機動戦士ガンダム0096 白地のトロイメライ   作:吹き矢

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イナバ-前編- ⑦

 ――医務室――

 目が覚めた。灰色の鉄板に青白い蛍光灯。

 わずかに室内に残った薬品の匂いが鼻腔を刺激する。体は起き上がる事が出来ぬようベッドに縛られていた。

 頭を少し起こして両掌を見る。開いて、閉じて、開いて、閉じて。指は動いた。全身に貼られた電極から読み取った電気的活動が、心電図に波打って映し出されていた。

 生きている。生きている。まずはその事実に自然と涙がこぼれた。全身が熱くなる感覚をこれほど愛しいと思うのは後にも先にもこれが最後だろう。

 そして次にはどうかこの自分の記憶にある事は、長い長い眠りの間に見た夢であってほしいと願った。

 自分は今心優しい連邦兵に助けてもらっているのだ。

 基地で待つ皆の元にこの後救助に行くのだ。

 そして自分は皆に感謝され、連邦に褒められ、英雄として語り継がれるのだ。

 そうであれ。そうであってほしい。今だけは普段信じない神に祈りを捧げる。身動きの出来ない状況でミリーは無言の祈りを続けた。

 ――しかし、現実は非情である。あれは夢ではないと、これが事実であると言い告げる。

 自動扉が開くと、部屋の中に自分もよく知る顔ぶれの女が入って来た。

「ミリーちゃん、おはよう。昨日の事は覚えてる? 覚えてるのかな。今日の天気は雨ですよー、っと。うん、平熱」

 あれほど心を許せたアリナも今では鬼女にも見えた。彼女が自分の体に触れるたびに嫌悪感と共に殺意で暴れたくなった。しかし彼女が見せつけるように、胸元に備え付けたホルスターから拳銃をちらつかせていた。下手に暴れれば射殺されるかもしれない。

 今は機が熟すのを待つしかなかった。

「それじゃあ、連れていきますね」

 アリナは一度腕の拘束部だけを外すと、すぐに抵抗されないようにミリーの両手を手錠で縛る。そして抵抗できなくした状態で、用意した車椅子にミリーを乗せた。

 医務室を出ると、自分の知らない世界が広がっていた。

 通路のあちらこちらで、大の大人達が呑めや歌えや。壁や廊下には酒なのか吐瀉物なのか、何か得体の知れない臭いを放つ汚れが散乱していた。あれほど清潔で綺麗だったというのに――。

 体が車椅子に固定されたミリーは、この無様で仕方のない世界を視続ける必要があった。それは自身の中で偉大で尊敬に値する軍人たちと評していたものが崩れ去る。

 アリナはミリーをキッチンルームへと連れてきた。

 中にはあの時と同じようにカツラギが待機していた。珈琲を一飲みしては角砂糖を追加している。ミリーが入室したのを確認したカツラギは、アリナに自身の前に移動させろと片手間に指示する。

 アリナはカツラギと正面になる位置にミリーを寄せる。そして少し離れ、キッチンルームの扉の所で待機した。

「メリー・ディーン?」わざとなのか、小さく微笑みながらカツラギは名を尋ねた。

 しかしミリーは答えるつもりはなかった。ひたすら歯を食いしばり、カツラギを睨みつける。今にも飛びついて、喉元を噛みちぎってやりたかった。

 だが、それは不可能な状況。扉にはアリナ、真正面にはカツラギ。それだけでなく、キッチンの方からヴィカスが顔を覗かせていたし、自身の真後ろにはウィリーが仁王立ちして見下していた。

