Fate/is inferior than Love   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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 原作から乖離した要素が大分増えてきます。
 特にケイネスの聖杯戦争の目的まで変わります。
 総て僕の好みです。
 悔いはない。

 それで批判を受けてもだ。


第五話 夢幻桃園

 見渡す限り薄紅色。甘く香しい香りが辺りを包み、光る様な優しい風が木々を揺らし、花弁を慈雨のように散らした。

 此処は桃の花が咲き誇る園。

 空は鋼のような厚い雲に覆われ、蒼を失っている。だのに、そこは輝いて見えた。玻璃を砕いて散りばめたかのように。

 花園は特別な場所のようでそこにいるのはたったの三人である。

 一人は、人ほどの体長を持つ一見銅像にも見える蟒蛇を侍らせた偉丈夫。無造作に伸ばされた白髪の髪、爛々と輝く黒目がちな双眸、鋸のような歯を覗かせる口元、顔面を斜めに走る大きな傷と、持っている記号の総てが男に“怪人”という呼称を与える。纏っている蛇の皮衣は大きく胸元が開き、鍛え抜き鎧のように頑強な筋肉をありありと見せつける。

 もう一人は、少女と見紛うような美しい青年であった。襤褸切れと空目するような酷い衣服だというのに、気品を漂わせる美貌は陰ることはなく、燦然としている。夕焼けのように赤い髪と、少し目尻の下がった人の良さそうな同じ色の瞳は、けれど、開けない夜に差し込んだ曙光のような力強い生命を放ち、見つめられている者に希望や勇気を与える。

 そして、もう一人は――。

 そこまで思い至り、漸くこの光景を見ていたケイネス・エルメロイ・アーチボルトは気が付く。

 今、自分が見ているのは確かにこの二人だけであった。

 だのに、自分は三人だと思った。これは一体どういうことか?

 今、ケイネスの目の前にいる二人は茣蓙に腰を下ろし、花を見ながら酒を飲んでいる。赤髪の青年はあまり強くないのか少しずつ、傷の大男は余程の蟒蛇なのか口の端からも零すほど豪快に。

 

「本当に宜しいのですか?」

 

 そんな中、赤髪の男が口を開いた。

 優し気でいて風にも書きされてしまいそうなか細い声だった。けれども不思議と耳に残る、そんな響きを持った声でもある。

 

「……何がだ?」

 

 と傷の男は聞き返した。

 

「確かに、私は悪逆の限りを尽くす賊を討ち、人々に笑顔を取り戻すと決めました」

「ああ、決めたな」

「ですが、それは私の意思です。私の――身勝手です。だから、私がそれで死ぬのは構わない」

「……何が言いたい?」

 

 小さな苛立ちを滲ませながら、傷の男が問うと、赤髪の男はそっと目を閉じた。

 

「私を見捨て、引き返すならば今だ、ということを、ですよ、益徳」

 

 そして、毅然とした顔で赤髪の男は――後に蜀の皇帝となる劉備玄徳は張飛益徳に諭した。

 張飛はぴくりと眉を吊り上げつつも酒を煽った。

 

「この戦いは恐らく激しいものになります。そして、私は何も無い、ただの人です。こんな男の元で死んだとあっては名誉も何もあったものではありません」

 

 ケイネスも、否、ケイネスが成っている男も黙ってそれを聞いている。

 

「張飛、貴方は世に知れ渡るべき豪傑だ。そんな死に方は相応しくない。そんな死に方をしてしまったら私は――悔やんでも悔やみきれなくなる」

 

 沈痛な面持ちで劉備は振り絞るように言った。

 だが、張飛は、

 

「下らん」

 

 と一笑に伏した。フッとケイネスからも笑い声が上がった。

 

「何を言って――」

「冗談じゃない。俺を殺せるものなどいるものか。仙人から賜ったこの拳で、人を喰らうと怖れられた青銅の蛇すら下したこの俺を」

 

