Fate/is inferior than Love 作:源氏物語・葵尋人・物の怪
聖杯戦争に於いて、普通敗退を装うということは難しい。
何故なら監督役はサーヴァントの現界如何を知らせる霊器盤を持つからだ。
マスターはサーヴァントを失った場合に、監督役に保護を申し出ることが出来る。だが、それが虚偽だった場合は、当然断られる。
これは、表向き監督役が聖杯戦争を円滑に動かす為に存在しているからだ。
だが、監督役と保護を求めるマスターが通じている場合にはその限りではない。
言峰綺礼が敗退を演じることが出来たのはそれが故であった。此度の聖杯戦争に於ける監督役は、言峰綺礼の父、言峰璃正。その手引きにより、綺礼は聖杯戦争に於いて不可侵の領域である、教会を隠れ蓑にしアサシンを使った諜報に集中することが出来た。
何より、そうすることを望んでいたのは父の璃正であった。
璃正は、第三次聖杯戦争の頃より、監督役の任を預かっていた神父である。本来公平を期した運営をしなければならない監督役であるが、彼は監督役である前に聖堂教会の神父――信仰者であった。
故に、万能の聖杯が叶える願いには気を揉んでいた。
その願い如何に因っては、普遍的な一大宗教の教義そのものが脅かされる可能性がある。
だが、時臣の願い――根源への到達とは世界の内側から外側を目指す願いでありそれによって内側に変化が齎されるものではない。
ならば、時臣への肩入れは必然である。
加えて遠坂は古くより日本の基督教普及に力添えをしてきた家系であり、璃正自身、時臣の祖父に当たる人物とは約束を交わしておりそれを果たす為という事実もあった。
――総て、もくろみ通りに行っていた。
当初の予定通りアサシンの敗退は目撃され、綺礼は諜報に着手した。
首尾は上々であった――上々であった筈だった。
『私の要件が何か。分かるか、綺礼』
にも拘らず、如何して深山町の遠坂邸から冬木教会に、魔導通信機によって齎された声色には苛立ちが見え隠れしているのか。
「いえ、まるで」
だが、真鍮の朝顔に言葉を返す綺礼の表情には、時臣が抱く焦燥は届いてはいない。
――空だ。今の綺礼には何もない。故にいくら打てども、跳ね返ってくるものも何もないのだ。
どうしてこんなことになってしまったのか。
時臣から息子に向けられた叱責を傍で聞きながら、璃正は沈痛な面持ちとなった。
それは海浜公園での戦闘が終わってすぐのことであった。何を思ったのか教会を出歩いた綺礼が、戻ってくると目から全く精気が失せていた。
何があったのか、と璃正が訊ねると、
『何も……無かったのです……』
綺礼は自分の中にあった何もかもを失ったかのような、力無い声で答えた。
その様子は“何かがあった”に違いない顔であったが、同時に息子が嘘を吐いているようにも見えなかったため、その時は不問とした。
だが、それを境に綺礼から目に見えて、聖杯戦争に対する興味というものがすっかりと失せてしまった。
まず帳場となった教会の地下室に自身のサーヴァントであるアサシンが入って来ても反応を示さない。
報告を聞いても上の空である。仮面越しにもはっきりと分かるアサシンの失望は伝わって来た。
『……言峰さんから話は聞いた。昨夜、冬木教会の敷地を出たのだろう?』
「そう、ですか」
『一体そこで何があった? 何が君をそこまでにした?』
時臣の執拗にも感ぜられる追及に、綺礼は重い口を開く。
「……キャスターのサーヴァントと、そのマスターをアサシンが補足したのですが」
息子の思わぬ言葉に璃正は目を見開いた。通信機も暫し沈黙した。
『それは、本当か?』
「はい、身元の確認も取れています」
思わぬ吉報に、時臣の声からは喜びが滲んでいた。
「マスターは“カオル”と呼ばれた十代の少女……恐らく何かの偶然でサーヴァントを召喚してしまった少女だと思われます。そして、そのサーヴァントとの会話の中で一度だけキャスターの真名を漏らしました。“サンジェルマン”と」
『不死とも言われた怪人……成程、魔術師の階梯に相応しい人物だ』
時臣の声は、畏敬によって震えていた。
錬金術師を学び不死の肉体を得たとも言われ、遠坂が研究する宝石魔術の分野に於いてもダイヤモンドの傷を完全に消すという――“シュバインオーグ”にも匹敵する業の持ち主であったとされる。
