Fate/is inferior than Love 作:源氏物語・葵尋人・物の怪
リバティ。
日本にも支店を広げるロンドンの名だたるデパートの一つである。
イギリス国内の名だたるブランドやデザイナーの逸品が揃っており、若者やセレブが特に多く集まる。
ところで、デパートと言われ、日本人が想像するのは屹度、鉄筋コンクリートの無味乾燥な佇まいであろうか。
併し、ロンドンに鎮座するこれはそれとは一線を画する。クラシカルな意匠をしており、一見すると観光客向けに保全された十八世紀ごろの建築物のようにも映る――“お洒落”という言葉にこと敏感な若者の心を掴んで離さないそんな場所なのだ。
ランサーがケイネスとソラウを引っ張って遣って来たのはそこであった。
今日は休日。当然のように若者たちが行き交い活気に満ち満ちていた。
そんな中をランサーは肩で風を切るように堂々と、鼻歌まで歌いながら歩いていく。一方で、彼の後ろを歩くケイネスとソラウは身内の葬式に参列したかのような落ち込みようだった。
それも其の筈だ。先ほどまで町中を肩組した儘歩かされていたのである。なんとか抵抗を試みる二人であったがサーヴァントの腕力に敵う是非もある筈なく。最早、令呪を使う以外にランサーを止める手立てはなく、それであっても二画くらいならば振り切って街へと繰り出しかねないほどの勢いであった為二人は、諦めた。
気が済むまで現代を謳歌させてやろうと――。そして、いい加減街征く人々の目が恥ずかしいから自分で歩こうと――。
そして、現在に至る。
だが全てを諦めたリバティでも三人に降り注ぐ視線の量は変わらなかった。
「いやぁ、なんかみんなこっちを見てるよ? 主ってモテるんだねぇ」
「貴様を見てるんだ! それにモテてるのでは断じてない! 奇異の目だ、奇異の目!」
いくら“新しい自分”に生まれ変わろうとも、ランサーの服装は古代中華の戦場を疾走するそれである。
一九九五年のイギリスにはまるで似つかわしくないと言い切るより他ない。
「でも、貴方の服装も相当よ?」
「うっ!?」
隣を歩くソラウのじっとりとした温い眼差しに、ケイネスは呻いた。
だが、ソラウの指摘も尤もであった。魔術師としてのケイネスの正装は、群青色の軍服のようなものである。無論、この色は現在のイギリスの陸・海・空どの軍隊の色にも当てはまらない。
軍人が仕事を抜けて遊びに来た、では到底通らないわけである。
この中で唯一、現代に溶け込んでいるのは、一見しただけで素人目にも上等だということが分かる白のブラウスと五分丈の朱色のパンツ、そして胸元を彩る同色のスカーフで着飾るソラウだけであった。
そのソラウにしても他の二人が胡乱な恰好をしている所為で、同じく胡乱に映るという風評被害に見舞われるわけだが。
故に、彼女は今、実以て不機嫌だった。
「……ランサー、どうせ色々回るなら最初に服を買いなさい。ケイネス、貴方もよ」
「はぁーい」
「分かった」
強い語気に対してランサーは明るく返す一方、ケイネスの声は弱弱しかった。
婚約者である段階からも既に結婚後の生活の優位が何方になるのか如実に物語っている。
†
さて、デパートという以上、服を買える店など吐いて捨てるほどあるわけであるが、一行が選んだのはどちらかといえばカジュアルに寄ったラインナップの店であった。
何故そうなったかと云えばランサーたっての希望である。
曰く、“兄さんや益徳と出会った頃の気持ちに戻りたい”だとか。
「どうだろう? 似合ってるかな?」
会計を済ませ着替え終わったランサーは同じ店の中で服を見ていたソラウに声を掛けた。
「え? そうね……」
反応し、頭頂からつま先まで、まじまじとランサーを見た。
