Fate/is inferior than Love   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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第二十六話 情報整理

「てなわけで、まず各陣営について整理しましょうかね」

 

 まず、ランサーが書いたのは、自分とケイネスとソラウの横顔であった。

 

「はい、まず“ケイネスと愉快な仲間たち”陣営」

「そのネーミングはどうなのよ……でも、貴方、絵上手いわね」

 

 命名には物申しつつ、ソラウはランサーの絵の手前を褒める。

 アニメ調のデフォルメがされているが、三人の特徴をよく捉えた素直に上手いと言えるイラストであった。

 

「まぁ、色々やってたからね。こんくらいは軽い軽い」

 

 褒められたことに気を良くしたのか、ランサーは鼻歌交じりに再びペンを走らせる。

 黄金のサーヴァントの横顔と、顔面に“遠坂”と書かれた人型が描かれた。

 

「次にアーチャー陣営だ。マスターは遠坂家の当主の遠坂時臣だね。これに異論は?」

「無い。見た通りであると考えるべきだろう」

「その根拠は?」

「彼の人となりだ」

 

 ケイネスが上げた理由にほうと、ランサーは短く声を漏らす。

 

「確かこの遠坂とかいうヤツはこの土地のセカンドオーナーで、君のHome ground(フォムギュランド)たる時計塔でも有名人なんだっけか」

 

 さも興味がないと言った口調のランサーにケイネスは頷く。

 

「幾つか、時計塔にとって益となる研究を残しているから、人物評についても厭でも耳に入るのだ」

「そら、悪評か好評かどちらだい?」

「……好評の方だな。強い克己心と深い信念を持つ求道者、天才と称される学究、常に釈然とした本物の貴族。概ねこんな所か」

 

 ランサーは顎に手を当てる。

 その姿は、日本のある文士のタブロイドの姿に似ていた。

 

「要するに魔術師らしい魔術師というわけね」

「そういうことだ」

 

 魔術師の戦いには誇りがある。

 一見するに騙し合いも裏切りも、なんでも有りに思える中にも、彼等の中に在ってのルールが存在する。

 そして、魔術師に対し誇りを持つ者であればあるほどそれを順守する。

 とすれば、その玉条に従う人物であろう遠坂時臣が取る手段は只一つ。

 サーヴァント同士、及びそれを隠れ蓑とした魔術師同士の堂々たる決闘である。

 それを踏まえた上で、ランサーは新たに人物を書き足す。“Unkown”と顔に書かれた人型と、髑髏の仮面を付けた黒いローブの軍団――アサシンのサーヴァントとランサー達にとっては不確定なマスターである。

 

「……ところで、話は変わるがMaster(ムァスター)。さっきのアサシン、如何してあのタイミングでの襲撃だったと思ってる?」

 

 唐突な問いに、

 

「襲撃?」

 

 ケイネスより先に反応を示したのはソラウであった。

 心配とも、憤りとも、なんとも言い難い感情が、顔に現れていた。

 

「直ぐに片づけたがな」

 

 ケイネスは、殊に誇らしげな笑みと共に、ソラウに語り掛ける。

 ――そんなに褒められたいんか。

 ランサーは我が主の、何処か子供染みた欲求を隠しもしない姿勢に呆れた。

 だが、

 

「本当に大丈夫だったの?」

 

 ソラウは気も漫ろといった次第で、ケイネスに詰め寄った。

 

「え? いや……」

 

 歯切れの悪いケイネスを誤魔化していると受け取ったのであろうか。

 ソラウは、余計にケイネスに詰め寄るが、実際は単に好いた女性の顔が近づいた為に、極端な緊張状態に陥っただけである。

 このままであれば、ケイネスの緊張とソラウの追及が堂々巡りし、無限の螺旋を描く。

 

「ねぇ、いちゃいちゃするなら後にしてよ。話進まないじゃんか」

 

 ランサーはそれを理解し、敢えて、茶化したような言葉を選ぶ。

 

「おまっ……何を言って……」

「いちゃいちゃなんてしてないから!」

 

 すると、ケイネスは動揺し、ソラウは電光石火で身を引いた。

 短い交わりではあるがこの二人の扱い方をランサーはよく分かっている。

 よく分かったうえで苦笑いが浮かぶ。

 男女のあれこれに関して、ケイネスとソラウはその年齢以上に子供であると思って。

 ランサー、関羽雲長は生年がはっきりしておらず故に享年も分からないが、少なくとも五十代であったと思われる。現界したこの姿に関しても、呂布と最後の戦いをした頃――大体三十代前半頃の肉体と人格である。

