Fate/is inferior than Love   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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第二十一話 黄金劇場

 思わぬ同盟の申し出に、ライダーは腕を組んで唸り声を上げた。

 ――実のところ同盟自体は悪くない。

 今現在、ライダーが抱えているものを、守らなければならないマスターのことを考えた時、仲間がいた方が心強くはある。

 だが、果たしてキャスター――サンジェルマンが信用に値するか如何か。

 確かに名乗りを上げはしたが、実際腹に何を抱えているか。

 無論、征服王たるイスカンダルはそれすら呑み込んでみせる度量はある。

 尤も、許すだけのものをキャスターが持っていればの話であるが。

 故に、イスカンダルは乞う。

 

「まずは貴様の力を見せい。話はそれからだ」

 

 と。

 キャスターはフッと微笑した。

 

「なるほど、それはそうだ」

 

 そして、キャスターはライダーに

 

『……丁度良く、僕らを見張ってる連中もいるしね』

 

 と、念話を送った。

 

「何?」

 

 ライダーは辺りを見渡した。

 敵らしき姿も、その気配もありはしない。

 

『アサシンのサーヴァントだよ。気配遮断をしている。気が付かないのも無理ないよ』

 

 と、キャスターは言ったがならばこそ一層にライダーは驚愕し、目を見開く。

 一点、アサシンのサーヴァントは敗退したとばかり思っており、それがまだ存在しているという事実に。

 二点、自分よりもいち早くその存在を察知する目の前のキャスターに。

 

『お褒めに預かり恐悦至極。でも、魔術師というのは暗殺者程度にすら怯えなければならい程脆弱が故に、索敵の術を持たざるを得ないといういうだけの話だよ。君みたいに豪胆ではいられない程、このサンジェルマンは弱いのさ』

 

 ライダーは眉尻を持ち上げ、ほうと、感嘆の声を上げた。

 どういう理屈かは分からないが、キャスターは心の中を覗き見るようなそんな“芸”を持つらしい。

 一体その仕組みがなんであるのか、ライダーはそこにも興味を抱く。

 併し、最大の関心事は、そのキャスターの実力。

 戦闘は苦手と嘯くサンジェルマンの実際は果たして如何なるものか――。

 ライダーの期待が最高潮になった時、キャスターはにたりと笑った。

 

「――では、僕の歌劇をご覧あれ」

 

 そして、手に持つアゾット剣を振り上げ、

 

「開け“黄金劇場(ドムス・アウレア)”」

 

 さながら、軍団に突撃の指示を下す指揮官のように振り下ろす。

 瞬間、薔薇の香りがライダーとウェイバー、そしてマスターである薫の鼻に届いた。

 そして、赤い花弁が舞う。それはまるで嵐の様に吹き荒び、視界を覆い――気が付けば一同がいたのは、歌劇場の観客席であった。

 目を開いていることすら憚られるような、華やかでありまた煌びやかな造り。

 舞台上を見下ろすような二階観客席にライダーとウェイバーは座していた。先程まで奇怪な浮遊物に腰を掛けていた薫も、彼等に挟まれるような位置に座っている。

 

「おお……これが両手に華というやつだね」

 

 その状況を薫はそう評した。

 

「いや、絶対違うと思うぞ」

 

 それに対し、ウェイバーが一言。

 言う間でもなく、一般的な感性に於いて、矮躯の少年と筋骨隆々の巨漢に挟まれた状況が“両手に華”なわけがない。

 この薫という少女は、頭の螺旋が一本外れているのかもしれないとウェイバーは思った。

 そうであれば合点がいくのだ。仮にもまだ敵である自分達に囲まれている状況下にも関わらず落ち着いていられるということにも。

 いや、狂っているといえばそのような状況を作り出したキャスターも、であろう。

 

「ライダー……」

 

 その意図を量り兼ねて、ウェイバーは真っ先に自身のサーヴァントを頼る。

 ふむと、ライダーは顎を撫でる。

 

「余に対し腹を割ったということだろう」

 

