Fate/is inferior than Love   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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第十五話 狂乱暴風

 やおら海から飛沫というにはあまりも派手すぎる爆発が起こり、雨となって戦場に降り注ぐ。

 誰もが予想だにしなかった第五のサーヴァント。

 然も、真冬の海を泳いで遣って来るなどと誰が思おうか。

 海中からミサイルのように飛び上り、フルプレートを纏った漆黒の騎士は黄金のアーチャーの眼前へと降り立つ。

 それはまるで影絵のような存在であった。全身を覆う甲冑は只管(ひたすら)に黒く、炎のように揺らめきながら湧き上がる黒い魔力の所為で輪郭がぼやけて見える。

 ヘルメットのスリットの奥が地獄の業火の如くに燃え盛り、一体何を考えているのかまるで判然としない。

 ただ分かるのはこのサーヴァントには、英霊が持つ“華”がないこと。

 騎士王アルトリアのような、凛とした清廉な闘気も。

 関聖帝君雲長のような、薫風を思わせる余裕に満ちた佇まいも。

 征服王イスカンダルのような、漢を体現した王道も。

 黄金のアーチャーのような、ただそこに在るだけで呑まれそうになる絶大な自我も。

 何もない。只あるのは体から齎される恩讐の闇――言わば負の波動であった。

 

「征服王。あの騎士には誘いを掛けないのですか?」

 

 突然現れた黒騎士を警戒しながら、セイバーは揶揄するかのようにライダーに訊ねた。

 

「駄目だなありゃ。話し合いすらままならんだろうなぁ」

 

 お手上げとばかりにライダーは手をひらひらとはためかせた。

 現れたサーヴァントから感じられるのは殺気のみだ。

 そこから推察されるクラスはバーサーカー以外に在り得ない。ステータスを上昇させる代わりに、その理性を狂乱の檻に閉じ込める、暴風。

 それがバーサーカーのサーヴァントだ。

 

「Master(ムァスター)。あれのステータスってどんな感じ? 強いの弱いの?」

 

 ランサーの問いかけに、ケイネスは自失したまま首を振った。

 

「分からん」

「分からないって……ステータスが見えないってこと?」

「そうだ。あれに関して分かることは一つとしてない」

 

 ランサーは胡乱じながら、バーサーカーを見つめた。

 暗闇と同化した甲冑は無骨であり、個性というものがまるで存在せず、素性を割り出す材料にはならない。否、具に観察しようと思えば思うほど、どんどんぼやけて、陽炎のように不安定になっていく。

 それを感じたのはランサーだけではない。セイバーも、ライダーも、傍で見守るアイリスフィールですらもそうであった。

 宝具かそれともサーヴァントが固有に持つスキルの一種か。

 兎も角それが原因で、黒甲冑のバーサーカーの全貌はステータスも含めてよく分からない。厄介なことこの上ないと、言って然るべきだろう。

 それだけではない。こうも混戦となってしまえば動けない。然も、バトルロワイヤルの常道で行けば、最も劣勢に立たされたものが総出で叩かれる。

 

 ――拙い。

 

 ランサーの所為で散々疲弊していたセイバーがそこに一番近かった。

 それを心配し、アイリスフィールが不安気な顔をする。

 

「大丈夫です」

 

 と、無理くりな笑みを返したが、正直なところかなり追い込まれているのも事実であった。

 ランサーとしてはそのセイバーを一刻も早く倒しておきたいところであった。結局ついぞ解放しなかったエクスカリバー。一体どれほどの代物かは分からないが脅威になると見て間違いないだろう。それ以外にも何か他に隠し玉があるかもしれない。無論、かなりいい所まで追い込んだということもある。

 ライダーとしては、誰かを仕留めようというつもりはない。今のところは他の顔ぶれの確認程度であろう。強いて言うのであれば、ランサーが欲しいとは思っていると言ったところか。

 アーチャーは、先にいた三騎悉くを、殲滅する腹であろう。無論、挑発の主であるライダーを最優先にしてだ。

 さて、問題はいきなり現れた黒騎士だ。戦場は最早混迷を極め、次に何が起こるかすら誰にも判断が出来ない状況になっている。そんな状況でサーヴァントを放つ旨味はない。

 ランサーは考えた。幾つかの例外はあるが、バーサーカーは戦い出せば嵐のように暴れる為、制御が難しい反面、平常時ならば理性がない機械的な存在というだけあって操作がしやすいという利点を持つ。詰り、マスターの意に反して戦場に出てくるということはまず起こり得ないのだ。

 裏を返せば、この乱入は完全にマスターの意思に因るもの。そして、そのタイミングが黄金のアーチャーの参戦。

 

 ――まさか、このバーサーカーのマスターは、アレを殺ろうって考えなのか?

