機動戦士ガンダム0096 白地のトロイメライ   作:吹き矢

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イナバ-前編-④

 一方、コンテナの外――格納庫では一機のMSが起動を始めていた。今まで隠れるように待機していたそれは寒冷地仕様のザクⅡだった。

 ザクⅡはカツラギ達の入ったコンテナを持ち上げると、臍下辺りに用意されたジョイントを使ってコンテナを固定した。そして今度はルイ達の入ったコンテナを持ち上げ、次は臀部に位置するジョイントへと固定した。これで腹と背でそれぞれ一つずつ鉄の箱を抱えている状態となった。

「ほらみろ、積載アラームが鳴りっぱなしだ」

 そんな愚痴をコクピット内でウィリーは零した。必死にアラームを止めようと手元のボタンで操作しても、すぐさま鳴り響く。何とかアラーム機能をオフにしようとしたが、コンテナを外すまではこれに我慢する必要があった。

 このままじっとしていても拉致があかないと分かったウィリーは「クソックソッ」と文句を垂れながらも、ザクⅡの脚を進める。

「エリィーック!! さっさと開けろ!」ウィリーはこの発散できない苛立ちを、エリックに八つ当たりとしてぶつけた。

「分かってますよ! 分かってるんですよ! 喧しいですね!」

 売り言葉に買い言葉。喧嘩を売られたエリックはそれを問答無用で買い叩いた。まさか反論されるとは思っていなかったウィリーはそれ以上何かを言う事はなく、ずっと「クソックソッ」と零しながらハッチが開くのを待った。

 格納庫の一番奥にハッチはあった。従来の上下開閉タイプのハッチは隔壁をゆっくりと上げていく。外界との僅かな隙間が出来ていくと、そこから冷えた突風が差し込み、急激に格納庫内の温度が下がっていく。

 完全に格納庫が開くと凄まじい風圧でガタガタとザクⅡの機体が揺れていた。

「あーくそっ、クソっ、気持ち悪ィ。目が痛ぇ、口がトゲトゲ、耳はイカレた。ドゥー、ドゥー、ドゥー……」小さく軽く歌いながらウィリーは右足元に固定したクーラーボックスから注射器を取り出し、首元から中身を注射する。

 しかし一度では満足できないのか、続けて二本摂取する。そうしてようやく体に纏わりついていた不愉快が取り払われ、気分は高揚する。そしてコメディ映画で見るような踏み外した一歩のあと、重力に従った急速落下を行った。

「ちょっと、ふざけてるんですか!!」エリックから怒声の通信が飛んでくるが、ウィリーはヘラヘラと笑って「任せろ、任せろ」とだけしか答えない。

 エリックはウィリーの事など心配もしていない。自分が気がかりなのはコンテナの中に居る人達の事だ。重力対策のされているコクピットとは違って、コンテナは重力に 従って中身をぐちゃぐちゃにかき混ぜるだろう。それを抑えるためにシートベルトをしているとはいえ、絶対的な信頼性は存在しない。

「さっさとパラシュートを開きなさいよ!」

 今度はコンテナ内のヴィカスからだった。声色から物凄く怒っていると分かる。当然だろう。

「あと十一秒は楽しめる」とウィリーは享楽へ悦を見出すが、ヴィカスはそれを許すわけなく「あと五秒でも落ちてたらアンタの残った腕も引きちぎるわよ!」と指示を促した。

 それに恐怖したのかウィリーはようやくパラシュートを開くコマンドを入力していく。その際「チッ、メスゴリラ……」なんて小さな声で罵ったが、もちろんマイクはそれを拾っていたし、ヴィカスは聞き漏らす事はなかった。

「聞こえてるわよ、種無し」頭にすぐ浮かんだ罵声はウィリーに対してあまり効果を成さなかった。

 たった六秒のスカイダイビングを楽しんだ後、ザクⅡのバックパックに後付けされたパラシュート装置が作動する。大きなハートマークが描かれたパラシュートが開くと、押しあがる風に一瞬ザクⅡには大きく上昇した後ゆっくりと降下を始めた。

