Fate/is inferior than Love   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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第十三話 魔王勧誘

 衛宮切嗣は、引き金に置いた指を中々動かせないでいた。

 照準を合わせ、あとは射殺するだけの筈だったのだがここで一つ問題が起こってしまった。

 スコープ越しの魔術師が此方に振り返り、ウインクをして来たのだ。

 要するに殺害対象に気が付かれている。

 向かい側のビルにセットした舞弥の存在も同様に悟られているようであった。

 これはスナイパーとして最も犯してはいけないミスであり、もしそうなってしまった場合は一度その場所を引き払いポイントを移し替えるか、一旦引き、別の機会を狙うかの何方かであろう。

 だが、今回はそうは出来ない。

 このままではセイバーは負ける。さらにもっと問題なのは、アイリスフィールが殺されてしまう可能性があるということだ。

 聖杯を壊されてしまえば、衛宮切嗣の大望は――嘆きと悲しみが駆逐された世界は手に入らなくなる。

 故に、切嗣は待った。

 相手には付け入る隙もあった。見つかっているのに、攻撃が来ないということは、向こう側には、遠距離に対応した手札が無いか、殺生与奪を握っていることから来る慢心があるかのどちらか。ならば、それが隙になる。

 そして、幾らランサーが強大であろうと、セイバーは騎士王アーサーなのだ。苦戦はする。切り札を使わなければならなくなる。その際に齎される、多大な魔力消費。その後に、必ず息継ぎが遣って来る筈だ。その一瞬に掛ける。

 魔力消費による疲労は切嗣にも起こる。寧ろ、燃費の悪い魔力放出のスキルをセイバーが連発せざるを得なくなってしまっている状態である為に、ランサーのマスターよりもそれは大きいと言えた。

 が、それについて問題は無かった。切嗣は戦闘開始を察したその時に、アデノシンの受容体を麻痺させる薬物を投与していた。これは“疲労を感じない”ということと同様の意味合いを持つ。

 あらゆる薬を投与し、どのような状態でも銃を撃てるような訓練もしている。

 人事は尽くしている。あとは、天命を待つのみ。

 そして、その天命は訪れた。

 ランサーに充填されていく魔力が膨大に膨れ上がったのを、見逃す切嗣ではなかった。

 再びトリガーに手を当てる。

 致命的な外傷を負った場合、魔術師は体に刻まれる魔術刻印の自働詠唱により無理矢理生かされる。詰り、非魔術師と比べ死ににくい。一撃で仕留めるには、霊格――心臓を狙うことになる。

 当然、切嗣はレンズ内に映る十字線(クロスヘア)を魔術師の心臓に重ねた。

 そして、今まさに引き金を引こうとしたその時――。

 

 

 †

 

 二つの超大な威力を持つ宝具がぶつかり合おうとしていたその場に突如、轟雷が激突し凄まじい爆音が響き渡った。

 目が眩むような光が溢れ、爆風の熱と圧がランサーとセイバーに届き、

 

「くっ!」

「うわっ!」

 

 宝具の発動の為に取った構えを僅かに崩す。

 ランサーとセイバーは理解する。乱入者の目的が、決戦に横槍を入れることにあったのだと。

 二名の英雄は見つめる。光の中から現れる二頭の牡牛が牽引する、豪社な飾りの戦車を。これが空から、流星のような速度で降って来たのだ。着地地点が二人の剣戟を阻む位置である為にこれに駆る御者の目的が、戦闘の中断であることは明白であった。

 

「双方、刃を収めよ。これ以上の流血に意味は無し」

 

 地を震わすような声が二人を制する。

 騎士王セイバー、聖君ランサー……共にその雷名を轟かす大英雄であり、言霊の威圧だけで止まるわけがない。

 それでも彼らが動くことが出来ないのは、御者の目的と正体を量り兼ねていたから。

 

 ――これほどの雷。雷神の縁者……然も、ゼウスに連なる者。

 

