——米国 某所
都市部から離れた海岸沿いの高台に大きな屋敷がそびえ立っている。如何にも童話に登場しそうな白くて綺麗な屋敷だが、その周囲には鈍色の鉄柵と鉄条網、屋敷の敷地内には常にいかにもカタギではない黒服達が巡回している。
そんな屋敷に黒いリムジンが入ってくる。リムジンが屋敷の前に止まると、一人の若い男が姿を現した。
「ただいま〜。さて愛しい娘はどこかな?」
「なーんか、すごい所に転生しちゃったなー」
キングサイズのベッドに寝転びながら、明らかに高級マンションの一室より広いこの部屋を見渡す。相変わらずこの広さにはなかなか慣れない。特に今は幼児の姿なので、ベッドからドアまでの距離がとても遠く感じる。暇だゴロゴロ~。
転生した当初はこのデカイ屋敷を見て、『勝ち組キタコレ! 』って浮かれていたけど、三年も経つとそんな気は全くなくなった。
『おかえりなさいませボス、シマで例のヤクを売りさばいていた売人を捕まえました』
『そうか。で、そいつは今どうしてる?』
『地下で拷問班がヤクのルートを吐き出させています』
『オーケー。じゃあそっちは頼んだよ。僕はこれから天使ちゃんに会いに行くから』
チートによって強化された聴力のせいで廊下の物騒な話し声が聞こえる。こんな話を聞いても動揺しなくなった私は末期なのだろうか。
コンコン
「どうぞ」
「やあ、会いたかったよ僕の天使ちゃん」ダキッ
部屋に入ってきて私を抱きしめたのは、さっきボスと呼ばれた金髪のイケメン。そしてーー
「わたしもあいたかったわ、
私、『ティナ・ハミルトン』の父親である。
私ことティナ・ハミルトンは米国有数の勢力を誇るマフィア『ハミルトンファミリー』の首領エドワード・ハミルトンの一人娘である。
ハミルトンファミリーは一般的なマフィアと異なり、治安維持や要人の護衛などが主な仕事だ。ヤクの取引なんてもってのほか。むしろそういうものは積極的に潰している。
だけどハミルトンファミリーは善人というわけではない。カタギには手を出していないが殺しもしてるし、みかじめ料も受け取っている(というより地元の人達から無理矢理渡される)。それでもパパの部下曰く、地元の人々からは畏れられながらも慕われてるから悪い気分にならないらしい。
ただ時々『粛清』や『拷問』という言葉が耳に入るのは怖い。やっぱり他と違ってもマフィアはマフィアだった。
「そうだ、今日はティナにプレゼントがあるんだよ」
「プレゼント!? 」
私は思わず大きな声を上げてしまった。実はパパからのプレゼントは私の楽しみのひとつだ。前世の記憶があるくせに、と思われるかもしれないが今の私はマフィアの首領の一人娘。
だから屋敷のみんなは過保護で、三歳になった今も庭にすら出たことがないのだ。そのため基本的に家の中で過ごしているけど、やっぱり外に出れないのはストレスがたまる。
そんな時にパパは珍しいものをプレゼントしてくれた。最初は仕方なくって感じだったけど、次第にパパのくれる謎の書物や変わった玩具に夢中になって、今では毎回パパのプレゼントが楽しみになっている。
パパは目をキラキラさせた私を蕩けるような笑顔を浮かべて抱き上げると、プレゼントがあるであろう広いリビングへと連れて行く。途中で黒服のみんなにすれ違うと、みんなはパパだけでなく私にもちゃんと頭を下げている。ボスの一人娘だからと理解してるけど、これもなかなか慣れないな〜。
リビングに到着して、パパが渡してくれた大きな箱を開ける。後ろには何人かの黒服が待機しているが、私達は完全に空気として扱っている。これも慣れです。
「こ、これは……! 」
「いやあ、この前日本で商談したときにたまたま玩具屋で見つけてね。何故かはわからないけどティナが喜ぶって確信したんだ」
パパのプレゼントは子供向けの小さな弓の玩具だった。それは前世が日本人の私には懐かしさを感じられた。だがそれと同時に、私はあるチートのことを思い出した。
エキストラスキル【魔弾の射手】
それは貰った中で一番強力だろう特典。たしか効果は弓、銃の才能とそれに関する知識だったはず。今まで平和な日常を過ごしていたからすっかり忘れてたよ。
「……ありがとうパパ」
ゆっくりと弓の玩具を手に取る。その時、弓矢に関する情報が濁流の如く私の頭の中に流れ込んできた。うっ頭が…………
「ティナ? 」
「……ハッ!? 」
気づいたらパパが心配そうに私を見つめていた。どうやら少しばかり意識が飛んでいたようだ。
「ボーッとしてたけど、気分が悪いのかい?」
「ん、なんでもない」
パパにそう告げると、いつの間に落としていた弓の玩具を拾う。今度は情報が流れこまなかったけど、手に取った瞬間に私は弓の使い方を理解していた。チートまじスゲー。そこでふと疑問を抱く。
……【魔弾の射手】ってどれくらい凄いのだろうか?
平穏な生活ではまず不要なスキルだけど、もしかしたら使う時があるかもしれない。というか本音を言うと、一度でいいからチートしてみたい。
私はつい【魔弾の射手】を試したくなった。
「むい」
箱にあった玩具と一緒についていた的を取り出すと、少し離れた場所に設置する。私は的から離れて弓を身体と平行に構えた。先端に吸盤が付いている矢を弓に対して十文字に番ると、意識を的に集中させる。
あらゆる雑音がシャットアウトされ、私の世界は静寂に包まれる。唯一聞こえるのはギリギリギリという弦を引き絞る音のみ。まるで時が止まったようだ。
ふーっと長く息を吐き、的に向かって矢を放つ。矢は幼児が放ったとは思えないスピードで的を捉えていた。
スパーンッという音が無音の部屋に響く。矢はわずかに中心から右にずれていた。
惜しい。けど初めてにしてはかなり上出来かな。的を穿つことはできなかったけど、威力自体は【肉体強化(大)】の効果も相まって子供が出せるものじゃなかった。
しっかし、初心者の私があんなことできるとは思わんかった。
わあ、このスキル強すぎ(小並感)
「すごいよティナ! 嗚呼、まさか娘にこんな才能があったなんて! 」
「ハッ! 」
パパ達が私を絶賛する声に私は我にかえる。やばい……スキルを試すのに夢中でパパ達がいたことをすっかり忘れてた! なんで自ら平穏な生活をぶっ壊してんだ私は!?
「やはりティナは天才だったのか……英才教育させないと(ぼそり」
聞こえてますけど!? 独り言のつもりでも私ばっちり聞いちゃったんですけど!? 勘弁してください、私は平穏な生活が送りたいだけなんですぅぅぅぅ!
このあと滅茶苦茶英才教育させられた。まさに自業自得……