Fate/is inferior than Love   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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 クイズ
 ディルムッドと関羽の共通点は?
 ヒントは本文にある。

 どうでもいいけど、ランサーの声が小野Dで再生される……


第六話 蒼天既生

 黙っていたランサーはふと手元に目を遣った。吸っていた煙草の種火がすっかり消えてしまっていた。

 

「スローバーニングの巻紙って、長く燃えるとかって聞いたんだけどね」

 

 ランサーは煙草を無駄にしてしまったことを惜しみながら、吸殻を携帯灰皿へと投じた。

 市販されている“シガレット”――所謂、広く一般的に“タバコ”と呼ばれるものに使われている巻紙は通常フリーバーニングと呼ばれる。それらは巻紙に燃焼剤が含まれており燃えやすいのである。煙草というのはただ火を点けただけで燃えていくというわけではない。空気を循環させる、詰り吸わないと燃えていかないのだ。詰り燃焼剤は煙草に火が付きやすくするために入れてあるのである。

 併し、刻み煙草(シャグ)を巻く為に使う数十種類ある巻紙の中にはスローバーニングと言われ、燃焼剤が含まれていないものもある。

 紙に使用される植物の種類にもよりけるが、ランサーが言った通り基本的にフリーバーニングの紙を使うよりも長く煙を楽しむことが出来るのだ。

 だが、吸わずに放っておくと消えてしまう場合があるのである。

 渋々ランサーは吸い掛けの煙草に火を点ける。

 

「……で、ボクが桃園に行きたいと思うのが如何悪いんだい?」

 

 ランサーは紫煙を燻らせながら、ケイネスに訊ねる。

 

「Master(ムァスター)はボクの記憶を、あの桃園を夢で見ていた筈だ」

 

 手前勝手なペースでしか話さない癖にこういう所は耳ざといと、ケイネスはランサーにそんな感想を抱いた。

 

「ああ、そう言ったが……」

「君の目にはどう映った?」

 

 ケイネスが夢で見た、薄紅色の花弁が降りしきる桃園。

 鉛のような暗く厚い雲に覆われた既に死んだ蒼天の下で、鮮やかな色を持っていた場所。

 義兄(あに)と義弟(おとうと)と共に同じ死を分かち合うと決めたランサーにとっての総ての起端はケイネスの目にも輝いて見えた。

 こんなことを感じるなど柄ではないとケイネスは思った。他人の心を解さないと噂されていたことにケイネスは気が付いていたし、また他人に興味はないという自負もあった。

 

「……まぁ、良い場所ではあった」

 

 徹頭徹尾自分で生きてきたケイネスにとっては、他人が価値を見出しているもの――広く人々に価値を認められているものを除いて――を認め、況して褒めるなどということは特に珍しいことだった。

 彼の生徒が若しこの場にいたならば、一同引っ繰り返ること請け合いだろう。

 けれど、ランサーは別段それを気に留めるでもなく、ケイネスの答えに嬉しそうに顔を崩し、煙を吐いた。

 

「なら、あれを求めるというのも理解出来る筈だろう? なんてったってSo(スォ) beautiful(ビテフォー)だ」

 

 確かに理屈は通る。

 求めるというのも理解は出来る。 

 

「だが、それ以上に叶えたい願いだってある筈だろう?」

 

 それにも関わらず、こんな考え方になってしまうのは、ケイネスが関羽雲長という英霊に纏わる伝承を知っているから。

 劉備玄徳がまだ百姓の寄せ集めの義勇兵の長にしか過ぎなかった頃から彼に仕え、打ち立てた武功は数知れず。群雄割拠の世に在って、誰もが美髯公を恐れ、魏の曹操は彼を自分の配下にこそ置きたいとすら考えていた程だ。武人で在りながら智慧に富み、そして主を立てる忠臣であり、そんな有様が後世神として崇められる所以となった。

 其処には多くの栄光があり、それに付随して転落もあった。

 

「What(ワーツ)? それ以上に叶えたい願い?」

「過去の栄光に戻りたいだとか、滅亡という結末で終わってしまった国の運命を変えたいだとか、義兄弟同士で交わした約束を守りたいだとか、お前には色々あるだろう! ある筈だ」

 

