Fate/is inferior than Love   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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第二十五話 存在証明

「さぁ、ソラウさん。ブツは上がってんだ。大人しく吐いたらどうだ?」

 

 テーブルを叩き、対面するソラウを問いただすランサーの姿は宛ら刑事のようであった。

 ソラウは顔を逸らし、唇を咬むようにして固く閉ざす。

 そして、ランサーの傍らに立つケイネスは、腐りかけの魚のような濁った眼で何処でもない何処かを、呆と眺める。

 ――ここは地獄なのか?

 現状に対する名状は、ケイネスの中に於いてそれしか見当たらなかった。

 

「You(イウー)が一体何を書いていたのか、正直に言うんだ!」

 

 愛する人が書き記した“禁断の書物”を著者本人に突き付け、その内容如何を自身の従者が質すその光景が地獄以外の何であるというのか。

 今、この瞬間に魔術師の悲願たる根源に至れるというならば、屹度ケイネスはその答えを真っ先に見ようとしただろう。

 森羅万象、あらゆるものの始点となりまた終点である“アカシックレコード”としての機能を持つそれならばそれも可能な筈だ。

 ……同輩や先達の魔術師が聞けば卒倒しかねないような想到であるが、ケイネス自身としては大真面目であった。

 

「イヤ……言えない……ケイネスが、聞いているのよ。そんなの、無理」

 

 絞り出すように、ソラウが紡ぎ出した抵抗の意思。

 ケイネスの中で、伴侶に対する憐憫の感情が大きくなった。

 そもそもどうしてこんなことになってしまったのか。

 それは総て、間が悪かったの一言に帰結する。

 ケイネスとランサーが調査を終え、昼食をとりに工房に戻って来た丁度その時、二人はテーブルに座り“英気を養っている”まさにその瞬間を目撃することとなった。

 彼女は一心不乱にノートに向かい、ペンを軋らせていた。凛烈な美貌が台無しになるほど、顔を緩ませ、口の端から涎すら垂らしながら。

 

「ふへへへ……滾るぅ……」

 

 邪な笑声、ソフィリアの家庭教育では決して培われないであろう語彙、そして全身から迸る黒い王気(オーラ)――ケイネスは屹度、この日見たソラウの姿が焼き付いて消える事はないだろう。

 だが、本当の地獄は此処からだった。

 あろうことかランサーがひっそりとソラウの後ろに立ち、禁書の中身を覗き見たのだ。

 そして、

 

「“令呪を以て命じる。私の子を孕め”」

 

 そこに書かれた封印指定ものの台詞を読み上げた。

 春の訪れと共に、川へと下る雪解け水のような、よく通る澄んだ声で。

 それは貴公子然とした余裕と美しさに満ちていて、関羽雲長という人物の英雄らしさをよく表していると言えた。

 尤も、その言霊は最低最悪の禍々しさを含んでいるのだが。

 兎にも角にも、ランサーの言葉でソラウは妄想(ユメ)の世界から現に引き戻された。

 その瞬間のソラウの表情をどのような言葉で表現すべきか、ケイネスには分からなかった。

 それほどにソラウは、何もかもが“終わってしまった”ような顔をしていた。

 故に、ソラウに弁明の暇は無く――ランサーから取り調べを受けることと相成る。

 だが、問答は中々進展しなかった。己の性(サガ)に関わることであるからか、ソラウはランサーの追及に対し、重い口を保ったまま。

 

「……答えられないなら仕方ない。答えなくていい。ただ、これだけは言わせてくれ」

 

 最早、ソラウの意志は固く、口を割ることはない。

 観念したランサーは真剣な顔で、

 

「ケイネスのエクスカリバーは割と大き目でズル剥けだよ?」

 

 と、ソラウに教えた。

 重要なことだと言わんばかりの深刻な面持ちで。

 だが、当然それはケイネスの逆鱗に触れる一言であった。

 今まで自失としていたケイネスであったが、瞬間、覚醒。

 そして、ランサーの頬骨に、足裏を思い切りねじ込む。

 

「ごべらばっ!」

 

 椅子ごと蹴りの勢いで突き倒されたランサーは痛みに頓狂な悲鳴を上げる。

 

「何すんだよ!?」

「それは此方の台詞だ!」

 

