「オイオイオイ、ちとオーバーキル過ぎるんじゃないの、あの部屋」
長い通路を進みながら侵入者の一人である金髪の女(コードネーム“オニキス”)が愚痴をこぼす。
「でも本当に死ぬかと思った。私ちょっとちびったかも」
オニキスの愚痴に反応したのは隣にいる黒髪の小柄な女(コードネーム“トリフェーン”)。無表情のまま「怖かったー(棒)」と呟くトリフェーンをオニキスはジト目で見ながら、こいつ本気でそう思ってるのかと呆れていた。
「まあISがなかったら今頃私達は肉の塊になってたからな。私もあの無数の銃口はトラウマになりそうだ」
「こら、今は作戦行動中です。私語は慎みなさい」
「へ~い」「あいあいさー」
後方に位置していた眼鏡の女性(コードネーム“ベリル”)に注意され、二人は口を閉ざす。
(ったく、ベリルの言う通りだけど、ちょっとくらい許してほしいぜ。ましてはあの地獄を突破した直後なんだからよ)
そうオニキスが思っても無理はない。
現在、侵入者達は障壁を無理矢理突破することで機銃だらけの部屋から何とか脱出することに成功し、さらに奥へと進んでいた。しかしその代償は大きく、女性権利団体から与えられた彼女達の乗る第一世代のISのシールドエネルギーはかなり削られ、機体のところどころに損傷がみられた。そして無数の機銃から蜂の巣にされかけたことで侵入者達は少なからず精神的ダメージを負っていた。先程二人に注意したベリルもまた例外ではない。
「隊長、て、撤退しますか?」
ベリルが隣にいる顔をしかめていた女へ問いかける。先程の蜂の巣にされかけた光景を思い出したのだろうか、声が若干震えていた。
だが隊長と呼ばれた女は一度眼帯で隠している左目をさすり、銀糸のような銀髪を靡かせながら首を横に振った。
「撤退はしないわ。我々はこのまま篠ノ之博士の探索を続行します。戦果もなしでのこのこ戻ることを上層部が許すわけない」
「り、了解です」
作戦続行という判断に一瞬憂鬱になりかけたベリル達だが素直に隊長の指示に従う。彼女達も隊長の上層部に対する意見に同意だったからだ。
(もしこのまま帰れば私達は用済みとして消されるでしょうね。はあ、お金に釣られて雇われるんじゃなかったわ)
隊長は女性権利団体の人間ではなく金で雇われた傭兵だ。実力を買われて女性権利団体のIS部隊に所属していたが、実力がないのにプライドを肥大化させた部隊の人間とは相性最悪だった。それでも隊長は努力したが本部との軋轢は増すばかり。結局、隊長は部隊から外され、そして隊長と同じく外部から雇われた者達で編成されていたこの部隊に配属された。この部隊のメンバーは実力こそあるが、それぞれ問題を起こしていた問題児でもあった。初めはそんな部隊を纏めるのに苦労したが、対話に対話を重ねて遂には女性権利団体内の部隊で最強の称号を得ることに成功したのだ。
しかし実力を評価された自分達の存在を身内びいきの女性権利団体上層部が快く思っていないことを隊長は察していた。
それに第二世代の登場によって旧式となっていた第一世代はシールドエネルギーや量子化の容量が少なく、機銃レベルの攻撃でも深刻なダメージを負う可能性もあった。予想外とはいえ、この程度なら任務の続行に支障ないと隊長は判断した。
「それに隠れ家の規模を考えれば、そろそろ奥に到達してもおかしくないわ。逃げられてる可能性もあるけど、できるだけ部屋の隅々まで探すべきね」
「「「了解!」」」
一方、侵入者達が隠れ家の最終防衛ラインだった機銃だらけの部屋を突破した様子をモニタリングしていた束は冷静さを失っていなかった。
資材不足の影響で他の隠れ家より迎撃システムが脆弱であることを把握してる束にとってこれは想定内の出来事だった。
(あそこを突破されたとなると、この部屋に辿り着くのも時間の問題かな。出入り口は隠れ家の中で最も強力な障壁にしてるけど、耐えても二十分が限界みたいだね)
二十分あればこの部屋の真下にあるシェルターに匿った少女を連れて外に逃げることは可能だ。しかしその場合、少女を医療ポッドから取り出さなければならなかった。未だ容態が不安定な少女を医療ポッド抜きで外に出すのはあまりに危険だ。逆に少女を見捨てるのは当然却下。
「退路はなし、救援もまだ来ない。やっぱりここで迎え撃つしか方法はないね。ここにあるデータは盗られたり消えたりしても問題ないやつだったのは幸いと言うべきかな?」
侵入者達を映しているモニターから目を離さないまま、別のモニターにあるコマンドを打ち込む。
するとそれまで何の変哲もないデスクトップだったのが突然赤一色に染まった。そしてまるで血がぶちまかれたような真っ赤な画面に浮かび上がったのは画面一面を埋め尽くす無数の『WARNING(警告)』。
束はそれに動じることなく淡々とWARNINGの表示を消していく。最後の表示を消すと、
『パスワードを入力して下さい』