宝石魔術は、自然霊が宿った鉱物に魔力を溜め込み使用するがその際に宝石の質というものが重要となる。若し、宝石に傷――曇りや霞として認識される細かなものから亀裂として目に映る大きなものまで――がある場合、それが隙間となり蓄積した魔力や魔力を蓄積する要素となる自然霊の流出の原因となる。だが、元の形を完全に維持したまま、宝石についた傷を消すことは魔術に於いても科学に於いても不可能に近いと言われている。
故に、それを可能にするほどの魔術師と相見え、手合わせ出来る機会に巡り遭えたことは、時臣にとって非常に喜ばしい事であった。
『その為には、作戦を立て直さなければならないが……』
敬意は表するが、敵であることに変わりはない。聖杯を手に入れることへの障害となるならば容赦をするつもりもない。
全身全霊で事に当たる。
『だが、綺礼。君が怖気づいてしまっていては始まるものも始まらなくなってしまう』
綺礼の報告が、キャスターとそのマスターに関するものであったから、時臣はそこに当りをつけた。
「はい」
時臣からの叱責に力無く綺礼は返事をした。
おかしい――と、璃正は感じた。
「待ってくれ、時臣くん。君は本当にこれがその程度のことに臆したとお思いか」
綺礼は代行者であったこともある神父である。代行者とは、一大宗教の暗部組織である“聖堂教会”の中でも異端――魔術師や死徒と呼ばれる吸血鬼など――と、最も熾烈な戦いを演じる戦闘集団である。
そして、自分よりも遥かに力強い死徒や魔術師をも決して恐れない綺礼の戦いぶりは素晴らしいものであると聖堂教会内では定評があった。
サーヴァントであろうと変わりはないと、璃正は確信している。仮令、それがサンジェルマンであろうと英雄王であろうとだ。
『では一体、何が原因だと?』
「それは……」
そこまでは、璃正にも図りかねた為、目線を息子へと遣る。
自分のことなのだから、自分ではっきりと話すべきであると。
「キャスターの……マスターなのですが……」
躊躇いがちに綺礼は口を開いた。
「似ていたのです」
『似ていた? それは、誰に?』
「妻に」
慮外から遣って来た言葉に、二人はどう言ってやるべきか、反応に窮した。
今から三年ほど前、綺礼が妻を亡くしたということは父の璃正は当然のこと、その璃正から聞き及んでいた時臣も知る所であった。
愛していた妻と連れ添った時間はあまりにも短く、故に綺礼は打ちのめされた。その痛みから逃れるが故に――という事情もあり、綺礼は聖杯戦争に臨んだ。
恐ろしいまでの情熱で以て、魔術の修業に励んだのも、何かに情熱を捧ぐことで己の傷を癒すことが出来るから――少なくとも、時臣と璃正はそのように認識していた。
だが、妻の似姿を目の当たりにした時、修行に因って沈痛していた悲しみが吹き出してしまったのだろう。
二人はそう確信した。
『……綺礼。君は悩んでいるのか。妻の面影を手に掛けられるか、否か』
その言葉に、平素あまり変わらない綺礼の表情が歪み、一切の言葉が失われた。
時臣と璃正は沈黙を肯定と受け取る。
『ならば、仕方ない。カオルという少女とは争わず、和解に持ち込むとしよう』
遠坂家の家訓である“優雅”に拘泥していた時臣とは思えぬ意外な提案であった。
『その前に一つ聞きたい。このカオルという少女は年端もいかぬ一般人。それに対しキャスターは、“第七光線の大師”とも称される魔術師だ。催眠に因って傀儡にされている可能性は?』
「……それは無いかと。キャスターとそのマスターは確かに会話をし、意思疎通を行っていました。聖杯を求める目的は不明ですが、自分の意思で行動しているのは間違いないようです」
時臣はフムと一呼吸置いてから黙考に入った。
「それが何だというのでしょうか。それに和解とは……」
『相手は年端もいかぬただの少女。どうせ聖杯戦争にも遊び半分、殺し合いという意味も考えずに参加しているのだろう。そういった人間が持つ願いなどどうせ大したものではないよ』
大方金でどうにかなる問題と時臣は決めつけた。
貴族である時臣は傲岸にも少女をそのように定義する。
『キャスターを遠ざけた上で少女とは会話の機会を持つ。叶え得る要求は全て呑んだ上で、少女にはキャスターの自害を命じて貰えば良い』
そう結論した上で、時臣は、“カオル”が抱いている願いが愛する者の蘇生という聖杯以外では叶えられない可能性もないとし、
『君にはキャスターのマスターの身辺調査を頼もうか』
と綺礼に申し付ける。
