Fate/is inferior than Love   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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第八話 衆道疑惑

 聖杯戦争の下準備を済ませた後、冬木に降り立ってまず、初日。

 ケイネスが活動の拠点の為に作り上げた魔術工房は完璧と言える出来であった。

 工房の外壁を覆う十重に張られた結界に、周囲に取り付けられた索敵装置と迎撃装置によりまず敵を寄せ付けない。よしんば工房内に足を入れられたとしても番犬代わりに放った無数の魍魎と怨霊が襲い掛かる。

――手練れの魔術師ならばそれも退けるだろう。だが、併し、それは尋常な環境下でならばだ。ケイネスの魔術工房は大部分が異界化し、主のケイネスと彼が出入りを認めた者以外にとっては、神話に語られるミノス島のラビュリュントスにも比する大迷宮となる。当然、至る所に罠が仕掛けられた剣呑な空間であることは言うまでも無く、その状況下に置かれ続ける魔術師は精神をすり減らし続けることとなる。戦い続ける疲労は想像を絶するものとなろう。そして、漸くそれを抜けても、時計塔にその人在りと謳われる鬼子、ケイネス・エルメロイが必殺の魔術礼装を数多携えて待ち構えている。

 穴の無い布陣である。他の魔術師達はまず敵ではない。魔術師殺しと謳われ、近代兵器を使いこなす衛宮切嗣であろうと、戦闘機や戦車でも引っ張てこなければ突破することは不可能だろう。

 尤も、この工房は見つけることすら困難なのだが。

 その工房の最深部――ベッドやキッチンなどが備え付けられた庶民的でありまた今めかしくもある部屋。屹度、新築のマンションの一室だと言われれば誰もが信じたであろう部屋は、ランサー陣営の実質の生活スペースであった。

 ケイネスはそこで、ソファに腰かけ遠坂と間桐の邸宅を使い魔越しに監視していた。

 凶相と言って良い程に不機嫌な顔で。

 アサシンが敗退した光景を見ても尚、その顔色は変わらない。

 原因は二つ。

 一つは“魔術師殺し殺し”とも言えるこの工房にある。ランサーの提案――という名を被った我儘のお蔭で衛宮切嗣など問題ではなくなったのだが、その代償に魔術師であるケイネスにとって由々しき欠陥を抱えることになってしまった。

 そして、もう一つ。

 

「あのランサーは何処に行ったのだ!」

 

 これが最大の原因である。

 日本に来てからもランサーの奔放な振る舞いはまるで変わらなかったのだ。流石に一日中工房から姿を消しているというわけではないが、ふと気が付くと何処かへ消えている。

 パチンコに興じていたり、競馬に熱狂したり、そこで得た金を元手に――ランサーは黄金律としても扱われる関聖帝君のスキルによってギャンブル関係はほぼ大勝する――飲み歩いたりと、その理由は様々だが、兎に角突然いなくなるのだ。

 

「クソウ! よりにもよって漸く戦局が動こうという場面で!」

 

 尤も、ケイネスが今回苛立っているのはランサーの遣りたい放題にではない。そんなものはいい加減慣れてきた。

 苛立ちの原因はもっと単純。ランサーの間の悪さ。その一点だけだ。

 

「騒がしいわね、ケイネス。そんなにランサーがいないのが問題なの?」

 

 四人掛けの食卓の上で何やら物書きをしていたソラウが荒ぶるケイネスに声を掛けた。

 

「問題だ。ヤツがいないと方針が決まらない」

 

 ケイネスはそう断じた。

 こと人格についてだけ語れば最低ランクのランサーであるが、将としての能力は別だ。ウェイバー・ベルベットと衛宮切嗣の参加を予測し、工房についても助言をし――冬木に着くなり彼はケイネスとソラウの命を救うという活躍を果たした。

 そんな彼の戦術眼は――ケイネスにとってしてみれば口惜しいと言わざるを得ないが――頼りになると認めるしかなかった。

黄金サーヴァントの戦い方から推察される真名とクラスは? アサシンは本当に死んだのか? その上で一体どのように動くか?

