サブキャラ転生〜金色は闇で輝く〜   作:Rosen 13

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第18話

 その少年には歳が離れた姉と()()()()がいた。その二人はいわゆる天才というもので、特に双子の兄は神童として幼少期から周囲に期待されていた。少年は物心がついた頃から神童と比較され続けて、その度に落胆あるいは蔑まれてきた。学力も双子の兄に勝てたことがなく、兄と姉もやっていた剣術も上の二人は才能に恵まれていたが、少年にはその才能がなかった。しかしそれはあくまでも兄に勝てないだけで本来なら少年も褒められるに値する優秀な成績を残していたが、常にその上を行く神童の兄の存在がそれを許さず、『兄に劣る出来損ないの弟』という傍から見たら不当なレッテルを貼らされていた。

 それでも失踪した両親に代わり少年を育ててきた姉やその姉の親友と家族など少年に好意的な人々もいて、少年は悪意ある視線に影響されることはなかった。特に姉の親友である女性からは姉から接触禁止令を出されるほど溺愛されていて、よく二人きりで勉強を教えてもらったり彼女の研究の手伝いをしたりなどある意味家族以上に親しくしてた。

 だが異様に少年を嫌う兄とそのシンパとは不仲だった以外は平和だった少年の日常はある事件によって突然終焉を迎えた。それも少年と親しくしていた女性──篠ノ之束の発明品によって。

 

 

 「ごめんね〇〇〇〇。私、もう〇〇〇〇の側にいれないんだ。……なんでこんなことになっちゃったんだろうね。私はただ、みんなと一緒に宇宙(そら)に行きたかっただけなのにッ……!」

 

 

 束が少年の前から姿を消す直前、少年の前に現れたのは無邪気で明るかった普段の彼女ではなく、まるで暗闇の中で迷子になっている幼子のようにどこか途方に暮れた姿だった。当時まだ何も知らなかった少年を不安にさせないよう、泣きそうになりながらも無理やり笑いながら少年を抱きしめた彼女の体が震えていたのを少年は憶えている。あのとき、ただ彼女に抱かれるままだった少年の瞳が最後に映したのは別れ際に見せた束の憂いの帯びた微笑みだった。それ以降、束が少年の前に姿を現すことはない。

 束が消息を絶ち、ISが登場するようになってから世界は少しずつ女尊男卑の社会へと変貌しはじめた。最初は一部の過激派の主張に過ぎなかった女尊男卑主義はISが世間に定着するにしたがってその勢いを増していき、次第に国のトップに女尊男卑主義を掲げる女性政治家が選ばれるようになっていた。世間には女尊男卑の波が広がり、街中には女性だからというだけで威張り散らす輩が跋扈し、男性はそういった女性に絡まれるのを恐れて萎縮する。そしてそんな態度の男性を見て、女尊男卑派がさらに助長するという悪循環が生まれて、世界は歪んだ価値観に支配されていった。

 そしてすでに優秀な姉と兄をもつ身として二人と比べられていた彼のもとにも女尊男卑の波が押し寄せる。特に姉がIS分野におけるレジェンド的な存在で国内外の女性の憧れの的だったことが少年の不幸を加速させた。

『織斑家の出来損ない』、『織斑の出涸らし』と以前から教師、生徒、近所の人間問わず言われていたことに加えて、姉を崇拝する女尊男卑主義の信者やファンからにも、『千冬様の弟の癖に生意気なのよ』、『あんたみたいなのが弟だなんて千冬様が可哀想』、『もう一人と違ってお前が生きてることが千冬様にとって汚点』と聞くに堪えない罵詈雑言を浴びせられるようになっていった。

 親代わりに弟二人を養う偉大な姉、神童と称され少年を嫌う双子の兄、レッテルだけで少年に悪意を向ける周囲の目。ただでさえ多感な時期に必要以上に悪意やプレッシャーに晒されてきたことで少年の精神は摩耗していく。数少ない少年に好意的な友人たちの支えもあって最悪の事態にこそ発展することはなかったが、少年の精神状態は決して健全ではなくなってしまった。

 そんなある日、少年のもとに一通の手紙が届く。それは普段仕事で家を長期で空けている姉からで、手紙の中には姉から家族にあてた短い手紙と少年とその兄の分であろう二枚のチケットが入っていた。

 

 

「これは第二回モンド・グロッソの招待状?しかも開催地はドイツかよ、日本開催だった第一回は行ったから今回はいいかな。どうせ兄貴も行くんだろうし、俺がいても向こうの反応がうざいだけだし」

 

 