しかし画面に表示されてるのはその文字だけ。どうやら音声入力のようだった。
「************」
もしここに束以外の者いたならば、恐らく束の近くにいたとしてもそれを聞き取れることはできなかっただろう。だが束が早口だったりボソボソだったわけではない。
たた単純に
それはまさしく
『ロックの解除を確認、対IS用兵装の使用が許可されました』
画面にそう表示されると、束から少し離れた位置の床に一メートル四方の穴が現れ、そこからギターケースのような物が真上に射出された。
束をそれを見ずに片手でがっちりと掴み取る。ギターケースらしきものにはこう書かれていた。
『束謹製対IS用長刀“
対IS用兵装––それはISの開発者ではあったがISの操縦者でなかった篠ノ之束が女性権利団体によるISでの襲撃を受けて考え出した、IS以外でISに対抗するための特殊兵装だ。ISと渡り合うをコンセプトにしているので当然対IS用兵装にはISと同等かそれ以上の性能を有している。
例えば蒼羽は見た目こそ普通の野太刀だが、実際は超小型高出力の高周波振動発生機が装備された高周波ブレードである。また刀身は束が独自で配合した高密度玉鋼製、ISに踏まれても折れない耐久力、そして切れ味も鉄筋コンクリートの塊も豆腐のようにスパスパ斬れるなど性能もぶっとんでいる。
他にも何処ぞの光の御子が使っていた魔槍のレプリカやら何故か床に刺したら抜けなくなった剣やら異様に馬鹿でかいとっつきなどがあるが今回は割愛。束曰く、『何故作れたか自分でも分からない』らしいが。
「さてと」
ギターケースから取り出した蒼羽を肩に担ぐ。侵入者がこの部屋まで辿り着くにはまだ時間の余裕がある。既に進路上にある障壁は展開済みで、モニターには障壁に悪戦苦闘する侵入者の姿が映されていた。
「……着替えるか」
今、束が着ているのは上下ともにイモいジャージ。とてもこれから侵入者を迎え撃つのに相応しい格好ではなかった。
「ウラアアアアアアア!!」
オニキスの掛け声と共に繰り出された右ストレートで障壁がグシャア、と音をたてながら吹っ飛んでいく。殴り飛ばされた障壁は見事に変形し、元の姿をとどめていない。
「うはぁ、私達があんなに苦しんだ障壁をこんなに粉々になるなんて。……流石は雌ゴリラ」
「おい聞こえてるぞ、くそチビ。誰がゴリラだ誰が。喧嘩売ってるなら買ってやろうか?ああん?」
ぼそりと呟いたトリフェーンに青筋を浮かべながらオニキスがキレる。一応オニキスの名誉の為に言っておくが、彼女の外見は目つきが悪いスレンダーな金髪美女である。決してゴリラには似ていない。拳で障壁を壊すなどの野生じみた行動を除いては。
「つーか、弾薬の節約の為に殴って壊してやったのにゴリラ呼ばわりってどうよ?」
「でも最初からああやってれば弾薬の消費は抑えられたかもしれない」
「いや無理無理。そんなことしたら腕部の装甲が壊れちまう」
「普通にできないって言わないあたり貴女も大概です。それと作戦中なので揉め事は後回しにしてください。あまり私を怒らせないでくださいね……」
「「イ、イエス、マム!!」」
笑顔だが目が笑っていないベリルからはゴゴゴゴゴッと闘気らしき何かを背中から発している。二人は流石にヤバイと気づき、滝のように冷や汗を流しながら惚れ惚れするほど綺麗な敬礼をビシッと決めた。
「ハァ……そろそろ奥に着くわよ。気を引き締めなさい」
もう侵入者は束がいる部屋の扉の目の前まで来ていた。扉は入り口ほどではないが相当分厚そうな造りになっている。突破するのは少々骨が折れそうだった。
「これは殴り飛ばすのは無理だなぁ」
「寧ろこれを素手で壊せたら正真正銘の人外。怪力だけで言ったらあの織斑千冬と同レベルになる」
「しかし既に想定以上の弾薬を消費してる身としては素手で壊してくれた方がありがたかったがなああ!!」
そう言いながら、隊長はアサルトライフルを構えて扉に向かってありったけの弾丸を浴びせる。隊長の発砲を合図にオニキスとトリフェーンはサブマシンガンを扉に放つ。
「っちぃ!全然駄目じゃねえか!」
「これは……結構分厚い」
マガジンひとつを使い終えたオニキスとトリフェーンは思わず悪態つく。
隊長が無言でマガジンを取り換えていると、彼女の後ろからベリルが大きな声で叫んだ。
「みんな伏せてぇえええ!」
声に反応してそれぞれが咄嗟に地や壁に這い蹲る。
その直後、ゴオォォォォォンという爆発音が鳴り響き、爆煙が通路を覆い隠した。
「ぬおおおおお……」
「あー!耳が、耳がー!」
爆煙が晴れるとそこには爆発音で耳をやられて悶絶してるオニキスとトリフェーン、何気に耳栓をしていた隊長、ひしゃげた見事に扉、そして大きなバズーカ砲を構えていたベリルの姿があった。
「扉は開きました。さあ突入です」
((あ、悪魔だ……))
オニキスとトリフェーンはにっこり笑うベリルを見てそう思ったのだった。