Fate/is inferior than Love   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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第二十二話 正体不明

 斯くて、征服王イスカンダル、悠久の怪人サンジェルマンは同盟を組んだ。

 

「仲間が増えたよ」

「やったね、サンちゃん」

 

 キャスターが魔力で作り上げた劇場を消し、校庭に戻ると彼は薫とハイタッチをした。

 如何やら、黄金劇場は構築する時にはその中に取り込む者を場内の好きな位置に置くことが出来、また逆に門を開放した時は排出する場所を選べるようであった。

 故に薫はキャスターの隣に、ウェイバーとライダーはその二人と対面するような位置に立っている。

 

「サンちゃんってお前……」

 

 ウェイバーは呆れ果て、次の口上が出てこなかった。

 己のサーヴァントが如何なる人物かもまるで把握していないのか――そう思いつつ薫と呼ばれた少女を見つめる。

 そして気が付いた。

 その少女から感じる魔力が微弱であることに。

 

「あまりまじまじと見つめないでくれないかな。心臓と下着が拙いことになる」

「ご、ごめん」

 

 呆とした表情のままの薫の指摘に、ウェイバーは思わず顔を逸らした。

 

「如何したのだろうか? 何か、私に聞きたいことでも?」

「まぁ、うん」

「スリーサイズなら上から一一七、七十三、一〇一だけれど?」

「ちょっ!? 聞いてないだろ! そんなこと!」

 

 遑々(こうこう)とし、ウェイバーは顔に赤い熱を点らせる。

 女性に対する免疫で言えば、彼は此度の聖杯戦争に参戦するマスターの中で最弱であった。

 

「じゃあ、何が聞きたいの?」

 

 狼狽えるウェイバーに対して薫は首を傾げるばかりであった。

 顔面の筋肉に痙攣を覚えたウェイバーは、叫び暴れ出したくなるような衝動を咳払いで抑え――先程の数字が頭を過り、つい少女に肢体を凝視してしまうような過ちを冒さぬよう努めながら、改めて問う。

 

「お前、シロウトなのか?」

 

 と。

 だが、ここでウェイバーは大きなミスを犯していた。

 

「私をAV嬢だの風俗嬢だので雇ったら、その人達は豚箱待ったなしだよ。まぁ、でもそれに準ずるような技量の持ち合わせはあるから、安心するといい」

 

 言葉の選び方を致命的に間違えたのだ。

 

「シモの話題から離れろよ!」

「喜べ童貞(しょうねん)。君の願いは漸く叶う」

「お前に僕の何が分かるってんだ!」

 

 呆れと怒りのあまりに、指摘のポイントすらずれ出す始末のウェイバーである。

 

「まぁ、それは冗談として――私が魔術師かそうでないかということを聞いているということで良いのだろうか?」

「ああ、そうだよ」

 

 分かっているなら最初から答えてくれという嫌味はひとまず呑み込んでおき、ウェイバーは彼女の次を待つ。

 

「生まれも育ちもごくごく一般的な家庭です。私の記憶に何か致命的な欠陥が無ければ、まぁ、多分アレイスター・クロウリーだの、コルネリウス・アグリッパだのとは無縁の人生を送っています」

 

 詰り、そんな身であるから勝ち残れる是非もなく、故に強力なサーヴァントと同盟を組むことが必須であったということか。

 ウェイバーはそのように考えるが、

 

「それは違うよ」

 

 とキャスターが首を振った。

 

「この娘に聖杯を手に入れようだとか、生き残ろうだとか、そういう考えはない。ただ君たちが楽しそうな人達だから一緒にいたら楽しいだろうなと思っているだけだ」

 

 ウェイバーはキャスターの言葉を聞いてぎょっと目を見開く。

 その内容にではない。薫という少女の能天気ぶりは、脳味噌の代わりに蟹味噌が詰まっているのかと疑うほどであるから、この際驚きはしない。

 問題はキャスターの行動である。

 心を読んだ――それは構わない。相手の心の内を探る程度のことならば現代の魔術でも可能な範疇だ。英霊になるほどの魔術師ならば言うまでもない。

 問題は、ウェイバーが心の内を読まれたその瞬間、全く魔力を感じなかったことだろう。

 

「キャスター、お前もしかして千里眼を持ってるのか?」

 

 それは歴史の中で一握りの魔術師のみが持ったと言われる最高位の証明。

 あらゆるものを見るというその眼であれば、読心など思いのままであろう。

 だが、キャスターはその可能性を否定する。

 

「僕はそんなに上等なもんじゃないよ。魔術師としては悲しいまでに三流さ」

 

