機動戦士ガンダム0096 白地のトロイメライ   作:吹き矢

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イナバ-前編- ②

 ――コムサイ コンテナ内――

 ルイのザクⅡが格納庫に入ってくる。

 それを誘導する隊員を遠目で見守る三人の戦闘部隊員が居た。一人は長髪の女性で、もう一人は酒をあおる中太りの男、そして口元全体が白鬚で覆った老年男性。三人はザクⅡが格納されるのを待ち続けていた。

 そしてコクピットからひょっこりと赤みがかった茶髪の男が顔を出す。ルイだ。

ヘラヘラと笑いながらルイはウィンチで降りてくる。それに合わせて三人もルイの方へと歩み寄っていく。

「どうだ、ルイ」まず口を切ったのは老年男性だった。彼の声はウィリーやルイらがボスと俗称する者と一致する。

「ええ、ボス。ええ、中々ですね」ルイは答えた。不適な笑みを収めず、ボスの知りたい事を語っていく。

「奴らの武装の僅かは光学兵器――ビーム兵器ですよ、忌々しい。主にサーベルのみですが、大したもんだ…………いずれも後期に生産された機体、行き届いた整備、それに加えて手間のかかる光学兵装」

 ボスは答えを導いた。

「――近くに、基地があると」

 惜しい。七十点だ。

「ええ、“十分”なほどのがね」

 ほんの少しだが大切な言葉を忘れている。大事なものだ。

 ボスの後ろで立っていた二人が良しと感嘆な言葉を叫んだ。

「さーわぐな! 耳元で。……生かしてるんだろうな」

「ウィリーの腕が確かなら」

 茶化しながらも答えたルイ。それに合わせてボスは一度頷いた。

「よぉし、回収開始だ。やるぞ、お前ら!!」

 ボスの号令に奥の方からノーマルスーツを着た隊員たちがゾロゾロと出てきた。溶接機やらレンチやらそれぞれが何かを手にしている。

 倦怠感が薄れるよう筋肉をほぐしながら、ボスはハッチを開くよう指示を出した。

 ゆっくりと門が開いていく。外気の寒風がヒーターで温まっている艦内を冷やした。それが火照った体を酷く冷ました。しかし妙に心地よい。寒い冬の日にわざわざ体を温めてから食べるアイスといった具合だ。一種の異常嗜好ともいえる。

「さーて、とりかかるかぁ!」ボスの号令に皆が野太い掛け声をあげた。各々が手にしている工具の役目を果たす為に、鉄の亡骸たちへと歩いていく。

 ボスはルイを連れて、ウィリーの待つケンプファーの方へと歩いていく。体に積もった雪を適度に払いながら辿り着くと、まずケンプファーを見上げた。

 十メートル超の殺戮兵器、鉄の棺桶。足元からだと見上げても頭部の先を拝めはしない。ボスは自身が歩兵であった時、眺めた光景が浮かべた。

 巨大なビル群が襲い掛かってるような視感。泥ヘドロを辺りに散らして、連邦の歩兵をバッタバッタと無残に殺していく。数十メートルで爆発したクラッカーに吹き飛ばされた連邦兵の血肉が、自身の顔にかかった時は思わず悲鳴をあげたものだ。

「どうだぁ、ウィリー!」ボスが彼を呼ぶ。

 するとケンプファーが踏みつけているジムの膝上辺りから彼が顔を覗かせた。

 いつ見ても寒そうな姿だ。自分たちは軍服の上からコートを羽織り、宇宙用パイロットスーツのヘルメットまで被っているというのに、あんな薄手で大丈夫なのかと毎度思ってしまう。

「今ちょうど確かめるところだ」

 そう言ってウィリーは上がって来いと手招きをした後、ジムのコクピットの方へと歩いて行った。ボスとルイは言われるがままにジムの足裏からよじ登る。

 ルイが必死によじ登る様を見て(しまった。梯子を持ってくればよかった)と思ったがもう遅い。――というよりも面倒くさいとボスは嫌がっていた。

 数分かけてジムの膝上にまで到達すると、こちらをジッと見ているウィリーがようやく目に入った。

 柔らかい雪とは違い、しっかりとした踏みごたえのあるMSの装甲の上を歩いていく。よく手入れが行き届いているジムだ。古傷もうまく隠してあるし、足りない部分は他で補っている。新品同様とまではいかないが、上々な中古品だ。

「今から開ける。構え」

 ウィリーはコクピット直ぐにある開閉スイッチに手を伸ばし始めていた。何度もハンドサインをして、準備を呼び掛ける。

「ああ、分かってる……ルイ」

 十も言う必要なく、ルイはジムの頭部側へと回り込み、内部からは死角となる上部からコクピットに向けて自動拳銃を構える。

 それを確かめたボスは、コクピットを跨ぐ形で自動拳銃を構え、左手で「開けろ」とウィリーに指示を出す。

 ジムのコクピットハッチが鈍く開いていく。相手を確認しきるまで緊張は解けない。

 だが実際ハッチが開き切ったとき、ボスは腑抜けた「あぁー?」と声と共に、思わず銃を降ろした。

 それを見ていたウィリーとルイも何が起こったかと、コクピットを覗いた。

 そしてそれを見たウィリーが驚きと侮蔑を込めた声で叫んだ。

「女と?」

 