 暴力で無理矢理押さえ付けられているというのは気分が悪い。怒り心頭な今の状況では余計に苛立ちを募らせるだけだった。

「…………まずは礼を言おう」

 カツラギのその言葉にミリーがキレた。自分が置かれている状況を忘れて立ち上がり、カツラギを酷く罵った。

「馬鹿にしてんの! 人殺し!」

 その次の瞬間、カツラギとミリーを除いたこの部屋に居る全員が、拳銃を抜きミリーの頭部に照準を合わせた。しかし撃つことはなく、あくまで警告としての行動だった。

「降ろせ。事実だ。甘んじて受けようじゃあないか」

 皆が拳銃をしまっても、ミリーは立ったままカツラギへと罵声を浴びせ続けた。

 屑、死ね、卑劣。貧相なポキャブラリーから必死にひねり出しながらも、ミリーは怒りをぶつける。それを聞き受け止めながらカツラギは珈琲を味わった。

 ミリーの猛攻が一通り終わったのを確認すると「フフ、甘いな」と呟いた。

「いや、珈琲の話だ。砂糖が多すぎてね」

 カツラギは飲み終えたカップをテーブルに置く。そして酷く醜い笑顔を見せてミリーに言い放った。

「だが私は謝らない」

「――私達に謝る理由が見当たらない。だから私は謝らない。勿論今此処にいるアリナにヴィカスにウィリーもだ。艦内全ての人間、いいや。俺達ジオン軍の誰もが謝罪をすることはないだろう」

 その言葉にまたミリーの怒りはヒートアップする。今すぐテーブルに身を乗り出して、カツラギの胸ぐらを掴みにかかろうとする。

 だがそれはカツラギのたった一言で静止した。

「生きる為だ、しょうがないじゃないか」

 悪びれもせずカツラギは言い放った。そしてこの部屋に居る全ての者にその同意を求めた。勿論全員が「ええ、そうよ」「その通りだ」「何もおかしくない」と疑念も抱かない。

 これを異常だと思える自分が、世界にとっては異常なのではと思えてしまう。

 しかし、カツラギはそうではないと教えてあげた。

 怒りを忘れ、呆然とする彼女に「君もそうだろう?」と笑うと、続けざまに「だからあの場に居た。そうじゃなければ、何故MSに乗っていた? んん? テレビゲームじゃあるまいし」

「ッ!――私は! 私は……わたしはァッ! わたしはぁ…………」

「おいおい、泣く事はァないだろう。誰も君を責めはしないさ、メリー? 生きる為に殺して奪うのは悪い事じゃない。特に今の地球では普通だろう、健全少女じゃないか」

 狂っている。それがミリーの第一感想だった。ジオンだからなのかは分からないが、少なくとも此処の人間は頭の中身がバラバラになっているんだろう。

 今の状況をミリーはただただ涙して絶句するしかなかった。なんて言葉を返したらいいか、思い浮かばない。

「だから俺は君を生かしたんだよ、ミリィー?」耳に触る猫なで声でカツラギは言った。

 異常は正常なのだと定説するカツラギは、続けざまにミリーに言霊をくれる。

「生きたいからMSに乗って、生きたいからMSで他の基地や集合地から略奪していたんだろう? 俺はそれが気に入った。その歳にしてその度胸。大いに気に入った」

 違うと言ってやりたかった。自身がMSに乗っている理由は、『自分はニュータイプで、皆を救える英雄なのだ』という叶いもしない夢に縋り続けたかったからだ。

 しかし、彼の言っている事もまた真実であった。実際に他の皆と一緒に廃基地から物資を盗んだり、自分らと同じ略奪目的の民兵と何度かやり合ってもいる。その度に何人か殺したし、その度に戦績を誇り高く見せびらかしてもいた。

 第三者から見れば今まで自分たちがしていた事を、このジオン達にやられただけだという事だ。自業自得と言われればそうである。

 だが人間そんな簡単な脳みそをしてはいない。自身を棚にあげ、自身が与えたものと同じ屈辱雪辱を受けたとしても、容易に受け止める事は出来ないのだ。

 だが彼らは違った。自分達がやる事を万が一やり返されたとしても、事も無しと切り捨てれるのだ。

「どうだ? うちに来ないか。丁度一席空いている」

 あの時何が起きたのか、ミリーは知らないが想像はできた。きっと今此処に居ない誰かが死んで、その代わりにならないかという事なのだと。

 非情冷酷。まさしく鬼畜の其れ。

 やはり狂っている。彼らは狂っているのだ。だからこそ自身は彼らとは違うとはっきり分かった。

「私は、お前たちはとは違うんだ! 人でなし!」

 拒絶の言葉を投げかけても、彼らは否定するどころか面白半分の冗談だと受け流すばかり。

 一切合切を無視し続けるカツラギは「よぅし、まずは食事にしよう。腹が減ってるだろ? だから怒りっぽいのかもしれないな」と提案した。

 カツラギが指を鳴らすと、ミリーが是非を聞く前にヴィカスが料理を持って来ていた。

 予め作ってあったのだろう。ミリーの目の前に差し出されたハンバーグは鼻腔を刺激する湯気が立ち込めておらず、デミグラスソースも冷えて半固形状になっていた。

 しかし、ミリーは思わず生唾を飲み込んだ。こんな上等な料理、見たのは何年振りか。肉という肉を味わえる機会はこれが最後かもしれない。そう思うと怒りとは裏腹にハンバーグの横に用意されたスプーンに手が伸びそうだった。

