機動戦士ガンダム0096 白地のトロイメライ   作:吹き矢

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この小説は、SNS上で呟かれた一つのIfネタを元に製作されています。

原案 ゼルガメス(@Zelgameth1)

本文 ミナミ(@pigu0303)



プロローグ

 U.C.0096 04.18 サイド5 ルウム周辺宙域 

 宇宙(そら)は蒼い。全てを飲み込むような深蒼を彩る。そこに振りまいたように星々の輝きが見える美しさは、筆舌に尽くしがたい。

それを神が創った一級品の芸術品と、過去より人々は賛辞してきた。

 その星の光に紛れ込むように、弾ける紅の炎。

 その火の光、一つにいったいどれだけの命が燃え消えているのか。わずかな機器の残骸を残して、無音の爆破は止まず続く。それは大なり小なり。

 戦場。火鍋をかき回す様に、人々は各々の正義の為に引き金を握る。それは今も昔も変わらない。幾数もの爆炎と無数の発光が繰り返し起こっている。

 その戦火から逃れようと、身を引きずりながらも前へと進むクラップ級巡洋艦が三隻。目指すは地球。

 青白く塗られた艦体からは、砲撃の火が止まなく見えた。

 元は地球連邦軍の主力艦艇の一つだったが、今は移民輸送用に改造が施されている。その牙は殆ど残っておらず、多くが抜かれてしまっていた。

「二番艦、三番艦! 弾幕が薄すぎる!」ブリッジ中央の艦長席。そこに座る顎鬚を蓄えた初老の男が叫ぶ。焦っているのか「MS隊はどうなっている!」と怒鳴り散らす様は滑稽にも思えた。

 艦内ではクルーによる移民たちの脱出艇への避難を行っていた。

「いいですか! しっかりとリフトグリップを握って! お子様の手を離さず、しっかりと!」白のノーマルスーツを着た女性クルーが、通路の端で誘導する。

 人々は艦外で見える爆発の光に怯えながら、壁面に設置されたレールを伝う。着の身着のまま、移民する際の荷物の半分も持って来てはいない。

 そんな中、一人の少女が窓より見える星の海に惹かれていた。まるで誘惑する悪魔が外でこちらに手を振っているかのように、その戦域に魅了されていた。

 しかし「サナさん。早く」と赤子を抱いた若い母親に背後から急かされ、少女はええとだけ応え、前へと進む。それでも目線は外に向いていた。

 音もない宇宙で何が起きているのか。それに気を奪われる。

  

――連邦残党軍 移民避難船一番艦内――

「くそっ! 一つ目どもが! 幾つ落とせばいいんだ!」艦長が怒りに拳を震わせる。かれこれ四十分は怒涛の攻撃に耐えている。しかし、一方に敵の攻撃は止むことがない。

「艦長! 第四波、来ます!」オペレーターより告げられると、ブリッジのメインモニターに敵機が映し出される。

 水色に輝く青いボディに左右に分かれたモノアイレールの小さいゴブリン顔。そして背面スラスターは可動式の大きなものが特徴的な機体。

 EMS-10 ZUDAH―ヅダ―。モニターにはその名が光る。

 数は全部で三十六機。ご大層な大隊は、ミサイル群を引き連れ、こちらに飛んでくる。

 しかし異様異形。艦長を含め全クルーが疑問を抱えていた。

 “何故、あのMSは手足をもがれているのか”

 第一波から襲い来るヅダは皆、達磨。兵装と呼べるような物はなく、ただただ闇雲に突っ込んでくるだけ。

 だが限界までエンジンが酷使されているのか、機体は火を噴きあげている。MSそのものがミサイルとなっているのを「はい、そうですか」と艦体に突っ込ませるわけにはいかない。

「撃ち落とせ! MS隊にもそう伝えろ! なるべくミサイルを狙え、誘爆で道連れにさせろ!」

 艦長の指示はすぐさま外のジムⅢ部隊達にも伝えられた。ジムⅢのパイロットたちは続く連戦に愚痴をこぼすがそれに従う。従わねば、死ぬからだ。

 闇雲にただただ突進するヅダとミサイルに向けて、豆鉄砲程度の小銃を連射した。

 生きたいという一心のために。

 

