Fate/is inferior than Love 作:源氏物語・葵尋人・物の怪
一体自分は何をしているのだろう?
雁夜は自分の前に供された耶悉茗茶(ジャスミンティー)を見つめながら自問する。
男にとって聖杯戦争とは破滅を向かい入れる為の責め苦である筈だった。
自分の選択が結果として幸せな筈だった親子を壊したから。だからこそ、自分が取り戻さなければならないし、自らの罪を清算しなければならない。
そう思って雁夜は自分の体に汚らわしい蟲を巣食わせ、己が身を食わせ、狂乱の檻をその手に収めた。
五体を疾駆する痛みの嵐こそ、自分に相応しい罰だと。それでも、愛する人が抱いた悲しみと等価になる筈はないと思いながらも。
併し、今の状況はとても責め苦などと言えるようなものではない。
そう思って雁夜は改め自分の両隣を交互に見る。ダイニングテーブルに向かい合わせて座るケイネス・エルメロイとその伴侶の重篤な令嬢。
自分と同じ茶を飲みながら談笑する姿は上流階級の気品を感じさせ、まるで貴族社会を舞台にした歌劇のワンシーンを切り抜いたような風情であった。併し雁夜を辟易とさせたのは、二人の醸し出す上面の冷たささではない。寧ろ、そういったものは雁夜にとって最大の怨敵たる遠坂時臣を思い出させ、再び陰惨な償いと復讐へと舞い戻ることが出来る。
では、雁夜の憎悪に虫食いのような穴を開けているのは一体何のか。その答えは品位の高さにも見え隠れする確かな暖かさである。
実家にいるような安心感などという言葉があるが、そもそも実家が休まる場所ではなかった雁夜にとっては不適切であろう。
ふと雁夜が思いを馳せたのは自分が学生だった時分。彼にも友達が――非魔術師の、普通の人である友人がいた。そして、友の家に上がることもあったがその時、その母親は当たり前のように優しい微笑みで雁夜を向かい入れ、菓子とジュースを出してくれたものであった。
今、雁夜が感じているその時と同種の暖かさであった。
そして、それは今の彼にとっては無用の長物であり、望まない心地良さが不快に感じられて仕方がなかった。
「如何した、間桐雁夜。百面相などして。ひょっとして猫舌かね? フーフーしてあげようか?」
沈痛な面持ちの裏にあるものがそんな呑気なものでないことを察しながら、ケイネスは厭らしく口角を吊り上げて雁夜を揶揄った。
「ご心配賜りどうもありがとう魔術師殿。だが、いらん」
まさに売り言葉に買い言葉といった次第で雁夜は言い返し、一気に茶を飲み干す。
今まで飲んだどんな耶悉茗茶よりも美味く、雁夜は少しだけ腹立たしさを覚える。
茶を淹れた人間が正に雁夜にとって腹立たしい人物であったから。
「はーい。Papa(プァプァ)特性の肉まんが出来上がりましたよー!」
無論その人物とは、キッチンから五段重ねの蒸篭を両手に、頓狂な登場したランサーのことである。
「おうおうおう! ボクの淹れた茶が気に入ったかい? ソイツァ、嬉しいねェい」
テーブルに蒸篭を置くと、ランサーは雁夜の頭を鷲掴むような勢いで撫でた。
余りにも鬱陶しいランサーの行動に、雁夜は自分の額に青筋が浮かぶのを感じ、
「そんなわけあるか!」
と苛立ちを露わにし手を振り払う。
「第一何なんだ!? この肉まんは!?」
「ボクの手作り料理だが?」
「そういうことを聞いてるんじゃないんだよ!」
狂人をみるような憐みの目を向けるランサーに、雁夜は向きになって返す。
「分からんのか間桐雁夜」
「何が!?」
蒸篭の蓋を開け、肉まんを一つ取り頬張りつつ、何故か自信に溢れた表情を見せるケイネスに雁夜は言わんとしていることを質す。
「腹が減っては頭が回らなくなる。これから間桐邸襲撃に関する作戦を立てようというのだ。ならば、腹を満たすのは当然であろう」
「理屈は分かるけど、お前という人間が分からない」
ケイネスという男に生真面目という印象を抱いていた雁夜は率直に感想を漏らした。
「第一、そういう理由で何か食うっていうならせめて甘いものにしたらどうなんだ?」
「そう言うと思いまして、Pudding(ピュディンギュ) a(ヤ) la(ルァ) mode(ムォド)をご用意させていただきましたとも!」
「チョイスおかしいだろ!」
雁夜の前に差し出されたのは色とりどりの果物で豪奢に飾られた、視覚にも美味な見事なプリン・アラモードであった。
併し脳を起動させる為の葡萄糖(グルコース)の供給には聊か度が過ぎた、本格的なスイーツである。
雁夜の指摘は尤もであったが、ランサーはチッチッと舌を打ち鳴らし人差し指を左右に振り、暗にそれは違うと示してみせる。
「何が言いたい?」
「そこは“あらどーも”と言うべきだろ。アラモードだけに」
「お前の頭の中にはプリンが詰まってるのか?」
下らないと言って然るべき親父ギャグに、雁夜の心は冷えた。