 なぁ、と同意を求めるように張飛は傍らの蛇の頭を撫でた。喜色を顕す様に蛇は目を細める。

 

「ですが、蛇退治と戦は別物。もしかしたらということも――」

「そのもしかしたらが起こったのならば、だ。玄徳、貴様悔やむことすら出来んぞ? 俺が死ぬんだ。何も出来ない貴様も屹度死んでいる」

 

 張飛に図星を付かれ、劉備は顔を赤らめた。

 それを見てにやつくと、張飛は壺から杯に酒を注ぎ、もう一度思い切り煽った。

 

「第一にだ、玄徳。俺はそれで死んでも悔いはない。俺は貴様が王に相応しいと判断した。天地に轟くべき、この俺の力を振るうだけの王だと俺が決めた。それは他でもなく、俺の意思だ」

 

 だからと一呼吸おいて、張飛は伝える。

 

「俺を連れていけ、玄徳。憂苦なく俺を使い尽くせ。何も出来ない貴様の代わりに俺が貴様の敵を打ち潰し、引き毟って御前にくれてやる。貴様の願いを叶えよう」

 

 彼なりの忠心を。赤き龍の末裔、劉備玄徳の思いに打たれ、存在に打ちのめされ一生着いていくという、狂気すら孕んだ熱烈なる決意を。

 

「益徳……」

「貴様は如何なんだ、兄者」

 

 張飛に訊ねられると、

 

「ん? そうだねぇ……」

 

 とケイネスの内側から声が返って来た。

 最早、ケイネスにとっては聞き慣れた、憎たらしい程よく通る綺麗な男の声が。

 そして、男は杯を傾ける。

 

「益徳からは聞いてたけど、よく分かったよ。君は駄目だ。どうしようもない甘ったれだ」

 

 矢張り誰にでも毒を吐く男のようだった。

 

「――だが、その甘ったれが苦しんでる人を救うという。正直それが見て見たくなった。でも、此のまま戦場に向かわせるなんて心配でならない。ボクが行ってやんなくちゃコイツは駄目だ」

 

 駄目を繰り返しながら、けれど男の声は弾んでいた。

 

「――だから、益徳と一緒にボクも連れていけ。最強のボクは君みたいな王様にこそ相応しい」

 

 そして、杯を掲げた。

 天高く、既に死んでしまって蒼さを失くした空の、一点の残った蒼を衝き穿つように。

 

「此の鉄(くろがね)の空に誓おう! この身、我が王、劉備玄徳とは生まれし時と場所を違(たが)う。されど我が王の死する時、そして場所は我が死であると!」

 

 フッと微笑し、張飛も杯を天に翳した。

 

「……同じく。俺の死に場所は、赤龍の亡骸であらんと」

 

 劉備は二人の決意に涙し、同じく杯を掲げた。

 

「共に生き、共に死にましょう!」

 

 渺――。

 その時、一陣の風が吹いた。

 蒼天は、この時、既に蘇った。

 

 

 †

 

 ケイネスが目を覚ますと、其処は自室のベッドの上だった。

 だが、ケイネスには目を覚ましたという感覚は無かった。眠っていたという実感すらないのだから、目覚めようがないのである。

 

「……今のは、ランサーの記憶?」

 

 夢のようでありながら、あまりに現実感が強すぎる先程の光景に未だにケイネスは困惑していた。

 英霊の記憶の遂体験。サーヴァントと契約したマスターが見るという夢であった。

 そういう現象が起こることを、ケイネスは知っていた。自分が召喚するであろう英霊の伝承も、無論把握していた。

 だが、その真実に最も近いモノを見るとは思っても見なかった。

 “桃園の誓い”――。

 劉備玄徳、張飛益徳、そして関羽雲長。その三人が義兄弟の契りを交わす、群雄割拠の時代の狼煙。三國志の幕開け。

 この後三人は各地で狼藉を働いていた黄巾族を排する為の義勇兵となり、その名を上げ、国を築くのである。

 ケイネスがさっきまで見ていたのは、まさしくそれであった。

 だが、どうしてこんな夢を見てしまったのだろうか?

