Fate/is inferior than Love   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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第三十九話 主役登場

「クハハハッ! 堪らんな! 痛快だ!」

 

 一階の礼拝堂にまで響いているのではないか?

 綺礼はそんな懸念を抱いた。ギルガメッシュから噴出した大笑はそれほどのものであった。

 キャスターと山の翁の戦いの顛末を見届けるや否やのこれである。

 綺礼は呆れを含んだ視線をギルガメッシュに向ける。

 

「何が可笑しい?」

「あれの在り方総てが。これが笑わずにいられるか」

 

 綺礼には英雄王の笑いの壺が全く理解出来なかった。

 

「あれはな、人ならざる身に生まれ、人であることを渇望し、一度は人となった者の――人であることを捨てた男だ。人の身には過ぎた願いによってな」

「それを“愚昧”というのではないか?」

「その通りだ。だが、そういった愚かしさというのは存外に稀有でな。故に、ヤツは道化なのだ。その愚かしさは、愉悦に落とし込み、嗤笑の渦を起こす」

 

 まるで好事家が自らのコレクションを自慢しているかのような口ぶりだった。事実、人寰一切己の庭と嘯く英雄王にとって、キャスターもまた己の宝物の一部なのかもしれない。否、真に彼が宝とするは、彼が認めるだけの器を持った“人”なのだろう。

 併し、ギルガメッシュがそこまでに心を傾ける逸材に、綺礼はそこまで熱狂することが出来なかった。

 その正体が、信徒にとって悪性とされ忌み嫌われる存在であり、信仰に虚しさを覚える綺礼にとっては惹かれてもおかしくはないのに、だ。

 

「――まぁ、お前の興味は別の所にあるようだがな」

 

 ギルガメッシュは冷笑と共に言い放った。

 綺礼が先の戦いで一体何処に目を遣っていたのか、傲慢な王は目聡く観察していたのだ。

 

「サーヴァント風情が。お前に何が分かる?」

「分かるさ。己の愉悦の在処すら分からん愚物よりは、な」

 

 綺礼が怒気を含めて睨んでも、アーチャーは目を細め、総てを見通すような視線を投げ返す。

 

「気が付いていないのか? 綺礼、お前嗤っているぞ?」

 

 指摘され、綺礼は自らの顔にそっと手を当てた。

 そこで綺礼は、己の表情筋の弛緩を漸くにして理解する。

 

「今、この時だけではない。あの戦いを見届けている最中、お前は幾度か笑っていた」

 

 綺礼は、心臓を鷲掴みにされているかのような感覚を覚えた。明らかな動揺を見せた綺礼に、ギルガメッシュは満足気に笑う。

 

「そうだな、あのウェイバーとかいう小僧が悪竜の毒を飲んだ時と、その後にあの死神が遣って来た時だ。お前は愉悦を感じていたのではないか?」

 

 言い返そうとして、綺礼は言葉を詰まらせた。事実、ギルガメッシュの言葉が図星であるのは否定出来なかったから。

 少年が悪竜の血を飲んだ時、天秤の傾きに期待を寄せた。

 山の翁を名乗る黒衣の騎士が現れた時、少年の覚悟が台無しになってしまう可能性に心が躍った。

 

「加えて言えば、お前、我の道化のマスターとなった女を見ているときも、殊更に興味深げだったな。嗤っていたとも、また違うが」

「そう、だったのか?」

 

 綺礼は愕然とした。薫という少女に見出した妻の面影。其処から感じたものなど、時臣に伝えた嘘でしかないと思い込んでいたから。

 

「自覚がないか。ならば、其処にもお前は愉悦を見出していたのだろう。意識を超えた魂にこそ、愉悦を求める衝動は染み付いているのだから」

 

 綺礼は自分の中の動揺を隠せなかった。何故、彼女に注目したのか。今一度考える。

 恐らく、やり忘れたことを妻の似姿に求めたのだ。妻の今わの際、綺礼は不思議とこの女の死を自分の手で成し遂げてやりたかったと思った。そして、度々考えた。若し、自分で成し遂げていたら、自分はどのように変わっていたのかと。