 

 バーサーカーが躍り出た場所が丁度、アーチャーの眼前だということも含めて、ランサーはそうとしか考えられなかった。

 だが、在り得ない。遠坂邸での戦いを殆どマスターが見ている筈。ならば、敢えてアーチャーと戦おうなどという考えは浮かばない。

 

 ――となると考えられるのはバーサーカーにはあれと倒せるだけの何かがあるか、或いは……

 

 バーサーカーの殺意が込められた視線が、樹木の頂に立つアーチャーのみに確認しながらランサーは思考する。

 

 ――アレのマスターに何か私怨でもあるかってとこか。

 

 典型的な魔術師というのは魔道の探求の中で人の命を奪うこともあるし、当然ながら政治戦に因り相手を蹴落とし、自分がより良い地位に預かろうとするなどということは間々ある。

 ケイネスからそれを聞いていたランサーは恐らくその辺りで、あのアーチャーのマスター、遠坂時臣自身が誰か知らに怨みを買っていたのではないかと考える。

 ――ともあれ、確かなのは、バーサーカーが敵と認識しているのはアーチャーだということ。そしてそのアーチャーも自分に対する敵意を理解し、バーサーカーを真紅の双眸で睨んでいる。

 

「誰が我を目に入れて良いと言った? 頭が高いぞ」

 

 彼の背後に滲み出ていた剣戟の切っ先が余さずバーサーカーへと向いた。

 

「面を下げよ、雑種」

 

 王命と共に、無数の武具が一斉掃射された。

 それは“投げ捨てる”とでも表現すべき投擲であった。恐らく、宝具を何処からともなく出現させ射出するというこの攻撃方法が、アーチャーがアーチャーたる所以であろう。

 そして、この捨てるような射出が出来る理由は所有する宝具の数が異常だからだ。

 これが、黄金のアーチャーの強み。

 だが――。

 その攻撃をバーサーカーは凌ぎきる。

 然も、その方法がその場にいた英雄たちを驚嘆させる。

 射出された武具の中から最初に投じられた剣を二本掴み、それを巧みに操り、次々と遣って来る刃を叩き落したのだ。

 当然、総てが宝具である為、その強さも一定ではない。手に持っているものよりも強いものが来るたびにそれを捨て、当たらな得物を掴み取り、また打ち落としていく。

 

「Wow(ワウ)! 器用なヤツだねぇ」

 

 ランサーが囃した。

 

「とてもバーサーカーとは思えない……」

 

 セイバーもそのように評する。

 理性が融かされる異常、バーサーカーというクラスで現界した英霊はその技巧の大半が失われる。

 併し、黒騎士は違った。向かってくる武具を掴み取り、それを操る腕には、確かな冴えがあった。

 そもそも、宝具というのは、担い手のみに扱われる専用装備だ。拾った所で使いこなせる是非も無く、凄まじい速さで遣って来る宝具の弾丸を切り落とすということなど言う間でもない。

 

「あれがヤツの能力というわけか」

 

 ライダーが唸り声と共に齎したことが恐らく真実。

 ――手に持った宝具を自分のものにする。

 次第に激しさを増す攻撃をけれど、バーサーカーはその能力で以て凌ぎきる。バーサーカーに命中した武具はついぞ一つも無かった。

 そして、バーサーカーは手に残った戟と大剣を、忌々し気にその美貌を歪ませ、自身を見下ろすアーチャーへと投擲した。

 盲打ちに過ぎなかったか、それとも最初からそこを狙っていたのか。大剣と戟は、アーチャーの足場になっていた樹木に命中する。全長の半分ほどの位置から、樹木は倒れ、轟音を立てる。

 併し、それだけだ。

 黄金のサーヴァントは樹木が倒れ伏すより先に、ふわりと宙に躍り出、何事も無かったかのように地に降りた。

 

