自由を愛する旅人
ユリアーナ・ハミルトンを一言で表すのなら、彼女を知るほとんどの者はこう答えるだろう。
一見ハミルトンファミリーのエドワード・ハミルトンの妻であると同時にファミリーの幹部でもある人物らしくない評価だが、私はこの評価はかなり的を得ていると思っている。実際、彼女はハミルトンファミリーに関わる前は本当に世界中をひとりで旅していた。ISが登場する前の時代で女性がひとりで旅することは今以上に危険なことだった。日本のように治安が良ければまだマシだが、彼女が訪れた国の中には紛争中だったりスラム街が多かった地域もあった。だが彼女はハミルトンファミリーと出会うまでヘビーな旅好きでも無謀と避ける行為をやめることはなかった。
ここで勘違いしてほしくないのは、ユリアーナ・ハミルトンは考え足らずの愚者でも無知な旅好きでもないということだ。ただの旅好きとは違って、彼女の行動の根幹には自由への渇望があったという。
これはパパから聞いた話なんだけど、ママは元々とある富豪のお嬢様で、将来も結婚相手も親に決められており自由なんて存在しなかったらしい。不自由のない生活を過ごす反面、自由への渇望が次第に大きくなる一方で、あるときそれが爆発し出奔したというのだ。
その後、なんやかんやあってパパと結ばれてファミリーの一員となった今も自由への渇望は止まることがなく、パパは世界中にある支部へ出向という形でママの希望をかなえている。
これだけではただのママのわがままになるけど、ママが各国の支部に出向くことはハミルトンファミリーにとっても大きな意味を成した。それはママの人脈の豊富さにあった。ママは旅人時代からなぜか訪れた国や地域の有力者から気にいられることが多く、そのコネクションを通じてハミルトンファミリーと有力者たちを結びつけてることができた。その結果、ママは地元の有力者の支援を受けて既存の支部を発展させたり、新たに支部を設立させたりと外交面でハミルトンファミリーの利益に大きく貢献した。当初は否定的だった幹部たちも掌を返すようにママを褒め称え、ファミリーの中でも欠かすことができない存在となっていった。
そういった事情もあって私とママとの交流は限られていた。ビジネス兼旅として世界中を飛び回るママと会う機会は年に数回あるかないかだ。幹部を集めた総会でもママが欠席となっていることも少なくなく、出席していたとしても総会中は互いに幹部としての立場があるため親子として振る舞うことはない。総会が終わってもママは多忙ということもあって出口付近で数分立ち話する程度だ。そのため口ではママと言っているが、どちらかといえば近所のお姉さん感が強かったりする(ママの実年齢はともかく見た目は二十代にしか見えないから)。
閑話休題。
一夏の話によると、ここ数年ママは日本支部に出向していたらしい。ママと一夏の出会いはママが道に迷っていたところを一夏が話しかけて案内したのがきっかけだという。
「英語に自信なかったけど、困っている人を放置できなかったからな。でもユリアーナさんが日本語ペラペラだったのは助かったよ。おかげで目的地もすぐわかることができたし。まさかちょっとあれな同人ショップに案内することになるとはそのとき思わなかったけど……」
ママ……ショタにアダルトな同人ショップを案内させるんじゃないよ。下手すれば事案だって。
まあ、それがきっかけでお互いの交流が始まったらしい。ママは道案内のお礼に一夏を食事に招待したがったらしいが、防犯意識が強かった一夏はやんわりとそれを拒否。よく考えれば誘拐犯に間違われそうなシチュエーションに見えないこともない。結局近所のクレープ屋でクレープを奢ることで決着したという。
「そのあとはたまに道端で会ったら会釈するくらいだったんだけど、ある日俺のことをよく思わない連中が地元の不良をけしかけてきたときに偶然鉢合わしちゃって──」
