その日聞いたアザゼルからの話に、驚愕はせずとも悔しさを覚えた。
「セラフォルーが破壊された。
理由はお察しの通り兵藤達がだそうだ」
「そうか……」
これで二人目。魔王を潰した宿命の相手に俺は武者震いなのか、それとも恐怖からなのか……。
アザゼルの口から語られる魔王の破滅に、あの夜見た憎悪の塊を思わせた赤龍帝の姿が思い起こされ、俺は微かに震えながら話を聞いている。
目の前のアザゼルにはバレては無いものの……バレてないからといった所で俺と奴の実力差が縮まる訳でも無い訳で。
「残りはアジュカとファルビウムだが、あの二人がまず黙ってるとは思えねぇ。
チッ、頼むからこれ以上刺激なんてして欲しくねぇもんだが……」
「そうだな」
俺に出来るのは、自分の弱さを受け入れ、その上で決して折れずに己を鍛えるしかない。
何時の日か奴を越える為に……。
その為にはまだまだ俺は鍛えなければならない。
「ところでよヴァーリ? お前最近何か拾ったのか? 妙にソワソワしてる事が多くなった気がするんだけど」
「!? べ、べべ、別に? 捨て猫を隠れて拾ったとかしてないぞ?」
「…………………。あ、そう。
まぁ別に悪いとは言わないけどよ……うん」
「や、やだなぁアザゼル。本当に俺は何も拾ってないぞ! あ、ははははー!」
(相変わらず嘘が下手だなコイツ……)
勝つ為にな。
しかし勝つ前にどうしても確かめなければならない事がある。
何とかアザゼルに黒歌の事を誤魔化しつつ、ボロがこれ以上出てはならないと部屋を出た俺は、チャッチャと隠れ家に戻り、暇そうにしていた猫妖怪に今回の事を話してみる。
「二人目の魔王がやられたらしい。お陰で現在冥界内は大混乱だ」
「白音の時みたいにまたあの男がやったんだ……」
「あぁ……こうも簡単に四大魔王の内の二人を破るとはな」
兵藤一誠の話になると、途端に殺気立つ猫妖怪の黒歌。
兵藤一誠並びにコカビエルと同質のそれを持っているからこそ俺は手を組まないかと誘ったのだが、この女自身は妹を兵藤に破壊された恨みで動いている。
故に兵藤の話をすると憎しみの表情を浮かべ、直ぐにでも殺しに飛び出しそうな殺意を滲ませている。
しかし今行ったところでみすみす殺されに行くようなものなのは黒歌とて理解している。
何せ直接一度は戦い、危うく殺されかけたのだ……。
コカビエルみたいな神器のカテゴリーから外れた力を土壇場で覚醒させたからこそ壊されもせずに無事だが、コントロールすら儘ならないまま挑んでも意味なんて無い。
だからこそ俺は落ち着かせる為に、兵藤が起こしたとも言える冥界内の混乱を利用してやろうと提案する。
「この混乱に紛れて冥界に忍び込み、お前の妹の元へ行ってみるというのはどうだ? お前とて兵藤の言っていた言葉の裏付けを取りたいだろ?」
「………」
アザゼル曰く、二人の魔王が破壊された事でより混乱している……ともなれば、この女の妹にその混乱に乗じて近付き、真実を知るべきだと思う。
兵藤から既に話を聞かされたらしいし、黒歌としても信じられないのであるなら先に真実を知るべきだと思うのだ。
……それに上手く行けば、この女の妹の身柄を奪って破壊のメカニズムを調べ、もしかしたら思わぬ治療法が手に入るかもしれないしな。
「お前にとって知りたくない真実があるかもしれないが、聞かないフリをして誤魔化した所で前には進めない。
だからこそ、真実を今知るべきじゃないか?」
「………………でも」
「それに、こうも立て続けに魔王がやられたとなれば他の勢力からの攻撃が無いとは言い切れない。
そうなれば、身動きも取れないお前の妹が危険に晒されるかもしれないんだぞ?」
「う……」