 ――ネオ・ジオン軍艦体 旗艦内――

「連中の様子はどうだ」馬面な男が艦長席でふんぞり返っている。蓄えた白の顎鬚を撫でながら、せせら笑う。

 ネオ・ジオン軍MS開発直属師団〈パイドパイパー〉。ドロス級大型宇宙空母四番艦〈ロマン〉を主艦とし、チベ級重巡洋艦二隻で構成されている。

 その勢力は圧倒そのもの。重巡洋艦が二隻居るからではない。ドロス級空母のMS搭載数がその強さを象徴しているからだ。数にして百八十二機。全長四百九十二mという巨体にその数は余裕であった。

「艦長。連邦残党軍、第四弾クリアーしました」

「中々、いや。中々なものじゃあないか――次弾装填。三十六弾装填完了後、目標の撃沈が確認されない場合〈ギガンティック〉を使用する」

「了解――第五弾セット、第五弾セット。繰り返す、第五弾……」

 オペレーター達が命令を繰り返す中、艦長は不気味にほくそ笑む。

「いやいや、しかし、我らが総帥も怖いお方だ。反乱分子を積んだ人間魚雷……残機としても計測されない使い捨て。笑いしかこみ上げんよ」

 ネオ・ジオンによる統率政治。軍部圧政に反対するコロニー住民を如何なる手段を取ってでも、MSの舵を取らせ、鉄砲玉として送り出す。ただ殺すのでは弾が惜しい。故に弾にする。それが今回の作戦の一部であった。

 しかし、弾に火薬を持たせるとはいえ、それが安く済むわけではない。その為、軽コストかつ起爆性の高い機体であるヅダを選択した。無論四肢は捥ぎ、装甲は極限にまで薄くしている。中にはコクピットそのものを取り外し、中にただ詰めただけの物もある。

 今回で百八十弾発射したが、それでも足りないぐらい反乱分子は存在する。正直のところ、ジオンにとっては連邦残党軍の出現を待ち望んでいるぐらいだ。

「艦長。セット完了。いつでも発射可能です」

 オペレーターの言葉に、艦長は嬉々として声を張り上げた。

「よし、第五弾発射後、ギガンティックを出撃させろ。その間、チベ級随伴MS部隊は掩護」低い声で醜い指令が下される。高揚に満ちた表情は狂気をも感じ取らせる。

 指令直後、横拡がりな箱状であるドロス級空母から、大量のヅダが次々と発射される。そして、それに随伴するようにミサイルも数十発発射された。

それでもあくまでの弾幕。在庫処分の弾薬消耗。弾がどうなろうと知った事ではない。

 それは那由多に及ぶ芥に過ぎない。

 蒼のミサイルが迅雷の如く、グラップ級二番艦の横っ腹に突き刺さる。一つ二つ。風穴が空けば、そこから艦隊ははじけ飛ぶ。

 ネオ・ジオンの連中にとっては人口的塵が消え、代わりに宇宙の塵が増えたにすぎなかった。

 儚くも悲しいが、これが戦争。これが常世。その程度にしかジオン兵達は抱かない。いや、それすら抱いていないかもしれなかった。

 

 一方、連邦残党軍たちは慌てていた。随伴艦の一つが落ちたと分かり、自分の命も危ういと臆し始めたのだ。当然だ。優位に立っている者が行う神風特攻。何か裏があるのではと神経を摩耗するに決まっている。