 無意識下のうちで彼らを許してしまっている。無様にも食欲という僅かなものを満たしてもらえれるからと、この怒りを鎮めてしまいそうになっていた。

 それは彼ら自身も分かっていた。カツラギの「座って?」という言葉にミリーは従い、静かに車椅子に腰掛けたのだ。

 座ってからそれに気付いたミリーに、最早反抗できるだけの怒りが湧きあがらない。寧ろ自己嫌悪の感情で胸がいっぱいになった。恥ずかしい醜態を曝した自身を殴りたくなる。

「食べ、ません……毒を入れてるんでしょう」精一杯の抵抗。悪に対する反撃。

「うん、なら試してみよう」それをカツラギは簡単に砕いた。

 ヴィカスに新しいスプーンを用意させると、カツラギは体を乗り出し、ミリーのハンバーグをほんの僅か掬い取って口に運んだ。それを即興演劇のように大々的にミリーに見せつける。

 肉を咀嚼し、ソースを味わう。肉汁と濃いデミグラスが絡み合い、口内を強く刺激する。勿論毒などは入っていない。

 数秒待とうが一分経とうが、カツラギが苦しむ気配は一向見せる気配はない。

 安心感と同時にやってくる敗北感。空腹に抗えない自分。全てを放り出してまでスプーンに手を伸ばしたかった。いいや、伸ばしていた。

 悲しみからか、幸せからか。スプーンを掴む右手は震えている。カチャカチャと皿に当たる音からも一目瞭然だった。

 それでもミリーはハンバーグを切り崩し、ソースを掬いつつ、御馳走を口に運んだ。冷えていても柔らかい肉の甘みと焦げた部分の苦みが、絶品の料理。

 肉は豚だろうか。独特な脂のノリ溶けて消えるまでずっと噛んで味わいたい。

 ――ガリッ、ゴリッ。

 得体の知れない食感が肉の中から現れた。

「え……」突然の出来事に驚きを隠せない。

 舌で確かめると、それは滑らかで薄く固いもの。ミリーは下品とは分かっていても手に吐き出して、その正体を知る。

 ……。ざわりと全身に鳥肌が湧きたつ。

 …………。それが何かが未だ理解できない。

 ………………。突然の吐瀉。

 得体の知れないそれは、爪だった。人の爪。形からして女性の人差し指。一瞬桜貝の殻を彷彿とさせたが、人間特有の白い爪甲でその正体に気付いた。

 理性が決壊した今、ミリーの口元からは両手で押さえども、滝のように吐瀉物があふれ出た。ボドボドと液体と固形の入り混じったものが、机の下に溜まっていく。

「おい! お前!」事に気付いたウィリーが叫んだ。「ちょっと、これ!」それに続いてアリナも急いでミリーの元へと走り、背を擦った。

 しかしあまりにもショックだった為か、ガクリと糸が切れたかのようにミリーは失神してしまう。

「おいー、ヴィカス。もっとミンチにしろよ、形が残ってるぞ」

 無に溶けゆく意識の中で、ミリーが最後に聞こえた言葉だった。

 目が覚めた。自身の意識とは関係のない睡眠からの起床。知らない天井を見ても、最早ミリーは驚きもしなかった。

 自身が眠っていた部屋には顔をしかめたくなる強い刺激臭が充満していた。あまりにもその悪臭が鼻腔内を支配するものだから、ミリーの睡眠欲は消し飛んだ。

「やっと起きたのかよ」そう言うのはウィリーだった。

 ウィリーはミリーを寝かせたベッドの傍らにあるテーブルで左足の調整をしていた。露出する左足の接続部位は、脚を失う原因の傷跡が強く残っており、その凄惨さを感じさせた。

