機首を地に向け、飛来する。それをサポートするかのように残り三機は辺りを散開しだした。

 二機が地上のジムに照準をつける。あれで隠れてるつもりか、全くもって隠れてきれてないぞと二機のパイロットは笑いながら、照準を定めた。

 ジムもそれは分かっていたのか、奇襲戦法だとシールドを構えながら針葉樹の隠れ蓑から飛び出す。そして100mmマシンガンを構えた。お互いの兵器がお互いを狙っている。銃口の奥先までのぞき込めそうな程の一瞬。緊迫が張りつめる。

 ゴクリ。相手の生唾を飲む声が聞こえてきそうだった。一秒が百秒にすら感じる。一瞬の出来事な筈なのに。警告音と心臓の鼓動。照準を定める機械音と指先まで感じる脈動。全てが一生の八十年分の恐怖と快楽へと変わっていく。

 先に相手を定め、先に相手への懐を狙い、先に相手を殺した方が生き残る。至極当然の答えだ。

 どれも早かったのはガザW。二機はそれぞれが一機ずつ狙うのではなく、的を一つに絞る事で確実性を増させた。お互いの航路を交差するように滑空し、ジムの全身に銃弾を浴びせる。

 ガンガンと鉄で鉄を殴りつけるような衝撃音がいくつも鳴った。機体の被弾個所は着弾の威力を押し殺せず、機体は後ろへと跳ね、地に堕ちる。

 そして打ち終えた二機は、また制空権へと舞い戻っていった。

 わずか六秒という放射でジムの装甲は剥げ落ちるまでに削られ、フレームが大きく露出。首は皮一枚で繋がっているだけでグラグラと今にも落ちそうだった。十中八九パイロットは死んでいるだろう。あまりにも無残な姿である。

 一機潰したという戦果に、討ち取った二機のパイロットが雄たけびをあげる。

「気ィ抜いてんじゃねェ!」上空で旋回していたガザWの一機が急降下してくる。その銃口は先ほど倒したジムの方向を向いていた。

 一体何を、死体蹴りなんていくら何でもやりすぎでは。そんな二機のパイロットの考えはすぐに打ち消される。

「ホワイト1ッ! 応答しろ、《ハイソン》!」林の隠れ蓑より飛び出す一機のジム。肩には赤い文字で2と描かれている。右手にはバズーカを肩で担ぐように持っていた。一般的に連邦で支給されているバズーカだ。ブギーマン達は威力を十分知っている。

 ホワイト2は、撃ちひしがれ、静止したままのホワイト1へと駆け寄った。友の為に。

 その瞬間、照準を合わせていたガザWのパイロットは勝利を確信した。

 奴は人へと戻った。非情であり、残酷にならねば生き残れない戦場で死した友へ手向けを送ろうとするなど、愚の骨頂。那由他にも及ぶ雨をくれてやろう。

「ハイソンをォッ!」ホワイト2は動かぬ友を庇うようにガザWとの間に割って入り、バズーカを構え向ける。まだガザWの銃口の位置は空中に近い。これだと撃ちあいになったとしても、頭部のメインカメラを犠牲にし、先に落とす事が出来る。

 そして、「勝ったァ‼」という雄たけび。仇討ちなのか高揚なのか。思わぬ言葉が口から飛び出た。ホワイト2のパイロットの口元が耳までつり上がる。

「負けてるんだよォ! コンマでなァ!」ピピピとジムをロックした音が耳に飛び込む。両手で握る操縦桿。そこに備えつけられた真っ赤な攻撃用のボタンを力強く押し込んだ。

 そして起こるのは機銃の咆哮。雷鳴に近い銃撃がジムの右腕へと浴びせられる。

「ぐうう……なン、のォ!」ホワイト2のパイロットは何とかしてガザWにバズーカを当てようとするが、必中か奇跡か。ガザWの放った銃弾がバズーカ内の弾頭に命中したのだ。

