Fate/is inferior than Love   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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第十話 青龍艶月

 “冬木大橋”という名の川に掛った大きな鉄橋を渡るとそこには公園があった。

 海が近くに見える。星を帯びた濃紺の夜空が水面まで降りて、まるで天と海が結ばれているよう。

 ケイネスとランサーがそこまでたどり着くと、塩の匂いを含んだ風が、肌を撫でる程度の穏やかな寒さを連れてきた。

 そこでケイネスはホットのブラック珈琲を、ランサーはピーチネクターを購入し、今度はベンチを探す。

 海がよく見えるような位置にそれを見つけ、

 

「ふぅ」

「ふひぃ」

 

 二人して息を吐き乍ら、腰を下ろす。

 海を見ながらだらしなくベンチに背を凭れながら、缶ジュースを飲む姿は脱力しており、仕事帰りの労働者と見紛う程あった。

 

「捕まらんな」

「捕まらないねぇ……」

 

 実際、彼等は、労働でこそないものの一日動き詰めで、疲れてはいた。

 戦い方を決め翌日、朝夕問わず、冬木中を探索したが、一騎のサーヴァントとも巡り会わない。

 手当たり次第に戦う筈が、その手当たりすら出来ていない有様であり、流石にランサーもケイネスも、消沈し始めたのである。

 

「実はね、今日一日、ずっと一騎のサーヴァントを追いかけ回してたんだよ」

 

 ブクブクと泡を立てるように、ネクターを飲みながら、ランサーがそんなことを話始めた。

 

「そうなのか?」

 

 ケイネスは聞き返した。

 サーヴァントの基本能力として、実体・霊体化に問わずお互いの気配をある程度探知できるという能力がある。ランサーの場合は周囲四〇〇~五〇〇mほどであり、ケイネスは主にその能力を頼りに今まで探索を続けていた為、一騎に絞って行動していたことを知らなかった。

 

「悪い。こういう大事なことは先に言わなきゃ駄目だったね」

 

 缶を銜え乍ら、ランサーは煙草に火を点ける。

 そして、缶を口から離して、まず一呑みする。

 

「奇襲を掛けようと一気に近づくと、向こうも遠ざかる。それを繰り返してたんだ」

「だが、何故その一騎に絞ったんだ?」

 

 他に仕掛けに行くという発想もあった筈である。

 それに対しランサーは答える。

 

「気配の質から言って、実体化中なのは明々白々だった。それで戦いたくてしょうがないヤツなんではないかと思ってね」

「単純だな。だが、実際逃げられたのに、どうして追い続けた?」

「そりゃ、相手のクラスや能力を確かめる為」

 

 吸い込んだ紫煙をジュースで流し込みながら、ランサーは答えた。

 

「“逃げられた”と、一口に言っても色々だろ? 例えば突然、点と点で気配が移る様なことがあれば、高度な魔術を扱うキャスタークラスのサーヴァントか瞬間移動に類する宝具なりスキルなりを持ったサーヴァントだ。それ以外の場合――まぁvector(ベクトー)性を持った線の移動だね。その速度で以て、騎乗か徒歩(かち)かが判断出来る……まぁ、ギリシャのアキレウスみたいな特別速いヤツが相手だったら、見誤るだろうけど」

 

 なるほどと、ケイネスは感心した。

 

「それで、相手のクラスは分かったのか?」

 

 その問いにランサーはまず、ジュースを啜った。

 

「恐らく、ライダーだね。しかも、天馬みたいな魔獣よりも上の幻想種にCategorize(キャテゴルァイズ)される生き物か――若しくはそれ並の性能が出る船か戦車かの持ち主だと思う。加えて言えば、それには飛行能力がある」

 

 幻想種というのは、不死鳥や竜のような所謂伝説上の獣のことである。『魔獣』というのはその幻想種の最下層の呼び名であり、その上に『幻獣』さらに上には『神獣』と続く。

 ランサーは追っている中で気配が弱まっていく方向とその速度で以て、飛行能力を持つ『幻獣』以上の生き物か、それに匹敵するような能力を持った乗り物と判断したのだろう。

 それは間違いなく宝具であると言え、また、持ち得るクラスはライダー以外では普通は在り得ない。

 

「いやぁ、ココが中国ならボクも“愛紗”を呼び出して、追い着けたんだが。こればかりは知名度補正の問題だからしょうがない」

 

 英霊の強さは呼び出される地域の知名度に左右され、その際に宝具や一部スキルを失ったり逆に追加されたりする場合がある。

 ランサー、関羽雲長の場合、それは、

 

「あ、愛紗ってボクの馬のことね」

 

 日本での召喚では、失うことになる愛馬のことを指す。

 

「お前の馬というと、赤兎馬のことか?」

 