「たかが飯でどうして吐くかね……」

 メンテナンス用の油をタオルに染み込ませ、ウィリーは義足を拭く。テーブルの上には散らばった工具に混じって、自動拳銃もあった。

「あともう少しすりゃ終わる。それまで待ってろ」

 自身の新しい脚。何か不備があってはいけないと必死に整備をしていた。関節部位の板金を僅かに外したり、可動をキチンと確認したり。

 二、三分ほど義足の至る部位を確かめた後にウィリーは、それをほとんど鼠径部辺りまでしかない左足の部位に添えた。簡易的な接続器具で軽固定したあとに、ゴリゴリと異様な音を放ちながらボルトを締めていく。そうして動けるようになった所で、立ち上がりながらウィリーはミリーに銃を突きつけた。

「歩けんだろ、仕事だよ」

 一切の冗談っ気はなく、断れば本気で撃つように見えた。それでもミリーは首を横に振り「くたばれ」と罵る。

 それを受けたウィリーは殺したいが、殺せない。殺意と理性の葛藤がずっと続いていた。苛立ちから銃底で何度も左腕を叩いた。足りない頭で必死にミリーを動かす策を考えていたが、良いものは浮かばなかったようだ。

「いいから、来い!」

 怒鳴り散らしながらミリーの腕をいきなり掴み、ベッドから無理矢理引きずりおろす。そして嫌がるミリーの意を無視して、力づくで部屋の外まで引っ張っていく。

 何とか廊下まで連れ出したが、そこで足裏に根が生えたようにミリーは粘りを見せた。半身力の入らない機械のウィリーはミリーに拮抗を保たれる。

 徐々に苛立ちを覚えたウィリー。少女の手を引っ張る右手に力がこもっていく。

 万力のごとく締め付けられる手の痛みにミリーは涙を見せるが、それでも彼らジオンには従いたくないと拒んだ。

 ついに堪忍袋の緒が切れたウィリーが、少女の頬へ握りしめた右手をねじ込む。体重の軽いミリーの体はその衝撃に耐えきれず、尻餅をついた。彼女の頬が真っ赤に色づいている。

「連邦ってだけでキレてんだ。これ以上殴られたくなきゃ、さっさと立てよ!」

 彼の眼は強く血走っていた。酷く息を荒くして、熱持った血で逆上せた顔は怒りに満ちている。

 しかし痛みを帯びる頬を手で押さえながらミリーは睨んだ。決して屈する事はない。

 それが余計にウィリーを駆り立てた。今まで暴力で全てを従えていたウィリーにとって、此処まで意地を張る人間は初めてだった。

 フルフルと身が震える。床で尻餅つく少女に、強く強く憎悪の念を押しあてる。そして少女の手を取った。

「来い!」今まで一番強い口調だった。

 またミリーを引きずるように無理矢理立ち上がらせると、もう立ち止まらせないほど強く彼女を引っ張っていく。それでもミリーは抵抗するが、本気という奴だろう。どんどん廊下を突き進んでいく。

 廊下を進んでいくなか、ウィリーは騒ぎを耳にした。

いくつもの男の罵声怒声、それに絡む女の悲鳴。廊下の一番奥にある部屋から少し離れたこの位置まで届いていた。

 その正体をウィリーは知っているが、得体の知れない恐怖を感じたミリーは余計に抵抗を示した。次第にそれは懇願へと変わっていた。どうか自分をあそこへ連れて行かないでくれという本能からの叫び。