『そうすれば、並み一通りの願いというのは、予想が付く筈だ』
確かにそうだが、それに果たして意味があるのか、綺礼は胡乱じた。
だが、璃正には時臣の狙いが分かった。
妻の面影に惑わされているのならば、さっさと側をひん剥いてしまえば良い。詳しく調べさせれば、少女が亡き妻とは全く違う人間であるとしかと認識できる筈。
そうすれば、綺礼の頭は冷えると考えたのだ。
「綺礼、直ぐに事に当たりなさい」
璃正もこれには賛成し、綺礼の背中を押した。
「分かりました」
敢えてその命令を棄却する理由を言えなかった綺礼は、その命に従うことにした。
『では、頼む。纏まり次第、此方に繋いでくれ』
一応の念押しを最後に、綺礼は通信機に遑を告げ、事に当たる準備に取り掛かった。
†
「何故、このような作戦を提示成された?」
息子がいなくなったのを、確認すると、璃正は未だに遠坂家に繋がった儘の通信機に声を掛けた。
『気に障ることでも御座いましたか?』
時臣の問い掛けは、冗談交じりであった。
――生真面目かと思いきや、ユーモアラスな部分が見え隠れするところが似ている。
今は亡き友の痕跡をその息子から感じ、璃正は図らずも笑みを零し、
「いや、此方としては、息子の思いを汲んで下さり、感謝痛み入る次第。ですが、この方策事態、“優雅”であることはかけ離れているのでは?」
業とらしく嫌味を交えて訊ねた。
『“優雅”でないというならば、弟子に重荷を背負わせたまま戦いに駆り立てる師となってしまう方が余程、“優雅”ではありませんから』
決して外面だけを取り繕った言葉ではなかった。
魔術師という選ばれた者であることに対する責任を全うせんとする姿勢に偽りはない。
『……ただ、出来る事ならばかのサンジェルマン伯爵とは堂々たる戦いをしたいものだ』
綺礼がいた時には見せなかった本心を吐露した。
魔術師にとってしてみれば、偉大な先達との手合わせは光栄以外の何物でもない。いくら、マスターとしては論外の者に見出された、サーヴァントという英霊サンジェルマン本物でなかったとしても。
屹度、それは遠坂の魔道の歴史に刻まれる栄光となるだろうから。
「ご安心下さい。あれが妻を深く愛していたことは確かでしょうが、いつまでも悲しみに沈むほど弱くはありません」
綺礼は立ち直り、キャスターのマスターとも戦う決心をするだろう。
璃正は気休めなどではなく、本心からそう思い、時臣に希望を持つように伝える。
『私もそれは分かっています』
時臣の目に映る綺礼とは貪欲なまでの求道者そのものだ。
魔術の素養こそ極々平凡であるが、修行に対する姿勢は真摯であり、また弛まぬ研鑚を積むということに関しては――敢えて妙な表現を使えば天才的であった。
此度訪れた試練に足しても十分耐えうる信念は持ち合わせていると、時臣は絶大な信頼を寄せてもいる。
父の璃正が息子に対して抱いている評価もそのようなものだ。
故に、気が付かない。
綺礼の落胆の真相が何処にあるのか。
妻の面影に感じた、決して哀愁ではない別の感情の正体も。
それに気が付くことが出来るのは、信念があるか否かという観点でしか人間を量れない遠坂時臣と言峰璃正では断じてない。
量るとするならば、あらゆる角度から人間を暴く、悪辣な双眸。
「アーチャー?」
それは、例えば、綺礼自身の目の前にいる黄金の王。
一体何を思っての行動だろうか。
綺礼が教会内に宛がわれた自室に戻ると、それはいた。
この世は全て、我のもの。ならば、これも我のもの。
理屈になっていない理屈を傲岸に押し付けるかの如く、ギルガメッシュは綺礼の私物である長椅子に寝転がり、ワインの入ったグラスを傾けていた。
当方のオリ鯖のFGO実装率。
ランサー……同陣営の諸葛孔明がいて、さらに呂布とは因縁めいたものがある。また、水着清姫が、彼の武装について言及していた。さらに言えば、先日実装されたアサシンの関係者にはランサーを尊敬し、同じく偃月刀を振るう者がいる。実装率は極めて高い。
キャスター……言わずと知れたソロモンの盟友であるのは勿論、イスカンダル、Fakeセイバーのリチャードとも友誼を結んでいる。マリーには警告の手紙を出し、ブラヴァッキーの言うマハトマの一人でもある。ここまでFate世界の人間との繋がりがあって実装されないとは正直思えない。
まぁ、何が言いたいかというと、公式と被ったら多めに見てねという話。