さて、幾つか店を回りランサーが選んだのはグレーのフード付きトレーナーと黒のデニムジャケット、モスグリーンのチノパン、そしてハイカットのスニーカーであった。
「悪くないんじゃないかしら?」
全体的に細身なシルエットであり、背が高く線が細いランサーによく似あっていた。
ソラウはほっと息を吐いていた。ランサーが最初に自分で服を選びたいと言った時。正直心配していた。“滅法”という言葉を具現化したようなランサーのことだ。屹度、服装の選び方まで理解不能なのではないかと。
だが、存外まとも――否、寧ろセンスがあるとさえ言っても良かった。
「でも、よくもまぁ違和感なく現代に溶け込める服を選べるモノね。それも聖杯の知識?」
「いやぁ、そこまで聖杯も万能じゃあないよ」
へらへらと緩み切った笑みをランサーは絶やさない。
「ここ通る時、いくらでも“Model(ムォデェル)”があったでしょう? それを参考にしたんだよ」
すれ違う若者のファッションをしっかり観察していたということである。
ソラウの目にはランサーは浮かれ切ってはしゃいでいたようにしか見えなかったが、その一方では辺りに注意を払っていたというわけだ。
凄まじい洞察力である――完全に無駄遣いであるが。
「ところでソラウちゃん、ソラウちゃん。Master(ムァスター)は如何したの?」
「ちゃん付けはやめなさいと言った筈よ。……ケイネスならまだ服を選んでいるわ。ほら、あそこ」
ソラウは視線で以て、彼の居場所を示した。
その先ではケイネスが百面相をしながら、服を手に取っては唸り、また元の場所に戻すという行動を繰り返していた。
「なぁ、ソラウさんや。彼はひょっとして優柔不断なのかい? だとすると、I`m(ヤァイム) bothered(ヴァザァド)……困っちまうぜ」
「困る? 如何して?」
「指揮官が幾ら最善策を取ってくれても、あれでもないこれでもないと遣っていてのそれだったらその間にも兵卒はくたばってるよ。動かせる兵がなくて実行出来なきゃ作戦もクソもありゃしないだろう? だったら、悪手であろうと即決の方が良い。奮戦ぶりでいくらでもなんとかなるしさ。特にボクの場合は」
そう語るランサーの顔つきを見て、ソラウは全身の血の気が引くのを感じた。
召喚時から向こう初めて見せる戦士の面差し。声色にも刺すような冷たさが籠っている。
現世を満喫している今この瞬間にも彼の目は迫る戦場が映っているのだ。
「貴方の心配は分かったわ。でもケイネスのあれは優柔不断とかではないから。寧ろ即決は得意中の得意と言っていいわ。安心なさい」
「じゃあ、アレはなんなの?」
ランサーは失礼にも主を指差した。
最早、この男がこういう人間――基、こういうサーヴァントだということが分かってきた為、ソラウはそれを窘めようとはしない。
代わりに思い切り笑顔を作って、
「単にファッションに疎いだけ」
と答えた。
「なるへそ」
これ以上なく納得のいく理由であった。
「まぁ、ケイネスに限らず、名家と言われるような生まれの魔術師は大抵そうよ。私の兄なんてそれは酷いもの」
「あ、ソラウさんも魔術師の家の生まれなのね」
なんとなく、そうなのではないかと、ランサーは想像だけはしていた。
「そうね。ソフィアリ家……まぁ、名家というかそういう生まれにはなるのかしら」
「ひょっとしてあそこの主とは政略結婚ってヤツかい?」
「貴方、本当に言葉を選ぶってことを知らないのね。私が劉備なら首を撥ねてるわよ」
「玄徳ニーサンがそういう人じゃなかったからどっこい生きてたんだけどね。実際首撥ねたのは孫権のおじさんだし」
HAHAHAと関羽は磊落な笑い声を上げる。
「……まぁでも、ボクの言ったことはExactly(ウィグザクチュリー)だろう?」