 不意に、薫の、また妻の断末魔を夢想し、綺礼は自らの胸を、抉るように掴む。まるで月面に立っているかのように、自分が“立っている”という感覚がはっきりしない。眩暈がする、口が乾く、不安定で不規則な音色を心の臓が打ち鳴らす――そして、それが決して厭ではない。

 この感覚は嘗て何処かで、然う、妻との暮らしの中で度々感じていたものだ。

 

「私はこれまで徒労を積み重ねて来た。それでも終ぞ見つかることのなかったものが、こんなに簡単に、見つかって良いものなのか?」

「“良いもの”かも何もそうなってしまったのだ。そこに意味など無いさ」

 

 ギルガメッシュの言い分も尤もだった。

ならば、と綺礼はこれからをどうするべきかを考える。愉悦という感覚は分かったが、自分の中でのその正体がはっきりしない。

 否、或いは掴む方法ならばある。

 そう考えた綺礼の見つめる先は右手の甲。其処には未だ令呪があった。通常、マスターがサーヴァントを失った場合、令呪は消え、聖杯へと還る。そして、それより後にマスターを失ったサーヴァントが生まれた場合、未使用分の令呪を新たな契約者候補へと再分配すうのである。

 その契約者候補というのは、多くの場合、以前にマスターと認めた者となる。脱落したマスターを聖堂教会が保護するのもそれが理由である。

 だが、未だ総てマスターが健在で、契約からはぐれたサーヴァントもいない状況で、令呪が与えられるだけでも異常事態、サーヴァントの敗退に際して令呪が失われないなど絶対にあり得ないことだ。

 ならば、それが在り得てしまっている理由とは?

 綺礼はそこに至り、考えるのをやめた。そこに意味はないのだろう。問題は、これをどうするかだ。

 今、自分が今一番やりたいことは何だ?

 ウェイバー・ベルベッドがアサシンだった少女を失う瞬間を、またはその逆を見たい。

 そして、妻の似姿たる女を今度はこの手で殺したい。

 何方の道を征くにせよ、あまりにも強大な敵が立ちはだかる。征服王イスカンダルに、死そのものとも感ぜられた山の翁を退けたキャスター。

 対抗できる存在がいるとすれば、それは間違いなく目の前にいる黄金の王以外あり得ない。

 

「……そうだった。喜劇を見せてくれた礼をまだしていなかったな」

 

 無意識の内に綺礼はギルガメッシュに語り掛けていた。

 

「観覧を許したのは我からのサーヴィスだが……。まぁ良い、何か寄越すというなら受け取ってやろう。それで、綺礼、お前は我に何を奉ずる?」

「まだお前が知らない聖杯戦争の真実について」

 

 綺礼の言葉に、ほうとギルガメッシュは訝し気に眉を吊り上げ、先を聞いた。

 

「聖杯とは世界の内側にあるもので、当然それが叶える願いも内側にのみ完結する。当然世界の外側に通ずるわけがない。願望器の争奪戦はあくまでも儀式を成立させる為に外来の魔術師を呼び寄せる為の餌に過ぎない。『始まりの御三家』の真の狙いとは、願望器を超えた先にある」

 

 これは遠坂と、間桐、そしてアインツベルンに連なる者にのみに許された真実であった。

 

「七体の英霊の魂を供物とした時、聖杯は世界の外側へと至る穴を開ける。これが『御三家』の試みだ。尤も、その悲願を正しく叶えようとしているのは、遠坂のみとなってしまったが」

「そういうことか」

 

 気位の高さの為に激昂するかと思いきや、ギルガメッシュは存外冷静に低く抑えた声で得心した。

 

「ヤツは我が他のサーヴァントを打ち倒した後、令呪を使い自害させる腹だったということだな」

「察しが良いな」

 

 綺礼の顔には悪戯めいた微笑が浮かんでいた。

 それに釣られるようにギルガメッシュは噴き出した。

 

