篠ノ之博士を救出してから数日後、大きな円卓の会議室に組織の大幹部の面々が一斉に顔を並ばせている。その円卓の中には私とスコールの姿も含まれていた。
「各部門の代表者が勢揃いしてる。これは中々壮観な眺めね」
「そう? ああ、そういえばティナは総会に参加するのは初めてだったかしら 」
「そうよ。おかげで場違い感が半端じゃないわ」
げんなりと胃をおさえてる私の様子を見てスコールは笑ってるけどこっちからしたら全然笑いごとじゃないんだよ。。
ーーー総会
ここでいう総会はボスが定期的にファミリーの最高幹部を召集して開く会議のことだ。会議では各々の参加者が現状の報告し、それを踏まえて組織の指針が決定される。そのため召集されるのは幹部の中でも上位の者に限られ、内容も外部に漏れにくくその実態を知る者は組織内でもそう多くはない。クラウンの隊長である私も今回IS部門の代表者として初めて召集されるまで総会については小耳に挟む程度の知識しかない。
補佐役にそれまでIS部門の代表を務めていたスコールが出席してるとはいえ、十三も迎えていない小娘にとってファミリーの重鎮達が顔を揃える会議は場違い感が半端ない。そのメンバーの中には普段私を可愛がってくれてる人もいるけど、今回の私は『ボスの一人娘』じゃなくて『IS部門の代表者』という一幹部としての立場であるから、この場で私に甘い態度をとる者はいない。一度でも幹部として相応しくないと見做されば私の地位は剥奪され、ボスの一人娘としても失格の烙印を押される。マフィアの中でも比較的アットホームなハミルトンファミリーでもさすが裏社会、このあたりは非常にシビアだ。
「ああ、胃がキリキリする……早く会議始まらないかしら」
「ご愁傷様ね。私もティナの召集は時期尚早だと思ってるけど、私達は今回の議題の当事者だから仕方ないと諦めた方が賢明よ」
スコールの慰めになってない慰めにがっくりと肩を落とす。
そうなのだ。今回の会議の議題には篠ノ之束についても含まれている。というかメイン。そのため篠ノ之束救出作戦の当事者として今回はスコールだけでなく私も召集されたのだった。
それから数分後、幹部が全員揃った中、ようやくボスが円卓に姿を現した。ボスの登場と共に幹部達は一斉に立ち上がり頭を下げた。勿論、私も例外ではない。
軍隊のように一寸の狂いもない光景を満足げに見渡したボスが席に着くと、幹部達も頭を上げて着席する。
「うん、全員揃ってるようだね。では早速会議を始めようか。皆、知ってるだろうけど今回の議題のメインはDr.篠ノ之に関してだ。と、その前にスコール、篠ノ之束救出作戦についての報告を頼むよ」
「IS部門代表補佐のスコール・ミューゼルよ。まず手元の資料をーーー」
スコールは資料を片手に、作戦概要、篠ノ之博士の安否、こちらの被害状況、そして捕虜と四つのISコアの確保といった戦果等の結果を淡々と報告し、時折挙がる質問もスラスラと澱みなく答える。不足のない回答に他の幹部達も満足そうに頷き、彼女が説明し終えると周囲から拍手があがった。
「実に素晴らしい報告だったよ。特に今回の資料はとても分かりやすかった。この調子で次回も頼むよ」
「あら、ありがとうボス。でも残念、今回の資料を作ったのは私じゃなくて、うちの可愛い隊長さんよ。褒めるなら彼女を褒めてほしいわ」
そう言ってスコールは私に軽くウインクをすると、驚いた様子のボスや幹部達の視線が一斉に私に向かう。
『お嬢が? 嘘だろ、ウチの部門のやつのよりよっぽど出来がいいぞ』
『しかしお嬢はまだ十二歳だ。いくらお嬢でもこれは信じられんな』
『それはスコールがこの場で嘘をついてるとでもいうのか?』
『それこそありえないわ。彼女はそんな人間ではないし、そもそもこのような嘘をつく必要性がない』
『なら、これは本当にお嬢が…… 』