 魔術師として優秀であり、こと決闘に於いては負け知らずであるケイネスであっても戦略と戦術については素人も同然だ。これらを見誤るということも十分に在り得た。

 故に判断材料としてランサーの――戦の玄人の眼と感覚は必要になる。

 ケイネスの中にあったのはそういった合理的な考えだった。

 併し、そんな彼を見て婚約者は、

 

「ランサーが優秀なのは分かるけれども。貴方、なんだか恋する乙女みたいよ」

 

 と、あまりにもぞっとするようなことを口にする。

 

「と、突然気持ちの悪いことを言わないでくれ」

「でも、同じ布団で寝たのよね? それってつまりそういうことじゃないのかしら?」

 

 蒼白のケイネス。赤面するソラウ。

 美しいコントラストであった。会話の内容に目を瞑りさえすれば。

 

「おい、どうして君がそれを知っている?」

「別に良いわよ。貴方のセクシャリティがそうであっても。どうせ私とは望んで結婚するわけじゃないのでしょうし」

「分かった、あの関羽(ドたわけ)だな! 君におかしなことを吹き込んだヤツは」

 

 眉間に皺をよせ、歯茎を剥き出し、ケイネスは拳を握りしめた。

 うっかり自害の命令を出してしまいそうだった。

 

「誤解しないで。私が彼から聞いたのはベッドに入ったということだけだから」

 

 だが、ソラウはケイネスが至った“真相”を否定する。

 

「じゃあ、何故?」

「ショッピングからずっと髪降ろしているから。彼の趣味に合わせているのかな、と」

 

 曇りのない笑みで、ソラウが齎した言葉はケイネスにとって、世界の終焉を思わせるおぞましい言葉であった。

 確かに、ケイネスは今現在、髪を下ろし、ランサーが選んだジャケットを着ている。併し、それは決してランサーの趣味に合わせているわけではない。

 ソラウが“そっちの方が好き”と言ったからそうしているのである。畢竟、今のケイネスはソラウの趣味に合わせている状態なのだ。

 

「いや、ソラウ違うんだ」

 

 ケイネスはソラウにそれを伝えようとした。

 併し、出来るわけがない。今まで自分の中ですら、ソラウへの気持ちを否定していたケイネスだ。

 実質の告白。羞恥と、もし否定された時の恐怖でケイネスの口はそこで止まり、赤面した。

 

「変なケイネスね」

 

 その様を、何も知らないソラウは心底不思議そうな顔でそう評した。

 そして、話をランサーへと戻す。

 

「そういえば、彼ならツーリングに出掛けたわよ。ミス・アオザキからいただいたバイクの性能を試すんですって」

 

 アオザキというのはケイネスが聖杯戦争前の下準備で尋ねた魔術師の名である。

 人形工学(ドールエンジニアリング)の分野ではかなり名の知れた人物で、生体人形――詰りは義手や義肢の職人である。

 因みに魔術師としては、かなりの異端者でもあり、工房にしている建物には当然のように車やバイクといった近代技術の産物が陳列してあった。

 ランサーはそれらを甚く気に入り、幾つか特に気に入ったものを貰ったのである。勿論、彼はアオザキに対して“実験される”という対価を払ったわけであるが。

 

「出かける前にこれを渡されたわ」

 

 そう言ってソラウがズボンのポケットから出したのは携帯電話であった。

 時は一九九四年。携帯電話は表を生きる人間にとっても珍しいものであった。況や魔術師をや、である。

 

「……いつの間にこんなものを」

 

 そうは言いつつも、ランサーのフットワークの軽さと順応の速さにはケイネスはとっくに慣れていた。

 そして、ソラウから携帯を受け取ると、ケイネスは固まった。

 

「……どうやって使えば良いんだ?」

 