 銃弾の熱に反応した弾頭内の火薬は破裂。マガジン内の弾頭にまで誘爆を引き起こし、ホワイト2の右腕は大きな爆炎と共に吹き飛んだ。

 グラリと鉄の塊である機体が爆風で吹き飛ぶ。その衝撃はあまりにも強く、頭部メインカメラだけでなく、各部センサーや内部機器を破壊した。横倒しになった体はその勢いを殺せず、左半身から地に叩き付けられる。

「死して尚、屍を弄られるのは辛かろう……せめての優しさってやつだよォ、くく、くははは!」地面スレスレで滑空してくる先ほどのガザWが、ジムの目の前でMS形態へと変形する。

 そして、まるで魔獣のような鋭い指先の右手でジムの頭部を掴み、左手で腕のない右肩部分をしっかりと掴む。

「……今すぐ楽にしてやるよォ」ガザWの全スラスターが噴出を始める。白煙が地の雪を溶かし、辺りに残った僅かな草木や土埃を巻き上げた。

 ガザWは体を反時計回りで回転させながら飛び上がる。ガタガタとジムが揺れる。子に紐で引きずられる玩具のようだ。

 空には、餌を待つ雛のようにまだかまだかと、ホワイト1を討ち取ったガザW二機が円を描いていた。そして、ジムが空へと放り上げられる。抵抗の出来ないジムは地上への重力に引かれて落ちていく。

「くは、くはは、くはははははははっっ!!」無様だな、間抜けだな、まるで羽をもがれた虫けら。そんな罵倒、卑劣、外道な感情を込めた笑いを地に落とす。それだけではない。

 旋回していた二機を呼び、MS形態へと変形させたかと思うと、三位一体での集中砲火を開始したのだ。それもバルカンではなく、シールド内に装備されたシュツルム・ファウストを各機二丁ずつ。ロケット花火で遊ぶ子供のように容赦なく発射する。

 ホワイト2のパイロットは恐怖であっただろう。目の前から降ってくる火薬の塊。それを六つも目に、己に近づいているというのに、何もできずただただ死を待つだけ。爆炎で身が溶け焦げた時には幸せすら感じただろう。

 粉々に砕け散ったジムをあざ笑う三機の元へカチル機が接近する。

「《ドット》、《スマイリー》、《フレディ》! やりすぎだぞ!」

「おーおーおー。隊長はご立腹だ。けれどしゃーないでしょう。こっちは五機、相手は三機。ちィと数不足ですぜ」フレディが笑いながら、弁明を述べる。

 その時だった。辺り一帯にけたたましいサイレンが鳴り響く。自然的だった風景をかき消す様に機械的な音が空間を支配する。

 ブギーマン達にとって、それは祝福のベル。恍惚に満ちた表情がつい出てしまう。ありがとう、神様。ありがとう、戦争。そんな非人道的な思いも今だとポエムのように口ずさめる。

「おかわりとは。優しすぎやしないか?」カチルが言った。

「ええ、ええ。隊長殿。V.I.Pが来るまであと数分。存分に楽しみましょうじゃありませんか、ねぇ?」フレディが笑う。

「ああ、ああ……そうだな。そうだなァ……そう、だよなァ~」

 傍聴、肯定、歓喜感涙。様々な感情が入り混じる。

 思わず涎があふれ出そうな程、彼らは飢えていた。

 どれだけ自分が醜いか、よく分かっているつもりだ。だがそれでも人を殺したくてやまない。例えイカれていると言われようとも、そうしたのは誰か。

 戦争だ、アンタたちだ。俺たちはきっと狗だから、兵士だからと言い聞かせるだろう。そして引き金を引くのだろう。

 ありがとう、神様。ありがとう、戦争様。ありがとう、ジオン様。こんな気持ちのいい事が、正義だなんて吐き捨てれる世の中にしてくれて。

「土竜が頭を出すぞ。全機、叩け!」カチルの掛け声と共に隊員たちが高度を下げ始めた。そしてカチルも機首を下げ、地に銃口が向くようにして飛び降りる。

 