 それは昼間の問答の所為だとケイネスは確信した。

 

「ボクのMemory(ムェムリー)を見てしまったか……一体どの場面を見たんだい?」

「――桃園の誓いだ」 

 

 そう、総ては今自分の隣で眠るランサーの所為。

 自分の、隣で、眠る……?

 

「ぎゃあああああああ!」

 

 ケイネスは悲鳴を上げ乍ら飛び起き、部屋の隅へと逃げた。

 自分の肛門を両手で覆って。

 貞操の危機を感じた。閨に入られるということは詰りそういうことだと思ったからだ。

 

「いやいや、待ってくれ。益徳じゃないんだから。ボクにそういう趣味はない」

 

 ランサーは苦笑しながら部屋の明かりを点け、身の潔白を示した。

 

「ならば、何故私のベッドに入った!」

「寝起きドッキリ? かな?」

 

 だとするならば、質が悪いと言うより他ない。

 

「というかだ、何故ボクが君に夜這いをしなければならない? やるならメイド長さんにするよ。次点でソラウさんだ」

「ソラウが下なのはどういう了見だ!」

「正直言うとだね、苦手なんだ。Looks(ルークス)がさ、トン姐に似ててね」

 

 にも関わらず、接吻に及んだのかとケイネスはランサーの軽すぎる行動に呆れた。

 そして、ここで疑問が一つ。

 

「“トン姐”というのは、若しかして、夏候惇元譲のことか?」

 

 夏候惇元譲。

 三国時代、魏の皇帝曹操に仕えた名将である。

 勇猛にして苛烈な人物であり戦場で敵兵に目を射られた際には、自らそれを引き抜き食したとされる。

 曹操からの信頼も厚く、数いる臣のうち、唯一彼の部屋に入ることが許されたとされている。

 無論、ケイネスが知るその人は男性であるのだが――。

 

「その口ぶりではまるで女性だと言っているようだが……」

「女だよ。あの曹操が野郎を寝所に招き入れたりするものか」

 

 そう言ってランサーは、ベッドに勢いよく腰を下ろすと、昼間の買い物の時に仕入れた煙草を呑み始めた。

 細身で長く、薄茶色の巻紙を使った、何処か女性的な印象を受ける手巻の煙草である。

 如何やら、聖杯の知識で得た“煙草”というものにランサーは興味を示したようだった。出来合いの紙巻煙草が主流のこのご時世にあって、刻み煙草を敢えて選ぶという辺りが少し気障ったらしいとランサーのチョイスに辛辣な評価を心の内で下していた。

 一息、ランサーは紫煙を吐いた。

 余程美味いのか、満足そうに顔を綻ばせている。

 

「そんなに良いものか?」

 

 一度だけ、知り合いの人形師に煙草を恵んでもらったことのあるケイネスは胡乱じていた。

 あの味は二度と忘れる事が出来ない。強烈に不味かった。口に煙を入れた瞬間には、甲虫のような臭いが鼻を突き抜け、ゴムを齧ったような苦味が味蕾を破壊しつくしていた。

 元々喫煙者ではなかったケイネスはそれ以降、煙草は絶対に吸わないと誓ったのである。

 

「美味いぜ。喉と舌を焼く辛さと苦さが堪らない」

 

 と、ランサーは自身の煙草について感想を一言。

 ところでランサーの煙草の葉は、銘を“ドミンゴ”といい所謂“黒煙草”というカテゴライズされているものである。

 この黒煙草の特徴としては、ことに苦いことだろう。基本的に“苦い”煙草の味にあってすら特段に苦くまた辛味も伴う。そして、鼻を突き抜ける、よく熟した堆肥のような臭みが好む人間を限定するのだ。