 結局、蜀は滅亡した。関羽雲長もある戦で敵に囲まれ、援軍を出しても断られ、そして斬首という結末を迎えた。死ぬときと、その場所が同じであると誓った義兄弟を残して。

 そんな二人も関羽の仇を取ろうと奮戦して、その最中に死亡した。

 そして、それが原因で蜀は加速度的に衰退していった。

 変えたいと思うのが心情だ。何か一つでも違っていれば――そうすればもっと――。ケイネスだったらそう考える。

 

「いや、そんな願い、毛ほども無い」

 

 併し、当事者の頭にはその発想すらなかったようだ。

 寧ろ、煙草の味以上の関心事ではないと言っている様にもケイネスには映った。

 

「何故だ?」

「ええー、何故って言われてもー」

 

 ランサーは困っているのかお道化ているのかよく分からないような顔をし、吸い終った煙草を携帯灰皿の中へと投じる。

 そして、再び煙草に火を点け、一服すると、ランサーの顔から笑顔が消えていた。

 

「……ボクは人生たった一回だと思ってた。そのたった一回の人生を一人の王様に連れ添って、全力で生きてきた。王様も、義弟(おとうと)も……超雲も、関平も、孔明も、みんなみんなそれは屹度変わらんだろうさ。それをね、万能の願望器とやらで全部変えちゃうなんてのは、あの頃のボクらの全力全開ってヤツを馬鹿にすることだ。それだけはやっちゃいけない。絶対だ」

 

 強い口調で、ランサーはそう断じる。

 其処に、一切の剽軽は無く、らしくないとケイネスが感じてしまうほど、真剣そのものであった。

 

「お前には、後悔はないのか?」

「買いかぶり過ぎだよ、主。ボクは、関羽雲長っていう男はそんな立派なもんじゃあないんだ」

 

 ランサーは自嘲を含んだ無理くりな笑みでケイネスの問いに返した。

 吐き出す、白い息も、べったりとしていて重々しい。

 

「――後悔だらけの人生だったさ。だからボクは此処にいる。君が言うようにね、ホントは義兄弟(きょうだい)一緒に死にたかった。出来る事なら、玄徳を中華一の王にしてやりたかった」

 

 それに、と続いて、ランサーは酷く辛そうな顔になる。

 

「劉封にボクのことを殺させたくなかった」

 

 それはランサーにとっては酷い心傷体験(トラウマ)だった。

 劉封とは、劉備玄徳の養子である。四十も差し掛かり、それでも子供が出来なかった劉備が自分の後継者に据える為に貰って来た子供であり、勇猛果敢で見目麗しく、将として優れていた若者であったとされる。けれど、後に劉備に阿斗――後に二代目蜀皇帝となる劉禅が生まれてしまった為に跡目を結局受け継ぐことが出来なかった不遇の子でもあり。

 そして、ランサーにとっては自分の死因と言えるかもしれない男だった。

 呉と魏を揃って敵に回した関羽は在る戦いで窮地に陥り、その中で援軍を求めたのが劉封であった。けれど劉封はこれを拒否した。状況的に援軍を向かわせるのは不可能だったともされる。関羽の傲慢な人格を嫌っていたとも言われる。兎に角、関羽の元に援軍が到着することはなく、斬首という最期を迎えた。

 

「恨んでいないのか?」

 

 ケイネスは驚きを隠せず、そう口にしていた。

 彼にしてみれば呪っても良い相手だ。だのに、それを気にかけるような言葉を口にしたから。

 

「アイツは、王の器だったよ」

 

 それどころか懐かしむようにしてランサーの口から吐いて出たのは讃辞であった。

 

「……でも、養子だったから。王にはなれなかった。ボクが阿斗を殺さなかった所為で。アレが玄徳の後を継げるわけがないなんてのは分かってたのにさ。ボクは殺せなかったんだ。それが蜀と玄徳の為にも、劉封の為にもなるって分かってた筈なのに。出来なかった、玄徳の悲しむ顔が浮かんで」

 

 弱弱しくランサーは笑っていた。

 

「その所為で、劉封は死んじゃうし。死んでからもさ、もっと辛い目に遭うし。最悪だよ」

 

 それは、自分自身を嘲ている様に、ケイネスは思えてならなかった。

 関羽の死の責任を取るという形で劉備に斬首を命ぜられ、三十歳という短い生涯を終える。

 それだけでも悲劇としては充分であるとも言えるが、併し彼がもっと苦しみを味わうことになったのは三国時代が終わり幾星霜、関羽雲長が中国国民に信仰されるようになった頃だった。

 所謂三國志創作に於いて、多くの文筆家がこぞって劉封のことを、英雄を殺した悪魔に仕立て上げ屑と罵った。

 それを読んだ民衆の反応はどうだろう?