別にこの女の心配でやってる訳じゃないが、一応手を組んだ相手だしな。
それなりにこの女の精神的苦痛の要因を取り除く手伝いだけはしてやらないと……。
極限の状態で覚醒させたアレに陰りが出てしまったら色々と困るからな……うん。
ヴァーリは本当に私を匿ってる事を所属してる堕天使達に内緒にしてた。
理由は育ての親の堕天使に色々と言われるのが嫌だかららしいけど、逆に言えばヴァーリ自身はその育ての親と頻繁に口にしてるコカビエルという堕天使以外はそんな信用してない様に聞こえる気がした。
その理由を私は聞かないし、再起のお膳立てをして貰った以上私はヴァーリの意向に従うつもり。
何気に親切だしねこの男の子。
「で、お前が兵藤一誠の攻撃から逃れられたアレについてはどうなんだあれから?」
「どうって……私にはよく解らないよ。
確かにあの時赤龍帝の奴が一瞬だけ驚いてたからあるにはあると思うんだけど、神器とか仙術とかと違って微妙に掴みづらいし……」
「俺の師曰く『
曰く『各個人のエゴととも思える確固たる精神が何かの拍子で爆発したら発現する神ですら知り得ない力』ともな」
「……。ヴァーリのお師匠さんって本当に何でも知ってるのにゃ……」
「あぁ、アイツは凄い奴だぞ。機会があったら是非会わせたい」
育ての親らしいアザゼルと、師匠とほぼ毎日その名前が出るコカビエル。
この二人以外の堕天使の話は全くしない辺り、そうとう二人が好きなんだと、私は今もコカビエルの話になると自然と楽しそうな顔してるヴァーリの横顔を眺めながら、不法侵入した冥界内にある病院を転々と探っている。
「……。ここにも白音は居ないにゃ」
「そうか。
となると残りはグレモリー領のみとなる訳だな」
理由はひとつ、冥界内が白音にとって『安全』とは言いがたくなってきたから。
人間界よりも広い冥界内では既に赤龍帝に破壊された二人目の魔王の話で不安になってる悪魔の民達だらけであり、ある領土には赤龍帝の顔写真にナイフで突き刺したものが大量に貼られてたりする。
これを見るに悪魔の殆どは赤龍帝の男を恨んでると分かるのだけど、そのお陰でこんな簡単に、しかも堂々とはぐれ悪魔である私や別勢力付きのヴァーリが侵入できてるんだから、とんだ皮肉だと思う。
「グレモリー領はより赤龍帝への憎悪の声が多いな」
「グレモリー家は魔王含めて殆どやられたからね……私には何と無くわかるにゃん」
白音を探して最後にやって来たのはグレモリー領。
レヴィアタン領にあった巨大な医療施設に居なかった事を思えば最早このグレモリー領に居ると思って間違いない訳なんだけど、既にこの領土にある空気は赤龍帝への憎悪と怒りで淀んでる気がした。
「……。そんなに憎いなら今すぐにでも仕掛ければ良いだろうに」
「………」
赤龍帝に死を。そんなキャッチフレーズが書かれた顔写真が城下町に貼られまくってるのを見ながらヴァーリが少し呆れていたのを私は何も言わずにただその横を歩く。
まだ私としてこの憎悪してる悪魔達の気持ちがわかってしまうからだ。
「ここだな」
「……うん」
でもあの時あの男が嘲笑う表情から憎悪の表情に私に誰かを重ねながら口にしていた事が本当だったとしたら……。
「どうした?」
「っ!?」
……。いや、そんな事ない。白音はそんな事する子じゃない。
「何でもない……」
「そうか。なら行くぞ……どうやら集中治療室にいる様だ」
あの男の単なる戯言だ。
これから白音の元に行ってそれを調べれば全てが分かることだ。
それが解ったら後は、あの男を只の狂人と見て思う存分殺せるし、躊躇もしない。
だから……お願い。
「し、しろ……ね……」
「これは……人と呼んで良いのか……?