所在なくなってしまい雁夜はふとソラウの方を見た。
「うまうまー」
そこには蕩けた表情で一心不乱に肉まんを食す女があった。
雁夜は旋律した。此処には自分を覗いて常識人がいないと。心の奥で叫んだ。
“助けて下さい! 葵さぁぁぁん!”と――。
誰もこの胡乱な状況打破出来る者がいないのである。
「あ、てかMaster(ムァスター)。なんか君、作戦会議しますよー的move(ミューヴ)醸し出して感じだけどしないから」
だが、意外にもその空気を破壊したのはこの場で一番胡乱な男であった。
「……しないのか?」
意外そうに、また落胆したようにケイネスは目を見開く。
「うん、しないんだ。でも、すると思っていた時の君はそこはかとない“ときめき”というものを抱いていたことだろう。というわけで、作戦会議以外の注文を聞こうか」
「何故、作戦会議をしないのかその理由を訊ねても良いか?」
「君ならそう言うと思っていたぜ」
クツクツ深淵から湧き上がるような笑い声を上げながら、ランサーは真実を話し始める。
「実を言うと、だ。作戦は発表するつもりだった。でも、それがあまりにも策というにはあまりにも大味だったんでそう評する気にはとてもじゃあないがならなかったってだけの話さね」
「一体どんな内容だ?」
「真正面から赴く。この工房ごと」
「よし分かった。お前はやっぱり馬鹿だ」
ケイネスは満面の笑みでランサーを謗る。
当たり前であった。そも冬木に於けるケイネス工房はデコレーショントラックの荷台なのだ。この工房ごと真正面から間桐邸赴くということはそれ即ち、トラックで屋敷に乗り入れることに他ならない。
こんなことをするのはケイネスが言う通りの馬鹿か、さもなければかなりの酔狂である。
「……基本的に魔術師の工房に入るというのは危険だとは言ったがな。其処から如何して工房には工房をぶつけるなどという発想に至る? そもそもこのトラックで屋敷まで出向いたら隠密も何もあったものではないだろうが」
「勿論、霧に紛れていくさ。抑止力とやらに呑まれないように気を遣ったとしても、この街全体を包めるだろうさ」
「屋敷に侵入してからはどうする? 衰退しているとはいえ、相手は五百年の老獪(ロートル)だぞ? 幾ら工房が付いているとはいえ、一筋縄ではいかないだろう」
その答えにランサーはにこやかに笑う。
「何がおかしい?」
「いや、心配する主が面白いんでつい」
「貴様、おちょくっているのか!?」
「冗談、冗談。いや、ホントは安しろという笑みさね、これは」
訝し気な表情を浮かべるケイネスであったが、その根拠は台所の下にあった。
「じゃじゃーん! ブローニングM2!」
「何処から取り出した!? 何処で拾った!? いつ拾った!?」
ケイネスは思わず立ち上がった。
唐突にキッチンに戻ったランサーの手に在るそれはケイネスにとって突っ込み所満載の代物であったからだ。
それは重機関銃と呼ばれる武器であった。調達するには日本円にして凡そ五百万は掛る代物である。しかもランサーはあろうことかそれを二つも頭上に掲げ、子供のようにはしゃいでいる始末である。
ケイネスはこの工房を構えてから一度たりともキッチンの足元の収納を覗くことはなかったがまさかこんなものが眠っていようとは夢にも思わない。
「取り出した場所は見ての通りさ。そんで拾った場所は倭国の部隊の屯所からだ。正々堂々と盗んだ。ボクが一人冬木で遊び歩いている合間に」
「……辞書を引け。そして正々堂々の意味を今一度紐解いてみるが良い。どうしてこんなものを盗んできた?」
「いや、いざとなったらケイネスにぶっ放して貰おうかと。Cross(コォス) fire(ハイヤ)って感じで!」
「死んでも近代兵器なぞには頼らんからな!」
ケイネスは胃痛と頭痛に目が眩む思いであった。
関羽雲長について馬鹿だ馬鹿だと思っていたがまさか此処までだとは想定していなかったのだ。
「まぁでも、ケイネスが使う必要はもうないんだが」
「どういうことだ?」
「そら雁夜クンのバーサーカー先生にぶっ放して貰う腹積もりに決まってるだろう」
そこで雁夜は意外そうに目を見開いた。
「おいおい、まさか君、自分のサーヴァントの性能を把握してないんじゃないだろう?」
「それはその……」
「はぁ……。復讐なんてするなって野暮なことは言わんさ。ボクの仲間には復讐鬼と言っても良いようなヤツもいたことだしね。でも、いくらなんでも行き当たりばったり過ぎんかね?」
嘆息と共に詰られた雁夜は赤面して押し黙る。
たかが化け物に図星を付かれてしまったことが恥ずかしかったからだ。
「まぁ、良い。兎も角君のバーサーカーは持ったものを何でも宝具にしちまえる。それこそ、剣から竹輪まで手に持てるもんならなんだって宝具に出来るんじゃないかな? それを生かす為に、ここでこのMachine(ムァスィン) gun(グァン)を此処で使っちまおうってわけさ。