 屹度、彼のことを悪だと皆が思ったであろうし、現に今広く一般に知られる劉封のイメージとはそういうものだ。

 

「汚名を雪(すす)いでやろうとは思わんのか?」

 

 それ程強い悲しみになるものならば、それこそが聖杯に懸けるべき願いになるのではないかとケイネスは考えた。

 けれど、ランサーは小さく首を振る。

 

「アイツは気高い男だった。手前の所為で死んだかもしれないヤツに助けられたとあっちゃあ、そりゃもう、怒る」

「そうか……」

 

 ケイネスはランサーが何を言わんとしているかを理解する。

 要するに、自分が心を痛める程の男の誇りを傷つけたくないのだ。もう十分というほど踏み躙られた劉封の生き様に、これ以上泥を与えるという選択は関羽雲長の中には無かった。

 こういう男だからこそ、彼は信頼され、蜀漢一の将と謳われていたのかもしれない。

 そして、そういう男だからこそ理想の王に相応しい――ケイネスはそんな考えを抱いた。

 

「――もうこうなったら、叶えようと出来る願いなんて“桃園に行く”ことくらいだろう。みんなでどんちゃん騒いで、あん時はこうしときゃ良かった、ああしときゃ良かったと、あいのかいの言いながら美味しいもの食べて、美味しいお酒飲んで。たったそれだけさ」

 

 理想の王の、理想の勇士は、たったそれだけの願いを求める。

 満面に笑ってそう言ってのける。

 

「でも、屹度、それは叶わない。だから、聖杯はケイネス・エルメロイ・アーチボルト、君にくれてやる」

 

 その笑顔の儘、それさえ捨てると言ってしまう。

 

「……何故、叶わないと思う?」

 

 知らず知らずのうちに、ケイネスはそう訊ねていた。

 ランサーは煙草を一度吹かしてから――

 

「蜀が滅んだのはボクの所為……だからかな?」

 

 と答えた。

 蜀の滅亡の原因というのは諸説ある。三兄弟も、稀代の軍師と謳われた孔明も、いなくなった蜀。勇んだ姜維が無謀な戦をしたせいだとする説がある。それを止められなかった劉禅の、王としての資質に問題があるという考え方も出来る。

 けれどそれらを辿っていくとある所に行きついてしまう。

 然う、他ならぬ関羽だ。

 

「どの面下げて会ったら良いか分からないんだ」

 

 けれど、実際誰が悪いという話ではない。歴史がそうさせたとしか言い切れない。けれど、ランサーはそこに責任を感じているようだった。

 図々しいという言葉を擬人化させたような男にあまりに似つかわしくない程、今この瞬間、ランサーは迷いに満ちた顔をしている。

 ――それがケイネスにとっては気に食わなかった。

 

「フン、下らない」

 

 だから、鼻で笑ってやった。

 

「召喚から早々あれこれ人に要求しておきながらよくも殊勝な振る舞いが出来るものだ。臍が茶を沸かす」

 

 ランサーは唖然とした顔をしていた。立ち上がり、手振りを交えて憎らし気にほくそ笑むケイネスに。

 

「この私にすら厚かましいんだ。よく気が知れた劉備にだってそのように振る舞いたまえよ。それがお前には似合いだ」

 

 最早口は回り出して止まらない。元来、ケイネスという男は寡黙や冷静などという言葉とは縁が遠い。激情に駆られやすく、それでいて饒舌だ。

 話し出したら止まらない性質でもある。そもそも今は自分で止める気すらない。

 この際、ランサーの発言で最も気に入らない所を指摘してやろうと逸る。

 

「それとも何かね? お前は自分の王がそんなことも許せない器だと宣う気か?」

 