こんな、全身に管を通されたものが……」
戯言であってくれ。
集中治療室に居た……白音と白音の仲間達の生きてる事すら奇跡的な姿を前に私は願った。
ヴァーリが邪魔が入らない様にと医者の悪魔や警備の悪魔を気絶させてくれたお陰でやっと再会出来た私は、白音であって白音に見えない…………原型すらわからなくなるほど壊れてて、包帯で全身がミイラみたいにグルグル巻きにされて機械に繋がれて解らなくなってる白音の姿に頭がおかしくなりそうになる。
「………」
包帯の下がどうなってるかなんて考えたくも無かった。
時折びくんと痙攣してるこれが白音なんて思いたくなかった。
けど白音が白音である気配が解らなくなってるほど私は耄碌してるつもりも無く、皮肉もこの姿が今の白音である事が判ってしまってる。
「白音……お姉ちゃんだよ? 聞こえる?」
「………」
時間はあまり無い。
けど話しかけずには居られずに、私が黒歌だと包帯越しに白音に触れながら話し掛けるけど、返事は無い。
それだけで悔しさやらで涙が止まらなくなったけど……。
「ごめんね? ごめんね白音……」
私は真実を知らなければならない。
本当に白音があの男の言った通りの事をしたのか……。
嘘なら嘘で本格的に復讐出来るからと心の何処かで嘘であることを願いながら、私は白音の身に触れて記憶を――
『あぁ、先輩。先輩の力が私にも使える様になりました』
『がっ……て、テメェ……』
『暴れないでくださいよ先輩。皆は先輩の事が大好きなんですから』
『ふざけんな! 離せ、離しやがれ!』
『どうしてそんなに拒絶するんですか? 部長と副部長に無理矢理関係を持たされたからですか?』
『全部だ! 勝手に自分の中にズカズカと入りやがって、このクソ悪魔が!』
『その事については皆さんを代表して謝ります。けど、仕方ないんですよ先輩。
先輩の力は私達に必要なんだから』
『ぐ、ぐ……が……こ、コロシてヤる……!』
『あは♪ あははは♪ 先輩……あは、先輩からの証を確かに貰いましたよ? これで逃げられない。ふふ、これで先輩の事を好きになれますよ? あはははは♪』
『先輩』
『イッセー先輩……♪』
『離さない……あの二人よりも私が先輩を……あははは!』
――
「な……なによ、これ……」
「随分と……その、酷いな」
白音の記憶を覗き終わり、意識を現実に戻した私はショックを通り越した何かを抱き、白音を見ながら後ずさりをしてしまう。
一緒に覗いたヴァーリもまた横で顔色を悪くしている。
「な、何でよ……どうしてよ……!」
「お前の妹……どうやら赤龍帝自身が持つ力に他の連中共々完全に魅入られていた様だな」
私は絶叫したくなる声を何とか押さえ込みながら、どうしてだと喋れない白音に言った。
けど返事は無く、あるのはただ……赤龍帝の中に宿っていた神器とは別の進化する力に取り憑かれて狂った白音の記憶。
そして……。
「どうして今もあの男の事を……!?」
今でも全く変わらない赤龍帝への執着心。
それが嘘だと思いたい、壊されても尚、生きてる屍にされても尚変わらない赤龍帝への狂った想いに私は白音自身の事が解らなくなってしまった。
「何でよ! どうしてそうなっちゃったのよ!! 白音ぇ!!」
「ぐ……ぎ……ぃ……!」
「落ち着け黒歌!」
無理矢理包帯をひっぺがそうとする私に白音の呻き声が聞こえ、後ろからヴァーリに取り押さえられる。
「離してよ! こんなの……こんなの……! 昔私が殺した悪魔の主と同じじゃない!」
「だが今それを責めたとてお前の妹はまともに口すら聞けないんだぞ!?」
「うぐ……!」
ヴァーリにそう後ろから押さえられながら言われた私は、一気に全身の力が抜け落ち、身体を支えられる。
「ショックだったのは他人でしかない俺ですら感じたんだ。身内のお前の抱いたショックはそれ以上だと察してやれる。だが、これが現実なんだ。
赤龍帝の……無限に進化する力を偶発的に繋がりから使役する様になってしまってから全て……」
医療機材の音だけが虚しく響く病室。
私は何の為に復讐しようとしたのかすら分からず、ヴァーリに支えられながら頭の中がグチャグチャになって声すら出せない。
これだけ壊された原因であった事も、そして白音自身は壊されても尚あの男に対して気が狂ってるとしか思えない想いを今尚募らせている事も。
「そこに居るのは誰だ!」
「っ!? 騒ぎすぎたか、警備の奴が来たか。
おい黒歌、一旦退くぞ!」
「…………」
解らない。白音の事が解らない。
いや、もしかしたら解ってたつもりだけだったのかもしれない。
結局疎遠になってから姉らしい事なんてひとつもしてなかったから……。
「貴様、どこの者……っ!?」
「少し寝てろ。ついでに記憶も消えろ」
「………」
警備の悪魔を倒したヴァーリが転移の陣を広げ飛ぶまでの間、包帯だらけの妹を見つめながら私はこの現実にどうしたら良いのかわからなかった。
「……が、ぎ……い……っ……せ……せ、ん……ぱ……い……!