 関羽雲長は、魏に召し抱えられた時、曹操から多くの贈り物を授かった。

 その一つが赤兎馬という名馬である。三國志最強とも言われる呂布奉先が乗っていた、血汗馬と称される赤い馬で、一日に千里を駆け抜けるとも、兎が跳ねるような速さで走るとも讃えられた駿馬の中の駿馬だ。 

 確かにそれがもし、この場にあれば機動力は申し分なくなるだろう。だが、ケイネスの中には疑問が生じる。

 

「それで幻獣だの神獣だのに追い着けるのか?」

「出来る! ボクの愛紗はね、羽が生えてて飛べるんだ! しかも神獣だし、超高速で禹歩とか出来る!」

 

 ……それは本当に馬と呼んで良いのだろうかと、ケイネスは疑問を抱く。

 因みに、“禹歩”というのは中国の呪術の一つ“道(タオ)”の秘伝書、“抱朴子”に刻まれた歩行法である。“歩く”こと自体が詠唱となり、魔除けや清めの霊験を示すといったものだ。

 尤も、不世出の魔術師たるケイネスであっても知っていることはそこまでである。魔術師とは研究者であり、時計塔に於いて呪術は、学問として研究する価値のないものと軽視されている為、ケイネスもこれまで学ぶ機会はなかったのだ。

 

「――と、話を変えるが一つ良いかな、Master(ムァスター)」

「閑話休題か。構わん、何だランサー?」

 

 聞きながらケイネスは珈琲を飲もうとした。

 だが、それがいけなかった。

 

「さっきから件のライダーに、逆に監視されてる。鉄橋の辺りから」

 

 ケイネスは珈琲を噴き出すことと相成った。

 

「さっきも言ったと思うけど、向こうは乗り物持ち。こっちは頼りの愛紗がご生憎といない始末でありまして。HAHAHA! 控えめに言って、割と不味い」

「切羽詰まり過ぎだろう!」

 

 ケイネスは声を張り上げた勢いで立ち上がった。

 まさか知らず知らずのうちに窮地に陥っているなどとは思いもよらない。

 

「まぁ、まぁ、Relax(ルィラァックス)。ちょっと冷静になろうぜ」

 

 ランサーはへらへらと笑いながら、ジュースを飲み干し、缶に吸い終った煙草を入れ後ろ手に放る。

 

「これが冷静でいられるか!」

 

 ケイネスは怒鳴る。

 不安を煽ったのは果たして誰であったか。

 その張本人は、自らの言葉通り至って冷静になり、煙草に火を点け、また吸い出していた。

 

「……疑問に思わないか? Master(ムァスター)」

「疑問?」

「どうしてライダーは攻めて来ない? こっちは見るからに気が緩みまくってるというのに」

 

 その指摘に因ってケイネスはハッとした。

 そう、仕掛けるタイミングはいくらでもあった。

 然も、辺りを見渡せば人もいない。これを好機と言わずなんというか。

 それでも、攻撃を仕掛けて来ないのは――

 

「もしかしたら、ライダーは此方が他と戦うのを待っているのではないか?」

 

 ケイネスはそう考えた。

 そうだねと、ランサーは微笑み、煙を吐きながら同意する。

 

「――ボクもそうだと思う。でも何で待ってるのかな?」

「それは……戦いの後、疲弊した状態を襲う方が効率的だからだろう? 常道だ」

「と、ボクも思いたい。その方が遥かに楽だ」

 

 ランサーは別の可能性も視野に入れているようであった。

 

「それ以外に何があるという?」

 

 ケイネスの問いに、ランサーは苦々し気に顔を歪めていた。

 

「この世にはね、予想だにしない馬鹿に出るヤツってのがいる。そういうヤツは厄介だ。次の動きがまるで読めない」

 

 はぁと、ランサーは溜息を吐いた。

 

「……これは完全にボクの予想なんだが。鉄橋にいらっしゃるライダーは恐らくその馬鹿だ」

「お前の予感はどれほど当たる?」

「劉封に援軍を出す時、出しながら来ないと思った」

「それは凄い」

 

 ケイネスはまるで無表情であった。

 

「いっそのこと、何か変化があれば……」

 

 そう言いかけて、ランサーは煙草をポトリと落とした。

 そして、突然立ち上がると、五体から魔力を流出させ戦袍姿となる。サーヴァントの衣服や鎧は魔力を編んで作られている為、現世の服を着ている状態からでもすぐに戦闘へと移ることが可能なのだ。

 ……余談ではあるが、上を肌蹴、鎖帷子だけとなった“新しい自分”スタイルに調節している辺り、ランサーの芸は細かい方だと言えた。

 

「――変化があったようだな」

「ああ、こっちに一騎、実体化状態で近づいて来てる」

「死合うか?」

「そうすれば、ライダーも出てくると思う」

 

 “正体の掴めない敵”というのは、それだけで精神衛生上良いものではない。

 いっそ、危険を冒してでも正体を暴いてしまった方が賢明――ランサーはそう判断した。

 そして、万が一窮地に陥った場合の退路を確保する策も、ランサーの手札の中にはあった。

 

