Fate/is inferior than Love   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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 なんか好評だったんで続くことにしました。
 暫く関羽雲長をお楽しみください。


第二話 霊器再臨

 如何してこうなった?

 ランサーを召喚してからケイネスの思考を支配していたのはその一言であった。

 完璧な召喚式。最強最高の英霊。総て総て上手いった。そしてその喜びの儘、明日を迎え、日本へと出立していた筈だった。

 併し、実際ランサーを召喚した後日、一体自分は、いや自分達は何をしているだろうか?

 ケイネスは自らを取り巻く現状について整理する。

 午前の陽だまりに優しく包まれるアーチボルト邸の中庭にいる。

 九代続く名門に相応しい美しい青薔薇やラベンダー、ペチュニアが咲き乱れるイングリッシュガーデンだ。使用人に毎日手入れさせている為に、雑草の一本、害虫の一匹、病気の一つ、枯れの一片すらない完美を誇る。

 そこに設けられたアイビーヘデラに彩られた楓材(メイプル)で出来た四阿(ガゼボ)に集まるのは、ケイネスとソラウに、ランサー、そしてメイドやバトラーが数人である。

 さてそれでは今から何が行われるか。

 

「ではこれよりランサー様の断髪式ならぬ断髯式を執り行いたく思います」

 

 女中長が妙に神妙な顔つきで告げた。

 

「Yeah(イアァー)! ドンドンパフパフ、ドンドンパフパフ!」

 

 エプロンを掛け、長椅子に腰かけるランサーは気が違ったような昂りではやし立てた。

 そんなランサーの振る舞いを見てケイネスは胃痛を覚える。

 これから何かある度、この素っ頓狂に付き合わなければならないと思うと先が思いやられる。

 尤も、今回に関して言えば彼を有頂天にしてしまったのはケイネスに原因があるのだが。

 ランサーの髭を剃るべきだと提案したのはケイネスである。というのも、真名が割れる可能性が大きいからだ。

 関羽雲長の異名の美髯公というのは、“美しい髭を持つ者”という意味である。蜀の軍師、諸葛孔明は彼の髭を褒め称えたというし、多く人が彼に抱くイメージも“長い髭を蓄えた大男”であろう。

 見た目だけで真名の露呈があるというのは問題である。語り継がれる英雄の逸話にはその最後や弱点が鮮明に記録されている場合も多い。

 例えばギリシャの大英雄アキレウスは踵が弱点であったし、ケルト神話に名だたる悪女メイヴはチーズが頭に直撃して死に絶えたという。

詰り、真名が割れる=そのサーヴァントを打倒することが可能であるということでもあるのだ。

 件の関羽の場合その最期は斬首であることから“処刑”という概念が弱点になるかもしれないし、財務の神としての逸話も大きい為、対神宝具ないしは礼装も危険であろう。

 そうケイネスから説明されランサーは酷く激昂した。自慢の髭を切るなど、彼にとっては主君たる劉備を愚弄されることに等しいからだ――

 

『なるほど、なるほど! 確かにボクといえば髭。寧ろ関羽雲長の宝具といえば髭だろって感じだしね! 剃るっていうのは全然ありだ!』

 

 ――ということはなかった。

否、寧ろケイネスのその提案を素晴らしいと激しく褒め称え、彼を気恥ずかしさで殺しかけていた。

 余りにあっさりと承諾され、流石に驚きを隠せなかったケイネスがランサーに髭に拘りはないのかと訊ねた。

 すると、

 

『ああ、コレ、別に拘りがあったわけじゃないんだ。玄徳ニーサンと会う前にね、まぁ――色々あって牢屋にぶち込まれてた時期があって。それが結構長かったもんでね、そしたら伸び放題になっちゃってさ。剃るのもめんどかったし、皆褒めるもんだから、“あ、コレアレだわ。剃れない流れのヤツだわ”って感じで』

 

 と、人々から持て囃された髭の成り立ちについて語った。

 畢竟するに、成り行きである。歴史の真など、存外に拍子抜けするようなものであるのかもしれないと、ケイネスはこの時そんな感慨を抱いた。

 

「HAHAHA! まさかこの髭を剃る日が来るなんて思わなかったぜ! 堪んねぇな、この巷は!」

 

 ……同時に、髭を剃るだけで無駄に調子を上げている目の前のランサーは英霊としての自覚を持つべきだと思った。

 加えて関羽雲長の宝具が髭だと考える人間など此の世にいないとも。いるとすれば、相当に愚鈍といえるだろう。

 

「さぁ、さぁ美しいお嬢さん。その白く細い手で以て、バッサリやっちゃって下さいな」

 

 剃刀を握る女中長に向かってランサーは溌剌と笑い掛ける。

 瞬間、女中長は赤面した。

 

「こ、こんな地味な女に向かって美しいだなんて。それに私(わたくし)、もうお嬢さんなんて歳でも……」

「自分を卑下するもんじゃないよ、お嬢さん。君は瑞々しく、そしてこの三国一の大英雄と謳われたボクが見惚れてしまう程に美しい。傾城とまで言って良いさ」

「そんな! あぁ……どうしましょう……困ります、困りますわ……」

 