 信用している――だから、要であるマスターの命をも晒す。

 同盟を組む上で最も大事な信頼をキャスターはそのようにして得ようというのだ。

 友誼の証明にしてはやや綱渡りに過ぎる。だが、ライダーはそれがとても気に入った。

 またキャスターのマスターの肝の強さも、ライダーにとっては好ましく映る。

 

「よし! ならば余は貴様を同胞と認めよう」

 

 そう宣言するとライダーは立ち上がる。

 

「その上で貴様の力を見定めて貰うぞ! やい! さっさと幕を上げんか!」

 

 未だ幕が下がった儘の舞台上に向かい吠えたてる様はまるで野次だ。

 同じことをウィーン国立歌劇場あたりでやればつまみ出され兼ねないだろう。

 だが、この舞台の演出家は殊に寛大であった。

 

『ふむ、流石は韋駄天となった王様。中々にせっかちだ』

 

 劇場に放送機器めいたキャスターの声が反響する。

 その声色は、怒る所か、嬉し気ですらあった。

 

『では――そのご要望にお応えし、幕を上げよう』

 

 そう言うと、一聴間抜けにも聞こえる映画館で用いられるようなブザー音が鳴り、幕が上がった。

 顔を見せるは、真っ暗な舞台。

 次の瞬間、ライトアップされたのは、五人のハサンであった。

 しかもハサンの象徴たる黒のローブと髑髏の仮面以外は、体格も外見から想定される年齢もバラバラという始末。

 

「なんだこれは?」

「一体どうなってる?」

 

 大きな鳥籠のようなものに閉じ込められ、また気が付けば見知らぬ場所に立たされたことに困惑しているようであった。

 

「アサシン!? どうして!? やられた筈じゃ!?」

 

 だが、動揺は舞台の賓客たるウェイバーも同じことであった。

 夢か幻としか思えない光景である。遠坂邸でハサン・サッバーハが討ち死にする瞬間を、ウェイバーは使い魔越しに目撃していた筈なのだから。

 

「それに如何して六人もアサシンのサーヴァントがいるんだ!?」

「理屈は分からん。確実なのは、あの夜の脱落は三文芝居に過ぎんかったということだろうなぁ」

 

 マスター殺しのサーヴァントが脱落していなかったという事実は今後の聖杯戦争にも差し支えかねない出来事である。だが、ライダーはアサシンの登場に関して、興味を示してはいなかった。

 

「それよりも見ろ、小僧。ヤツが出てきたぞ」

 

 その視線と心を稀代の怪人が奪っていたから。

 ライダーが見つめる先を、ウェイバーもまた見つめた。

 姿を見せなかったサンジェルマンが現れた。

 神を引く機械仕掛け(デウス・エクス・マキナ)に因って、つり下げられ、少年の姿をした魔術師は舞台上に姿を現す。

 鳥籠の周りをふわふわと飛び回る姿は、さながら童話に描かれる永遠の少年(ピーターパン)のようである。

 

「これは貴様の仕業か!?」

 

 五人ハサンの内、最も筋肉質で背も高い一人がキャスターに問う。

 

「その通りだ」

 

 キャスターは誤魔化さず答えた。

 その時であった。一人、腹が突き出た小太りな男が驚愕の声を上げる。

 

「馬鹿な!? 霊化出来ない!?」

 

 如何やら、他の四人を出し抜き霊化によって折から抜け出そうとしたらしい。

 それに引き続く様に、彼等にとっては悪いと言わざるを得ないような事実が次々と浮き彫りになる。

 

「気配遮断も効かないぞ!?」

「ステータスも下がっている!?」

「拙い!? この劇場、出入り口がない!?」

 

 ハサン達は狼狽した。

 そもそも未だに如何して此処にいるかも呑み込めていない。

 自分達は隙を付いてマスターを殺害する為にキャスター陣営を見張っていた筈であったのに。元々彼等のマスターであった言峰綺礼は聖杯戦争に対してあまり積極的ではなく、自分達が聖杯を手にする機会を失っているも同然であった。そして、昨晩を境に、元々やる気のなかったマスターが、如何いうわけかさらに消沈するという事件もあり、遂にアサシンは痺れを切らした。