 古く続く家系の魔術師であればあるほど、近代技術には不慣れなものである。況して携帯電話など、現代社会を生きる人々の中ですら手こずる者がちらほら出るような代物。

 使いこなせる道理などない。

 途方に暮れて、ケイネスは溜息。そして、

 

「ソラウ、知っていたらで良い。これの使い方を教えて欲しいのだが……」

 

 さっさと諦めて、ソラウに助け舟を求めていた。

 

「え!?」

 

 ソラウは驚き、声を上げていた。

 

「何を意外そうな顔をしている。君しか近くにいないんだから、君に頼るしかないだろう」

 

 いや、ソラウからすれば、“頼る”という言葉をケイネスから聞くことが既に驚愕に値する。

 天才と持て囃された人生を歩んできたケイネスはまさに天才であり完璧であった。そんな状態で形成される人格は、尊大であり自分が完成されていることを疑わないプライドの塊となる。

 “頼る”ということは即ち、完璧主義者にとっての敗北だ。自分の欠陥を認めることに他ならない。

 何かがケイネスの中で変わろうとしているのかもしれない――ソラウはそのように感じた。

 

「如何した? もしかして君も分からないのか?」

 

 不安気に訊ねるケイネスを見てソラウは柔らかく笑った。

 

「いえ、大丈夫。ランサーから使い方は教えてもらったから」

 

 そう言ってソラウは携帯の使い方を説明した。

 今この瞬間を生きる若い二人よりも、三世紀の中国を生きたランサーの方が機械に慣れるのが早いという事実にどこか面妖に感じ乍らもケイネスは携帯の操作方法を確認する。

 そして、早速、ランサーの携帯へと発信する。

 ツーコールでランサーは出た。

 

『もしもしヨロシ。ランサーアルヨー』

 

 素っ頓狂は、電話にあってすら素っ頓狂であった。

 

「……なんだその喋り方は」

『いやぁ、なんかボクのresearch(ルィスァツィ)に依るとね。中国人はこう話すのがright(ルァウィトゥ)らしくてね』

「その調査は恐らく間違っている」

 

 ケイネスは断言した。

 恐らく日本人特有の、外国人を属性付けして捉えがちな、悪癖によるものだろうと当りを付けた上で。

 

『そうなの? だとしたらボクは倭人に一杯食わされたわけか』

「それは残念だったな。で、早速本題に入らせて貰うが」

 

 話の主導権を握らないと何時までも馬鹿話をするに違いないと考えたケイネスは無理矢理話を進めることにした。

 が、

 

『アサシンが敗退した、だろ?』

 

 結局それは、徒花に終わる。

 

「何故それを?」

『当ててみて』

 

 ミキッ!

 ケイネスは自身の額に青筋が立つ音を確かに聞いた。

 

「……遠坂邸にいるからか?」

『Not(ナァト)。ボクがいるのは廃工場さ』

 

 一応、クイズに乗ってみたが、ランサーのお道化た返しが、逆にケイネスを苛立たせた。

 そんな自分を落ち着かせようと一呼吸置き、

 

「……廃工場?」

 

 ケイネスはランサーの発したその言葉に引っ掛かるものを覚えた。

 

「何故そんな所にいる?」

『人を殺しているんだ――否、いたというべきかな? もう殺してしまったよ』

 

 返ってきたのは意外な回答であった。

 併し、驚愕はしなかった。人の血を見る事が当たり前な魔術師にとっては、何処にでも転がっている日常であるから。

 

「それはマスターか?」

『それは多分Not(ナァト)。全然、無関係なヤツだと思う』

 

 そして、一寸待ってねという声の後、電話口から何かを漁る様な、ごそごそとした雑音が聞こえてきた。

 

『あ、今死体から身分証を見つけた。それによるとだね……』

 

 そして、ランサーは名前を告げる。

 

『“雨生龍之介”――だそうだ』

 

 ケイネスには覚えのない名前であった。

 




 ソラウさんがソラ腐さんと化してしまった原因は後々語ります。

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