 そして、自嘲を含んだ笑みと共にキャスターは同盟者たるウェイバーに衝撃の事実を告げる。

 

「工房を作ることだって出来やしない程の、ね」

 

 †

 

 同盟を組むならば同じ場所で生活した方が良い。

 そして、キャスターと薫が拠点としている薫の住まいはアパートの一室である為、まだ一軒家であるマッケンジー宅の方が大所帯の生活には適しているという結論になり一同はそのような方針で行動を開始した。

 そして、四人がやって来たのは、薫のアパート。

 目的は薫の着替え等、生活用品を取りに来ること。

 薫の住まいは、小学校から徒歩十分ほどの所に存在した。

 

「……ホントに工房は無いんだな」

 

 日本では極一般的な“団地”の体裁を取っている彼女の住屋からは魔術師の工房なら流出して当然の魔力というものがまるで存在していなかった。

 アサシンを悟られず捕獲した劇場を創り出すほどの魔力、高い戦闘力を持つ“コッペリア”や格の高い英雄であるライダーの感知能力すら逃れるほどの飛行能力を誇る殺戮球体“カスパール”などを作り出す道具作成技術。

 いずれも魔術師として最高峰だと思われる能力を持つキャスターは、併し魔術師として要となる工房を作る能力が無かった。

 工房はその持ち主を全肯定する要塞である。その中であれば、通常ならば発動に丸一日かかるような大魔術もより短時間、より簡易的に使うことが出来るかもしれない。また、その主たる魔術師以外には逆に不利になる要素を無数に付与することが出来るかもしれない。

 工房を作る資金が無く、守りという観点で不安に過ぎる拠点を構えていたウェイバーはそのような要塞を作ることが出来るかもしれないキャスターと組むことが出来たことを多少なりとも喜んでいた為、蓋を開けての工房を作ることが出来ないという真実には落胆した。

 

「お前、如何して工房作れないんだ?」

 

 比較的早い歩調で階段を上り、八階建ての最上階にある我が家を目指す薫とキャスターを追いかけながらウェイバーは訊ねる。

 

「多分、僕に対するイメージの問題じゃないか?」

 

 キャスターは答えた。

 曰く、サンジェルマンとは悠久を歩き続ける者。故に留まるべき場所は持たない。そのような風評に因って、彼の実力如何は関係なく“留まる場所”である工房を作るという能力が無くなっているらしい。

 

「防衛はあれのお蔭で万全だけど」

 

 そう言ってキャスターは、建物から顔を出す空を指差した。

 ウェイバーは階段の踊り場、そこの縁に立ち、手すりから身を乗り出す。

 其処には、ただ青空が広がっているだけにウェイバーには見えた。

 

「ム?」

 

 よく目を凝らす。

すると、景色が不自然に歪んでいる一か所を見つけた。硝子球から世界を覗き見た時のように、白い雲を含んだ蒼穹が彎曲している。

 然も、その“歪み”は一か所だけではない。

 いくつも存在し、流れる雲の様にゆっくりと動いていた。

 

「“カスパール”だよ」

「あの、お前たちが乗ってた気持ち悪いヤツのこと?」

 

 キャスターは小さく頷いた。

 

「光そのもに干渉する礼装を搭載していてね。透明になれるんだ」

「そ、そんなことも出来るのか!?」

 

 ウェイバーは驚く。

 彼はキャスターが乗る浮遊物体の詳細が気になり、先程軽く説明を受けていた。

 殺戮浮遊球“カスパール”――最大飛行高度は対流圏と成層圏の狭間まで。頭上の空間を搭乗者の生息環境に整える機能を持ち、高高度の酸素濃度また低温にも適応可能。視界は三六〇度総てを網羅し、五㎞先までを目視可能、物体透視能力を備える。そして、全身に備えられた砲身からは、人工的に培養した幻想種の生物“コカトリス”の毒を音速で射出し、その腐食作用及び単純な破壊力を以て敵を殲滅する。

 その他にも色々と機能を取り付けてあるとは聞いたウェイバーではあったが、これほどの兵器が透過するなどとは想像もつかない。

 ウェイバーは身震いした。

 味方に回れば頼もしいことこの上ないキャスターであるが、敵に回してしまえば、これほど恐ろしいものはない。

 味方であってくれて良かったと思うばかりであった。

 そんな遣り取りがあって、一行は薫の部屋の前に辿り着く。

 

「あれ? 誰だろう?」

 