ああ、大幹部たちからの尊敬と羨望のまなざしで胃がジクジクして痛い……
たしかにその資料をつくったのは私なんだけど、それは前世の知識があったからできたことで神童扱いはやめてほしい。元凶のスコールは我が子の成長を見守る母親のようにニコニコ笑ってるだけだし、ボス――というかパパはキラキラと顔を輝かせてうちの子すごい、うちの子すごいと近くの幹部に自慢していてすっごい恥ずかしいんだけど。
さすがに会議で新参の私がボスに直接「恥ずかしいから私の自慢するのはやめて」とは言えないのでジト目でボスをじっと見てると、ボスは私の無言の抗議に気づいたようで、コホンと咳払いをするとそれまで和やかだった空気がもとの厳粛なものへ引き戻される。
「さて話を戻そうか。スコールの報告のとおり、僕の独断とはいえ我々は篠ノ之束博士とその関係者を保護している」
幹部たちにはすでに情報が届いているのか特に驚いた様子はない。
「彼女たちは現在、関係者らしき子が衰弱しているということでファミリーの息がかかったとある病院に療養中だ。病院からの報告によると患者の容態は安定しており、一か月もあれば退院できるということらしい。僕としては退院ができるまでは彼女たちを匿いたいと考えてるが、君たちの率直な意見を聞きたい。遠慮なく言ってくれ」
ボスが話し終えると、何人かの幹部が一斉に挙手をする。最初に選ばれたのは情報部門のトップを務める初老の男性。名をバーンズといって、小さい頃から私をよく可愛がってくれた人だ。かなりの古参でファミリーの中でも重鎮として畏怖される大物らしいが、今でも時々和室の縁側で一緒にお茶をする私からしたら孫に劇甘なおじいちゃんっぽいという印象しかない。それをヤスに言ったらドン引きされた。何故だ。
「ボス、私はドクター篠ノ之を保護することには賛成ですが情報部門の立場から言わせてもらいますと、一か月という期間は他勢力に嗅ぎつけられる危険を考慮すると長すぎかと存じます。特に彼女に刺客を放った女性権利委員会は血眼になって行方を捜しているでしょう。あちらの上層部は俗物の集まりですが人海戦術をとれば厄介です」
「なるほど、参考になるよ。束はフットワークが軽いし情報操作もお手の物だからそこまで心配していなかったけど、今回は彼女ひとりじゃなかったことを考慮すべきだったね。バーンズ、彼女と協力して情報操作すると仮定した場合、どれだけの効果が期待できる?」
「どうでしょう、恥ずかしながら彼女の情報はあまりもっていないもので。ですがもし彼女と協力できたなら一か月は問題ないでしょう」
………………ここから先は私が関与することはなかったので省略する。
最終的に総会で決まったのは『一か月間の篠ノ之博士たちの保護、対価や研究の要求はなしだが博士側の好意による技術提供等は例外』というものだ。
対価等を要求しなかったのは篠ノ之博士に恩義を売るためとしているが、実際はボスが単純に博士を助けたかっただけじゃないのかな。
「って思うんだけどバー爺はどう?」
「ほっほっほ、さてどうでしょうな。おっ、この饅頭はなかなかの美味」
「もうバー爺ったら」
総会を終えた後、私はバー爺もといバーンズをいつもの縁側に誘ってお茶をしている。ちなみにバーンズをバー爺と呼んでいるのは私だけだ。
「もし会えたら篠ノ之博士をここに招待しようかしら」
「おお、それはいい考えですな! ティナ様の部屋は日本より日本らしいと評判ですから博士もさぞ喜びになるでしょう」
「だったら嬉しいんだけどねぇ」
思えばこのとき私は気づくべきだった。私に劇甘なバー爺がこれをただの世間話で終わらせるわけがないと。
後日
「本日はお招きありがとうございます」
「こ、こちらこそわざわざお越しいただき恐縮です……篠ノ之博士」
どうしてこうなった(白目)