Fate/is inferior than Love   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

16 / 46
第十四話 黄金乱入

「HAHAHA! 世界の半分だってよ。いやぁ、モテる男は辛いねぇ」

 

 普段通りの軽口を吐くランサーは、けれど表情が死んでいた。

 

「大丈夫かお前? 目どころか、もう顔全体が笑ってないが」

 

 うざったい程、常に笑顔のランサーの恐るべき変化にケイネスは心配になる。

 だが、併し――。

 ランサーには実以て悪いと言う他ないが、ケイネスはこの誘いに魅力を感じていた。尤も、本当に軍門に降るわけではない。軍門に降るふりをするのだ。ライダーの人格面は、ランサー同様に胃痛ものであるが、仮にも世界征服に最も近付いた一人。英霊としての格はかなり高い。或いは、あの黄金のサーヴァントにすら対抗できる力があるかもしれない。

 と、ケイネスはそこまで考えて思い至る。

 ライダーの戦車から顔を出した少年の顔に。

 

『征服王、少しばかり貴方のマスターを見せて戴けぬか?』

 

 何かの見間違いの可能性を考えてケイネスはライダーに訊ねた。

 

「ほれ」

 

 と、ライダーは少年の首根っこを掴んで、自身の前に吊るす。

 

「おいコラ、やめろ! 的になる! 的になるからァ!」

 

 敵から無防備の姿を晒すことになるその状態に、少年は恐怖してバタバタと暴れた。

 流石に、ライダーもそれが分かっていたのか、直ぐに御者台の中へと少年を隠した。

 捨てるように、ぞんざいに。

 

「これが如何した?」

 

 ライダーは姿が見えぬ、ケイネスに対して、問い返す。

 ケイネスは鈍痛に頭を抱え、答えることが出来なかった。

 

『ああ、本当にそうだったか。よりにもよって、貴様が』

 

 呆れと、怨みが籠った声がケイネスから齎され、御者台に隠された少年は竦み上がった。

 姿も見えない。声も判然としない。併し、明らかに自分に向けられた負の感情。

 一体誰だと、少年は疑問を抱く。

 

『ランサーに参加していると言われた時は正直胡乱だったが。まさか、聖遺物を奪って自ら聖杯戦争に参加するとは。ああ、驚いた。驚いたぞ、ウェイバー・ベルベット君』

 

 そして、少年――ウェイバー・ベルベットは漸く、その人物の正体に気が付き、

 

「……あ……う」

 

 喉が干上がるのを感じた。

 今の今まで何故思い至らなかったのか。

 幻惑で判然としない声の主――ケイネスは時計塔の学部長の一人、ロード・エルメロイである。

 地位もあり、伝手があり、資金もある。聖遺物を失ったとしても、また新たに聖遺物を見繕うことは簡単である。

 意外と言えば意外なのが、召喚したのが東洋の英雄であること。併し、それだけだ。

 この対面には、不自然はないのである。

 

『ここまで頭が足りてないとは思わなかったよ。ああ、残念だ。実に残念だ。物を知らない教え子には、言ってみせ、やって聞かせてやるしかあるまいよ。本当の魔術師の闘争というものを』

 

 冷ややかな声で告げられた殺意に、ウェイバー・ベルベットは慄き固まった。

 時計塔で彼の生徒として過ごした数年、ウェイバーはずっとケイネス・エルメロイを敵視し続けた。三代という魔術師としては浅い家柄に生まれたウェイバーをたったのそれだけで見下し侮蔑する彼を恨まなかった日はない。殺してやりたいとすら思ったこともある。

 だが、その逆は今までなかったのだ。

 侮っていた。魔術師が殺し合うということを。

 真に魔術師たる者は自身の死を超越しなければならないというが、それを言葉の上でしか分かっていなかったとまざまざと思い知らされる。

 そこに屈辱を感じる遑(いとま)すらなく、ウェイバーはただただ震えた。

 だが、そんな彼の小さな肩を優しく、力強く、包み込むものがあった。

 

「ライダー?」

 

 肩に置かれた、硬く大きく温かい手。

 ウェイバー面を食らった。ライダーの大きな手は、矮躯の少年にとって忌むべき対象でしかなかったから。

 

「魔術師よ。察するに貴様、余を従える腹積もりだったらしいな。フン、臍が茶を沸かすわ」

 

 ランサーの後ろに隠れる魔術師を、ライダーは鼻で笑った。

 

「この征服王に相応しき男は、余と共に戦場を馳せる勇者よ。姿を見せる度胸すらない小心者なぞ、願い下げだわい。大体、そこな益荒男の主として、その振る舞い恥ずかしいと思わんか!」

 

 ライダーはランサーを指差しながら、ケイネスを捲し立てる。

 ケイネスは怒りに顔を歪め、押し黙ることしか出来なかった。

 沈黙が流れかけた其の時――

 

「ほう?」

 