 降下の中、目に映るのは雪、雪、雪――。一面真っ白の雪原。

 更に降雪も強くなってきた次第だ。上も下も真っ白々。「たまには赤色の雪でも降ってみろってんだ」なんてウィリーは悪態付きながら、改めてザクⅡの積載物の確認を行う。

 前面モニターに簡易的なザクⅡの断面図が表示されると、腹と背にコンテナのマークと一緒に重量が表示され、続いて両足首にそれぞれつけられた小さなコンテナが表示された。

 重量は皆を乗せた物の半分ほどしかない。わずかこれだけしか追加積載物は無いにも関わらず、アラームが鳴るのはこのザクⅡの運用目的が関係している。

 このザクⅡは対MSではなく対人または兵装運搬といった面で活躍する為に、カツラギ達が改造したものだ。主に兵力の運搬――現在固定しているコンテナ類を指す――、敵塹壕といった兵站の破壊工作に特化させており、その分戦闘能力を取っ払っている。また部隊が運用するMSのパーツのお下がりで機体の整備を行っている為、構造的に脆くなっているのだ。

 そんな少しの衝撃でも大破に繋がるような機体に乗っていると、精神は鋭敏になるし、摩耗もする。ウィリーは出来る事ならばこの役はやりたくなかったし、エリックにでも回してやりたかったがそういう訳にもいかないから仕方ない。

 今は着地の衝撃でザクⅡの破損とコンテナ内に居る皆に怪我のないよう最善を尽くすのみだった。

 徐々に地上に近づくにつれ、嫌に脂汗があふれ出てくる。それがとても不快でウィリーは更に二本の注射器を取り出し、同時に注入した。全身の血液が発火したかのように体温が急上昇し、目からは無意識に涙が流れる。しかしそんな現象とは裏腹に頭はやけに冴え、指先まで機械でプログラミングされたかのように滑らかに動く。

 ザクⅡの脚が地面に吸い付いた時を全身で感じ取ると、衝撃が機体を襲わぬようにゆっくりと膝を落としていく。完全に自重が地についたのを見計らって、バックパックのパラシュートを外した。

 目標まで一キロもない地点。数分足を進めればすぐに到達するだろう。

長かった空腹ともオサラバ。少なくとも約三カ月は飲み食いし放題の極楽が待っている。自身に残された欲求が食欲しかないウィリーにとって、この溜まりに溜まったストレスを発散できる最高の日だった。この飲み飽きた冷えたコーンスープのパウチとも暫くは顔を合わせる事もない。

 もう目の前には冷酒と無造作にただ味をつけて焼いただけの肉の山が浮かんでいる。手を伸ばせば掴めてしまいそうなほど色濃く映し出された幻覚に、思わずウィリーは涎を垂れ流す。ダラダラと零れた液体が胸元に落ちてから、ようやく自分がみすぼらしい姿になっていると気づいた。

「ぅおっと……もう、か」

 目的地までもう僅かというところでウィリーはヴィカス達の入っているコンテナにサイレンを送った。それから数秒もすると今度はコンテナの方からサイレンが返ってくる。準備が整ったという合図だ。

 ウィリーはすぐさまザクⅡの脚を止めると、腕が地につくように中腰の体勢にする。そしてヴィカス達の入ったコンテナへと手を回すと、中に居る彼女らが頭を打たないようにゆっくりと優しく地面に置いた。人差し指でコンテナの天井を二度叩くと扉が開き、ヴィカスが辺りを見渡す為に顔を覗かせる。

 ヴィカスが何かを合図すると、ルイとヨハンがコンテナから飛び出てきた。

 よっぽど窮屈だったのか大きく体を伸ばして筋肉をほぐす彼ら。コンテナから全員が出たのを確認すると、ウィリーはコンテナをまた腰へと戻す。

「いいわよ、ウィリー」ヴィカスが両手を大きく振っているのはそういう意味だ。

 ウィリーはザクⅡの左足元にルイとヨハンが待機しているのを確かめると、今度は足首についている六m弱のコンテナを外す。 

 中身を考慮せず行った操縦からか、ドサリと雪上に落ちる大きな音をコクピットが拾った。どうせ中に生物は入っていない。とりわけ気にする必要はなかった。

 ルイとヨハンがコンテナのロックを外すと中にはミニ・ワッパ・トラックが、その灰色の身を輝かせていた。

 車体前後をあわせて三つのローターがついた陸上浮遊輸送機は、この足を絡めとる雪地において大きな役割を果たすだろう。そしてワッパ・トラックの荷台には何より彼らの助けとなる銃火器とその弾薬が詰まっていた。拳銃に軽機関銃、対物狙撃銃に万が一を備えての対MSロケットランチャーまである。

 彼らがワッパ・トラックをコンテナから動かしたのを見た後、またウィリーはコンテナを足首に戻した。毎度のことながらこれが面倒くさい。出来るならばワッパ・トラックを宙づりにでもしておけばいいんじゃないかと思ったが、整備班達曰く「機械はあなたより繊細なんですよ!」だそうだ。兵器に理想や愛情を見出す連中の言葉は、ウィリーには上手く理解できない。