 要するに、二人よりも年上なわけだが、それを踏まえてもこの二人はそういった面に関して、ランサーの目には非常に幼く映る。

 尤も、ランサーにとってはそれが面白いわけであるが。

 

「まぁ、それはそれとしてアサシンの襲撃ですよ、襲撃。どうしてあのタイミングだったんだろうね?」

「あのタイミングでなくても良かったと、お前は考えているのか?」

 

 ケイネスが聞き返すと、ランサーは大きく首肯した。

 

「相手を知り、機を謀り、見極めるや否や即座に完結させる。それがProfessional(ポロフィッショナー)の暗殺ってモンだ。にも関わらずアイツらは」

「何処か場当たり的だった?」

「Yes(ヤェス)。加えて言うなら、アイツらは焦っている」

 

 何に、と当然の疑問がソラウから齎される。

 

「暗殺者(アサシン)っつっても、伊達や酔狂で主に仕えるわけじゃあない。信念故にってこともあるんだとは思うけど、聖杯に呼ばれている以上は聖杯が欲しいって下心が前提なわけだ」

「まぁ、そうだな」

 

 今更言われるまでも無いと、ケイネスは鼻を鳴らす。

 

「仮に若し、報酬が得られないということがあったとしたら?」

 

 ランサーはホワイトボード上のアーチャー陣営とアサシン陣営を線で繋げた。

 

「同盟関係か」

「というよりも、この場合は主従に近いかな?」

「成程、遠坂時臣に聖杯を与えるという約束が“従者”との間にあったならば……」

「アサシンに聖杯が回って来る可能性は低くなるわけだ」

 

 そう結論が出た所で、ソラウはあっと、声を漏らした。

 

「どったの? なんか意見でも?」

「いえ、意見というほどでもないけれど……。遠坂時臣といえば、聖堂教会から時計塔に出向してきた神父が確か弟子についたのが遠坂時臣だったような気が……」

 

 思わぬ所からの情報に、ランサーは幾許か面を食らう。

 

「そうだった」

 

 と、ケイネスは次を継いだ。

 

「確か今から三年前だったか。今の今まで忘れていたがひょっとすると……」

「アサシンのマスターがソイツであるってことはあるね」

 

 ランサーはアサシンのマスターの絵に言峰綺礼と書き込んだ。

 

「まぁ、でも教会の人間か。確か、この聖杯戦争の監督役ってのも教会の人間だろ?」

「その監督役すら、遠坂の言いなりであると、そう言いたいのか?」

「可能性としてね」

 

 だとすればとんだ出来レースであると、ケイネスは歯噛みした。

 

「まぁ、でも屹度、僕らに対するmotion(ムォ―ション)ってのは、遠坂からすれば予期せぬものには違いないだろうぜ?」

 

 そう言ってランサーはケイネスの肩を叩く。

 

「聖杯を得られないというのが、アサシンの突拍子もない行動の原因――と言ったが、実はそれが全てではないとも思ってる」

 

 ここにきてランサーは持論を翻した。

 訝し気な顔になるケイネスに、ランサーは柔らかな口調で語る。

 

「若しそれが原因の総てだとするならば、アサシンは最初から主を裏切っているだろうさ。でも今まで従い続けたのは、アーチャーの脱落及び遠坂の死亡という可能性が残っていたからだ」

「確かにそれならアサシンにもチャンスが巡って来るな」

「でも、実際はそれを待たずして行動に出た。なんでだと思う?」

 

 そう問われ、ケイネスは考え込む。

 

「マスターの中で聖杯戦争以上の関心事が出てきたか、或いはそれがどうでもよくなるような何かが起きたか……」

 

 ケイネスはそう言いつつ、ランサーの顔色を見る。

 さも満足気な笑みを浮かべていた。如何やら、ランサーもそう考えているようであった。

 

「もしそうなってた場合には、言峰(仮)はどっか行けとうっちゃられるか、最悪の場合は責任を取って首を差し出すことになるかだね。アサシンが敗退していない以上はまだなんだろうけど」

 

 アサシンの焦りはそこにあるのかもしれないと、ランサーは仮定した。

 

「まぁ、でも当初の予定が完遂せぬまま終わってしまったというわけだね」

「当初の予定?」

「真名の精査。アーチャーのサーヴァントの無数の宝具を鑑みるに、相手の真名さえ割れてしまえばあとはもう楽勝って算段だったんだと思うよ」

 