 ライダーの頬に、浅いながらも長い切り傷が生じた。

 傍らのウェイバーは驚き振り返ると、後ろに聳える木の幹に、匕首が刺さっていた。

 

「さっきの誘いだがね、これが答えだよ」

 

 如何やらそれはランサーが投げたものであった。

 目を丸くし呆けるライダーにランサーは口角を吊り上げこう告げる。

 

「分からないか? “やなこったパンナコッタ”っつってんだよ」

 

 ぴくりとライダーは眉を顰めた。

 

「ボクの主を手前の物差しで測るんじゃない。ボクのマスターは偉い魔術師であって、養うべき使用人や弟子を抱える、“高きものの責任”を持った玉だ。お前の勇者様がどれほどのモンかは知らないが、抱えているものの重さが違うんだよ。君も王なら分かるだろう?」

 

 ランサーの答えに誰より驚いていたのが、他ならぬケイネス・エルメロイであった。

 主が軽んじられたことを怒っている。不敬も良いところな普段のランサーの行動からは考えられない振る舞いであった。

 

「それを思えば、主の行動は臆病でもなんでもない。当たり前というんだ。履き違えるなよ!」

 

 怒鳴るランサーのその姿には、ケイネスの知る剽軽な態度がない。

 ケイネスは胸がすっと軽くなるのを感じ、自然と笑みを零していた。

 

『もう良い、ランサー』

 

 今にも征服王の首を撥ねに掛りそうになっている自身のサーヴァントをケイネスは制し、そして、幻惑の術式を解く。

 

「主!」

「そこの征服王の言う通りだ。此処まで言ってくれるお前が仕えるこの私が、これではいかんだろう」

 

 そう言って微笑を返すケイネスに、ランサーも顔を崩す。

 

「クソウ……アンタ、本ッ当に困った馬鹿だよ」

 

 ランサーの主に対する不敬な言葉の中にも、喜びの色があったのを見て取って、ライダーは呵々大笑し、誰ともなく夜空に向かって大声を張り上げる。

 

「見たか、益荒男共を! いと勇敢な魔術師を! まだこの闇夜に隠れ、覗き見をしている輩がおろう! この気概に何も感じ入る所がないのか! 残りのサーヴァント共に、真(まこと)の英雄はおらんのかァァァ!」

 

 一帯に響き渡れとばかりに声を張り上げるライダーに、アイリスフィールはほっと胸を撫で下ろす。

 屹度、何処かでこの戦いを見守る夫。その姿を見つけられてしまったのではないかと肝を冷やした故に。

 だが、ライダーの関心には、他のサーヴァントのことしかないようであった。

 磊落に笑い飛ばし、ひたすら挑発的な瞳で闇夜を見据える。

 

「聖杯を求めんと欲す、豪傑共よ! 尚も穴熊を決め込むつもりならば、この征服王の謗りを免れぬものと知れ!」

 

 大演説は、遠くビルの屋上で尚もその場に集ったマスターの命を狙わんとする衛宮切嗣の元にも届いた。

 

「何の茶番だこれは」

 

 切嗣は一連の流れを見て、そう吐き捨てた。

 インカム越しの舞弥からは何の答えも帰っては来ない。恐らくあきれ果てているのだろうと、切嗣は察する。

 ――只の殺人鬼と五十歩百歩変わらない英雄や魔術師が一体何の世迷言をほざいている。何を良い話をしているようなつもりになっているんだ。

 ――義だの勇だのと飾り立てた所で人殺しは人殺しだろう。

 

切嗣はそう思いながら、改めて引き金を引こうとした。

 

 

 †

 

「これは、拙いな」

 

 戦場となった海浜公園を見張っていたのは切嗣だけではなかった。

 遠坂邸にて討ち死にした筈のハサン・サッバーハがそこにはいた。

 それも一人ではない。

 髑髏の仮面を付けた黒いローブの人影が、老若男女、矮躯も巨躯も様々な十数人の集団であった。

 ハサン・サッバーハは、その名を襲名するにあたり、誰にも真似できない“業”を持つことが必須となる。サーヴァント化するに辺り、それらは皆、“サバーニーヤ”という名の宝具へと昇華されるが、このハサンのそれは分裂能力であった。

 “妄想幻像(サバーニーヤ)”。生前のハサンは暗殺教団の歴史に於いても奇怪な人物であった。ある時は毒を用い、ある時は罠を作成する才覚を見せ、またある時は失われた幻の武術を振るい、様々な方法で暗殺を行う人物であった。また、学問にも精通し、様々な人物と心を通わせる姿は、時の暗殺教団に於いては、まるで長が複数いるかのような錯覚を覚えさせていたという。

 実際のところ、比喩ではなく、本当に複数人いたのだ。解離性人格障害。所謂多重人格に因り、様々な才能を持つ、自分を作り上げ、それを切り替えることで様々な暗殺を可能にしたのが、今この聖杯戦争に出陣するハサン、百の貌のハサンの正体である。

