「ば、化け物……」
束にバラバラにされた銃は侵入者の手からこぼれ落ちる。パズルのピースのように細かく斬り落とされて元の機能は完全に失ってしまっていた。
その場から一歩も動いていないにもかかわらず自分達の得物を切り刻んだ束の底知れぬ実力に侵入者達は今更ながら畏れを抱いた。
(完全に見誤っていた。篠ノ之束の脅威はその頭脳だけじゃなかった)
侵入者達は決して束を侮っていたわけではない。寧ろ女性権利団体の中で最も束の脅威を認識していた方であった。だがそんな彼女達の認識も束を知る者から見ればとても甘いものでしかない。侵入者達は束の人外じみた頭脳と最も脅威と感じていたが、本人を目の前にしてその考えが間違っていたことを悟る。
脅威だったのは彼女の頭脳ではない。篠ノ之束の存在そのものだったのだ。
天才的な頭脳をもつ人格破綻者? いや彼女はそんな生温い存在ではない。あれはその気になれば玩具で遊ぶような気軽さで世界をどうにだってできるまさに“天災”そのものだ。とても女性権利団体が扱えるようなモノじゃない。
しかしそんな彼女達の絶望的な心情なんて知る由もない束が硬直する侵入者の隙を見逃すはずがなかった。
ダメージが抜けきれず目の前に倒れたままのオニキスの背中を足場にして人間離れした脚力で思い切り踏み抜き、ISのハイパーセンサーでも目で追うのがやっとのスピードで隊長目掛けて一直線に跳んだ。
一方IS越しとはいえ無防備で背中に強烈な一撃をくらったオニキスはグエッ、と潰れたような声を上げながら地面にめり込む。
「…………しまっ!?」
気づけば束は抜刀した状態で隊長の懐に潜り込んでいた。隊長が束を視認した時には既に刃は脇腹から逆側の肩口を斬り上げるように放たれる。
反応が遅れ迎撃は困難と判断した隊長は身体を反るようにして刃から逃れようとしたが、完全には避けきれず浅いながらも斬撃は直撃してしまった。
「チッ、浅かった」
舌打ちする束を尻目に斬られた勢いを利用してそのまま後ろに下がる。束は口では悔しそうにしてるがそれほど焦りは感じていないようだ。
一方油断してなかったにもかかわらず簡単に懐に侵入を許してしまったことに隊長は動揺を隠せない。手練れの筈の部下達も今の一瞬の攻防に目を奪われ呆然としている。
(まずい展開になったな)
想定以上の近接格闘をこなす束に隊長は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。ただでさえ底知れぬ束の実力をさらに上方修正しながら、最初に飛び道具を潰されたことを悔いていた。後付武装がない旧式の第一世代は搭載できる武装の量はさほど多くない。実際隊長の武装も破壊されたサブマシンガンと近接ブレードの二つのみである。
部下達も似たようなものだ。そのメインウェポンを破壊されたことで侵入者達は束に接近戦を強いられている。
一撃離脱を繰り返しながら放たれる束の鋭い斬撃を近接ブレードでなんとか捌いていくが、束の剣さばきと人外じみたスピードを前に反撃の糸口を掴めない。
隊長も必死にブレードを振るうも不慣れな近接戦に次第に地力の差が顕著になり、やがて束の動きに反応しきれず斬撃を浴びるケースが増えていく。
「隊長の、援護を……! 」
「う~、当たらない。速すぎる」
部下達も加勢しようとブレードを振り回すが壁や天井も足場にして翻弄する束の動きを捉えることはできない。
そんな戦況の中、ある事実に隊長は焦りを隠しきれなくなる。
「シールドバリアーが発動してるだと……? クソッ、このままでは……」
削られる度にシールドバリアーが発動し、既に『三千世界』て四割近く消耗してたシールドエネルギーの残量が更に減っていく。ミサイルならまだしもただの刀でここまでシールドエネルギーを削れるのは本来不可能に近い筈だった。
「その刀、ただの刀じゃなさそうだな」
「ようやく気づいた?ま、仕組みなんて教えないけどね!」
「いや、その刀が脅威だと分かった時点で十分だ」