 ――ノースベイ地球連邦空軍基地内――

 基地内全域にて警報がひっきりなしに鳴っている。先ほどの誤報とは違い、外に居る部隊から連絡が取れないばかりか、爆破音とそれによる振動が基地を揺らしている。

 約三か月続いた平穏は終わり、異常事態への対応として全員が一斉に動き出した。それは掩体壕もそうだった。

「リャオ‼ まだか!」基地内放送で次々と出撃の知らせが流れる。行き遅れたと感じたユートは焦っていた。コクピット内で操縦桿をひっきりなしに動かすが、意味はなさない。

 鋭敏になった第六感が己を戦場へと駆り立てる。

「無理に決まってんでしょ! 格納庫じゃないの‼」リャオが正しかった。

先ほども出撃しようとしていたが、未だジム・クゥエルの整備は不完全。センサーを増強する整備作業中の為、各部索敵システムの基盤も停止している状態だ。そんな状態で何ができようか。何もできず死ぬのがオチだ。

「ジムⅢ、出るぞォ!」また一機、死地へと向かった。何もできない、このまま味方に守られるだけなのかと歯がゆさだけが残る。

「入庫用のエレベーターがあるだろ! 早く出せ!」パイロットシートを強く殴る様は駄々をこねる子供だった。リャオは呆れて物も言えない。彼と自分との会話がまったくかみ合ってない事よりも、軍人という生き物すべてに対して憤りを覚えた。

 出撃できないと言っているのだから、避難を始めればいいのに何故此処まで戦場に固執するのか、リャオには理解できない。

 暗に一緒に避難しようと伝えているのに、ユートはそれを感じ取りすらしないのだ。

 ユートだけじゃない。過去より仲の良かった軍人は皆そうだった。そうやって死んでいった。

「だったら、勝手にすればいいじゃない!」リャオの怒りが噴き出した。

 ガンとジム・クゥエルの連絡橋に工具が落ちる。強く切り伏せるような口調でリャオは吐き捨てると、整備用の電源スイッチを切った。

 すると、ジム・クゥエルのエンジンが始動する。ディスプレイは光を放ち始め、コクピット内全体に数色の電光が起きる。「いよっし!」ユートの声は躍っていた。

 これが軍人か、これが狂人かと、ジム・クゥエルの左肩から連絡橋へと飛び降りながらリャオは地団駄を踏む。彼を止められなかった不甲斐なさが、余計に苛立ちを募らせる。

 リャオは、連絡橋でハンガーのロックを解除していく。同時に胸前にあった連絡橋や作業台が連結を外し、ジム・クゥエルが通れる道をつくる。

「馬鹿!」と言ってヘルメットを投げ渡すリャオに、「ありがとう」そう言いながら親指を立て、ユートは笑う。

 ジム・クゥエルが二分割された連絡橋の間を通り過ぎていく。それを見た別の作業員が「おい! 何やってるんだ、あれ。まだだろ!」と叫ぶのは、ご尤もな言葉だ。

「知らない! 生きる為に死にたがる奴らの事なんか知らない!」リャオは涙をゴーグルに溜めて肩を震わせる。

 リャオにも訳が分からない。何故そこまでして戦いたいのか。軍人だから。生きる為だから。そんな言葉で片づけれるような事なのか。戦場という恐怖にたったそれだけで耐えれるとは思えなかった。

 ユートのジム・クゥエルは、上半が熔解したシールドを持ち、予備弾倉がたった一つしかない100mmマシンガンで出撃しようとしていた。

 リャオの眼にエレベーターで上がっていく姿が映る。あんな状態で生き残れる訳がない、次に帰ってくるのは原型のない機体と僅かに残った遺物だけ。そんな想像が脳裏を焦がす。

 これで九人目になるのか。そんな悲しみを募らせながら、避難豪へと逃げようとしたときだ。

「ねぇ」後ろから誰かが、リャオの肩を掴んできた。柔らかく優しく。

 振り向けばそこにはオコジョ娘が立っていた。形相は険しく、一刻を争うと言いたげにヘルメットまで既に被っていた。厄介者に次ぐ馬鹿が来たのかと、リャオは察した。

「私のネモ。出せるでしょ」その言葉に一寸の迷いもなく、僅かな躊躇いもない。半ばやけくそに「何よ、何なの!――貴女も!」とリャオは怒鳴りつけた。 

 片手でゴーグルを上げ、涙を拭いながら「そんなに死にたければ殺してあげるよ!」と彼女のネモの方へと走っていく。

 何処までも残酷な戦さの神を呪いながら。

 何処までも愚かな軍人を死へ送る自分を恨みながら。

 

