Fate/is inferior than Love   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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幕間二 在りし日の詩

 後漢末期。その時分は、並み一通りの人間が考えつくような、地獄が広がっていた。時の朝廷の重臣達の政治腐敗による世の退廃。それに端を発する、張角指導の下、中国全土で勃発した黄巾の乱。疲弊し、明日に希望を持てぬまま、今という瞬間をただ生きるだけがやっとの人々から、財を、食糧を、家を、家族を奪って飛蝗の雨のように黄夫が去っていく。

 それがこの時代の中華の日常であった。

 さて、此処、“青州城”もまたそんな日常の一端にあった。

 この城を黄巾賊が攻め、兵士や民の死屍累々。肉を啄む烏が鋼の空には海の砂粒程も埋め尽くす。黄夫達の猛攻は凄まじく、青洲城は包囲され、今や陥落寸前であった。

 そんな状況に青洲の太守は幽州の太守に援軍を要請。

 その中に劉備玄徳、張飛益徳――そして、関羽雲長の三兄弟の姿もあった。

 彼等と同じく世の行く末を案ずる百姓達を募り集まった義勇軍を率いる三人は、幽州の正規軍にも況して強く、また勇敢であった。

 だが、それも終いだ。

 

「フッ……ここが潮か」

 

 敵兵に囲まれながら、張飛は短く笑声を零す。

 徒歩の張飛たった一人を、数百の騎馬と歩兵が取り囲む。

 張飛の傍に仲間はいない。彼が率いていた兵はほぼ壊滅状態に近かった。生き残った兵も、張飛が逃がした為、真実一人きりである。

 果たして、今二人の義兄達はどうなっているのかと張飛が考えていると、

 

「何を余裕かましてやがる!」

「死ぬんだぞ!? 殺されるんだぞ!? もっと怯えんか!」

 

 そんな上の空の態度が黄夫達の癪に障った。

 途端に喧噪が巻き起こる。

 だが、併し――

 

「クックック……」

 

 張飛は腹を抱えて笑った。

 

「何が可笑しい!」

 

 黄巾賊の一人が怒鳴る。

 張飛は顔を覆って答える。

 

「否、逆に聞くがな、これが笑わずにいられるかよ? 俺が死ぬ? 貴様等程度で? この俺が?」

 

 その手に携える、蛇の如くうねる刃を持つ矛――蛇矛の柄で以て張飛は地面を打ち鳴らした。

 剛!

 と、地面が大きく揺れ、懺!と風が吹き荒ぶ。

 色で例えれば赤黒く、そして総てを丸呑みするような殺意が入り混じる闘気が張飛から溢れ出たのだ。

 

「成程、笑止だ。俺の死を決められる程、何時の間にか貴様らが力を得たなどと、冗談にしても大それている」

 

 蛇のような双眸が爛々と光り、総てが牙になったような異様な歯を見せつけて、張飛は口角を吊り上げる。

 

「ひぃぃぃぃ!」

 

 一斉に黄巾賊たちは悲鳴を上げた。

怪物だ。敵に回してはいけない人間を敵に回してしまった。今すぐ武器も鎧も捨てて逃げ出そう。

 そう考えて彼等は一斉に行動を開始する。

 だが、

 

「逃がさん」

 

 他ならぬ張飛がそれを許さない。

 彼の殺意に呼応し、

 

「ぴぎゃぁぁぁあ!」

 

 携える蛇矛が突如として悲鳴を上げる。

 その時、黄巾賊達にとってはあまりにも不可思議なことが起こった。

 張飛の手に握られていた蛇矛が突然、どろどろと溶解し、人間一人は一飲みで食い殺せそうな程の巨大な蟒蛇へと変貌する。

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

 愈々、恐慌は最高潮に達し、皆が我先にと、味方だった筈のものを押しのけ、或いは蹴飛ばし、逃げ惑う。

 

「死ね」

 

 だが無情。

 張飛のその一言で総ては完結する。

 

「しゃぁぁぁ!」

 

 蟒蛇が鎌首を擡げ、口から赤黒い霧を吐き出した。

 血のような色のそれの中には、生きた虻や飛蝗や蛙が入り混じり、高濃度の呪詛と毒素が編み込まれていた。

 

「ア……ガッ……」

 