それまで蒼羽の射程圏内ギリギリの距離感を保っていた隊長は突如防御を捨てて束に接近する。
束は隊長の捨て身の行動に面食らうが既に振り下ろす動作に入っていたため避けることができない。結局振り下ろさせた刃はモロに隊長に直撃した。
それまでの浅い当たりと違った会心の一撃はこの戦闘で初めて絶対防御を発動させる。絶対防御の発動で隊長のISのシールドエネルギーはみるみる減少していき、ついに残りは一割を切ってしまう。
このまま順調に押し切ればすぐに戦闘不能にすることができる。だが苦悶の表情を浮かべる隊長に束は何故か嫌な予感がしてならない。
そしてその予感は的中してしまった。
「ガハッ……なんてな」
それまで苦悶の表情を浮かべてた隊長がにやりと嗤う。その両手には蒼羽の刃とそれを握る束の腕ががっちりと掴まれていた。
「しまったッ…… 」
ここにきて束に初めて焦りの表情が表れる。腕を掴んでいるISの力は強力で束の怪力をもってしても簡単に振りほどくことができない。
「やれ! トリフェーン、ベリル! 」
「「了解」」
隊長の合図に応えた二人はブレードを構えて身動きがとれない束に向かって突貫する。手練れの二人にとって止まった的に軽くブレードを当てることなど朝飯前。しかし相手は生身の人間でこちらはIS。加減を間違えれば束をミンチにしてしまうので慎重に適度なダメージを与えなければならない。
「……てい」
一瞬悩んだ末にトリフェーンが選んだのは柄頭で後頭部を殴ることだった。ブレードを振り上げて柄頭を束へ叩きつけようとする。さすがに無防備で後頭部を殴られればいかに強靭な肉体を誇る束といえども無事では済まされないだろう。
ベリルはトリフェーンが決めると思い、ブレードを構えたまま束のすぐ近くに待機している。隊長の指示に反して二人での攻撃は過剰だと感じたベリルの考えはやや浅慮ながらも間違いではなかったが、この時ベリルは相手が篠ノ之束だということを完全に失念していた。
「篠ノ之流戦闘術“胡蝶之夢百花繚乱”」
それが意識を失う前にベリルが聞いた最後の声だった。
◇◇◇◇◇
「あぁ……本気で死ぬかと思った。いやオータムがいなかったら絶対死んでたわ」
無事(?)にあのえげつないトラップを突破した
オータムは同行していない。彼女はあのトラップで出口を破壊してた軽装甲の私を庇いながら銃弾を集中的に浴びて行動不能になってしまったからだ。
『オータム!』
『こんくらい気にすんな。こっちはスコールからてめえのお守を頼まれてんだよ。さすがにこの先にゃ行けねぇが、てめえなら大丈夫だろうよ』
そう言って壁を背に座り込んだ。ぶっきらぼうな物言いだけど面倒見の良いオータムらしい。
彼女の様子も気になったけど、オータムから武装のいくつかを譲り受けて奥へと進んだ。
侵入者に破壊されたであろう通路を直進していくと、道の奥にひしゃげた扉を確認した。扉はそれまでの通路の銃痕とは異なり明らかに爆破された痕跡があった。それにまだ真新しい。篠ノ之束がいるかは分からないけど、扉の先に侵入者がいる可能性が出てきた。
手にしたライフルをきつく握る。緊張からか心臓の鼓動が早くなり、呼吸も荒くなっている。ここから先は訓練やさっきまでとは違い本当の戦闘になる。よく見ると手が震えてる。頭では分かってるけどやはり心のどこかでそれに怯えてるのか。
はあ、と一旦深呼吸して心を落ち着かせて、じっとライフルを見る。……よし完全に震えも止まった。何故か昔から銃を見ると気持ちが穏やかになるから試したけど効果は抜群だった。
「よし、仕掛けるか」
覚悟を決めてジリジリと部屋へ近づいていく。……部屋からは何も音が聞こえない。だがセンサーには部屋の中に四つのISの反応を示していた。
何が起きてるのかさっぱり分からないが、どうやら突入してみるしかないようだ。
ライフルのセーフティを外し、いつでも発砲できる準備は整った。そして意を決して部屋へ飛びこんでみるとそこには——
やっと終わりが見えてきた……