♀ポケに愛されて 作:愛され隊
全てのZクリスタルが揃った,という事はアローラリーグの参加券を得た事になる。
それはほかの地方のジムバッチでも言える話だ。でも、そこからは一切として安心してはいけない。この世界とて一切悪人がいないという訳ではない。
そもそもジムバッチの受け渡しは基本手渡しで行われ、媒体などによる記録は余りない。誤魔化す方法など幾らだって存在する。つまり誰でも持って居てもおかしくない。言い方を変えれば、どんな手段であれ手にしてしまえばその人の物になってしまう。当然、指紋などで逮捕されるケースもあるがそれは犯罪の件数に比べたら少ない。
最近では盗難に対抗する暗証番号付きのバッチケースなどが流行しているが、Zクリスタル用の物は販売されていない。それに、もしできても戦闘中に使う物をいちいち仕舞い込んでいたら使いたい時に使えない、もしくは使うのにてこずる様では話にならない。
だからZクリスタルは盗難の格好の的と言える。それに島を巡る順番が決まっている以上は最後の場所で張り込めばターゲットを絞る事も容易い。
「これは……………」
「…………」
血の匂いが微かに立ち込める森の中で俺は周囲の様子を伺う。ウラウラじまのラナキラマウンテン登山口前の森、其処に多くの人間が倒れ込んでいた。見た目からするに転売を目的とした柄の悪そうな連中、全員死んでこそいないが大きなダメージで鼻や口から吹き出す様に血が流れている。中には白目を向いてぶっ倒れている奴までいる。
「イド、俺から離れるなよ」
「…………」
先ほどから森が静か、あまりに静かすぎる。まるでポケモン一匹としていない、生命の営みを感じない空間が広がっている気さえした。それでも、隣に立っているイドに気を配りながらさらに森の奥へと歩いていく。
その道すがらにも倒れた無数の男たち、でもその様子から襲い掛かろうとした様子はなく、ただ道端にいただけで邪魔だったからぶっ飛ばされた、そういう意図が見え隠れしている。
そして、森を抜けてチャンピオンロードへの入り口。人の手によって意図的に広げられた広場に出ると同時に
「っ!?」
背筋に寒気が走る。圧倒的精神圧力、その重みに体が押しつぶされてしまうような感覚に見舞われる。思わず膝をつき崩れそうになる体を気合で保ちながら、そのプレッシャーの出所をにらみつける。
髪はぼさぼさ、目の下にははっきりとしたクマが刻まれいるにも拘らず、その獣のように爛々と輝いている。異常だ。もう廃人だとかという領域を凌駕している。あれはもう復讐鬼と何ら変わらないように思える。そんな後ろに控えている伝説のポケモンは委縮している。
伝説使い、タクトが其処に居た。
「あ、ああっ!」
俺を指さし、嬉しそうに口角を吊り上げるタクト。しかしその嬉しさは再会を喜ぶ物でも、長年の宿敵を見つけたような表情をしている。
「コウヤ、我が忌まわしき仇敵よ!!」
(いや、仇敵になった覚えはないんだが……)
そんな俺の内心に気付くわけもなく、タクトは声高に語り始めた。
「お前に負けて以来、俺の最強の肩書には泥が塗られ、多くのトレーナーから白い目で見られ、記者達に叩かれた!!」
「はぁ……」
「俺は何度もあの戦いを思い出し、そして気付いた!!」
俺に指を向け、我真相にいたりとでも言いたげな顔で言い切って見せた。
「お前、裏でドーピングをしたな?」
………………………はっ?