「そういうわけだ、Master(ムァスター)。人払いと、自身の防御術式の準備をしてくれ」

 

 そう頼みつつ、ランサーはその手に魔力を集中させる。光の奔流が渦巻、現れたのは自身の背丈よりも大きな薙刀であった。

 その刃の異様たるや凄まじい。

 まず、刃渡りが人間の片腕ほどもあり、柄が短ければ大剣と言ってすら通じるほどの巨大さ。

 その形と、極限まで磨き抜かれた銀(しろかね)の輝きは、白月を連想させる。

 そして、そこに在るだけで辺りの冬の冷気が、さらに下がったような錯覚を覚える圧倒的な魔力と存在感。

 これぞ、関羽雲長の愛器。

 種別は大刀、通称を冷艶鋸、そして真名をば――

 

「“青龍艶月(チンロングアンダオ)”」

 

 ランサーは宝具の名を口ずさむ。

 

 

 †

 

 全長六六五m、アーチの高さ五〇m――未戸川に掛る、三径間連続中路のアーチ状の鉄橋。名を冬木大橋。

 その橋のよりにもよって、アーチの頂。陣取り、海浜公園を物見する影が二つあった。

 

「ライダー、ライダー!」

 

 その影の一つが、風に振り落とされまいとアーチを構成する鉄骨にしがみつきながらも、海浜公園の方を指差し必死に声を張り上げていた。

 ウェイバー・ベルベットである。

 

「叫ばんでも分かっておるわ、たわけ」

 

 そんな必死のウェイバーの凸に、容赦なく指を叩き込んだのは、その隣に悠然と腰かける巌のような巨大な影であった。

 無論、ライダーのサーヴァント、征服王イスカンダルである。

 

「ぎゃあぁぁぁっ!」

 

 所謂、“デコピン”の威力に因って、ウェイバーは叫び声を上げていた。

 途轍もない痛みであるのは予想出来ただろうに、ウェイバーは躱すことすらしなかった。

 何しろ、鉄橋の高さは五〇m、人であるウェイバーは、落ちれば即死という状況である。防ごうにも躱そうにも、手を離さなければならず、それが即ち死へのダイブへと繋がる。

 では、何故、そんな状況にも関わらず、ウェイバーが片手を外し、海浜公園を指差したのか。

 今まさに、それを忘れるようなことが海浜公園で起きていたからだ。

 

「……ふむ。霧が出てきたな」

 

 ライダーの言葉の通り、先ほどまではっきりと見えていた筈の海浜公園に深い深い霧が立ち込め、遂には見えなくなってしまったのである。

 

「あれはお前を追いかけ回していたヤツの宝具か?」

「多分、そうであろうな」

 

 この一日、ウェイバーとライダーに奇襲を仕掛けようとずっと着いて来たサーヴァントがいた。

 如何にかそれを振り払うことが出来、ウェイバーがほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。今度は逆に、ライダーが追っての監視を――よりにもよって鉄橋の上でし始めるという理解し難い行動に出て暫く経った頃である。

 何とかウェイバーも耐え忍んだ甲斐あって漸く、動きがあったのだ。

 

「だけど、一体如何して宝具を解放したんだ?」

「決まっておろう。敵に先制を掛ける為よ」

 

 ライダーが豪快に笑って答えた。

 

「この征服王も、今し方気が付いたが、如何やらヤツの傍にもう一人別のサーヴァントが近づいて来たようだ」

「じゃ、じゃあ――」

「一戦、間違いなくやらかすと見てよかろう。しかも我が追っていた方の真の狙いは、余を戦場へと焙り出すことにあるようだ」

 

 ライダーはいかにも愉快そうに、併し、瞳には獣の如き眼光を宿し笑った。

 

「――面白い!」

 

 ぞくりと、ウェイバーは身震いする。敵の挑発か、それとも罠か。だが、それは英霊イスカンダルの魂の、それも決定的な部分に火を点けた。

 ――だが、それより何より、ウェイバーにとっては、現在の身動きが出来ない状況の方が優先事項であった。

 もしたった一つ、聖杯に掛けても良い願いがあるのならば、すぐさま地上に下ろしてほしいということ。

 そう言い切ってしまっても、今のウェイバーには嘘ではなかった。

 

 

 




『青龍艶月(チンロングアンダオ)』
ランク:D~B
種別:対人・対軍宝具

 関羽雲長が使っていたとされる、青龍偃月刀“冷艶鋸”の真名。海浜公園全体を覆うほどの濃霧を作り出した他、色々と戦闘補助的な能力を持つ。
 尚、D~Bというのは、その使い方の時のランクであり、この武装そのものと、内包する二つの絶技はAランクオーバーである。
 ところで、青龍偃月刀に“青龍”と付く所以は、刃に青龍を描いているからであるが、ランサーが出したそれには青龍が描かれていない。これには理由があり……。

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