 ――医務室――

 目が覚めたら知らない天井が見えた。灰色の鉄板に青白い蛍光灯。

 わずかに室内に残った薬品の匂いが鼻腔を刺激する。

 体を起こすと、ようやく自分がベッドに寝かされていた事に気が付いた。広く清潔を保った医務室は静寂を保っており、ベッドは心身を温める。

 両掌を見る。開いて、閉じて、開いて、閉じて。指は動く。両肩も回る。腰も左右に捻れる。

 さてさっきから感覚のない両脚はと、シーツを捲る。無事生えていた。五体満足、ケガはない。

 徐々にスウゥっと記憶が鮮明になっていく。

 真っ先にリプレイされたのは、あの数秒の一戦。

 寝ている間にどれだけの時間が経ったのかは分からないが、それでもあんな戦いから無傷で生き残れたのは誇ってもいいだろう。誇るべきだ。

 そんな事を考えていたら、ようやく頭が思考を始めた。

 一体全体自分は何処にいるんだ。何故こんな上等なベッドで寝かされているのか。

 改めて自身の今を見直す。

 服装は白のリネンシャツ。自分の持ち物は何処にも見当たらない。

 どうする。どうする! どうする? 頭の回転を限界まで早めてみても、何か良い案は浮かばなかった。

 その時だ。ウィーンと医務室の扉が開く音。

 何も分かっていない現状で起きているのはまずいと、覚えている限り寝ていた体勢へと戻った。

 いったい誰が、どんな人が来たのかと、閉じた目を薄っすらと開けて相手を待つ。

 ベッドを仕切るカーテンを開いて入って来たのは若いナースだった。赤髪のポニーテールがチャームポイントで、穏やかな顔つきの童顔は彼女の年齢を若く見積もらせるだろう。

 彼女は左手に持ったカルテと、ベッドの右横に備え付けられたカルテを交互に眺めている。「うーん、うーん」と小鳥のような麗しい声で唸りをあげる彼女の右胸には、連邦軍のマークが入ったネームプレートが付けられていた。名前は《アリナ・モントーン》。階級は少尉のようだ。

 連邦軍。記憶にある自身を襲ったのはジオン軍。生き残ったのを拾われたのだろうか、しかし正義の連邦軍ならば信頼できる。

「あの……」

 水分不足で思っていたより掠れた声。彼女に聞こえたか心配だったが、無事届いていたようだ。

 彼女は自分の声にすぐさま反応し、笑顔で「あ、おはようございます。具合はどうですか?」と尋ねてくれた。

「今日はあれから二日。天気は快晴ですよ。――食事は?」

 自身を気遣ってか、僅かに乱れたベッドの掛け布団を直しながら、サービスを尋ねる。「いや、あの……」だが未だに理解が追い付かない頭では、空腹かどうか感じ取る事すら出来ない。

 それを彼女も分かってくれたのか、優しく笑みだけを浮かべて「分かりました」と答えた。そしてもう一度ベッドを手直すと、自分の元から離れていく。

 彼女が部屋を出る音がしなかったので、どうしたものかと体を迫り出し、カーテンの隙間から覗いてみる。

 アリナは扉横に備え付けられた電話機で何処かに連絡を取っている。数十秒ほどすると、彼女は受話器を戻し、こちらの方を向いた。思わず慌ててベッドに身を隠す。

 彼女の足音がまた自分の方へと戻ってきている。一体どんな内容だったか好奇心は湧いたが、同時に恐怖心も湧き出てきた。

 どうして自分を保護しているのだ。正義の連邦軍だからか? 何か理由があるのかもしれない。

「ミリーさん。……《ミリー・ディーン》さん? 起きたばかりで辛いでしょうけど、隊長がお呼びなので、是非お会いいただけますか?」

 狸寝入りはバレているようだった。アリナは分かっていながらも優しく諭す。

 何が何だか分からないままも嫌だ。そう思った私はゆっくりと体を起こし、「分かり、ました」と答えた。

「すぐに車イス、持ってきますね」

 

 ――時間は少し戻り二日前――

「見ろよ、ぐちゃぐちゃだ。男かどうかも分かりゃしない」

「ヒッデェ。これ、人間か?」

 雪上で泥茶色な血液をばら撒いて沈むMS達。その機体上で作業をする皆々が、嗚咽を我慢する苦言を発していた。もっと綺麗に殺してほしいものだと誰もが思っていた。

 艦員総出で作業をする中、ウィリーやルイ、ボスは未だジムの上で驚きを隠せないでいた。

「一人残せと言ったのはアンタだぜ、ボス」

「だとは言ったが、女とは言ってない」

 さてさてどうしたものかと、ボスは顎髭を弄りながら頭を悩ませた。

 自分たちの目の前に居る淡い栗色の髪を短く整えた少女はまだ幼く見える。歳は十二か十三辺りだろうか。

 肉体の発育は未熟で、身長も伸びきってはいないようだ。少し瘦せこけた頬とツヤのない肌から少女は軽い栄養失調であると伺えた。

「名前は……ミリー・ディーン、か」ボスが彼女のスーツの胸元に書かれた名前を読み上げる。

「ガキだろ。大したもの持ってねぇだろうさ。気絶している今のうちにとっとと殺しちまおう」

 残酷な選択をウィリーは申し上げた。しかしそれをすぐにボスは突っぱねる。

「ダメだ。僅かな情報も今はほしい。逃がせれるわけないだろ? なぁ、ルイ」

「そうだぜ、ウィリー。今回の山は少々デカそうだ。お前だって分かってんだろ?」

「あーあーあー。そうかい、そうかい。俺は別にいいよ。そういうのは。後はお二人の好きなようにしてくれ」そう言って不貞腐れたウィリーは、他の皆の手伝いをしにジムから降りて行ってしまう。

「さてはてルイ、どうする」

ボスはまた顎髭を撫で始めた。

 


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