 ランサーが自身の王すら過少に評価する男だという一点。

 そんな程度が、自分のサーヴァントなどケイネスは許せない。それであってはロード・エルメロイに相応しくない。

 痛いところを付いてやったと、ケイネスは内心で高笑いを上げていた。

 だが――

 

「有難う」

 

 ランサーは安心したと言わんばかりの笑みを浮かべていた。

 

「……そして、御免。やっぱりボクはボクの願いを叶えることにするよ」

「フン!」

 

 ケイネスは鼻を鳴らした。

 だったら最初からいらぬなどと言うなと、ランサーを思い切り睨み付け――ついにケイネスは忌々しさを高々積み上げた。ケイネスはそれを逸らそうとランサーの隣に腰かけ、再び冊子に集中した。

 ぱら、ぱら、ぱら――。

 ケイネスは暫く頁をめくり、

 

「む?」

 

 ある頁で手が止まった。

 

「What(ワート) find(ファインドゥ)?」

 

 本日何本目になるかも分からない煙草に手を伸ばしつつ、ランサーはケイネスに問い掛ける。

 庭先の美しい花を触っていたら毛虫を見つけてしまったような、厭な顔をしていたから。

 ランサーは気になった。

 

「“キリツグ・エミヤ”」

「誰だいそれは?」

「キリング・マシーン、魔術師殺し……と、忌みされているようだが、何のことは無い。ただの金に群がる蠅だ」

 

 然うケイネスはその男を称した。

 ケイネスが所属する時計塔に於いて、その悪名を知らぬ者はいない。

 フリーランスの殺し屋。魔術師であるが故に、魔術師を知り尽くし、最も悪辣な方法で殺す外道。金の為ならなんだってやる人非人。

 知り得る限りケイネスは論った。

 それを聞いてランサーはけれど神妙な面持ちになる。

 

「如何した?」

「……経験則から言わせて貰うけれど、欲望最優先で動く人間ってのは危険だ。その手の奴はなんだってやる。裏切りだって、命乞いだって、本当に何でもだ」

「呂布奉先か?」

 

 ランサーは頷いた。

 五関突破千里行など武勇には枚挙にいとまがない関羽雲長が、三兄弟総出で相手だってそれですら倒せなかった男がいる。

 それが呂布奉先だ。人中に呂布在りと讃えられる無敵の武人であり、矛に秀で、弓に秀でそれでいながら、策もあった恐ろしい男だ。

 だが真の恐ろしさは、自身の欲望を叶える為に多くの人間を裏切り、窮地に陥るや否や命乞いをし出す卑劣極まるその精神性。

 

「思い出すのも厭なヤツだよ」

 

 ランサーにとっては忘れ去りたい人物でもある。

 自身の主をこっ酷く扱き下ろした一人であるから。

 

「魔術師殺しも、呂布と同じだと言いたいのか?」

「完璧にボクの勘になってしまって申し訳ないけど……多分、方向性は似ている。警戒はしておくべきだ」

 

 ――勿論、Master(ムァスター)が負けるわけはないと思うけど。

 そう付け加えられたランサーの意見に、ケイネスはふぅむ、と唸った。

 顎に手を当て暫し考え込む。

 

「……ヤツの資料を集めておくか」

 

 ケイネスはランサーの進言に従うことを決める。

 こんなのではあるが、将としての目は確かだろう、と。

 だが、それで足りるだろうか?

 警戒に警戒を重ねたケイネスはある人物に思い至った。

 

「――それと冬木の地に向かう前に寄っておきたい場所が在る」

「何処?」

 

 さて、今それが果たして何処なのかケイネスには分からない。

 探すのは簡単だろうが、根城をすぐに代えてしまうから。

 故に、こう答えるしかないだろう。

 

「とても不味い煙草を吸える場所だ」

 

 と――。 

 




劉封:不遇の名将。イケメンで美声で武芸に秀で勇猛果敢。王の器を持ちながら、跡目争いから脱落した。関羽を見捨ててしまったことと孔明に名指しでこんなヤツ殺せと言われた所為で、後世正当な評価をされず現在に至る。モーさんでありながらアッ君でもある人。

阿斗:無能。以上。当方のランサーはこいつだけは殺しておくべきだったと考えている模様。

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