「おかしいじゃないか!僕の手持ちは伝説のポケモンだぞ!?ただのポケモンが相手になるはずがないだろ!?」
この世界の理屈ならまぁ、間違っていない。伝説のポケモンは名前の通り伝説を残しているポケモンで、通常のポケモンを上回る能力を持っている。それを凌駕する事は容易いことではない。疑われるのもまあ当然と言えば当然だが、それはあくまでトレーナーなしでの場合である。
「さあどうなんだ?どんな薬を使ったんだ?」
「くくくっ………」
ああ笑えてくる。もう、腹の中が煮えくり返って沸騰寸前。もう、駄目だ………。
「笑わせるなよ?」
「?」
疑問気な顔をしているが、こちとら怒りでどうにかなりそうだ。今すぐにでもあの男の顔面を粉砕してしまいたい。
「俺はポケモンの可能性を信じている。それに大切な仲間に薬物盛るなんざ以ての外だ。お前の様に伝説という肩書に拘っている屑とは違うんだよ」
「屑、だと?」
「ああそうだ。お前の後ろにいる奴らがあまりにかわいそうだよ、お前のようなボンクラに従わないといけないんだから」
「ボンクラ……だと?」
俺の言葉にタクトは初めて大きく表情を変えた。どうやら俺の発言にプッツン来たらしい。
「お前ら、あいつを痛めつけろ。もうあんな軽口をたたけないように」
感情の籠っていない声でそう告げると背後に控えていたポケモンが前へと歩み出る。ダークライ、ラティオス、レジロック、サンダー、スイクン、ルギア。広場に合わないほど豪華な面々に思わず感心してしまう。やっぱお前伝説大好き伝説厨なんだなと哀れみすら覚える。
しかし、だれも攻撃には出ない。誰もそれ以上動き出そうとしない。タクトですら、その命令後、金縛りにでもあったかの様に動かなくなった。
「AAA…………」
女の子の声が、辺りにしっかりと響く。
「イド?」
俺は名前を呼びながら隣を見る。其処にはずっと開くことのなかった目を開けたイドの姿があった。
空色に浮かぶ白い星、彼女の瞳はそう表現するしか出来ない。魅入ってしまうともう2度と目を離せなくなる、人の感情を支配する様な不思議な魅力を放っている事だろう。それにパーカーを脱ぎ捨てた事で晒された白い肌も相まって、誰も抗わせないと言わんばかりの強制力を秘めている事だろう。
その様子を俺は傍観しているような感覚で考えていた。どうも俺は彼女の魅了に飲まれていないらしい。飲まれていたらきっとこんな考えは浮かんでこない。
「キライ」
突如はっきりとした言葉を口にしたイド。それと同時に特大のパワージェムを生み出しタクトの手持ちめがけて放った。貫通こそしないが、一体一体の体を的確に捉え吹き飛ばす。たった一撃でルギアの巨体が宙を舞う姿には思わず声が出てしまう。タクトもあまりの光景に言葉を失う……事はなく未だイドの魅力から抜け出せていない。
「アナタハ、キズツケル。ミンナ、ナイテル」
タクトに近づくイド。そしてタクトの額に人差し指を持っていきチョンと突いた。その行為は攻撃には程遠い。それでもそれが、タクトに対してとどめを刺した。
「あっ」
そう小さく呟き、タクトは腰につけていた荷物を外しただ茫然と歩き始める。目からは涙を流し、ごめんごめんと譫言で口にし続けながら……。そんな彼に見向きもせず、イドはボールを伝説のポケモンたちの前に転がし、パワージェルでボールを粉砕してしまった。それによってボールの呪縛から解き放たれたポケモン達は少し左右に首を振った後、散り散りに去っていく。
…………と思っていたら、ほかのポケモン達が立ち去る中ダークライとルギアは俺の側に寄ってきて、そして頭を下げられた。本当は俺に頭を下げられる資格などないのに。この現状はイドが行った事であり感謝するなら彼女にして然るべきだ。だから俺はその礼を突っぱねもせず、だからと言っても易々と受け取りも出来ない。
「また、会えるといいな」
俺はそっとルギアの鼻先を撫で、ダークライの肩をたたき、二人を送り出そうとする。しかし二人はそこから動こうとしない。俺は分かっていても、直接的に良いという事も駄目という事も出来ない。だから俺は、こうとだけ告げる。
「出会う運命なら、俺たちは必ず会える。それまで、元気でな」
それだけ言って、倒れているイドを抱え一度カプの村に戻った。
背後から二体の視線を感じながら………