「あとは……ボス達か」

 ヴィカス達を降ろし、彼女らに装備を与えれば今はもうお役御免。彼女らの準備が終わるまで待つ必要もなく、ウィリーは再度ザクⅡの脚を進めた。

 それから数分経つとミリーの言っていた基地が見えた。基地と言っても本当に一見ただの雪山にしか見えない。山頂まで約百三十mといった高さだろうか。

「よくもまぁ、今まで辿られなかったもんだ」

 ウィリーはザクⅡをどんどんと山に近づけていく。するとセンサーが何か危険を捉えたようでアラームを鳴らした。それに気づいたウィリーがセンサーに信号を送ると、前面のモニターに危険物を拡大して映し出す。

 山道三十mほどに切り出された洞窟の入り口前でノーマルスーツを着た二人が機関銃をこっちに構えていた。よほどこちらを恐れているのか、銃を構える手は震えている。おそらく敵か味方かの判別をつけようとしている所なのだろう。

 だからウィリーは予めカツラギに指示された台詞を在りもしない善意を込めて口にした。

「こちらはE.F.S.Fサイド6駐屯小隊である。自分は駐屯小隊第七部隊員ウィルセン・オルコット曹長! 銃を向けるな、敵ではない。銃を向けるな! 敵ではない!!」

 だが目の前に見える機体はザクⅡだ。地球連邦と名乗ったとしても信じるわけがないだろう。一行が銃を降ろす気配は見えない。

(メンドウクセェ……だから言っただろう、ボス。さっさと……あぁ!?)

 思わずこちらから撃ってしまおうか、そんな事を考えた時だ。積載しているコンテナに異変が起きたとアラームが鳴った。

 ザクⅡの頭部を下げ、メインカメラで臍まで見渡す。

 するとコンテナの入り口を開け、身を乗り出すミリーが見えた。ノーマルスーツを着てはいるが、ヘルメットは着けてはいない。何か手を振って、叫んでいるようだ。

 ウィリーは吸音装置の感度を上げ、声を聴く。

「みんなー! 私だよー! 助かるんだ、みんな、みんな!!」

 涙混じりの叫声に、銃を向けていた二人は一度驚いたが、すぐにミリーと分かると彼女の言葉の意味を理解し、喜びを露わにする。

 そしてすぐに一人が洞窟の奥へと走っていった。その間もう一人はどうしたものかと慌てふためいていたが、ウィリーの懸念していた疑いの目は晴れたようだった。既に銃をそこらに放り出していた。

(ここは一先ず……あの女に感謝しておけ、という事か? ボス)

 それから数分後、奥に行った一人がゾロゾロと仲間を連れて戻って来た。石器時代の遺物かと笑えるような通信機を携えた男を横に、この基地で一番のお偉いさんと思わしき男がマイクを手にする。

「地球連邦軍のパイロット、聞こえるか! パイロット、聞こえるか!」

 嗄れ声の男の声は未だ僅かに疑念を抱いているようだ。尋ねられたからには答えねばならないとウィリーはフフフと一しきり笑ってから通信を返す。

「ええ、こちらパイロット。どうぞ」敢えて通信機ではなく、機体から直接スピーカーホンで声を流した。

「そこのコンテナに我々の仲間が居る! コンテナを降ろせ!」

 何とまあ、上から目線。お前たちから見れば自分たちは救世主の英雄様様だろうとウィリーは癪に障ったが、多少の無礼は許してやろうと寛大な精神を見せる。

「コンテナを降ろす。今から降ろすぞ。おい、頭を出すなよ」ミリーにコンテナへ戻るよう告げると、ザクⅡの左手で臍のコンテナを掴んだ。そして洞窟入口の少し上にねじ込むように設置する。

(多少荒いが置く場所が、ないんでな)

 それからミリーとカツラギが降りるまで、ザクⅡは対MSバズーカを向けられ、待機を命じられることとなった。それだけでない。此処の人間は自分たちを厚くもてなすつもりはなく、カツラギに銃口を向けるほど敵意を持っていた。結局疑念は晴れてはいないようだ。

(そりゃそうだろうな……ずっと来なかったんだ、今更ってのはあるだろうさ)

 こうなるのは当然だろうとウィリーは笑って頬を撫でる。

 こうなっては、あとはカツラギ次第だろう。次の命令が来るまでは暫く休憩を取ることにした。小さな腕輪を右手首に付けると、ウィリーは座席後部より毛布を取り出し、眠りについた。

 


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