 四十路に差し掛かろうかという年齢の女中長と桃色の固有結界を展開するランサーにケイネスは辟易とした。

 

「女中長、困っていないでさっさとしてくれ。それにこのランサーは誰に対してもこうだ。真に受けない方が良い」

「ちょ!? 酷くない、Master(ムァスター)!? なんでボクがナンパ野郎みたいな扱いになるんだよぅ!」

「あの戯れ、軟派でなくてなんと言うんだ」

 

 ケイネスに召喚時のいざこざを指摘され、ランサーはペロっと舌を出した。

 此処でケイネスは確信した。否、確信はなくとも、経験則でそんな気がしていた。

 ところでケイネスは、今まで魔術師として多くの功績を残し、名家の生まれでもある為、それに裏打ちされ自信家でもある。併し、そんな彼であっても、自分の見目がそこまででないことを心の何処かでは自覚している。

 故に、だ。手前の見目を武器にするような男を最も毛嫌いしていた。

 だから分かる。そういう男が近くに居れば。

 そして、ランサーはケイネスの中では“そういった男”であった。

 

 ――自害させるべきだったか。

 

 ランサーが水だとすれば、自分は水銀。故に混じり合うことはない。ならば、これから相容れることは出来ないだろう。

 本当は聖遺物もシャルルマーニュ十二勇士のアストルフォのものなのではないかという疑いすら出ている。このランサーの振る舞いは寧ろ“理性が蒸発している”と評されるかの英雄に対する心象と重なるからだ。

 考えれば考える程、頭痛がしてきたケイネスは、

 

「……さっさとランサーの髭を剃ってくれ」

 

 それを誤魔化す様に女中長を促した。

 “序でにランサーを何処か遠いところに隠してくれ”と出掛かった懇願をなんとか呑み込んで。

 

 

 †

 

「まぁ」

「あらあら」

 

 ソラウや女中長、そして周りの近習達は髭を剃り終えたランサーの顔を見て声を上げた。

 存外に若々しく、優美ながらに野性味を感じさせる顔立ちに驚嘆していた――のではない。

 驚きが巻き上がったのは次の瞬間であった。

 

「おろろ?」

 

 剃り上げた傍からランサーの髭が伸び始めたのだ。

 血色の良い褐色の肌は途端に無精髭まみれになり、そして瞬く間の内に胸を超え、腰の高さほどの位置に降りていた。

 

「どういうことなの?」

 

 ソラウは困惑していた。

 魔道の名門に生まれた彼女にしてみても、この現象は不可解であった。

 

「ふむ、これは……」

 

 ケイネスも感慨深げに顎に手を当てる。

 魔術師とはそもそも、“根源”と呼ばれる此の世の総ての始まりを解明する為に、神秘を探求する学究である。故に魔術師には並べて、大か小かの違いこそあれど目の前で起こった事象について考察しようとする性を持つ。

 ケイネスにとって目の前でランサーに起こった現象は非常に興味深いものであった。

 一体どんな可能性が考えられるのか?

 そう熟考に入りかけていたその時、

 

「いやぁ。なんかこれ、ボクに対するimage(イムェージ)に引っ張られてるみたいだね。ボクに髭が無いことを世界が否定してる的なヤツ」

 

 ランサーがあっさりと答えを齎してしまった。

 

「……貴様、察するということを覚えろと言われたことはないか?」

「いや、無いけど」

「なら私が直々に指摘しよう。貴様は、場の空気を読むことを覚えるべきだ」

「善処しよう」

 

 ランサーの笑みからは決してその意気込みは伝わってこない。

 今後もこの素っ頓狂は続くだろう。それを思い、ケイネスは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「でも、これどうしようね? 髭の英霊のまんまいく?」

「髭の英霊って……どんな表現よ、それ……」

 

 ケイネスが婚約者の、所謂“ツッコミ”を聞いた瞬間であった。

 青天の霹靂である。

 

「私的には髭を蓄えた殿方は素敵だと思うので、そのままでいて欲しいのですが……」

「女中長は口を慎みたまえ」

 

 話がこじれかねないのでケイネスは頬を赤らめてフェティシズムを熱く叫ぶ女中長を窘めた。 

 暫し考え込んだ後――

 

「仕方ない、私がやろう」

 

 ケイネスは女中長から剃刀を受け取りながら宣言した。

 

「うい? Master(ムァスター)、出来るのかい?」

「私を誰だと思っている? 降霊科(ユリフィス)の一級講師だぞ。この程度、私の霊媒治療術であればなんとでもなる」

 

 そう豪語するケイネスはランサーの顎に刃を当て、試しにまず数㎝剃ってみる。

 ケイネスは髭が薄く、髭を剃るという習慣がない為に、最初こそ少しばかりの遣り辛さを感じるが、すぐに慣れてしまった。

 数多くの魔術系統に精通するケイネスであるがその中でも錬金術を得意としており、然も趣味で絵画や彫刻もやっている為、手先は器用な方なのである。

 暫くケイネスが長い髭と格闘した後、

 