 三番艦の艦内では、連邦兵達が移民を押し退け、我先にと脱出艇に逃げ込んでいる。悲鳴と狂乱と暴力の渦が起きる。

押し退ける軍人を殴る移民。それを制する為に発砲までする連邦兵。

 一番艦艦長は、人の影すら映らぬ三番艦ブリッジの映像を見ながら、歯がゆさを感じていた。

 これが“正義”を謳った連邦か。

 これが世界の為に戦った連邦か。

 まるで賊徒、醜悪な性分を曝け出したケダモノ。戦いを放棄し、護る事を止め、己の保身の為に他者を蹴落とす。

 そして攻撃の手を止め、俗世の見物と眺めるジオンのMS。

 喜劇もいいところだ。

「狂気……。死神が、糸引いてるとでも……」

 何としてでも食い止めねばなるまい。本艦にまで混乱が訪れればそれこそ悪夢。

「何としても、届けねば……希望を」

 そうするには自分も、醜悪にならねばならないのだろうか。艦長に判断が迫る。

 三番艦を切り捨て囮にし、自分たちは安全圏へと逃げる。多少の犠牲は出るだろうが、やむを得ないのかもしれない。例えこの身を犠牲にしてでも。

 しかし、既に混乱の波は一番艦にも到達していた。二番艦が火を噴きながら二つに割れたかと思うと、直後起きた大爆発。それは移民を含め、クルーたちの不安と恐怖を扇動する。

 通路から見えたそれが、人々に緊張をもたらす。

「ピンクの……光」誰かがそう呟いた気がした。

 プツンと糸が切れる。外に見えるジオンMSが死神に、または悪魔へと姿を変えたかと人々に錯覚が走る。

 そうなってはもう遅い。もう止まらない。押し寄せる死。不平等に殺される一方的な状況。最早立場や関係などない。人々が我先にと脱出艇へと押し寄せた。

「落ち着いてください! 暴れないで!」女性クルーが制止を呼びかけるが、誰も止まろうとはしない。それどころか「落ち着けば助かるっていうのか!」などと叫び、女性クルーを押し退ける者も居た。

 そんな中唯一女性クルーを心配する者が居た。少女は駆け寄ると傷がないか、呼びかける。

「大丈夫ですか?」少女は訊ねるが、女性クルーに怪我はなく「ええ、大丈夫です。さ、サナさんも早く」と逆に気をかけられる。

 しかしサナが女性クルーに肩を貸した頃には既に通路には人は居らず、ある艦内放送が鳴り響いていた。

「脱出艇、出します! 脱出艇、出します! クルーは対空砲火の位置に!」

 逃げ遅れた。しかし、その事実にセフィはあまり驚いていなかった。むしろ女性クルーの顔が蒼白していた。

「サナさん!」女性クルーは目に涙を浮かべ、叫ぶ。

「……いいんです。誰かを見捨てて生きるより――」少女のその言葉はあまりにも重く、あまりにも温かかった。

 だが女性クルーにとってそれは良くないものだ。軍人である自分は死を覚悟し、人々を逃がしていたが、今目の前にいる少女は元は生きる運命であった。それを自分が潰したのだ、悔やんでも悔やみきれない。

 その誇りが少女を生存させる方法を思い出させる。例え軍規に違反していようと、どうせ生き残れるとは思っていなかった。

「着いてきてください。脱出艇はもう一つあります」少女の返事がある前に、女性クルーは手を引いていた。

 

 戦場は混沌に満ちていた。自分たちはまだ戦闘中というのに突如下された脱出艇の発艦命令。またそれの護衛と来た。例え自分が三人居たとしても、無理難題だ。

「隊長!」部下の震えた声が飛んでくる。

「情けない声出すな! どうせあの時死んでた命だ! 誇りを護って、死ね!」かつて自分が嫌いであった上官と同じ事を口にする。皮肉にも年を取るとはこういう事なのだろうか。 