 こうなれば、マスターも、その同盟者である遠坂時臣も出し抜き独断で戦うしかないと。

 アサシンも伊達や酔狂でマスターに仕えているわけではない。聖杯を得て、叶えるべき願いがあるから召喚に応じたのだ。

 故の独断専行。元々勝利することに乗り気でない言峰綺礼は、アサシンのスペックを正しく把握するということすらも放棄していた。数の多さこそが強みの“百の貌のハサン”であるが、言峰綺礼はその正しい人数を知らなかった。

 そうでなくとも、無数の軍勢たるハサン全員の行動を把握し切るなど至難の業だ。

 出し抜ける機会はいくらでもあった。

 そして、実際出し抜き、キャスターのマスターを殺害する機会を得たのだ。そこに更にマスターを連れ回すライダーも現れ、アサシンは僥倖と考えていた。

 故に、このような機会は想定外であった。

 

「“招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)”」

 

 この事態に理解が及ばないアサシンにキャスターが答えを齎す。

 

「君たちの存在には気付いていた。別に見逃しても構わなかったのだけれど、王様に力を示せと言われてはね。だから、捕まえさせてもらった」

「な……に……」

 

 アサシンは言葉を失う。

 さながら神石から出でた心猿が釈迦の掌の上で踊るだけが関の山であったが如く、何時の間にか、自分達がキャスターの演劇の出演者になっていたという事実に。

 

「これは“黄金劇場”。昔、偉い王様が自分の演じる劇を民衆に見せる為に劇場の出入り口を塞いでしまったことがあってね。それを魔術で再現してみせたものだけれど……“逃がさない”ことと“よく見せる”ことに於いてこれ以上ない代物だよ」

 

 故に、アサシンは姿を消す気配遮断と霊化を封じられている。そして、キャスターの歌劇が終わるまで舞台から降りる事すら出来ない。

 正しく八方塞がりである。

 

「……まぁでも君らにチャンスがないわけでもない。簡単なことだ。これから僕と戦い勝てば良い」

 

 そう言ってキャスターはハンドスナップをする。

 ぱきんという小気味の良い音共に、スポットライトが照らす場所が七つ。

 一か所ずつ、人間で言えば幼児程のサイズの少女人形が立っていた。

 

「ほう……これはまためんこいのが出てきたのぉ」

 

 率直にライダーが感想を漏らす。

 これにはウェイバーも同意であった。

 七体の人形はそれぞれ違った色を持ち、そしてそのどれもが美しかった。

 

「紹介しよう。この黒い娘(こ)が“永劫”」

 

 そうキャスターから紹介され、恭しく首を垂れたのは黒いゴシックロリータ調のロングドレスを纏った銀色の長髪の少女人形。手にはヘルメスを象徴する絡み合う二匹の蛇を模した杖が握られている。

 

「この金色の娘(こ)は“至高”という」

 

 ボンネットを被った金色のナポレオンジャケットとワンピース風のスカートに身を包んだ緑の髪を編み上げた少女も同じように会釈をする。

 手にはヴァイオリンとそれを奏でる為の弓を持っている。

 

「そしてこの二人は双子だ。赤い娘(こ)が“無間”、燈色の娘が“黄昏”」

 

 二人の仲は良いようで手を繋ぎ揃ってお辞儀した。双子というだけあり、亜麻色の髪と顔の作りが似通う。“無間”と呼ばれた短髪の少女は彼岸花を思わせる色合いの中央アジアの民族衣装に見られるような絢爛な柄を施した服装であり、一方の“黄昏”は長髪で橙色のチャイナドレス。いずれも可愛らしかった。その手に握られているのが、それぞれ斧と機関銃でなければ。

 

「鎧姿のこの娘が“曙光”」

 