 台湾製の不味い煙草の所為で、煙草を味わうということすらないケイネスにとっては一生分からぬことである。

 

「というか、話は戻るが。夏候惇は本当に女なのか?」

「女も女。曹操一の将にして、最も重宝された夜伽さね」

 

 主と性的な関係すらあったことにケイネスは驚いたが、同時に納得もした。

 曹操は無類の女好きとして知られていたし、自分の部屋には女しか入れなかったと言われている。ならば、彼の部屋に臣の中で唯一入ることが出来た夏候惇が女であることになんら不思議はない。

 それに、夏候惇は隻眼となった自分の顔が気に入らず、よく鏡を叩き割っていたらしい。極めて女性的な行動ではある。

 

「……ということは、張飛も、その、なんだ。男色家なのか?」

 

 ランサーの言ったことをそのまま真に受けるならそういうことになる。

 が、それに対しては、

 

「Not(ナァト)! それは違うよMaster(ムァスター)」

 

 ランサーははっきりと否定した。

 良かったと、ホッとケイネスが胸を撫で下ろしたのも束の間――

 

「アイツはね、ガチ両刀で、Pedophilia(ペッドフェイリア)で、Sadist(サーデスト)で、戦闘狂な、モリモリマッチョマンの変態だよ」

 

 より酷い真実が伝えられる。

 現実は非情である。

 というよりも、夢で見た白髪の魁偉が“それ”だというのは、聊かキツイものがある。

 ケイネスとしては知りたくなかった真実だ。三國志というものが彼の中でドンドン崩壊していく。

 頭痛を覚えてケイネスは頭を押さえた。

 

「諸葛孔明が、実は培養器の中に浮いた巨大な脳味噌だった……とか言わんよな?」

 

 研究者の性であるのか、元来疑り深い性質であるケイネスは三國志に対して疑心暗鬼に駆られ、とんでもないことを口走っていた。

 

「HAHAHA! めっちゃカッコいいな、それ!」

 

 何処かSFのような趣のケイネスが示した孔明像を、ランサーは半ば興奮気味に囃し立てる。

 ケイネスにしてみれば、それが逆に自分の突拍子のない推察を肯定しているようにすら感じられより疑いを深める結果にしかならない。

 

「というか、貴様、与太話と悪戯をしに此処に来たのか? ならささっと部屋に戻ってくれ」

 

 ……これ以上、三國志談義を続けていれば自分の精神が崩壊しかねない。

 故にケイネスはランサーを追い返すことにした。

 

「まさかぁ。勿論、用があって来たのさ」

 

 ランサーは吸い終った煙草を腰に閉まっていた化粧のコンパクトのようにも見える携帯灰皿の中へと放り、布団の中から、ケイネスが偶々日本を訪れた時に見かけた“京極何某”とかいう作家が執筆した煉瓦と見紛う程の本と同じくらいの厚さはあろうかという冊子を取り出し、ほらと、ケイネスに投げ渡した。

 プリンタ用紙に、黒のインキで綴られた無機質な文字の羅列。魔術師という現代文明から離れた幽世の存在が、普段は絶対に目にしないものだった。

 

「これは?」

「日本の総ての航空会社の入国記録。君が買ってくれた“秘密兵器”を使って手に入れた。過去半年分くらいはある」

 

 ケイネスは目を丸くした。

 日本の入国記録を調べたことに対して? 確かにそうだ。

 半年という膨大な量に? 否定はしない。

 だが、それ以上に驚いたのは、ケイネスがランサーに買い与えたアレをその日のうちに使いこなしたということである。

 何もランサーがケイネスに買わせたのは煙草だけではない。

 ロンドンを歩いてく中で、ランサーの目はあるものに止まった。

 ――“パソコン”である。

 

『これは凄い! 一家に一台諸葛亮、誰でも簡単司馬仲達。人間の文明が此処まで来ていたなんて! 是非ともコイツを手に入れたい!』

 