 そしてその時、部屋の扉が開く音がした。廊下の奥から悲鳴をあげて若い女が走ってくる。彼女は下着の一枚もつけていなかった。

「お願い! お願い! 助けて!」

 女はウィリーに縋りつき、泣き叫ぶ。火照りを得た体は痣だらけで、髪は汚れでボサボサだった。彼女自身の口から語らずとも、何が行われているのかは一目瞭然である。

 どうかこれ以上自信を辱めないでくれと女は助けを求めたが、ウィリーはそれに介せず女の頭を自身の拳銃で撃ちぬいた。

 徐々に力を失った女の体を廊下の隅に蹴りやりながら、ウィリーはその死体に唾を吐く。

「おいー! 殺してんじゃねえよ!」

 女の後を追いかけて、部屋から顔を見せる裸のヨハン。醜い裸体が目に映る。

「ヤれないからって根に持ってんのか、あー!?」

 汚い言葉を投げかけてきたヨハンに、ウィリーは右手の中指を立てるだけの返事。引き継いでミリーを連れて、廊下を進んでいく。

 そうして進んだ先は、艦隊の格納庫であった。

 今まで隠していたもの全てをさらけ出したか、此処にあるMSはジオンのものしかない。一つ目に緑や赤の鬼。皆不真面目ながらも次なる戦火を挙げるために準備を行っていた。

 その中で時折真っ白なザクⅡのコクピットに、ミリーは押し込まれる。そしてミリーの膝元に拳銃も投げ込まれた。

「殺したいんだろう。だったら殺せばいい。だから俺も殺す」そう言うとウィリーはザクⅡのハッチを閉めた。

「まだ電源は入れるなよ」近くに居た整備兵にそう忠告すると、自身の機体であるケンプファーへと向かった。

 自身のケンプファーのカラーリングも以前とは違い、白黒のマーブルになっていた。今回の出撃ではシールド・ブースターは使用せず、長距離の隠密活動の為に、熱保存のマントと燃料タンクの増加が行われていた。

「どうだ、調子は」自身のケンプファーを整備する眼鏡の男に話しかける。

「災難だったな、ウィリー」彼は手に持つ端末に映った機体状況を確かめながら、返事をした。

「そうでもない、やりたいことだ」

「そうじゃないさ、あっちだよ」そう言う彼の指さす方向はザクⅡだった。

 なるほどと頷きながら、ウィリーは軽く笑ってあしらう。

「明日には、死んでるかもな」

 ウィリーは男が何かを言う前に、自分の第二の故郷であるケンプファーのコクピットにもぐりこんだ。

 電源はまだ入らないが、それでも操縦桿を握るのは気分がいい。さらに重圧から解放されたとなると中々に気分がいい。コクピットの中で大きく体を伸ばした。

 それに自分に与えられた任務をうまく利用すれば、ミリーを始末出来るかもしれない。その可能性に思わずほくそ笑んでしまう。

 ウィリーはケンプファーのスイッチを入れると、自身の左半身を次々とコクピットシートに固定していく。左手首にベルトを巻きながら、自分の任務をもう一度反芻した。

(ガンダム……。発見した連邦兵とガンダムを殺す……)

 先日此処より数十キロ先で目撃された連邦残党部隊。その部隊が所有しているガンダムを含め、全てを皆殺しにする。上層部より受けた任務を、ボスは自身に流してきた。

 自分という人間をよく知るボスだからこそ、自分に任せてきたのだろう。

 ただただ連邦部隊を狩るだけなら、辞退したかもしれない。今は愚痴吐いていたかもしれない。しかし――ガンダム。

 その言葉がウィリーの闘争心を刺激する。脳裏に焼き付いた記憶が感情を昂らせる。

「ガンダム…………俺は、お前を――――」

 ウィリーはケンプファーのエンジンを入れた。灯がともった機体のコクピットに暖房が入り、徐々に熱を帯びる。

「ウィリー、どうぞ」整備兵から通信が入る。

「ウィリー、どうぞ」続いてオペレーターからだ。

 二つのグリーンシグナルがコクピットモニターに点灯したのを確認すると、ウィリーはケンプファーを出撃ハッチに通ずる道へと歩ませる。

 そして用意された射出ポッドに足を乗せ、最後の機体チェックを行う。

 本体。グリーン。

 武装。グリーン。

 電気系統。グリーン。

 自身のメンタル。グリーン。

 四つの項目をクリアして事でようやく出撃が可能となった。

「ウィルセン・オルコット曹長、ケンプファーⅡ。任務に出る」

 ハッチが開き、寒風が差し込む。

 操縦桿を強く押し出すと、機体が発射される。

 冷えた白雲海にダイブする――。

 

 




次回予告

 
 基地を後にし、雪原地帯を彷徨う野良犬達。そんな中、彼らが目にしたのは数多の屍。突如目にした厳しい現実に、サナは悲鳴をあげた。その声を聴いた狂気の死神が、吹雪を飛び出し首を狙う。
 白い悪魔よ、血に染まれ。
 一つ目の鬼よ、地に落ちろ。
 ユートとウィリー、互いの感情が火花となって渦巻く中、少女の力が垣間見える。
 第三話《イナバ―後編―》
 

 生きると祈ったのだ。負けたくない。

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