−追記−
5/3 日間で10位にランクインしました。とても嬉しいです。本当にありがとうございます。
「ッ!?この音はまさか……」
聞き覚えがある音が侵入者の耳に入る。それは十数分前、自分達にトラウマレベルの地獄を与えた無慈悲な機械から放たれた銃声。そして彼女らは気づいた。
——『三千世界』の再稼働を。
おそらく誤作動ということはないだろう。だが上層部から援軍の報告は入っていない。にもかかわらずあの迎撃システムは作動したのだ。
つまりそれは第三勢力の介入を意味していた。
「これはまずいな。捜索のペースを上げるぞ。向こうが来る前に篠ノ之博士を確保する」
「そんなこと分かってるっての……ん?」
奥の瓦礫の山を漁ってたオニキスは中から妙な手応えを感じた。一部分だけ何かが引っかかってるようだ。
「んだこれ……ッ!?」
手応えのあった場所を掘り進めてみると出てきたのは何かを握りしめた人間の左手首らしきもの。さらにまわりを掘ると手首の下から純白の服を身につけてる左腕が姿を現す。
状況からみてこの腕は篠ノ之束のものに違いなかった。肌の色がまだ青白くないことや出血してる様子がないことから腕が千切れてるとは考えにくく、生死は不明だが篠ノ之束の身体はこの瓦礫の下に埋まってる可能性が極めて高い。
「おい腕を見つけたぞ! 誰か瓦礫どかすの手伝ってくれ! 」
オニキスがそう叫んだときだった。
それまでピクリとしなかった腕が突然手首を捻りオニキスに向かって握っていたナニカを投げつけた。
振り返ったオニキスの目に入ったのはテニスボールよりやや小さな黒い球体。それがISのバイザー越しにオニキスに当たった瞬間ーー
キイィィィィィィィィィンッッ
球体は破裂し、甲高い音が大音量で部屋に鳴り響いた。した。
「グゥッッ!」
「ガァァァァァァァァ!?」
「み、耳が……!?」
尋常でない甲高い音は全員の耳に甚大なダメージをもたらした。
強力な音波による鼓膜の破壊。
それは致死性のダメージを防ぐ絶対防御やシールドエネルギーの裏をかく一撃。
現にその物体から離れていたメンバーも鼓膜に小さくないダメージを負っている。
至近距離で三半規管をシェイクされたオニキスは脳震盪を起こしたのか両耳から血を流しながら倒れていた。気絶はしてないが両耳の鼓膜は破れ、脳震盪を起こした影響で身動きがとれない。そんな意識朦朧としたオニキスの目に映るのは瓦礫に手をつけて身体を持ち上げようとしてる左腕。
パラパラと瓦礫が崩れて埋まっていた身体がその姿を現した。
「趣味で作った束さん特製音爆弾の効果が想定以上だった件。高級耳栓してなかったら絶対私の耳も無事じゃなかった……それにしてもやっとここから出ることができたよ。いきなりバズーカをぶち込むなんてとんでもないね君達。おかげでここにあった研究成果はほとんど台無し。今回の襲撃もそうだけど女性権利団体は私の神経を逆撫ですることが好きなようだね」
瓦礫の上に立つその人物は刀を肩に乗せて侵入者達をまるで家畜を見るような冷たい目で見下ろす。
「……あなたが篠ノ之博士ですね。上からの指示であなたの身柄を拘束させていただきます 」
隊長の言葉をきっかけに倒れてるオニキス以外のメンバーが束に銃を突きつける。
だが隊長は内心目の前の人物が本当に篠ノ之束なのか確信がもてなかった。
「拘束?……真面目な顔して面白い冗談言うねお前。全然笑えないけど」
一発当たるだけで生身の人間が一瞬でミンチになるIS用の銃を突きつけられてもなお束は全く動じることはなかった。いやむしろ侵入者達を煽ってくるほど余裕が感じられた。得体の知れない様子を不気味に思いながらも隊長は諭すように警告を促した。
「どうやらあなたは我々があなたに危害を加えられないと思っているようですが、上からは“生きて連れてこい”としかいわれてません。そのため我々は死なない程度に痛めつけられることができます。それに私の部下達は少々血の気が多いので下手に煽るのはお勧めしませんよ」
要は痛い目に遭いたくないなら大人しく捕まれということだ。普通なら生身で複数のISに囲まれる状況に追い詰められた相手はここで素直に投降する。稀に反発する者もいるが、見せしめに何人か死なない程度に痛めつければ大人しくなった。
「残念だけど束さんに脅しは通用しないよ」
しかしその警告は天災には通用しない。
「いちいちそんなものに屈してたら身体がいくつあっても足りないって。何で脅せば『天災』をいいなりにできるって思えるんだろうね。束さんには愚者の考えなんて理解できないよ」
束はくだらないと隊長へ嘲りの視線を送る。だが部下が一人やられ、こちらが絶対的有利の状況でも余裕を崩さない束に苛立ってた隊長からしたらそれは途轍もなく不愉快なものだった。
「そうですか……なら」
——そちらが泣いて懇願するまで痛めつけるとしましょうか
隊長はアサルトライフル無表情で束に向かって引き金を引く。
突然の暴走に部下達も目を見開いたままだ。普段の彼女ならこんな軽率な真似はしなかっただろう。だが隊長という立場の責任感、隠れ家への侵入、不意打ちによる部下の負傷、捕獲対象の彼女に対する嘲りで彼女のストレスは暴発してしまった。
タァンッと一発の乾いた銃声が部屋に木霊し、放たれた弾丸は束の胸元へ。
チンッ
誰もが最悪の事態を予想していたが、次の瞬間彼女達が目にしたのはいつの間に鞘から抜かれていた刀と地面に転がった真っ二つの弾丸。
「えっ?」
銃弾が斬られた?
涼しい顔のまま刀を鞘に収める束を呆然と眺める隊長。部下達も先程の光景を目の当たりにして言葉を発することができない。
「篠ノ之流抜刀術“雲海”。単発の銃弾ならこの程度で十分ってね」
刀を腰の左側に据え、柄を握り親指を鯉口に添える。瞳を閉じて外界の情報を遮断し精神は明鏡止水の境地に達した。
「篠ノ之流抜刀術“三日月”」
ぼそりと束が呟いた直後、チンッチンッチンッチンッチンッと金属音が連続して鳴り、さらにボトッボトボトボトッボトと何かが地面に落ちた音がした。
「え……」
「嘘でしょ」
「…………っ!?」
落ちたのはかつて彼女達が束に向けていた銃だったもの。それは銃口など何箇所も綺麗に切断されて銃の機能を完全に失った残骸と化していた。
ISのハイパーカメラでも何が起きたのか動きを捉えることができなかった。間違いなく束が何かしたはずなのに、
「化け物め」
「そんなことは言われ慣れてるよ」
刀を完全に抜いて鞘を無造作に放り投げる。鞘がカランカランと乾いた音をたてながら地面を転がり、誰も鞘のことを気にする者はいない。
「私はこう見えても戦国時代から続く対人戦闘術篠ノ之流の師範代を務めてたときがあってね。本分は研究者だけどーーー剣の腕は実はちーちゃん以上だったりするんだよね」
おかしい……束救出編が全然終わらない……