 街角でそれを見た時のランサーの高ぶりようは、短い間にも散々見ていたであろう素っ頓狂ぶりに輪を掛けての酷さであった。

 魔術師が現代技術に頼るなど言語道断。ケイネスとしては無論断りたいところであったが、

 

『買ってよDaddy(ダデー)! 買って買ってぇー!』

 

 大英雄としての恥も外聞もなく、子供のように喚き散らした為、泣く泣く買わざるを得なくなってしまったのだ。

 そして、自宅に帰るとケイネスが戯れで作った発電機“鉄歯電人(ガルバニー・アルトアイゼン)”を使いパソコンを起動。

 ネット回線が通っていないと分かれば、どういうわけか侍従長がそれを聞きつけ、星が瞬くような速さで以て回線も設置。

 そして、現在に至るわけだが……。

 ケイネスはランサーを侮っていた。殆どの魔術師が蔑視していて、それと同時に使いこなせない最先端の電子機器。まさか、三世紀を生きた中華の英雄が、こんなにも早く使いこなせるなどとは思ってもいなかったのだ。

 

「それと、もう一つ。その中に“ウェイバー・ベルベット”の名前を見つけた」

「何?」

 

 征服王の触媒を奪った、まさにその人物の名を聞き、ケイネスは眉を吊り上げた。

 

「ケイネスは昼間、ソイツが小さなRetaliate(リタールィエイト)の為に、聖遺物を隠したと言った。でも、何故それがよりにも依って日本なんだ?」

 

 ランサーが言わんとしていることはケイネスにも分かった。

 詰り、ウェイバー・ベルベットは身の程知らずにも、聖杯戦争に参加しようとしている。そういうことである。

 

「……ま、君の話を聞く限り、大きな脅威ではない。一先ずそれは頭の片隅にでも置いておいてくれ。問題は次だ」

 

 ランサーはクラシカルな意匠の金色のオイルライターで再び煙草に火を点けた。

 

「この中に聖杯戦争に参加しそうな魔術師で、脅威になりそうな名が無いか……ということだな?」

「流石、我が主。話が早い」

 

 ケイネスの物わかりの良さをランサーは喜びつつ、紫煙を吐く。

 

「まぁ、少し量が多くて大変だとは思うが……一時間で確認して欲しい」

「ぬかせ。誰にものを言っている。十分で良い」

 

 教師として学生のレポートの添削を腐る程やって来たケイネスにとっては楽な作業だ。

 それをさえランサーは軽快な口笛と共に讃える。

 

「頼もしい」

 

 と。

 早速、ケイネスの目はランサーが調べた記録に向かっていた。

 怒濤の速さで頁(ページ)が捲られていく。

 その傍らでランサーは煙草を吹かす。

 

「――そうだ。もう一つ聞きたいことがあった。そのまま作業をしながらで良いから答えてくれないだろうか?」

「なんだ?」

「君の、聖杯を求める理由についてだ」

「それがどうした?」

 

 ケイネスはランサーを一瞥すらせず言葉を返す。

 

「武功を求めて――と君は言ったがそれは本当かい?」

「……何か願いを持っている。それが到底貴様には話せないものだから嘘を吐いた、と。そう言いたいのか?」

 

 ケラケラとランサーは愉快そうに笑う。

 

「そうじゃない。君に願いなんてないことにゃなんの疑いもないさ」

「では何だ? 私は何を求めて戦うという?」

「好きな女の前で恰好付ける」

 

 ぴくりと、ケイネスの手が止まった。

 

「……やっぱりか」

「何をしたり顔で言っている? そんなことは……」

「じゃあ、なんで敢えてソラウさんを連れていくんだ」

 

 自分を睨むケイネスにランサーは言い返した。

 

「貴様にも説明しただろう。召喚術式の話を」

「魔力の分割だろう? だが、ソラウさんじゃなくても良い。如何に優秀な魔力を持っていようと精々がトーシロに毛が生えた程度だ。第一、君は魔術の先生。戦力としても有効な学生が沢山いるだろう。何故それを使わない?」

 

 ケイネスに対する尊敬の念から、或いはその権力を利用したいという邪な考えから着いて来る人間は山のようにいる筈。

 然も、実践にとても投入できないソラウと違い、ある程度は戦闘も出来る人材は星の数ほどあるだろう。

 確かにソラウは優秀な回路の持ち主であるが、それに匹敵する学生や彼の部下だっている。

 計略に嵌められ、背中を刃で刺されることを恐れて許嫁を選んだのだろうか?