 複数の人格は肉体という殻を失いサーヴァントとなる段階で完全に分離し、分裂能力として宝具と化した。

 無論、増えているわけではなくあくまで一人が二人に別れている為、分裂すればするほど一個体の性能は下がっていく。但し、気配遮断のスキルに関してはそれを逃れる為、諜報を行うには極めて優秀なサーヴァントといえた。

 聖杯戦争開幕早々、主である言峰綺礼の指示を受け、敗退したと見せかけると、それからは街中を飛び回り情報収集に勤しんだ。

 今回もその活動の最中であったが……

 

「これは拙いな」

 

 海浜公園から聞こえたライダーの挑発にアサシンは肝を冷やした。

 屹度、言峰綺礼とその同盟者である遠坂時臣も同じ心境だろうと考える。

 アサシンは知っていたのだ。

 この手の安い挑発に簡単に引っ掛かる様な人物を。

 

 

 †

 

 

「うわぁ……実物を見ると、余計に金ぴかだねぇ、こりゃ」

 

 ひとしきりライダーが吠えた後に現れた黄金の光を見て、ランサーはそう感想を述べた。

 聳える樹木の頂に降りた黄金の鎧を纏う逆さ髪の男絢爛たる様に、集うマスターの全員が息を呑んだ。

 それは、間違いなく遠坂邸でアサシンを滅殺したサーヴァントであった。

 ところで、この登場で最も不幸と言えたのが衛宮切嗣であった。何故なら、アーチャーが出現した地点は、ケイネスと彼を繋ぐ一直線上――詰り、ライフル弾の軌道上であったのだから。

 ランサー、セイバー、ライダーはこの場にいる。脱落したことになっているアサシンを除き、残りはアーチャーかキャスターかバーサーカーか。

 鎧を纏う魔術師など有り得る筈がない。故にキャスターは在り得ない。

 この荘厳な王気を纏う存在はライダーの挑発の意味を解した。故に理性を焼失したバーサーカーでは在り得ない。

 何より、マスター達が目に映す、目の前の存在の高いステータスが三騎士の一角であることを伝えていた。

 

「アーチャーのサーヴァントだな?」

「我(オレ)を差し置いて王を名乗った挙句に、問いを投げるか。痴れ者め。万死に値するぞ」

 

 ライダーの問いかけに、アーチャーは不愉快気に口元を歪め、冷酷で無慈悲な言葉を返した。

 傲慢を絵にかいたようなその態度には、明らかにその場にいる他の三騎に対する侮蔑が含まれている。

 

「こりゃあれだわ。多分、始皇帝以上の暴君だね、うん」

 

 ランサーはそう評したが、それがアーチャーの癪に障った。

 

「以上? 何を言うか、常世にも幽世にも、この我(オレ)以外の王はおらぬ。あとは紛い物――雑種に過ぎん」

 

 その答えにランサーは苦笑いを浮かべていた。

 ランサーは認識を改める。暴君などではなく、これは“傲慢”という概念が鎧を纏った存在であると。

 

「我への謁見を叶えて尚、稚児にも分かる道理も解せぬようなら――最早、貴様等に生かしておく価値は無い。疾く消えるが良い」

 

 断罪を、アーチャーが宣言すると、彼の背後の空間が、蜃気楼の如く揺らめいた。刹那、其処から現れたのは、眩いばかりの光輝を放つ、無数の刃であった。

 剣、槍、斧、種別も造りも様々なそれらは、どれもが膨大な魔力を帯びており、宝具としか思えないような代物であった。

 アサシンを倒したのと同じ戦法。ランサーはすぐに、ケイネスを連れての逃亡を考える。

 そんな場面を未遠川のほとりで見守っていたマスターがいた。使い魔越しに戦場に降り立った黄金のサーヴァントを見ると、

 

「はっ……ははははは」

 

 興奮と、憤怒と、怨嗟の色を隻眼に滲ませて、顔面を半ば崩壊させながら哄笑した。

 疑うべくなく、アサシンを迎撃したサーヴァント――遠坂邸を守護した憎き怨敵――遠坂時臣のサーヴァント。

 愛する女を、葵を奪って行った男、遠坂時臣。

 それで尚、葵から愛娘を取り上げた仇。

 にもかかわらず、平気でいられる卑劣漢。

 第五のサーヴァントのマスター――間桐雁夜が殺さなくてはならない相手。

 

「ブチ殺せ、バーサーカー! 時臣のサーヴァントを八つ裂きにしろォ!」

 

 その絶叫に呼応し現れたのは、漆黒のフルプレートに身を包む屈強な影。

 

「■■■■■■!」

 

 大凡、通常の人間ならば発音も聞き取りも不可能な咆哮を上げ、影のような鎧のバーサーカーは疾走し、勢いよく川へと飛び込んだ。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。