 すると薫は家の前に見知らぬ姿を目に止め、立ち止まった。

 一〇歳にも満たないと思われる少女であった。白いワンピース姿で、健康的な褐色の肌をし、黒い髪を短く切りそろえている。屹度活発な印象を与える要素であろう。だが、ただただ只管に薫の部屋の扉を見つめる様は、何処か脆く儚げであった。

 

「……お前の知り合いじゃないの?」

 

 ウェイバーは不振に思い、薫の顔を覗き込んだ。

 

「子供とは関わらないようにしてるんだ。だから、知り合いっていうのは在り得ない」

「なんで? 嫌いなの?」

 

 その問いに薫は首を振り、

 

「違う」

 

 と断ずる。

 

「寧ろ好きだよ、可愛いから。ただ可愛すぎるのでつい食べたくなっちゃう」

「ああ、それで……」

 

 あんまりと言えばあんまり過ぎる理由に、ウェイバーは力無く納得した。

 同時に、彼女の熱烈過ぎるアプローチの理由にも合点が行き益々気落ちする。

 畢竟するに、子供っぽい見目と思われているのだ。

 はぁと、ウェイバーは溜息を吐いた。

 

「で、あの子どうすんだよ?」

 

 ウェイバーがそう訊ねようと口を開こうとした時だった。

 おもむろに薫が少女に近付いた。

 

「やぁ、お嬢ちゃん。私の家の前で何をしているんだい?」

 

 腰を落とし、少女の目先に顔を合わせ薫は訊ねる。

 顔こそ笑っているが、その様はまるで誘拐犯か何かのようでウェイバーは苦笑う。

 それ故なのか、少女の答えは遅れに遅れていた。 

 

「……わからない」

 

 肝心の内容すらもこの始末である。

 

「お名前は?」

「わからない」

「お母さんとお父さんは?」

「……わからない」

 

 ゆったりとした口調で齎される少女の答えは総てが同じ。

 未だ少女は謎の儘であった。

 見かねたウェイバーもまた少女の前に立ち、膝を落し彼女の目線に合わせる。

 

「ねぇ、君。逆に何か分かることはない?」

「……わかる……こと?」

「そう。なんでも良いんだ。君の知ってること」

「……わたしの……しってる……」

 

 少女はアンニュイな表情のまま、考え込む。

 長い沈黙の後、漸く少女は口を開く。

 

「……かみのながい、おにいちゃん」

 

 小さな、消え入りそうな声で少女は言った。

 

「お兄ちゃん?」

「……きれいなおにいちゃんだったの。でも、こわかった。めが、こわかった」

 

 ウェイバーは、途切れ途切れで、一つ一つが意味を持たないような言葉に押し黙る。

 その時、薫がウェイバーに耳打ちした。

 

「乱暴された?」

 

 それは、ウェイバーがまさに考えていた可能性であった。

 性的暴行に因るショックは大きなものだ。心的外傷やストレスから自身を守る為に、健忘を起こすというのは在り得ない話でもない。

 

「ライダー」

 

 自分はそんなにお人よしではないと、自負していたウェイバーは自分でも驚くほど速く頼りがいという言葉を体現したような巨漢に願い出た。

 

「この子が失くした記憶を思い出すまで――いや、思い出せなくてもこの子を探している親が見つかるまでで良い。なんとかしてやりたいんだ」

 

 どうすべきか、ウェイバーの中に答えはなかった。

 故にライダーに答えを出して貰いたかった。

 その巨体に似つかわしい豪快な笑声と共に、ライダーは自身の胸を叩いた。

 

「少女を虐げる匹夫の手から守れということだな? ならば良し! この征服王に任せよ!」

 

 そう答えるような気がすると、或いはそう思っていたのかもしれない。

 ウェイバーは安堵の表情をした。

 

「本気で言っているのかい? アレク」

「応とも。余は此の手の諧謔はせんのでな」

「だってアレは……」

 

 キャスターは少女の指を指し訴えようとする。

 だが、

 

「些細なことよ」

 

 そう言って、ライダーはキャスターの言葉の続きを封じた。

 

「小僧が仁を見せたのだ。それを立ててやっても良いではないか」

 

 にぃとライダーはキャスターに歯を見せる。

 困惑するキャスターに、

 

「キャスター、私もこの子を守ってあげたいと思う」

 

 薫も願い出た。

 それを受け、キャスターは押し黙る。

 そして、暫く目を閉じ、考え込むと、

 

「……君が望むなら」

 

 と遂に観念する。

 

「……どうなっても知らないぞ」

 

 ぼそりとキャスターが呟いた言葉は遂に誰の耳にも届かなかった。

 


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