 エレベーターが上がった先。ユートの眼に飛び込んできたのは見飽きた銀世界ではなく、血肉と鉄くずでまみれた泥沼世界。辺りの雪は赤と茶を滲みこませ、不快感だけが記憶に残る。

 上空を飛び交うのは五匹の蝗。この地を滅ぼす為に、呼ばれた使い魔。

 撃ち落とそうと地上では、連邦軍のMSがこぞって空を見上げていた。

 しかし、それは蝗もといブギーマン達にとっては、出来過ぎたほど都合がよい。

「頭を出したなぁ! 土竜どもぉ!」陽光を背にした一機―フレディ機―が落ちてくる。

 黒点のように小さなそれは、地上との距離を詰めるにつれ、本来の大きさがはっきりしてきた。

 それは何か。後光が目を掠めていたが、慣れていくと徐々に分かった。白き塊。影でくすんではいるが、それでもこの地に積もった白雪の如く真っ白な物体。

 それは雪塵を巻き上げ、地に身を落とす。衝撃で舞い上がった白煙が晴れると、衝撃で陥没した穴に視線をくれる。

 誰かが言った。あれはジム寒冷地仕様。腕は千切れ、胴は拉げ、脚はもげている。肩には3と赤い文字で描かれている。まるで血を吐き、モツを撒いたように、それは白雪に泥色の油血を滲みこませていた。

 白塗りの《ガンキャノン》が一機。ジムを救助しようと、連邦の群れから、不意に飛び出す。

 瞬時、ユートの第六感が何かを告げた。「踏み込むなぁ!」大きく通信で張り上げる。

 だが上空から降り注ぐ鉄霰が、ユートの声をかき消す。着弾の衝撃は、ガンキャノンの身体を左右上下にくねらせ、躍らせる。

「見えるぞぉ、鼻先まで」蝗たちが落ちてくる。空を闊歩してやってくる。

 突然の出来事に呆けた連邦軍が反応に遅れた。機首を落とし、銃口を地の雑多に向けているガザWにとってそれは好機。

 余りに余った銃弾をまとめて吐き出す。五機がバラバラに出鱈目に滅茶苦茶に攻撃を開始する。

「蠅が、粋がるなよ……ッ!」そう言い、先陣を切ったのは青の元地に、白の斜め線で迷彩色に仕立て上げられた《アクア・ジム》。本来は水中での戦闘に特化しているのだが、それは過去の話。使えるのなら使うという精神から、既に雪上用に改造を施されている。

 例えそれで動きが鈍くなろうと、盾程度にはなれた。たった二発しかないハープーンガンをアクア・ジムは構える。照準を定めるのは速く、乗り手はベテランと窺える。

「地に住む土竜になぁ、落とされるガザWじゃないんだよ!」カチル機とそれをサポートする一機―ジェイソン機―が、降下を始め、その際に急速変形を行った。

 そして両肩のビームカノンを構える。ガコンと砲塔のロックが外れる音がする。

 脇下に滑り込んできた砲塔を抱き担ぐようにして、ガザW達は砲撃を開始した。

 若葉色の四閃。アクア・ジムの身を腕から、頭から、胸から、脚から焼き溶かし、溶けた身を地に焦げ付ける。

「あ、ああ……あ」聞きたくないものが連邦軍通信全てに流れる。アクア・ジムのパイロットの最後の言葉。今も残響として耳を支配する。

「お、おぉっっ、前らぁぁぁ!」ユートは感情をむき出しにして操縦桿を握る。

「また、そうやってお前らジオン軍が!」左腕に付けられたシールドで、上半身を庇いながら100mmマシンガンを三弾ずつ、リズムよくガザWへと放つ。

 ユートの後を追うように、他機も攻撃を開始した。初弾をシールドで防いだガザW二機はすぐさま飛行形態へと変形し、弾の射程範囲外へと撤退を始める。他の三機も同様に射程範囲外へと上昇し始めていた。