「厭な性格してるわね、貴方。まぁ、実際その通りだけれど」
「だから主には不満がある?」
「ないわよ。結婚にも納得している。だからドロドロの愛憎劇とかは期待しないことね」
「ちょ!? 酷くない!? ボク、そんなの期待するようなえげつないヤツに見えるの⁉」
「正直胡散臭くはあるわ」
溢れんばかりのスマイルで言い切るソラウにランサーは項垂れる。
「マジかぁ……Shock(ショォク)だわぁ……」
ぶつぶつと叫ぶ一方で更に一言、
「……全く、厭な温度差のCouple(クァポ―)だぜ」
ランサーは小声で独り言つ。
「何か言った?」
「イヤ、何も。それより問題はMaster(ムァスター)だよ、Master(ムァスター)」
ランサーは顔を上げると、ソラウに吐いて出てしまった言葉を、その意味を詮索されないように話題をケイネスへと移した。
まだ服選びを続けている。ところで手に持っているのは、黄土色のネルシャツである。着こなしには困ること極まる一品であるが、それを買う気かとランサーは小一時間問い詰めたい思いにも駆られている。
「あれはボクから見ても悲惨だよ。もう、ソラウさんが選んで上げてよ。婚約者でしょう?」
「無理ね。前にもそうしようと思って断られたもの」
ソラウの言葉にランサーははぁと溜息を吐いた。
理由はなんとなく辺りが付いた。恐らく自分に出来ないことがあってはならないという使命感であろう、と。
西洋圏の英霊に限定される今回の聖杯戦争に
それは屹度、万人が詰まらない、小さいと思うことに対してすら向かう。
今この時のように。
もう一度、はぁと溜息を吐くとランサーは
「主ぃー、主ぃ」
と呼びかけながら近づき、肩を回した。
「なんだ?」
「はいこれ」
そういってランサーが持ってきたのはワンポイント菫の柄が刻まれた白いVネックのTシャツと、グレーのテラードジャケット、ターコイズカラーの細身のパンツであった。
「……サーヴァント風情が私を馬鹿にしているのか。服くらい自分で」
「選べることくらいは分かっているさ。ボクが言いたいのはそういうことじゃあない」
ランサーの言葉にケイネスは渋面を浮かべていた。
「この一式ボクの見立てではお洒落最上級者の装備と見た。君ならば必ず着こなせる」
「ハッ、下らない」
ランサーの言葉を一笑に付し、ケイネスは再び洋服選びに戻ろうとするだが、
「逃げる気か」
その一言で彼の手は止まる。
「我が主、ケイネス・エルメロイともあろうものが。臆したのか? 着こなせないかもという恐怖を前に」
ランサーから出ていたのは餓鬼の喧嘩も良いところな、売り言葉であった。
これを買うなど、余程の――言葉を選ばなければ馬鹿も良いところである。
併し――
「臆しただと? この私が? 口を慎めよ、ランサー。それを寄越せ。会計を済ませる。着てやろうではないか!」
ケイネスはいともたやすくそれを買ってしまい、ランサーの言葉を待たずして、手に在った服をひったくって会計へと向かった。
遠目に、その様子を眺めていたソラウはポカンと口を半開きにしていた。
――何、アレ。激チョロじゃない。
ケイネスに対してそんな感情を抱きながら。
ここまでディルムッドと関羽を比べて。
ディルムッド
・主君を立てる。常に丁寧で一歩引いた対応。
・主君の妻には勿論興味がない。
・主君の人柄や人間関係などは一切気にしない。
・現世を満喫したいとかも望まない。サーヴァントとして主君の為にあることが第一。
関羽
・主に対してドクゼツジツを発動し、馴れ馴れしい。素っ頓狂。
・ソラウの唇を奪いました。メイド長さんも可愛いなぁ。
・色々主周りのことを詮索する野次馬野郎。
・現世楽しいぜ、ヒャッハー。
なんだ、ディルムッドって良いヤツじゃん。