「うん。新しいボク、debut(デヴュー)だ!」

 

 ランサーはつつがなく新生を果たし、勢いよく座席から立ち上がって景気の良いガッツポーズをした。

 何故、此処まで盛り上がれるのか、ケイネスには全く理解が及ばなかった。

 

「いや……でも、これじゃあまだ新鮮味に欠けるなぁ……」

 

 然う悩まし気な顔をしてランサーは腕組をした。そして、うんうん唸ると暫くして、手をぽんと打った。

 

「お嬢さん、お嬢さん。紐とかないかな? 髪を結う紐」

「私が使っているものなら……」

 

 女中長はそう言って、肩程の長さに伸びた亜麻色の髪を縛っていた自分の紐をランサーに渡した。

 

「ありがとね」

 

 と、謝すや否や、ランサーは女中長の唇に自分の唇を重ねた。

 刹那、何かが爆裂したような音がして、辺りに熱気が漂った。

 何事か。

この場にいる誰しもがそんな疑問を抱く間もなく、女中長は気を絶して倒れていた。

 

「メイド長ォォォ!?」

「メイド長が、死んでおられるぞォォォ!?」

「急いで医務室に連れていきましょう」

 

 メイドやバトラーがてんやわんや。

 喧しいことこの上ないほど、大騒ぎで屋敷の中へと女中長を担ぎ込んでいった。

 

「ケイネス、あれ、大丈夫なの?」

「多分駄目だろう……」

 

 頭を押さえ乍らケイネスはソラウに答えた。まさか、長年アーチボルト家に仕えてくれていた女中にこんな面があるとは思っても見なかったからだ。

 だが、今の問題はランサーであろう。

どういった意図があるのかケイネスにはまるで掴めなかったが、纏っていた戦袍の上を肌蹴させ袖を腰の位置で巻きつけ、長い髪を頭頂で結い俗に“ポニーテール”と呼ばれるヘアースタイルになっていたのだ。

 そして、そこで気が付いたことが三つ。

 まず一つ目、意外に線が細いということ。無論、袖の無い鎖帷子の奥には、鍛え抜かれ引き締まった筋肉がある。だが、一般に関羽雲長に対してイメージするような“大柄”という印象は受けなかった。背もよく見ればケイネスよりも少し高い程度である。

 九尺……ランサーが生きていた時代の寸法でいけば二m超と言われる一般的に知られる関羽の身長には程遠い。

 次に気が付いたことは、

 

「というより、ランサー。貴方、奇麗な髪してるわね。本当は美髯公じゃなくて美髪公って呼ばれてたんじゃないかってくらい。……羨ましい」

「そうかな?」

 

 ソラウが指摘した通りである。

 腰まで伸びた髪は艶やかでいて、とても戦場を駆け抜けていた英傑のそれではなかった。髪を命とする女という生き物ならば、屹度誰もが羨んでしまうような、傷みも汚れも一つない。例えるならば、ブラックオニキスだろうか?

 そして、最後の一つ。

 見目の麗しさ。優し気でいながら力強い眼差し、すっと通った鼻立ち、きめ細やかで傷やくすみのない肌。武人らしさは感じられない。彼の見目を顕す名状は、貴公子や王子といった単語だろう。

 故に、ケイネスは懸念を抱く。

 そんな男に口づけをされるという事実は女にとって何か感じ入るものがあるのではないかと。女中長のように卒倒することはなかろうが、心象には何か影響を与えるのではないか。

 要するに、自分の婚約者の心をランサーに奪われないかと妬心しているのである。

 

「そんなことより、新しい自分誕生記念にお酒飲みたい。Peach liqueur(ペィーチ ルゥィカー)とか。持ってきて、ソラウちゃん」

「ちゃんはやめなさい。あと、ピーチリキュールもないし、私に頼まないで」

 

 このやり取りを見る限りに於いてはその懸念は微塵も感じられないのだが。

 

 ――しかし、主のパートナーに対してすらこの不敬……。よく曹操に殺されなかったものだ。

 

 ケイネスは呆れかえるばかりだった。

 と、そんなケイネスの肩に腕が回される。

 

「……なんのつもりだ?」

 

 言うまでもなくランサーである。

 彼の逆側ではソラウが同じ状態になり仏頂面をしている。

 

「一緒に街に繰り出そうぜ、マスター。ソラウさんも一緒にサ」

「理由を聞かせて貰おうか?」

「お酒飲みたい、お洋服欲しい、現代ってヤツを見てみたい。OK(ヲーケー)?」

 

 無論、良いわけがなかった。

 その旨を伝えようとしたが、

 

「よし決まりだ。行こう、すぐ行こう、Let’s(ルェッツ) idle(イヤイドル) away(ワウェイ)!」

 

 ランサーは二人を羽交い絞めにしたまま街へと繰り出してしまった。

 




 関羽雲長、霊器再臨。

 併し、ディルムッドがいかに有能で良いサーヴァントだったか、これを読んでいるとよく分かるのではないだろうか?

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