「この我の宝物に穢れた手で触れたのみならず、同じ地に降ろすとは。天に立つべきこの我を」

 

 ――いや、“何事”は既にあったようだ。

 アーチャーは激怒していた。此の不敬なる狂犬を正さなければならぬと思った。

 

「最早、肉片一辺すら残さん。裁きの時だ!」

 

 紅蓮に燃える双眸をバーサーカーに向け乍(なが)ら、アーチャーは怒号を上げる。

 そして、またも空間を歪ませ現出する宝具の群れ。

 夥しいその数は、この場にいる全員から言葉を奪うのに充分であった。

 誰もが、黄金のアーチャーの底を見極めることが出来ないでいた。

 

 †

 

 圧倒的な力を見せつける、アーチャー。

 必勝を期して遠坂時臣が呼び出した古代ウルクの王、ギルガメッシュ。

 だが、マスターの遠坂時臣は自身邸宅の工房内で胃痛に喘いでいた。上等なスーツに身を包んだ、如何にも気品の漂う紳士然とした見目には相応しくない狼狽えぶりは、戦場を感覚共有の魔術に因ってアサシン越しに見張る言峰綺礼からの情報の為だ。

 工房の机に置かれた一見朝顔の様にも見える、宝石魔術を応用して作られた通信機。

 それが伝えたのは、英雄王がさらに力を発揮し、バーサーカーを殲滅せんとしている時臣にしてみれば胃潰瘍ものの報告であった。

 時臣が立てた必勝の方針とは、綺礼が召喚したアサシンを用いて諜報を行い、敵の実像を見極めてから、英雄王の宝具、あらゆる宝具の原典が貯蔵された宝物庫“王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)”で以て一気に勝負を決めるというものだった。

 だが、まだ聖杯戦争も序盤の内に、ギルガメッシュが積極的に戦いに出てしまった所為で今まさにそれが瓦解しようとしている。

 総てはアーチャーのクラススキル単独行動の所為だ。これの所為で、マスターからの魔力供給がなくとも現界することが可能になる。畢竟、ギルガメッシュは自分勝手に行動出来てしまうのだ。

 そして、その自分勝手が過ぎた結果、バーサーカーに“王の財宝”を全力で放とうとしてしまっているというわけだ。無論、何度も使えば、流石にその仕組みと、アーチャーの正体を見極められ、対策も立てられてしまう。

 これを止めるには最早令呪しかない。たった三度しか使えない絶対命令権。傲慢で、マスターの命令など聞く気も無い英雄王を律する為には必要不可欠になるものだ。

 

『導師よ、御決断を』

 

 宝石通信機から綺礼の催促が掛った。

 常に余裕を持って優雅たれ――遠坂の家訓を常に実践してきた筈の自分が、まさか他のマスターに先んじて令呪を切ることになるとは思ってもおらず、その悔しさに歯を噛み締める。

 右手の甲を凝視する。

 

「令呪を以て奉る。我が王よ、御帰還を」

 

 †

 

 不意に、今にも宝具の雨を降らせんとしていた黄金のサーヴァントが姿を消した。

 この場の誰もが予想していなかった突然の撤退。

 皆が理解に窮した。

 

『どう見る? ランサー?』

 

 ケイネスから念話に因って問い掛けが来る。

 

『令呪を切ったんだろうね。これ以上暴れさせるのは危険だと踏んで』

 

 ランサーはそう見立てた。

 

「どうやら、あの金ぴかのマスターは気の小さな男のようだのぉ」

 

 呆れたようにライダーは嘯いた。

 だが、まだ落ち着ける雰囲気ではない。

 バーサーカーは新たな敵を探そうとしている。

 標的を見失い、スリットから覗く紅い双眸は所在なさげに彷徨い――見つけた。

 怨嗟の炎に燃える視線が捉えたのは、セイバーであった。

 

「……ur……」

 

 呪詛の如き声だった。怨念が籠った魍魎の如き呻き。

 

「……ar……ur……!!」

 

 最初に耳にしたバーサーカーの音声は、はっきりした言葉のようでいて、聞けば聞く程、ノイズが走ったように掠れる。

 殺気を迸らせ、黒騎士は白銀の鎧を纏う、騎士王へと迫る。

 


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