サブキャラ転生〜金色は闇で輝く〜   作:Rosen 13

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第24話

「ちくしょう……こんなはずじゃあ……」

 

 

 男は撃ち抜かれた左肩を庇いながら、かつて自分が支配していた街の路地裏を這うように逃げていた。

 地元の警察すら手出しできないほど治安が悪いこの街は周辺地域屈指の繁華街であると同時にマフィアの支配下に置かれていた。

 

 

(クソッ、何故こうなった?)

 

 

 街を支配していたマフィアのボスだった男の頭の中はその一点に尽きていた。

 自分はほんの少し前までこの街の頂点だったはずだ。

 あのとき男は事務所である高級ビルでいつものように女を侍らせていた。高価な酒を浴びるように飲み、好きなように女を貪る。稀に部下に飽きた女を与えるときもあった。

 

 だが彼らの栄華は唐突に潰える。

 

 彼らを襲ったのはビルに轟く爆発音。同時にビル全体の電気が消えた。ビルの発電施設を爆破されたのだ。ビルはすぐに非常用電源に切り替わったが、女達はパニック状態に陥っていた。酒池肉林の場が一気に喧騒で霧散してしまった。男は女の悲鳴に苛つきながらも部下に状況確認するよう指示するが、このとき既に手遅れであった。

 会場であった最上階のスイートルームの外から銃撃音と部下達の断末魔の叫びが聞こえたのだ。それもかなり近い距離で。

 明らかな襲撃。しかもビル内に何十人もいたはずの自分達が不利な状況であることにいくつかの疑問を抱きながらも、スイートルーム内に残っていた部下に総員で迎撃するよう命令して自分は奥の部屋に避難──するように見せかけて密かにビルから脱出を試みていた。

 部下は時間稼ぎの駒に過ぎない。中にはたまたまこの場に呼ばれていた女や古参の幹部もいた気がするが、自分の命が最優先だった。

 しかし状況は男の想像以上に悪化していた。ビルからの脱出は成功したものの、途中で捕捉されてしまい肩に銃弾を受けてしまった。

 自分の街の中でコソコソ逃げなければならない屈辱に唇を噛むような思いに駆られる。だが無様を晒してでも今は逃げなければ。

 襲撃者が何者か分からないが、あっという間に部下達を制圧した実力といい、明らかに只者ではない。この街にもまだ自分達に反抗的な組織もいるがそれとは別口だろう。奴らがあれほどの戦力を揃えているとは考えられなかった。

 

 

「……一番近い支部は何処だ? だが幹部までやられたのは痛かったか……」

 

 

 不幸なことに襲撃を受けた日は組織の重鎮達が集まっていた。当然支部長もそこに含まれる。恐らくあの場にいた幹部は生きていないだろう。

 本拠のビルが失陥した今、支部の方も無事か知らないが背に腹はかえられない。

 一夜にして幹部と本拠を失うなど誰が想定できようか。仮に逃げ切れたとしても組織の衰退は明らかだった。この街は再び男を支配者として認めないだろう。支配者不在となれば、街はその座を狙う者達が互いに争う混沌に包まれるはずだ。そして力を失った男はそんな奴らの格好の餌でしかない。

 

 

「死んでたまるか。俺は、俺はこの街の支配者なんだぞ……!」

 

 

 だが現実は無情だ。

 

 

「見つけた」

 

「ひっ!?」

 

 

 男は怯えながら恐る恐る声が聞こえた後ろを振り返り、そして後悔した。

 

 死神が、いた。

 

 見た目は黒づくめの服装をした東洋系の少年。だがその身体には無数の返り血がこびりついていた。よく見てみれば彼の服は返り血でどす黒く染まっている。

 そしてなにより男を怯えさせたのは少年から放つむせるほど濃厚な死の臭いだった。これでも長い間闇の世界で生きてきた男はどれだけ人をヤったか見分けをつけることができた。それでもこれほどヤバいと直感した奴はほとんどいなかった。

 

 

「お前らは誰に喧嘩売ったか分かっているんだろうな!? この街の支配者トリトンファミリアだぞ!?」

 

「知らねえよ」

 

「は?」

 