 牡牛と迸る雷電からセイバーは相手の真名を割り出そうとする。

 

 ――見たところライダー……ずっとボクらを張っていたヤツだな。さて、一体どんな代物か……。

 

 襲撃を掛けるには、あまり旨味の無いタイミングでの登場を果たしたサーヴァントの性質をランサーは見極めようとする。

 重い沈黙が辺りの空気を支配し続ける中、やおら御者が立ち上がり、両手の拳を天へと突き上げた。

 天を衝くような巨躯が、更に大きく見える。否、大きく見えるのは、其の為ばかりではない。滲み出る気迫と、刺すような眼光、そしてその堂々たる佇まいに因る。

 一体何が起こる? サーヴァントの後ろに控える、ケイネスとアイリスフィールはごくりと生唾を飲んだ。

 

「我が名はイスカンダル! 天地に響きし、征服王である! 此度の聖杯戦争にあっては騎兵の位階を得し者なり!」

 

 爆撃のような絶叫で、巨漢の御者は名乗りを上げた。

 聖杯戦争に於いて、凡そ聞くことは無いであろう名乗りを。

 この場にいる全員が呆然とした。打倒の糸口となる真名を、自ら明らかにするサーヴァントなど有り得る筈がなかったから。

 

「ファァァァァァック!!」

 

 彼等の自失は、御者台に乗っていた少年の金切り声に因って解かれる。

 

「何をやっているんだ、この馬鹿ァァァ!」

 

 マスターである彼にとっては当然の怒りであった。併し、その抗議は、ライダーのデコピン一発で鎮圧される。

 ――なんなんだ、これは。

 この光景、この状況に、最早誰もがそんな考えを抱く。

 そのような混沌とした状況の中、最初に口を開いたのは、

 

「あのぉ、征服王殿。柄のことお伺いいたしますがねぇ」

 

 ランサーであった。

 挙手をしながら、へらへらと笑みを崩さないランサーはこの状況下にあってすら平常運転を取り戻す。

 

「その前に一つ、貴様に問おう」

「Little(リトー) wait(ウェイ)。質問をしているのはボク……」

「問おう」

 

 征服王は一歩も譲らなかった。

 ランサーは溜息を吐いた。あまり、相手のペースで話を進めたくないという思いがありながら、一方で自分のペースに持っていくのは困難を極めると考えて。

 不本意ながら、ランサーは折れることにする。

 

「なんじゃらほい?」

 

 さて、相手はハンニバル・バルカを始めあらゆる時代のあらゆる将に尊敬されたアレクサンドロス大王である。

 その人物を相手にした、王ですらない一介の将止まりの男のこの態度は、彼を愛した英雄達が蒼褪め卒倒しかねない。

 

「貴様の戦い方を見ていた。隙あらば、そこの婦人を狙っていたがあれはどういう了見だ?」

 

 併し、ライダーはどこ吹く風といった様子で、アイリスフィールを指差しながら、ランサーに問いを投げていた。

 

「……女の子を狙うなとか、その手の説教がしたいなら刑務所にでも行ってくると良いよ」

「違う! ただ理由を聞かせろと言っただけだ!」

 

 ライダーのがなり声に、ランサーは耳に走る痛みを覚え、顔を顰めた。

 

「理由ねぇ。なもん決まってるよ。戦場に於ける礼義ってヤツ」

「礼儀?」

 

 ライダーは腕を組み、眉尻を吊り上げる。

 

「その子の目を見てみると良い。可憐な中にも、何か揺るぎない意志のようなものがあるだろう? 自分で考えて戦場に上がったモンの証左ってヤツだ――いや、もしそうでなくとも戦場に出ると決めたのは確かだ」