 黄巾賊の人間たちは疣や蕁麻疹、紫斑や発疹が体中の至る所で起こり、目は白目を向いて何倍にも膨れ上がり、体がぶくぶくと膨張し、鼻血と吐血を繰り返し、最後は真っ赤な泡を噴き、息絶えた。

 その中でも運よく、馬に乗っていた一人がなんとか生き残り、逃げ延びる事に成功した。

 振り返らない。後ろで起こっている阿鼻叫喚が、一体自分と同じ黄夫がどんな目に遭っているかを伝えているから。

 併し、張飛はその一人すら見逃さない。

 鏖殺(おうさつ)する。有象無象の区別なく、張飛益徳の怒りを買ったものは朽ち果てるのである。

 

「食らえ!」

 

 張飛は身を翻しふわりと宙を舞う。

 そして、蟒蛇の咢の位置まで体が落ちると、

 

「しゃあああああ!」

 

 蟒蛇が再び毒霧を吐いた。

 その勢いにより、張飛の体が、流星のような速度と威力ではじき出される。

 刹那も掛らず、生き残りに追い着くと、まず蹴りを一発。

 

「あがっ……」

 

 背に一撃を受け、男は吐血、鎧も砕け散り、しめやかに絶命。

 それでも飽き足らず、張飛は、二度、三度と連続で蹴りを放つ。

 馬から投げ出された男の体は、張飛の蹴りの威力に因って、空中分解。

 鮮血と肉飛沫をまき散らしながら四散した。

 

「クッハッハッハッハ。思い知ったか。これが張飛益徳よ。俺を敵に回した者どもは、皆無惨な屍(かばね)を晒すのさ!」

 

 降りしきる朱の雨を浴びながら、張飛は髪をかき上げにたりと笑う。

 その面容には、一切の人間味が存在していなかった。

 そんな彼の元にしゅるしゅると音を立てて青銅の蟒蛇が這い寄ってくる。

 

「おお、鈴々。良くやった」

「しゃあ」

 

 張飛が頭を撫でてやると蟒蛇――鈴々は満足気に目を細めた。

 そして、張飛の手に収まり再び矛に変形する。

 

「――さて、兄者達が心配だ。探そうか」

 

 張飛は二人の義兄を探し求め戦場を練り歩いた。

 どこも彼処も、死体に埋め尽くされ、大地は地に因って真っ赤に染まっていた。

 鼻に入る大気も、生臭く、吐き気を催すほどだ。

 そんな中、張飛は騎馬と槍持ちの大軍が何かを取り囲んでいるのを見つける。

 劉備や関羽が中にいるかもしれないと、そちらの方に近付くと、不意に張飛は頬に冷たさを感じる。

 雪が、頬に降りかかっていた。

 だが、不可思議だ。厚い雲に空が覆われてはいるものの、今は雪が降る季節ではない。

 では一体如何して?

 そう思っていると、張飛は驚愕に目を見開くこととなった。

 

「なっ……!?」

 

 目の前に紅蓮の華が咲き乱れていた。

 否、黄巾賊の者達や彼等の乗る馬の体が割れ裂け、肉と血が露出したそれが、華のようにように見えたのだ。

 よく見ると、それらは冷気を帯びている。

 

 ――まさか、凍って裂けたとでも言うのか?

 

 張飛は目の前の状況をそう考察したが半信半疑だった。

 これをやった人物がどうやってこれをやったのかも見えていたのに、である。

 

「やぁ、益徳。首尾は如何だい?」

 

 “華”を踏み砕き、現れた人物は、涼しい顔をして張飛に訊ねた。

 

「兄者」

 

 見間違える筈もない。

 胸まで伸びた艶やかな髭と、同じく艶やかな髪。一度に数百の敵を薙ぎ払う奮戦を見せつけ乍(なが)らも、優美な面差しは疲れに崩れることも、汗に塗れることも、一滴の返り血を浴びることすらなく、貴公子然とした微笑みが湛えられている。

 関羽雲長である。

 

「……見れば分かるだろう。俺の率いていた隊は壊滅状態だ」

「そかそか」

「其方は如何だ?」

「――似たようなもんさね」

 

 そっと目を閉じた関羽にはけれど、悲痛さというものは微塵も感じられなかった。

 否、悲痛を感じている暇はないのだ。

 劉備を探し出し、撤退をしなければ、本当の本当に、義勇軍は壊滅するとそのような危機的状況なのだ。

 