「たかが街ひとつ支配してる程度の木っ端マフィアの名前なんか知らねえってんだろ」

 

 

 少年は無慈悲に持っていたサイレンサー付きの銃の引き金を引く。

 放たれた銃弾は男の額を貫き、かつて繁華街を支配したトリトンファミリアの首領は呆気なくその命を落とした。

 

 

「雑魚を甚振る趣味はないが、女性権利団体と結託してウチのシマにヤクを流したんだ。地獄でもせいぜいその報いを受けていろ」

 

 

 その日、女性権利団体と結託してハミルトンファミリーのシマに麻薬を流したトリトンファミリアは首領および幹部全員が死亡し壊滅した。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「──ってことがあってな」

 

「久しぶりに再会した義弟が随分マフィアに染まっていた件」

 

 

 一夏をハミルトンファミリーで引き取ることになってから二年の月日が経過した。

 身寄りのない一夏はハミルトン家に養子入りすることになり、イチカ・ハミルトンと名を改めた。ちなみに私が姉である(重要)。

 養子入りしたイチカは本人の希望もあってハミルトンファミリーの一員となった。私は反対したけど、本人の希望と実戦経験があり素質もあることから他の幹部達が賛成に回ってしまったので渋々私も受け入れざるを得なかった。

 最初は研修としてしばらく屋敷にいたのでよく一緒に行動していたけど、数ヶ月後にママがイチカが欲しいと直属の部下として引き抜いてしまった。

 外交担当として各支部を飛び回るママの直属になってしまったのでイチカも同様に世界中を飛び回ることになり、屋敷に戻ってくるのはごく稀になってしまった。

 毎日電話しているけど、実際に顔を合わせられるのは年に数回しかないので少し寂しかったりする。

 そしてこの間、数ヶ月ぶりにようやくイチカが屋敷に戻ってきた。ずっと働きっぱなしだったらしくパパから特別休暇をもらったそうだ。なおママはしばらく謹慎の模様。また何かやらかしたみたい。

 

 

「あの人はなぁ……優秀だし結果も残してるけど自由過ぎなんだよ。何でいつの間にかマフィアやテロ組織の殲滅することになったんだか。本来外交担当だったんだぜ俺ら」

 

 

 イチカが深い溜息をつく。

 ごめんイチカ、あの人トラブル体質だから今後も同じようなことが起きるかも。

 流石にそれは口にしないけど、ママ直属で間違いなく巻き込まれるだろうイチカに涙を隠せない。多分発狂するかもしれないけど私には何もできないんだ。

 

 

「ま、まあ今は仕事の話はなしにしてさ。せっかくの休みだし、イチカは何かやりたいことでもある?」

 

「やりたいこと? 長い間留守にしてた部屋の掃除に日用品と消耗品の補充、あとは訓練かな。勉強も通信教育で間に合ってるし、そのくらいか?」

 

「え? 他にはないの?」

 

「いやないけど。だから休みが長すぎると正直困る」

 

 

 ストイックなのか趣味がないのか知らないけど、それ社畜のセリフだよイチカ。

 

 

「へえ、じゃあ結構暇な時間あるんだ。だったらさ、一度ウチの部署来てみない?」

 

 

 イチカの予定が味気ないし、普段あまり関わりのない部署だから何かイチカの刺激になるかもしれない。

 ただの下っ端なら問答無用で門前払いだけど、幸いイチカはファミリーきっての期待のホープとして構成員に高く評価されてるからそこまで問題にならないだろう。

 それにイチカはあのママの副官的役割を二年近くも担ってたのだ。当初イチカのことを快く思っていなかった連中もこの事実を聞けば掌を返すように彼を賞賛する。それだけママの部下を長期間努めるということはファミリー内でも難しいと認識されていた。みんなママの自由奔放さについていけないのだ。どれだけ我慢しても一年持てば上出来、最悪一時間で音をあげる者もいた。

 だから私はイチカのことで問題になることはないと踏んでこの提案をした。

 べ、別に一度部署のみんなにイチカを紹介したいとか模擬戦とかでイチカに良いところ見せたいからじゃないよホントだよ? 

 

 

 ただ私は失念していた。

 

 イチカ・ハミルトンが()()()()であったことを。

 

 

 


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