 ヅダの群れは突貫を止めない。止めれない。

ジムⅢの攻撃兵装は殆ど底を尽きかけていた。それでも止めない。止めれない。

「あそこには俺の家族が居るんだ!」

「あの子の為に……」

「ジオンなんかに、ジオンなんかにぃ!」

 理由はどうであれ、己の正義と誇りと愛の為に連邦兵は戦い続けた。

 そして、それを優位に踏みつぶす事は快楽である。人の努力を水泡に帰すのは、とてつもない背徳感と罪悪感を呼び覚まし、脊髄から脳髄へと電流が走る。

 そのことをジオン兵達は知っている。知っているからこそ、過去より戦場に残り続けたのだ。

 例え亡霊と罵られようと、例え未練がましいと哀れまれても。そうしなければ苦胆を味わい続ける事となる。

 ヅダの群れを縫いかうように三機のMSが、ジムⅢ部隊そして一番艦へと接近する。その速度は弾丸であるヅダを追い抜くほどであった。

「いつだって、我々がそれをくれてやっていたんだよ! 連邦!! 次は我々が、悦の海に浸るのだ! ギガンティック部隊、全機構えろぉ!」

 図太い体格のMS三機が同時に紫色のバズーカを右肩に乗せ、構える。狙いは一番艦。デカい的だ。外すわけがない。

「弾頭確認……アトミックバズーカ、撃てぇ!」大号令はバズーカの砲音と共に放たれる。

 撃った正体は核弾頭。気づいた時にはもう遅い。いくらジムⅢが慌てふためこうと、十五秒で一番艦へ命中する。

 あとはそれまでに射程圏より離れれば良い事。そして、ギガンティックにはそれが可能なのだ。

 AMX-017 GIGANTC―ギガンティック―。かつてジオン再興を目的としていたデラーズ・フリートが奪取した核攻撃特化MS RX-78GP02A―ガンダム試作二号機―を元とした核攻撃用MSである。ガンダム試作二号機、通称サイサリス同様、戦術核使用を前提としている為機体各部の特殊装備は充実。またサイサリスとは違い、冷却用シールドを装備しない事で、本機単独での攻撃という最大の長所を得た。

 頭部や色使いはAMX-004―キュベレイ―に酷使しているが、フォルムは対照的なマッシブとなっている。また発射後、射程圏からの脱出の為にスラスターは全身に多数設置し、前腰に二基、臀部に一基の大推力ブースターはこの機体の特徴でもあった。

 戦術核を撃ってくる素早い百貫デブ。それは見た目からは計り知れない程の脅威を持っていた。

「全機撤退せよ!」最早バズーカすら不要。その場に放り出したまま、大型ブースターの火を盛り上げる。

 ジムⅢに自分たちを迎撃できるだけの武装はないと分かっている今、逃げる事など容易い。しかし、それを制止する部下の言葉。

「隊長、あれは見逃していいので?」

 隊長の凱旋に皺が寄る。言わねば分からないのか、ジムⅢは戦えるだけの威も、核を落とすだけの力もない。ならば死なぬよう逃げればいいだけの話を。

「しかし、あれは脱出艇ですよ!?」

 確かに。部下の示す座標には艦船の識別反応が出ている。それは地球への降下ラインへと入っている。あれでは核の射程範囲から逸れている。だが、それがどうしたというのだ。

「ギガンティックは核攻撃用のMSだ。それ以外にある兵装はビーム・サーベルのみ。迎撃に向かう時間など無い。どうせ巻き込まれて死ぬ。生き残ったとしても、落ちるのはスノードームだ。生き残りも、出る事もできん」

 それに納得がいったのか、部下は急いでブースターの推力を最大にまで引き上げた。巨鬼が蒼弾の群れを掻い潜って、逃げていく。大きな大きな爆弾を残して。

 最早ジムⅢ部隊や一番艦のクルー達はどうしようもなかった。

「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……」悔やみきれない。

「ああ、母さん……」悲しみが湧きあがる。

「これで、いい……後年への希望は、残せた」苦し紛れの喜び。

 それら一体を一纏めにグチャグチャとかき混ざる。核が、艦体へと触れた。パアと明るい光球が拡がりを見せる。

 一瞬で命を飲み、物質を消し飛ばすそれは直径二㎞にも達する火球。艦体を丸のみ、MSを焼き消し、衝撃波でヅダの弾丸を破壊し、誘爆を引き起こす。

 次々に湧き上がる花火。それを安全圏からパイドパイパー及びギガンティック部隊は眺めていた。

 何と美しい事だろうか。何と壮観な事だろうか。思わず感動で涙と精液があふれ出そうだった。

「この寒い宇宙で、火となり死ねたのだ――文句はあるまい」そんな感想すら出る程、残酷に非情にその一時を咀嚼する。

 そして下される任務完了の言葉。それに伴う歓声。我々は帰ってきたのだと改めて実感した。

 

 ――だがしかし、彼らは大きなミスをした。あの脱出艇に重なる様に表示された異なる識別信号。それが後に世を大きく動かす事になるとは誰も予見できなかった。

 

 


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