に……が…………さ……な…………い……」
「白音……」
最後まで白音の記憶にあるのが赤龍帝の男だという事も含めて……。
壮絶で、そして余りにも嫌悪すべき現実を知らされたヴァーリと黒歌。
無事冥界から抜け出して隠れ家に戻った後も、両者の記憶は白音という少女の、破壊されても尚残る一誠への異常な執着心についてだった。
「…………。どうする、真実を知ってしまった今、お前は赤龍帝へのリベンジをするか?」
「それは……」
それを踏まえてヴァーリは黒歌を落ち着かせる為にホットミルクを入れて上げながら改めて問うた。
全てを知った上で復讐は取り止めて密かに生きるかどうかを。
「私は……」
正直ヴァーリは余りにもあんまりな真実を知った今、黒歌を対赤龍帝としての仲間として加え続けるには酷だと思っていた。
確かに黒歌が土壇場で覚醒させたスキルは対一誠に重要なのかもしれない。
けれどそれ以上に今回知った真実を思えば、赤龍帝が全部悪いとはどうても思えず、またショックを受けた黒歌に無理強いさせるにはあまりにも可哀想だった。
師と義理の父親の持つ精神を受け継いでいるヴァーリだからこその優しさがそう思わせたのだ。
「私は……」
「大丈夫だ、お前が戦いたくなければ俺は無理強いさせるつもりはない。落ち着くまでここに居たって良い」
「……。うぅん、違うよヴァーリ。私は戦うよ」
しかし黒歌は既に覚悟していた。
「戦うにゃ。確かにショックだったけど、それでも私にはたった一人の妹。
どんなに変わり果てても私の妹を傷付けたから――――違う、もう白音を言い訳にしない」
確かに真実は余りにもおぞましいものだった。
変わり果てた妹にショックと悲しみを抱いた。
けれど黒歌の道は変わらず、同情した顔のヴァーリを真っ直ぐ見据えながら言った。
「私は、あの男を倒して前に進む。
仇討ちじゃなく――私自身のケジメの為に」
修羅の道に進む覚悟を。
暗闇の荒野に、進むべき道を切り開く覚悟と意思を。
「そうか……」
その意思を受けたヴァーリはただ一言そう言って頷く。
かつて師であるコカビエルから教えられた折れずに立ち向かう精神を今確かに黒歌から感じ取ったからこそ、ヴァーリは漸く黒歌を上っ面だけの仲間ごっこでは無い本物を手にしたのだ。
「倒すぞ赤龍帝を。奴を越えて俺達で先の領域に行くんだ」
「……。うん、もう言い訳にして誤魔化さないにゃ」
カップから立ち上るホットミルクの湯気を横に二人の手が繋がる。
対赤龍帝チームとしての真の樹立……それがたった今完全に結ばれた瞬間だった。
「でも、ひとつだけ最後に良い?」
「む、なんだ?」
「…………。泣いて良い?」
「思う存分泣け」
けれど、それでもショックなのに変わりは無く、特別豪華とは言い難い隠れ家のリビングに対面する様に座る黒歌に若干上目使い気味に言われたヴァーリは、断る理由も全く無く頷く。
「泣け泣け、俺も小さい頃は悔しくて泣きまくってたからな」
「うん……。
で、あの……肩とか貸してくれないかにゃ?」
「は? ……いや、俺撫で肩気味なんだけど」
「それでも良いから……お願い」
「む……まあ別に良いが」
黒歌に言われて渋々肩を貸す為に立ち上がるヴァーリが黒歌と向かい合う形に近寄り合うと、言われた様にもたれ掛かった彼女を支えてやる。
「う……ぐす……うぅ……!」
「………」
小さく震えながらヴァーリの肩……というよりは胸元で泣き出す黒歌に、昔コカビエルにして貰った事を思い出したヴァーリは、おっかなびっくり気味な手つきで不器用に黒歌の頭を撫でる。
「白音……白音ぇ……うわぁぁぁん!!」
「…………」
最後の弱音とばかりに泣き崩れる黒歌の背に手を回し、もう片方の手でよしよしと無言で頭を撫でて慰めるヴァーリ。
対赤龍帝チームとして完全な結成を果たしたこの日、二人はただただ寄り添い続けたのだという。
「ぐす……ありがとヴァーリ……」
「俺は何もしてないが」
「うぅん、充分してくれたよ……」
終わり
補足
真実を知った今、白音さんを理由にでは無く『自分自身が先に進むためのケジメ』の為に一誠と事を構える決心を付けた黒歌さん。
裏事情になりますが、これにより彼女の中に迷いとして燻らせていたキラーサインが……。
その2
白音さん、破壊された今でも尚一誠に対するイカレた想いが残ってる模様。
寧ろここまでくると、もしかしたらマジで一誠の事を……となりますが、最早全てが遅いという悲しき現実。
その3
うーむ、やはりこの章からヴァーリきゅんが主人公してるぜ。
しかしアンチ物は難しい。
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