 ランサーの抗議に、ケイネスは逆に――否、当然牙を剥く。

 

「プライバシーもプライバシーな部分だぞ!? 何故ばらす!? よりにもよってソラウに!」

 

 男として、親しい女性には一番隠しておきたい部分であろう。

 

「いや、言うて君ソラウさんとは婚約者でしょ? てこたぁそういうこともあるわけで……」

「そういうこととか言うな! 馬鹿!」

 

 恥らいから、ケイネスは口の全く減らないランサーを、何度も何度も踏みつける。

 そして、ひとしきり踏みつけた後、ケイネスは慌ててソラウの方に向き直る。

 案の定、ソラウは赤面させ、ケイネスから顔を逸らしていた。

 

「ソラウ! ランサーが言ったことは忘れてくれ! 絶対に!」

 

 鈍と音が鳴る程机を叩きつつ、ケイネスはソラウににじり寄る。

 

「あ、うん……。はい……」

 

 気おされたかのように、少しばかり後ずさりし頷く。

 ところで、魔術の中には暗示や、記憶操作といったこういった場合には適しているであろうものが存在するが、終ぞソラウもケイネスも思い至ることは無かった。

 

「絶対だぞ! もし覚えていたら正直生きていける気がしないからな!」

 

 ケイネスの頭を占領していたものが、自身の陰茎のことを愛する女性が忘却してくれるか否かであったが故に。

 

「じゃあ、ケイネスも忘れてくれる?」

 

 また、ソラウにも視野狭窄させるような出来事があったから。

 だが、ケイネスは首を傾げた。

 

「何のことだ?」

 

 と。

 

「私が書いた本のこと! ケイネスとランサーがくんずほぐれずするとってもエロいヤツ!」

 

 ソラウは頬を膨れさせ、知られてしまった自分の性的趣向に関することであるとはっきりと口にする。

 言葉を選ぶということすらせず、実以て直接的な表現で。

 

「ああ、そのことか。私は別に気にはしないよ」

「え?」

「君の趣味如何をとやかく言うつもりはないと、そう言っているんだ」

 

 再三の説明にも、最初ソラウは理解が及ばなかった。

 そして、暫く黙り込み、

 

「へっ?」

 

 漸くソラウが絞り出したのは、間抜けな声であった。

 

「というか、だ。そもそもランサーが一々騒ぎ立てるまでもなく、私は君の好みのことは知っていた」

 

 ソラウは困惑し、瞬きの回数が不自然に増えている。

 

「え? バレて? え?」

「すまない。うっかりノートを見てしまったんだ」

 

 ケイネスは申し訳なさそうに顔を伏せる。

 

「屹度、あまり知られたくないことだと思って知らぬ存ぜぬを通すつもりだったが……」

 

 ケイネスはそう言いかけ、未だに床で痛みに悶えるランサーを睨み、

 

「コイツがいらんことをするから!」

 

 と、蹴りつける。

 

「Stop(スタァプ)! Stap(スタァプ)! 痛い! 痛いってば! アレだから! ボク一応神様だから! 母国だと結構崇められてるから! 蹴ったりしたら祟られるよ!?」

「知ったことか!」

 

 結局、何度目かの蹴りの時点でランサーが霊体化するまでケイネスの制裁は続いた。

 蹴り疲れから肩で息をし、それからしばらくして仰々しく咳払いすると、再びソラウに向き直る。

 

「まぁ、そういうことだ。君は今まで通り、ありのまま好きなものを追求していけば良い。私は応援している」

 

 正直、衆道趣味を知った時に、少しばかり顔を顰めたケイネスであったが――それであっても、ソラウを思う気持ちに変化は無かった。

 そもそも、考えればいくらソラウの頭の中で、自分が他の相手と結ばれていようとも、自分の愛はソラウにのみ向いているのだから何の問題もない。

 ――ケイネスとしては相手役がランサーな部分だけは本当になんとかして戴きたいところであったが、この際、それについては棚上げしておく。

 

「というわけだ。私が認めているんだ。忘れる必要はないだろう?」

 

 兎も角ケイネスは、自分の前では、自分を偽る必要はないということをソラウに伝える。

 ソラウはケイネスの言葉が余程意外だったのか、呆気に取られ、口を半開く。

 

「……私の肯定如何は別に関係ないとは思うが」

 