 そう考えて姉の千冬に断りの返事をした少年──織斑一夏だったが、千冬に問答無用と無理矢理双子の兄とともにドイツへと連行されてしまう。それが自身の運命を左右することを知らずに。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「お前、織斑一夏だな。無駄な抵抗しないで大人しく我々についてきてもらおうか」

 

「悪いが、これも仕事なんでな。お前さんも痛い思いはしたくないだろう」

 

「……誰だ、あんたら?」

 

 

 モンド・グロッソ決勝直前、トイレのために一度席を離れていた一夏は大会関係者以外立ち入り禁止のはずのエリアで謎の黒服の男達に囲まれていた。本来ならどこかしらに警備の人間やスタッフがいるはずなのだが、彼らのいる場所には不自然なほど人気がない。

 

 

(助けを呼ぼうにもこの近くに奴ら以外の人影や気配が全くない。もしかして消された?いや、血の匂いはしていない。ってことは買収された可能性が高いのか)

 

 

 もし買収されていたとすれば、仮に逃げ出せても助けは期待できない。

 おそらく彼らの目的は織斑千冬のモンド・グロッソ連覇阻止だろう。黒幕が何者かはわからないが、心のどこかでこうなる可能性は考えてはいた。圧倒的な強さで順当に決勝まで勝ち進んだ千冬の連覇はほぼ確実視されている。そのため、これ以上IS分野において日本の立場が強まることを快く思わない各国が何かしらの妨害工作を仕掛けてくるのは自明の理。

 そして最も千冬の連覇を阻止できるのが家族の誘拐だ。

 

 

「はっ、俺を人質にして姉貴を不戦敗にさせる気か?」

 

「ほう、噂と違ってなかなか聡いな、織斑家の出来損ない君。こちらにしても本当なら君の兄の方が期待できたのだが、放置同然の君と違って警備が厳しくてね。まあ、君でもそれなりに期待できるだろう」

 

 

見下すように一夏を嘲笑う黒服達。一夏はその嘲笑を不快そうに顔を歪めるが、彼らのいうように大会スタッフから不平等な扱いを受けていたのもまた事実だった。

 航空チケットこそ兄と同じクラスだったが、二人が現地に到着するやいなや周囲からの互いの扱い方が一変した。兄には挨拶に現れた役職持ちらしき大会関係者を筆頭に大勢での歓迎するなどどこぞの王族かというような待遇だったのに対し、一夏には現地で雇われたらしき態度が悪い案内人が一人だけ。ただそんなのはまだ序の口に過ぎず、その後の行動や宿泊場所、食事の質、周囲の目、挙句の果てに大会のスタッフが本来VIP待遇の一夏本人に八つ当たりするなど理不尽な扱いをされていた。世界中から英雄視されている織斑千冬の家族に対する待遇とは考えられないような扱いだが誰もそれを咎めることはない。それは大会スタッフや各国政府関係者の間に女尊男卑という歪んだ価値観が浸透しており、その中でも織斑千冬を崇拝する過激派が出来損ないと噂される一夏を汚点として嫌悪し暴走したのが原因だった。さらに神童と持て囃される兄との不仲や一夏に剣の才能がなかったこと、兄の方が日本政府関係者の覚えが良いことなどの情報が彼女らの行動を後押しさせていた。

 

 

「君も織斑千冬に泣きつけばこんなことにはならなかっただろうに。いや、彼女のまわりの人間が許すわけないか……」

 

 黒服の一人が一夏に聞こえないようにそうつぶやく。

 織斑千冬のまわりは彼女を崇拝す日本政府関係者とスタッフしかいない。もし泣きついてきても、彼女が多忙で弟に直接会うことができないことをいいことに自分達が不利になる訴えを握りつぶすのは目に見えている。つまり第三者の目から見ても織斑一夏は完全に詰んでいた。それを本人にわざわざ指摘しなかったのは彼らなりの慈悲なのかもしれない。

 

 

「正直ここまで虐げられてると本当に人質の価値があるか不安になるぜ。おい、仮に無視されたらどうする?」

 

「ふん、そのときはただ死ぬだけの話だ。こいつにそれ以上の価値はない。それより買収したとはいっても、ここに長居は危険だ。とっとと連れ出せ」

 

 

背中に銃を突きつけられ、逃げることもできないまま、一夏は大人数人がかりで押さえつけられる。抵抗しようにも中学生がその筋のプロの大人に敵うわけがなく、抵抗らしい抵抗もできないまま身体を拘束される。

 

 

(ちくしょう……ちくしょう……)

 

 

 手足を縛られ、顔に袋をかぶせられて意識を失う直前、彼を襲ったのはやるせない己に対する無力感と今後の運命に対する諦念だった。

 

 


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