 否、裏切る時は許嫁だろうが、恋人だろうが屹度裏切る。それでも敢えてソラウを選んだ理由。

 

「ソラウさんに、唇を奪った相手を絶対に殺したくなるほど愛しているソラウさんに良いところを見せたかったんだろう?」

 

 それは屹度、ランサーが言った通りの理由。

 けれど、ケイネスはそれを認められず――押し黙った。

 そして、代わりに、

 

「若しかして、貴様が召喚されて直ぐにソラウに接吻をしたのはそれを確かめる為か?」

 

 と聞いていた。

 ランサーはにこやかに笑って、小さく首を振る。

 

「それは違う。ボクは孔明じゃない。そこまで先を読んじゃあいない」

「では如何して……」

「確かめたかったんだ」

 

 ランサーはまた、紫煙を一呑みする。

 

「ボクの主にとって守るべき人なのかどうかを」

 

 ――たったそれだけの理由だった。

 

「あんな方法でか?」

「だから、ボクは孔明じゃないんだ。咄嗟だったから。あんな方法しか思いつかなかった」

「それで自害を命じられたぞ?」

「嗚呼――正直驚いた」

 

 ランサーはあっけらかんとしている。

 再びの生を直ぐに終えてしまう危険すらあったのに。

 

「如何して……」

「うん?」

「如何して其処まで私に対して献身的になる! 何故もっと欲望を持たない!」

 

 ケイネスは声を荒げていた。

 気があまり長い性分ではない彼であったが、多分、そんな彼を知っている人々でさえもこの態度には驚いたであろう。

 併し、ランサーはHAHAHA!といつも通り笑うだけだった。

 

「欲望なら一杯見せたじゃないか。素敵な服に、美味しい食べ物やお酒、煙草にパソコン。いっぱい、いーっぱいだ。さらに言ったらメイド長さんをボクのお嫁さんにしたいなんて考えて……」

「違う!」

 

 ランサーの言葉をケイネスは遮った。

 遂にランサーの普段通りのひょうきんは影に隠れてしまった。

 

「そんな小さな欲望のことではない! 聖杯に懸けるべき大望だ!」

 

 ケイネスは苛立っていた。

 ランサーの願いに。今一度の生を得てまでの願いに。

 

「“また皆で桃園に行きたい”――如何してこんな願いしか持たないのだ!」

 

 関羽雲長という人間の伝承を知っていれば、あまりに小さいとしか言えない願いだった。

 ――そして、そんな願いですら、ランサーは叶う筈がないと断じ、ケイネスに聖杯をくれてやると言ったのだ。

 願いを考えておけと、傲慢にも命じて。

 




劉備玄徳:赤毛でセイバー顔の少年。髪が赤いのは劉邦から受け継いだ赤龍の因子の影響。竜の因子を持ち、陰陽一対の夫婦剣を使用し、皇帝特権スキルを持ち得る弱いセイバーである。主人公要素のごった煮じゃねぇか。

張飛益徳:ガチ両刀で幼児性愛者でサディストの戦闘狂でモリモリマッチョマンの変態。仙人から中国拳法を習い、あらゆる武器をはじき返すと言われる蛇を『剣が通じないなら素手で戦えば良いだろう』と、どっかのベオウルフのような発想で対峙した豪傑。因みに、侍らせていた青銅の蛇は宝具である。

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