 反応が無かったことを、ケイネスがそのように捉え拗ねた様に呟いたその時、

 

「そんなことない!」

 

 ソラウは机を打ち鳴らしながら、身を乗り出した。

 だが、それは一時の勢いでしかなかったのか、

 

「大事よ、とっても。私にとっては」

 

 ケイネスから顔を逸らしながら、ソラウが出した言葉はとても弱々しかった。

 何故、そこが重要なのかその理由はケイネスにも図りかねた。

 それを考えようとしても、ケイネスには屹度答えを得ることは出来なかっただろう。ケイネス・エルメロイは自分の実力にこそ絶対の自信を持っているが、人間的な魅力に関してはまるでないとすら思っていたから。

 否、魔術以外何も無かった今までそれを考えることすらなかった。

 自分を省みるということは、この聖杯戦争が始まってから漸く身についた能力だ。

 そして、それが故にケイネスは真実には辿り着かない。

 第一、

 

「二人ともぉ、御茶淹れたよう」

 

 思考は一人の馬鹿の所為で、寸断されてしまうことになったが。

 いつの間にか、霊体化を解いていたランサーはジャスミンティーを淹れ二人に差し出してきた。

 ティーカップを頬に押し当てるという形で。

 茶というものは使う茶葉の種類によって、適した温度というものがあるが、ジャスミンティーのそれは九〇度である。

 言う間でもなく、そんなものを頬に押し付けられれば、熱い。

 

「普通に渡せんのか、貴様は」

 

 苛立ちながらケイネスはランサーが淹れた茶を受け取る。

 一口啜る。

 

「……フン」

 

 感想は敢えて言わなかった。

 

「ありがとう」

 

 ソラウもまた、ランサーから茶を受け取る。

 一口飲むと、ソラウはまるで何十年と慣れ親しんでいるかのような、緩み切った顔をした。

 

「さて――では茶番もほどほどにして……」

「茶番にしたのはお前だろう!」

 

 爽やかな笑みを湛え、平然と身勝手な発言をするランサーをケイネスは喝する。

 だが、様式美というべきか、相も変わらずと言うべきか、ランサーはその言葉を耳にすら入れていないかのように無視。

 

「おいコラ、ランサー」

 

 ケイネスが額に青筋を浮かべている様を気にも留めず、ランサーはクローゼットを漁っていた。

 其処から引きずり出してきたのは、キャスターで動く足付きのホワイトボードであった。

 学習塾や企業でのミーティングなどで使うそれであるが、ケイネスはそのようなものをランサーに買い与えた覚えはなかった。  

 

「……いや、もうこういうことをお前に聞くのは無粋というものだが、一体それ、何時どこで手に入れてきた?」

「たまたま見つけたリサイクルショップで。中々悪くないなぁ、と」

 

 ランサーの行動には慣れていたつもりではあったケイネスは、それでも胃痛を覚えた。

 ところでケイネスやソラウにはあずかり知らぬことであるが、こういったタイプのホワイトボードは法人向けの販売であり、ネットがまだまだ未発達の所謂零年代以前に於いて、個人で手に入れることが難しい代物である。

 大きさにもよるが、値段も二万から四万円と、手が出し辛い。

 手に入れたことは、実際のところかなり幸運であるとは言える。

 

「でも、今から何を始めるの?」

 

 ソラウはそう訊ねつつ、茶を啜る。

 にぃと、ランサーは口際を崩す。

 

「血みどろの戦の一環さね」

 

 ソラウがその答えで察していないのを見て取って、ランサーは笑みを湛えて言いなおす。

 

「Council(カァスィル) of(ヲブ) war(オウ)」

 

 はっきりとした言葉で。

 “作戦会議”だと。

 

「伏竜鳳雛には遠く及ばず、単福殿にも勝ることは無いが――まぁ、だからこそ何度も作戦を練るのって大事だよね、つー話でして」

 

 ランサーはへらへらと答えながら、ホワイトボードにペンを走らせる。

 

 




 皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
 作者の葵尋人(アオイビロード)です。
 最近仕事が忙しく、疲れて執筆に割く時間を怠惰に過ごしがち。

 その為、更新が非常に遅れております。
 出来るだけ速度を上げるように頑張りますが、どうかご容赦下さい。

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