「ハハハ、おもしれえなぁ……やっぱり戦争ってのはよ」カチルは感謝しながら言った。

上空から粒ほどの大きさにまで小さくなった連邦達を目にし、さてどうするかと打算をする。

 操縦桿を指で叩きながら隊長であるカチルは嬉しそうにしていた。まるで荘厳な調べを辿る演奏会に浸っているかのように、心に憩いの風が流れ込む。

 乾いた心が産み出す苦痛を取り払う命の潤滑油。心が満たされていった。

(まずは、そうだ……そうだな。真っ先に撃ってきたあのジムを叩く。上から俺が、下からフレディが。その間に左右にそれぞれドットとスマイリーで挟む。サポートにはジェイソンを――――完璧だ。自分自身に拍手喝采を送りたくなる)

 地ではしゃぐ連邦機体。何と愛らしくて、間抜けなのか。今からその醜い二つ目の顔を潰してやろう。

 カチルの操縦桿を握る力が強まる。後は自ら花火の嵐に飛び込むだけ。

 死ね、死ね、死ね。俺たちが生きる為に。享楽と殺意に満ちた笑みを吐き出す。

 だがその時、ブギーマン達に一つの命が飛び込んでくる。

「深追い無用」

 この声、この癇に障る声。お偉いさんってのは、さぞ保身が安定した場所から話したがる。通信音と共に飛び込んできた声に、カチルは眉間に皺を寄せる。脱力に満ちたため息を、腹の底から押し出す。

 生殺しもいいところだ。

「そろそろ其方に到着する。君たちも無駄死には嫌だろう……早く其処から去りたまえ。お役目ご苦労」映像のない声だけの通信。相手の表情が読めないことが、余計に苛立ちを募らせる。

 勿論、カチル自身このような絶好の機会を、みすみす手放したくないとは思っていた。

「――とは言いますがね、V.I.P殿。こちらも生き甲斐を今感じてるんですよ。生きてるなぁって。それを、邪魔するのは無粋では」カチルの言葉に同調した隊員三名も同じく野次を飛ばし始める。まるで呪文を唱えるかのように「殺させろ」「殺させろ」と反復する。

 返ってきたのは、フフッという罵笑。

「一旗上げ損ねた故に、戦場への依存ですか? 手土産無しでは、死ねないと――本来であればザビ家親派である貴方達旧ジオンも不必要として処断してるんです。感謝と敬意と愛を持ってほしいですね」

 男の言葉に、カチルは不満そうに言う。

「俺達はジオンにしがみ付く怨霊って訳かよ……」

 いいや、それは違うと男は訂正した。

「この重力の地に囚われた地縛霊の間違いでしょう?」

 ブギーマン隊全員の心底で怒りの値が上がる。此処まで見事に地雷を踏み抜かれるとはまさしく驚きでしかない。

 かつての一年戦争では敗走兵として生き残り、その後の戦役、戦争、紛争全てに出遅れた敗残兵として今まで生きてきた者が創ったのが、ブギーマン部隊だ。

 ずっと此処で生きながらえてきた。例え新生ジオンに存在を忘れられ、スノーアースの巻き添えを喰らったとしても。

「利用できるものは利用する。お互いが賢く生きるための鉄則でしょう?」男の言葉は何か別の意味も含まれているようだった。

 探るな、考えるな。ただ従え。そう言いたいのか。男の背後に見える闇が、カチルの喉元を締め付ける。

 癪に障るが、この星で生きていくには投げかけられた言葉を正しいものであると、理解せねばならない。今は快楽に浸り淫ずる猿になるのではなく、知性ある人になる必要があった。

「……。いいだろう。ブギーマン、全機撤退! とっととしろ!」カチルは隊員たちの反感を買う事になったが、命との天秤にかけた場合、誰もが取捨選択を正しく行えていた。

――そう、数分後にこの地と共に灰塵と化さずに済んだのだ。

 


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