一対複数という圧倒的不利な状況の中、なんと一夏はまだ小学生にもかかわらず中学生不良グループに勝ってしまったのだ。一夏には剣の才能はなかったが、彼に闘いの才能を見出していた博士に秘密裏に鍛えられていたという。戦闘体術篠ノ之流の使い手である博士に鍛えられた一夏は不良中学生程度に遅れをとるはずがなかった。
「フッフッフ、いっくんは束さんが育てた(ドヤァ」
「束さんステイ」
「えー……」
なんか締まらないなぁ。
一夏が不良グループを倒したとき、ママ率いるハミルトンファミリーが現れた。
どうやらこの不良グループはハミルトンファミリーのシマで随分好き勝手に暴れてたらしい。最初は子供だからと多少のことは黙認してたらしいが、更に彼らが調子に乗ってしまったことでついにファミリーの琴線に触れることになったのだ。
一夏に返り討ちに遭った不良グループの連中は突然現れた明らかにカタギではない集団に囲まれて震えてた。恐らくハミルトンファミリーのシマで暴れてたなんて知らなかったのだろうが、彼らはやり過ぎた。
無知は罪とはいうが、私は至言だと思う。結局不良グループはどこかに連れていかれたらしいが、一夏はそれ以上のことは知らない。
流石に海に沈められることはないだろうけど、一応遠回しに出した警告を彼らがそれを無視したようなので自業自得だ。彼らがどんな末路を迎えようが興味はない。
「その後はユリアーナさんの事務所に案内されて怪我の手当てをしてもらったくらいだな。ただ何故かあのときからヤクの取引を見つけて命狙われたところをユリアーナさんに助けてもらったり、友人に絡んだ輩を返り討ちにしたらハミルトンファミリーからシマを奪い返そうとしてた若い衆だったり、調子乗って暴れるチーマーをハミルトンファミリーのみんなで制圧したり、敵対する組織のスパイと死闘を繰り広げたり……いやぁ思い返すと、束さんに鍛えてもらえなかったら間違いなく死んでたよなぉ。最後に関してはなんか完全に外部協力者って認識されてたし。そのとき小学生だぜ、俺」
いや、なんと言いますか……その、
ウチの母が本当に申し訳ございませんでしたああああ!!!! (五体投地)
いやいや本当に何やらかしてんのあの人は!?
一夏が完全にこっちの世界に巻き込まれてるじゃねえか!
「これはパパに報告だね。場合によってはしばらく監禁もやむを得ないか……」
「待って!? 半分は俺が足突っ込んだせいでユリアーナさんは不可抗力だから!」
「半分は?」
「あっ」
「あははははははは」
「あっ」じゃないよ。って博士はなに爆笑してるんですか。
はぁ、なんか疲れたからこれ以上言及するのはやめにしよう。ただしパパには報告させていただきます。
「ユリアーナさん、逃げて超逃げて……」
とまぁ、話を戻すとしましょうか。
「一夏がウチと関わりがあることは分かったわ。それで一夏はどうする? ウチで引き取られることを拒否しても私は君の意見を尊重する。でもハミルトンファミリーに引き取られるということは、今まで以上にこちらの世界に身を置くことにもなる。もちろん、ハミルトンファミリーに籍を置きながら一般人として生きる手もないわけではないけれど、こちらの事情に巻き込まれないという保障はできないわ。脅すような真似で申し訳ないけど、これが今の私にできる精一杯の助言よ」
正直一夏がどのような選択をしたとしても、私には
すでに私や一夏の兄という存在がいるため、私が覚えている原作知識は役に立たないし、この世界の一夏がISを起動できるかも分からない。
けれど家族や周囲に疎まれた不遇な少年が少しでも幸せになれるような選択をしてくれたら、とも思う。
「ティナ、決めたよ。俺は────」
「えっ、ティナってユリアーナさんの娘さんだったの?」
「あれ、言ってなかった?」
「うん。あー……」
「なにその気の毒そうな表情は?」
(言えない。ユリアーナさんが娘の土産にってBでLなものを買い漁っていたなんて絶対言えない)