 少なくともバーサーカー、若しかしたらまだ見ぬキャスターのサーヴァントについても、遠坂時臣は恐らく真名を割り出せてはいないだろうとランサーは彼等をホワイトボードに書き込みながら答えた。

 

「で、次にセイバーとライダーだね」

 

 そう言って、セイバーとライダー、そしてそのマスターであるアイリスフィールとウェイバー・ベルベッドを描いた。

 だが、

 

「ちょ、不意打ち過ぎる! 何よ、セイバーとウェイバーのデザイン!」

 

 それを見るなり、まずソラウが噴き出した。

 他の人物の造形と比べ、セイバーとウェイバーのデザインは極端に崩れていたのだ。

 セイバーは殊に酷く、まるで粗悪な中国製フィギュア――邪神と形容しても良いような造形になってしまっていた。

 

「ふざけるのも大概にしておけよ、ランサー」

「いやいやいや! 真剣だって!」

 

 ランサーは慌てて身の潔白を示す。

 

「では、これは一体どういうことだ?」

「この二人は書きにくいんだって! 知り合いに顔が似てるから!」

 

 今一呑み込めない弁明であった。

 

「“違い”を変に意識すると、そっちに引っ張られておかしくなるって言いたいの?」

「そういうこと! よくぞ言ってくれた、ソラウさん」

 

 そこまで言われ、ケイネスは漸く半信半疑といった次第であった。

 

「……だが、確かにセイバーと漢中王は似たような顔をしているから、その言い分も真実か」

 

 “桃園の誓い”の光景をケイネスは思い出す。

 彼が見た漢中王――詰り劉備玄徳の姿は、セイバーと瓜二つと言って差し支えないものであった。

 特に劉備はランサーの中でも特に根幹を成すような存在なのだろう。似ているからこそ、違いをはっきりとさせたいという感情が、無意識のうちに出てしまってもおかしくはない。

 

「よくもまぁ、そんなことを覚えてるもんだね」

「印象に残る顔立ちだからな。というか、ひょっとしてお前の王も……」

「いや、ニーサンは男だよ。つーより、もし女だったら阿斗生まれてないからね?」

「だが、アーサー王にはモードレッドがいるぞ?」

「あ、確かにそうだ……。え、何? あのアーサー、ひょっとして女の身でありながら股間にもエクスカリバーとかそういうヤツなん?」

 

 今度聞いてみようぜ、とランサーはケイネスに提案した。

 

「……ところでウェイバーは誰に似ているんだ?」

 

 下の話題が正直あまり好きではないケイネスは、ワザとらしく話を逸らした。

 だが、気にかかる話ではあった。セイバーの顔の造形が崩れた理由が見知った顔と似通うことにあるならば、ウェイバーにもその理論が当て嵌まる。

 

「ん? 伏龍先生だよ」

 

 だが、その答えはケイネスの糜爛(びらん)な神経をいともたやすく逆なでするようなものであった。

 

「あれが孔明だと!? 馬鹿も休み休み言え!」

「そこまで目くじら立てなくても良いじゃないか。似てるってだけなんだから」

 

 伏龍――孔明とは、三国志に於いて、関羽雲長と同程度に特別視された存在である。

 腹の探り合いと裏をかくことに関しては稀代の軍師であり、あらゆる学問に通じ時には気象すら操ったと言われる。

 そんな人物と、落ち零れのウェイバーでは似ても似つかない。

 

「まぁ、でも案外分からんよ。芋虫だって綺麗な蝶になるだろう?」

「小汚い蛾にしかならんこともある」

 

 ケイネスは子供のようにそっぽを向いた。

 ランサーの有能無能の如何に寄らず、聖遺物を盗まれたことが未だ尾を引いているらしい。

 ウェイバーのことに触れるのは止そうとランサーが話を進めようとすると、

 

「ケイネス」

 

 あることに気が付き、ケイネスに声を掛けた。

 何だと声を掛けると、ランサーは無言で指差した。

 ケイネスの隣にいるソラウを。

 そして、いざ其方を向くと、

 

「ソラウ?」

 

 ケイネスは固まった。

 事態を理解するのに、かなりの時間を要することになってしまった。

 だが、それでもどうにかして認識まで思考を到達させると、

 

「ソラウゥゥゥゥッ!?」

 

 ケイネスは絶叫した。

 どうしてこうなってしまったのか。何が原因でこうなったのか。

 ソラウの性的趣向というものを知ったケイネスにすらその真相は掴めなかった。

 鼻から血を滴らせながら、恍惚の表情を浮かべて、ソラウは意識を失っていた。

 


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