「それが如何した?」

「戦うと決めたことに対しての礼儀の払い方なんてのは、たった一つだ。首をすっぱり撥ねてやること。“夢”なのか、“使命”なのか、はたまた“言いなり”なのかは知れんが、きちんと終わらせてやることだろう? それを女だからなんていう糞のような理由でしてやらんのは、その“決定”に対する冒涜さね。況して、この子は自分の意思で戦ってるんだ。尚のこと、だよ」

 

 ランサーの哲学を前にライダーは押し黙った。

 そして、

 

「フッハハハハハハッ!」

 

 大声を上げて笑う。

 

「……笑うなよぅ。失礼な」

「いや、その信条実に気に入った。ますます気に入ったぞ!」

 

 ライダーの笑顔に、ランサーは何やら底知れぬ不気味なものを覚え身震いする。

 そんな時だった。

 

「貴様! 突然現れて一体何をしに来た! いい加減目的を言ったらどうだ?」

 

 痺れを切らしたセイバーが剣の切っ先をライダーに向け、聞き質そうとした。

 正直、ランサーもそれが気に掛っていた為、

 

「そうだぞー。早く話さないとお母さんに怒られるぞぉ」

 

 と、囃し立てる。

 

「では、単刀直入に言おう。うぬらの力に惚れたのよ」

 

 セイバーはそれだけでは何を言わんとしているか理解出来なかったようであったが、ランサーは総てを察する。

 何が、ランサーを不安にさせていたか自分でよく理解出来た。

 ライダーの続く先を、ランサーはげんなりとした顔で待つ。

 

「如何だ? 此処は一つ、我が軍門に降り、共に天地を此の手に収めようではないか。余は貴様らと共に世界を味わい尽くしたいのだ」

 

 ライダーの言葉を掻い摘んでしまえば、『聖杯を諦めて降伏しろ、世界征服に力を貸せ』であろう。

 セイバーはその言葉に、怒りすら通り越してあきれ果てているようであったが、ランサーは違った。

 

 ――ああ、やっぱりか。

 

 涙腺が決壊を起こし泣き出しそうだった。

 厭な予感はしていた。自分を気に入ったという、ライダーの顔が、曹操と重なったから。

 ただ、一つ予想外といえば、世界征服という規模の大きさであろうか。彼が征服王イスカンダルであることを考えれば、当然と言えば、当然かもしれないが。

 

「……世界征服だって。凄いねー」

 

 自分を欲してきた曹操に関しては、嫌な思い出しかなく、ランサーは遠い目で後ろに控えるケイネスに話を振った。

 

「そ、そうだな……」

 

 ケイネスもケイネスで、かの名高きイスカンダルの実際に、言葉を失っていた。

 よりにもよってこんなヤツを自分は召喚しようとしていのか、と。

 絶対に口には出したくないが、ランサーで良かったとケイネスにしてみれば、全く在り得ない思いすら湧いてくる。

 ハハハハと、ランサーとケイネスが二人して乾いた笑みを上げかけたその時、

 

「――特にそこの緑色」

 

 ライダーが名指しをした。

 ランサーは自分の顔を指差し、セイバーに訊ねる。

 

「ボクゥ?」

 

 と。

 

「私の出で立ちを見て緑と言ったのならば、そこの征服王は色盲か何かだろうな」

 

 冷淡に、セイバーに吐き捨てられて、遂にランサーは涙をこらえることが出来なくなりそうになる。

 なんとか、耐えるが、ライダーの次が、彼に追い打ちを掛ける。

 

「力があり、智もあり、素晴らしい勇士だ。貴様のような逸材には中々出会えんだろう」

 

 如何やら、征服王は関羽雲長を甚くお気に召してしまったようであり、

 

「是非とも我が軍門に降って貰いたい。そして、世界を此の手にした暁には、その半分を貴様に統治させよう」

 

 まるで、魔王のような誘いをし出す始末。

 

「どうだ?」

 

 ライダーはそう訊ねるが、ランサーにとってしてみればどうだもこうだもあったものではない。

 愈々以て、ランサーの顔からは表情というものが一切消えていた。

 


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