「さて、そんじゃま。兄さんを探しますかね」

「待て、兄者」

「何だよ? 今は一刻一秒を争うぞ? くっちゃべってる暇はない」

 

 劉備を探しに行こうとする関羽を、張飛は引き留めた。

 

「説明をしろ。先程、黄巾の輩を蹴散らした“アレ”はなんだ?」

「ん? アレ? 思いつきだよ、思いつき」

「思いつき……だと?」

 

 人の屍が紅い花を象るあの凄まじい絶技が思いつき。

 冗談に思える関羽の言葉に、冗談めいたものが感じないのを受けて張飛は愕然とした。

 

「知っての通り、ボクの冷艶鋸の威力は城ごと万の兵を打ち滅ぼすような凄まじいものだ。でもそう易々とは使えない」

 

 張飛は関羽の大刀の持つ真の力を目の当たりにしている。

 その破壊力は確かに絶大であるが、味方や無辜の民を巻き込むような代物である為、そうおいそれと使うことは出来ない。

 

「で、その為に一騎打ち用の技を考えた。今さっき」

「それがこれか……」

 

 城や軍勢を滅ぼせるだけの力を、たった一人を滅ぼし尽す為だけに費やす。

 これが、この紅蓮の大輪の真相なのだろう。

 

「素晴らしい!」

 

 突然張飛が叫んだ為に、関羽は目を丸くする。

 

「これは得難き絶技だ! 誰であろうと――仮令、項羽であろうと殺しきれる!」

 

 ケタケタと地の底から滲み出るような笑声を張飛は上げた。

 一つ、関羽は疑問が湧く。

 

「項羽ってあれだろ? 楚の覇王の。ボクがいくら強かろうと死人は殺せないぜ?」

 

 項羽とは秦王政の時代の生まれの将であり、赤竜の子と称される劉邦と中華の覇権を争った人物である。

 武勇に於いては枚挙に遑がなく、軍略に優れ無敵の強さを誇った。

 

「譬えだよ、兄者。劉備は皇帝の血より出し、竜の末裔。であれば、だ。いずれ項羽のような猛将とも渡り合わねばならん」

 

 劉備は劉邦の末裔に当たる人物だ。

 その血の繋がりこそは薄いかもしれないが、その面差しと、覇気に皇帝に相応しいものであると感じ、故に関羽と張飛は劉備に仕えると決めたのだ。

 恐らく、劉邦と劉備はその魂の質はよく似通う。ならば、同じような運命をたどる可能性だってある。

 成程、張飛の言葉にはある一定の根拠があった。

 

「知っての通り、彼奴(きゃつ)は弱い。貴様と俺がアレの武とならねばならぬ。ならばこそ、俺達は項羽を殺せる者でなければならない!」

 

 あまりにも情熱的で狂気的な張飛の言葉。

 だが、関羽は微笑を零す。

 

「そうだね」

 

 劉備には自分たちが必要だと肯定をして。

 

「では、その絶技に銘を付けよう」

「……それ、意味あるの?」

 

 関羽は苦笑する。

 

「銘は大事だ。その心に掛る重みが違う」

 

 にぃと張飛は口を裂いた。

 

「項羽を殺すならば……そうだ、虞美人草が良い」

 

 虞美人草。

 項羽が愛した姫君は、項羽の死を以て自らも命を絶った。そして、その亡骸からは紅い花が咲いたと言われる。

 項羽の死とは、即ち、爛漫たる雛罌粟(ヒナゲシ)。

 

「虞美人草――故に、その絶技の銘は……」

 




宮刑・咒戒血霧(ヘーレム・ナーハーシュ)
ランク:A+ 種別:対軍宝具

 張飛の持つ蛇矛の正体。
 嘗て張飛がその拳で沈めた、とある里山で暴れていた青銅の鱗を持つ巨大な蟒蛇である。
 口からは猛毒と呪詛を含んだ赤黒い霧を放ち、それを浴びた者にあらゆる病を発現させて地獄を見せる。
 毒の霧の噴出力を利用し、張飛の飛び蹴りの為の発射台とされる場合もある。
 張飛自身は、仙人から武術を賜った格闘戦の達人である為、蹴り一発が必殺の威力を持つ。
 武器形態も存在しその場合は対人宝具となる。
 蛇矛の性質により傷の治癒を無効化し、傷口から毒を放ち続けるという凶悪極まりない武具と化す。

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