束さんの妹談義が始まってから早くも一時間が経過したが、彼女の勢いは衰えることをしらない。日本文化について語ってたときよりも断然と熱が籠った語りに呑まれて私はひたすら相槌を打つだけの聞き手に徹する羽目になっていた。
「箒ちゃんのことは好きだよ。でもあの子が建物とか壊す度に周囲にバレないよう修理してるの私だからね! しかも私が見た日に限って無自覚のままトラブル起こすから見て見ぬふりはできないんだよ! 昔から浮世離れしてた子だったけど最近より悪化しちゃった。それでね、それでね、箒ちゃんはもっと周囲の目を気にするべきだと思うんだ! 」
そんなこと私に言われても困るよ。それとまだ見ぬこの世界の箒さんも理由はどうあれ世界を混乱に陥れた元凶に周りを見ろなんて言われたくないと思う。
そろそろ別の話題にしたいけど、束さんの話が止まる気配がしないなぁ。
「でもそんな箒ちゃんにもちゃんと可愛いところがあるんだよ。例えば夜寝るときなんて日本刀を抱き枕代わりにしてるし、休日は精神統一の一環で写経もしてるんだよ」
「うん、ごめん。それのどこが可愛いか私にはわからないや」
「むむむ……じゃあ、朝四時から剣の鍛錬でひたすら竹を斬ってることや男子に変な視線浴びても全く動じないくらい羞恥心が存在しないこととかも!? 」
いや、むしろそれを可愛いと思える束さんが不思議だよ。さっきのだって妹さんがどれだけ浮世離れしてるかのエピソードでしょ。貴女の妹は武士か何かですか?
私の共感しない態度にムキになったのか、私は日が暮れるまで束さんにひたすら幼少期から現在までの篠ノ之箒の様々なエピソードを語られる羽目になった。妹馬鹿の束さんの頭の中にはプライバシーなんて言葉は存在しない。おかげで私は会ったこともない篠ノ之箒について不本意にも詳しくなってしまった。
しかし束さんの話を聞いてると、キャラの性格といい大分原作と乖離しているみたいだ。まあ私がティナ・ハミルトンの時点で原作とは違うのは確定してたわけだけど、IS学園入学前でここまで変わってるとは思わなかった。
そうなると気になるのは主人公の織斑一夏の存在。だけど束さんとの会話では『ちーちゃん』という単語は登場したものの織斑家については一切語られていない。箒についての話ももっぱら彼女の私生活についてだった。
下手に私が本来知らないはずの織斑家を匂わせる発言をしようものなら、束さんは間違いなく私を警戒する。そうなればこれまでの努力は全て水の泡だ。でも私も積極的に織斑家の情報がほしいわけではないからボロを出さないよう気をつければいいか。
「おや? 空が暗くなりはじめました。そろそろ日が暮れそうですね」
ずっと箒のことについて語られて疲れた私はわざとらしく外を眺めて太陽が沈みかけてることを告げると、
「ほんとだ。もうこんな時間かあ。じゃあ束さんはそろそろ帰ろうかな。今回は有意義な時間だったよ。なーちゃんに出会えたしね」
束さんはそう言うと満足そうに笑った。有意義な時間と言ってくれるのは嬉しいけど、妹自慢はもうこりごりなんですが。長時間聞いてたから耳にタコができそうだよ。でも束さんに気に入られたのは望外な結果といえる。今後、また妹自慢される可能性大で今から億劫だけど。
束さんが屋敷から去ると和室から私を含めて安堵したようにため息が漏れる。特に短い時間で準備し、長時間部屋の外で待機してたナンシー達は精神的に大分お疲れのようだ。あとで
ちなみに織斑家の情報は得ることはできなかった。せめて幼少期のエピソードで織斑一夏との絡みとかほしかったけど、彼女が話したのは篠ノ之箒単体のエピソードだけ。織斑家との絡みは束さん的に印象がなかったのかそれともわざわざ話す必要性を感じなかったのか。
◇◇◇◇◇
「ふん、ふん、ふふ~ん」
ファミリーが用意したとある地下室から上機嫌そうな鼻歌が聞こえてくる。
(今回は思った以上の収穫だったな~。まさかいきなり束さんと意気投合するなんてなーちゃんは本当に面白い子だよ。どんな子か警戒してたけど少なくとも人格面は問題はなさそうだね)
声の主は先程までティナと会談していた篠ノ之束。彼女はいかにも高級そうにみえる自作のソファーで横になりながらくつろいでいた。普段、物に無頓着な束が珍しくこだわった一品はそこらの高級ブランドの比にならないクオリティだったりする。
そんな折、突然ピリリリリッと束のプライベート用の携帯に着信が入った。束が面倒くさそうに床に落ちてる携帯に手を伸ばし画面を確認すると怪訝な表情を浮かべる。電話をかけてきたのが『エド』だったからだ。
さっきまで屋敷にいたのにわざわざ電話してくるなんて何かあったのだろうか。
「もすもすひねもす? わざわざ電話してくるなんて何か用かな? 」
『やあ、束。今回は娘に会ってくれてありがとう』
電話の相手はやはりエドワードだった。酒でも飲んでいるのか妙に口調が明るい。
「別にお礼なんていいよ。束さんもなーちゃんと仲良くなれたし」
『なーちゃん? それってティナのことかな? 君が誰かを渾名で呼ぶなんて珍しいね』
エドワードは本気で驚いてるようだった。彼が知る限り、篠ノ之束という人物は意外にも自身のガードが固く、エドワードすら友好的にしててもある程度の線引きをされていた。そんな気難しい束を自分の娘が懐柔させたのだ。驚きもする。
「いや~、珍しく意気投合しちゃってね。……ところでいつ本命の件を切り出すつもり? わざわざお礼を言うために電話してきたわけじゃないんでしょう」
エドワードは親馬鹿であるが善人ではないことは束は知っている。今回もただのお礼だけで電話してきたとは到底思っておらず、さっきまでのおちゃらけた雰囲気を引っ込めた。
『何のことだい……って誤魔化しは無駄か』
「束さんに誤魔化しは通用しないなんて承知のくせに…… 」
『ま、そんなに身構える必要はないよ。僕が聞きたいのはただひとつだけさ。
──篠ノ之束から見てティナ・ハミルトンはどう映った? 』
その声は酷く冷たかった。