確かに兵力としては申し分ないものであった。
併し、それだけで間桐邸を、当主のマキリ・ゾォルケンを簡単に落とせる理由には不足である。
では一体何がここまでランサーを強気にさせるのか、ケイネスは考えた。
「……ケイネス、察しの良い君のことだ。本当は気が付いているんだろう?」
「気が付いている? それは君が私にウソを吐いているということか?」
「その通り。ボクは君に一つウソを吐いている」
ケイネスはぴくりと眉を動かした。
「……宝具を申告した時か?」
「ご名答。そして申し訳ない。主を騙すこの不敬者を許してくれ」
「フン、何を今更。貴様のそれは病気のようなものだろうに。それにこれはアレだろう。君の国でいう所の“彼を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず”というヤツの一環なのだろう?」
「そうそうそれ。……ボクにとっちゃ忌々しき男の御先祖様の言葉なんで肖(あやか)るのも厭なんだが」
畢竟するに、戦に勝つには敵の資質を知ることと、味方の資質を見抜くこと両方が不可欠となるという意味である。
関羽雲長はこの聖杯戦争に於いて敵の情報をつぶさに調べていたが、それと並行して自身の主であるケイネスをも図っていたのだ。
ケイネスの魔術師としての能力は、本来聖杯戦争に召喚されない筈の
では人格はどうか? 人の上に立つ者としての美点と欠陥は? 魔術師としての能力、例えば胆力、物事の真実を見抜く叡智はどうか?
関羽はずっとそれを見ていた。
そしてケイネスのことを抱えている秘密の一つを明かしても良い存在だと認めたのだ。
「使い魔風情がと言いたいが……その傲慢、私の役に立つならば許してやろう。それで、君が抱えていた秘密の全貌とはどのようなものだ?」
「……ヒントにとどめさせてくれないか? いや、君をまだ信用していないとかじゃなく」
「私ならばそのヒントを頼りに真実に辿り着くから言いたいのか? フン、まどろっこしいが戯れに付き合ってやろう」
「うん、じゃあ言うね」
関羽が持つ四番目の――否本来の第一宝具。
冷気と風を媒介に気象を操る
一対一の戦いで無類の強さを発揮する絶技、血の氷華を咲かせる
そして、その絶技の本来の形である対城規模の広域破壊宝具。
それすらも超える関羽雲長、真の奥の手。
曰く、そのランクはEXである。曰く、種別は結界宝具である。曰く、冷艶鋸以上に関羽雲長を象徴し、また関羽雲長らしい宝具である。
明かされた情報はそれだけであった。だが、それだけでもケイネス・エルメロイにとっては十分に過ぎた。
「大体分かった。成程、そんなものを隠していたなら自信満々にもなろう」
「……たかが五百年ぽち生きた若造なんて、“”You’re(ヤー) not(ナァト) my(ムァイ) match(ムァチ)って感じだろう?」
「おいおい、慢心はするなよ。そういう人間から最初に死んでいくのが常だ」
クツクツと笑う二人には、余裕はあっても慢心はなかった。勝てる戦いを確実に、危なげなく勝つ。
二人の間にある意思はそれだった。
雁夜はそれを傍目で見ていて、悪魔と悪魔が和気藹々と話し合っているような薄気味悪さを覚えた。
「――と、雁夜クン。君に大事なことを聞くのを忘れてたぜ」
突然、いつもの躁病患者のような振る舞いに戻るとランサーは懐から一枚の大きな紙を取り出し雁夜の前に広げた。
それは雁夜がよく知っている場所の見取り図であった。間桐邸である。
「こんなもの一体どうやって……」
「企業秘密さ。そんなことよりだ。この中で桜とかいうお嬢ちゃんが絶対に立ち寄らないと思われる場所とか知ってたら教えて欲しいんだよ。ほら、ど派手に侵入するからサ」
「成程……」
桜の安全もしっかりと考えているランサーに雁夜は感心し、記憶の中の桜の日常生活を再生しようとする。
が、
「おいどうしたんだよ、急に固まって」
その思考は中断させられた。
「……なぁ、ランサー。お前が作った肉まん、何か赤いものとか練りこんだか?」
「何を言ってんだ? 肉まんはPure(ピャア) white(ウァイトゥ)。Pride(プルァイ)分かるだろ?」
「赤いぞ、令嬢さんの食ってる肉まん」
恐る恐る、ランサーはソラウが座っている席に視線を向けた。
ケイネスはランサーよりも先にそれを目に収め、頭を抱えた。
「ソラウさぁぁぁん!!」
ランサーの絶叫が工房の中を反響する。
――確かに、肉まんは赤かったのだ。ソラウの鼻腔からの流血の為に。
葛飾北斎が実装されましたね。
まさかマイルームで関羽に言及するとは思っていませんでした。
これは第二部関羽実装あるでぇ……。
……ていうか、北斎って関羽の絵とか描いてたんですね。
知りませんでした。
どうも毒矢の摘出の場面を描いたものらしいです。
良い絵でした。