「あの男、詰まらんと思っていたが臣下の礼の中にこのような奸心を持っていようとは。中々如何して、面白い男だったじゃないか」

 

 邪悪な微笑みと共に齎された時臣の評価は過去形だった。

 最早、時臣の未来は決定したと言って良いだろう。

 

「だが、如何したものか。この我と言えど、マスターを失っては現界を来すし……」

 

 業とらしく困ったような顔をするギルガメッシュに、綺礼は、右手に残る令呪を見せつけた。

 

「おお、こんな所に契約から逸れたサーヴァントを求めるマスターがいるではないか。僥倖、僥倖」

 

 あからさまな棒読みに、綺礼は噴き出しそうになりながら、綺礼は頷く。

 

「僥倖は良いが果たして、この私が英雄王に見合うか如何か」

「堅物に過ぎて、道化の演目の善し悪しが分かるとも思えんが……まぁ、時臣よりはマシだろう。それに、見合うかどうかはお前にとっては問題であるまい」

 

 所詮は利害の一致。

 ギルガメッシュは見出した遊戯を全力で楽しむ為に。綺礼は答えを見出す為に。

 互いを利用し合うだけ。ならば、そこに承認はいらない。

 だが、それでも二人は笑みを交わし合った。

 

 †

 

 キャスターと山の翁の戦いを見張っていたのは、綺礼とギルガメッシュだけではなかった。

 あれだけ派手な戦闘だ。嗅ぎつけない者がいない方がおかしい。

 尤も、キャスターが大量召喚した宝具が結界の役割を果たした為に、その全容は宝具を使い観察をしていたギルガメッシュ達にしか掴めなかったのだが。

 

「何だ一体!? 何が起きたって言うんだ?」

 

 例えば、近くの雑居ビルの屋上から戦いを見届けようとしていた急造の魔術師――間桐雁夜。

 彼が見届けることが出来たのは、夜空に魔法陣が浮かび、其処から放たれた魔力光が校舎を全壊させる場面までだった。

 併し、そこまで見ただけでも、雁夜を混乱させるには十分であったが。

 理不尽か、さもなければ性質の悪いギャグか。雁夜にはそう思えてならなかった。

 

「……あれと、戦わなきゃならないのか」

 

 沈痛な面持ちで雁夜は独り言つ。

 答えなど返ってこない筈だった。だが、

 

「いやぁ、ホント嫌になるよねぇ。やってられるかって気分だよ」

 

 慮外にも言葉は返って来た。

 声の方向に、雁夜は慌てて振り返る。

 其処にいたのは二人の男だった。

 一人は、くすんだ金の髪をした痩身長躯の白人男性。何処かを患っているかのような憮然とした表情をしており、神経質を絵に描いたような印象を雁夜は覚えた。

 もう一人は紐で束ねた緑の長い髪が目を惹く華やかな男だった。人の良さそうな春風のような微笑みと、そして現代に染まり切っていることが見て取れる服装からは一見して分かり辛いがサーヴァントであった。

 

「お前はッ!」

 

 雁夜はこの二人組を知っていた。海浜公園に於いて、その脅威を見せつけた二人だったから。

 

「HAHAHAHAHA! 待ちかねたかい? 待ち侘びたかい? このボクを」

 

 煽る様な、迫る様な、とち狂ったテンションのサーヴァントに雁夜は当惑を隠せない。

 ――こんなヤツだったのか、と。

 

「そう、ボクだッ! 掛値無しにッ! 皆大好き! 義勇王、関羽雲長だ!」

 

 月に吠え、爆発するような豪笑を上げる男は、紛うことなく、残念ながらランサーであった。

 雁夜は呆然自失とした。ある意味では、キャスター以上に理解不能の存在に。

 ランサーの隣に立つマスターは頭を抱え、苦悶の表情を浮かべている。

 ――雁夜には、何だかランサーのマスターが甚く可哀想に見えてならなかった。

 

 




 皆大好きとか言いつつ史実じゃ結構な嫌われ者です。

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