 鎧姿というだけあり、紹介に跪くその姿は騎士を彷彿させた。白銀の何処か刺々しい印象のフルプレートを纏い腰には剣を帯びている。ウェイバーとライダーは何故かセイバーと顔立ちが似ていると感じた。

 

「紫色のこの娘は“天魔”」

 

 『よろしゅう』とガリが混じった声が主の呼びかけに答える。

 紫色の菫が描かれた浴衣を着た日本人形を思わせるタイプであった。手にしている武装は此処日本に於いては呪術にも用いることがあるという梓弓であろうかとウェイバーは推測した。

 

「最後の一人は“堕天”という」

 

 白い修道服めいたものを着た、白い髪と赤い目が印象的な少女人形は一際異彩を放つ。手に持っている武装は、一見レイピアのようにも見えるがウェイバーはそれがなんであるかを知っていた。魔術教会とにらみ合う、聖堂教会の代行者を代表する武装、“黒鍵”である。

 

「これが僕の持つドールエンジニアリングを以て生み出した最高傑作、戦闘人形“コッペリア”だ。そして、君たちの相手をする獅子だ」

 

 そうキャスターが告げると、暗殺者たちは解放された。

 そして、瞬間、せせら笑う。

 何が、獅子だ。こんな人形に一体何が出来るのか、と。

 如何やら、キャスターは捕縛が得手なだけの雑魚であるらしい。こんな木偶が頼みの綱とは……。

 兎に角さっさと片づけて、キャスターを始末しようと、アサシンたちは意気込む。

 

 “我らを解放したことを悔やむが良い”

 

 そして、短刀を片手に“コッペリア”達に襲い掛かった。

 勝負は、一瞬であった。

 一合も待たず、ハサンは殲滅された。

 当の彼等には一体何が起こったのか、分からなかっただろう。

 少女人形たちが振るう元素変換と音魔術、道教由来の呪術、剣の一振りが齎す赤き稲妻、呪詛の毒を含む矢の掃射、そして神代の城壁すらも崩壊させる埋葬機関秘蔵の投擲法“鉄鋼作用”。

 それらが一気ハサンに襲い掛かったのだ。

 

「なっ……」

 

 ウェイバーは言葉を失った。

 

「うむ」

 

 ライダーは満足そうに笑った。

 

「かっこいいぞ、パン屋さん」

 

 薫は無表情のまま拍手をして、気だるげにキャスターを褒めた。

 

「まだだ……」

 

 ――その時、そう呟く声がした。

 その刹那、“コッペリア”の攻撃によって粉塵が巻き上がり宛ら煙幕の様になったその中から一体のハサンが飛び出した。

 五体のハサンの内の一体がキャスターに一矢報いようと、人格を分離させていたのである。

 矢の如き速さでキャスターに迫る。

 予想外の攻撃の筈、これは躱せない。

 アサシンはそう思っていた。

 だが、

 

「秘剣――“燕返し”」

 

 次の瞬間にはアサシンはバラバラになっていた。

 

 ア……レ……?

 

 何をされたのか、当のアサシンにはまるで分からなかった。

 また、それを傍で見守るウェイバーと薫にも見えなかった。

 理解出来たのは、ライダーただ一人。

 

「“剣術は苦手”? フン、ふざけたことを」

 

 キャスターが自らそう称したのを思い出し、ライダーは鼻を鳴らした。

 アサシンが襲ってくるや、アゾット剣を抜き出したキャスターの放った一撃。

 否、正確には三撃であった。

 首への薙ぎ、心臓にめがけての胴、体を真っ二つに裂く唐竹。それが刹那よりも短い誤差で以て、ほぼ同時に襲い掛かったのである。

 

「……いや、これが本物だったら全く同時のタイミングの斬撃を繰り出せたんだ。僕の剣技はまるで全然、得意というにはほど遠い」

 

 ライダーの言葉にキャスターは自嘲的な笑みを湛えた。

 

「まぁ、こんな僕だが。如何だろう? 君の仲間にして貰えるだろうか?」

 

 その笑顔の儘、キャスターはライダーに問う。

 最早、答えは言う間でもなかった。

 

 


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