境界線上のホライゾン~継死の虎   作:クロ(夜桜)

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 ※雑談多め。
捻りも無くシリアスとギャグを入れて淡々と話を始めるのが境ホラ。
そして唐突に何かが弾ける。

彼は征く。
推されて征く。
背負って征く。
(配点:それが俺の道だ)


第一話~虎という名の獣~



「……虎よ。その名にある獣の一文字と共に生きろ。お前の進む道が、我等が一族の誇りであり、夢になる。逃げても良い、抗っても良い、勝ち拘っても良い、隠れ潜んでも良い。この先お前がどのような自分自身を得ようとも、我等はこの日この瞬間、悔いなく信じることを幸いとする。――未来へ続く最後の一人が、お前で良かったと」

 そう託され、あの日、少年は実の父の首を刎ねた。
豪雨が(しき)る夜。雷鳴が刹那に照らす裏庭で、満足気な笑みを浮かんだ顔が泥濘(ぬかるみ)に落ちては沈む。
その後家は没落し、氏族の名前だけが、かつての名残として記録に残った。

 十年前の春。梅雨の季節だ。
血溜まりと白装束の亡骸を残して、少年は姿を消した。

 それが全ての始まり。
世界が終わろうとする最後の一年に、本当に世界を終わらせた、これは憎まぬ一匹の獣の物語。



◆ ◆ ◆









  境界線上のホライゾン~継死の虎~

  序章―後悔の道、後悔せぬ契り―









◆ ◆ ◆



 どこからか響く鼓動に、気付けば墓所にいた。
高い空。満遍なく続く広い青と、満遍なく広がる緑の大地を見渡せる、飛翔の空だ。
高い視点を支えてくれる飛翔の正体は、巨体を指す。
巨体とは、竜の如き威容と、竜の如き存在感を伴う、鋼の艦影だ。

 八艦からなる、左右前後三隻、中央前後二隻の双胴式構造。
準バハムート級航空都市艦。各艦の艦首側面外壁には、”武蔵”という総艦名の後に、各艦の固有名が続く。
極東唯一の独立領土にして、空飛ぶ竜が背負う街並み。その武蔵の中央前艦”奥多摩”艦首近くには、自然公園と併設した霊園がある。

 少年はそこにいた。

 いた(・・)、という事実に対して特に理由付けは無かった。
強いて言えばなんとなくであり、敢えて意味づけをしようものなら、そもそも武蔵にいること自体に意味が無い。自分の辿る道は全て成り行きに任せよう、そういう思いで少年は足を運んだ。
 成り行きが決めた行き先には先客がいた。陽射しが降り注ぐ朝。墓所の両側に列生する並木が木陰を作り、その下で銀の後姿が目立つ。
長い銀の髪をした女だ。正確に言うと、少女か。細い身体から見える肌の部分は、人ではない部品が混じっている。――自動人形だ。見てわかる限りだと、手足などは黒の生体パーツ。陶磁材質が主な極東では珍しい、欧州系列の高級品だなと、この時少年は思った。

墓所に他の人影は見当たらない。
街中は朝一番の喧騒がようやく囀り始める時間だ。
まだ静けさが漂う中、不意に声が作られる。
声は自動人形のものだ。そして声は、歌のリズムによって奏でられる。

「通りませ――」

 知っている歌だった。
或いは、知らぬ者はいない歌だ。
極東ではメジャーな童謡。だが自動人形が歌うそれは、通しを誓う力強い歌詞に反して、悲しみを感じる。
その悲しみが己のどこから湧き出たのかは解らない。ただ少年は、目の前の自動人形を見て、不思議だと思った。
 死者を弔うこの場所で、前に進む(うた)を歌う、感情無き者。
ふと、少年は自動人形に声をかけた。

「随分と、いい声で歌う(鳴く)じゃねえか」

 …………。

 …………待て。自分で言っておいて、何か違う。
こう、今のニュアンスは、捉えようによっては番屋案件だ。
目撃者がいないのが幸いだが、寧ろ目撃者がいないのが最悪とも取れる。
反射的に辺りを見渡す、誰もいないな? 良し。安全確認する自分完全に不審者だよコンチクショー。
内心で頭を抱えた。そして声をかけられて自動人形の少女が振り返った。
一瞬目が合い、半目の無表情がどこか特徴的な彼女は、先ず同じように周囲を確認し、

「?」

 自分のことかと、首を傾げて己の顔を指差す。
何というか、ちょっとやり辛いなあ、と思った。
問題発言暴発したのは自分だが、せめて何か言ってくれと申したい。
こっちは内心で悶えているんだから会話のスタートを切らせるなと。
そんな無言の祈りが届いたのか、少しの間を置いて自動人形の少女は得心したように、一度ポン、と拳で手のひらを叩き、

「アンコールをご所望ですか。ですが今の、まだ一曲目なのでラストまであと二時間くらいはお付き合い下さい。さあさあ、蛍光松明のご用意を。これから熱唱致しますので。続いての曲は”通し道歌”、参ります」
「おいそれアンコールじゃねえか。つーかまさか二時間も同じ曲歌うのか……」

 ツッコミに、自動人形の少女は一度頷いた。
その上で彼女は無表情のまま若干得意げに胸を張ってこう言う。

「違う曲ではありません。先ず先ほどのは一日の始まりを元気付ける”おはよう通し道歌”、そしてこれから歌うのは毎朝の時報に合わせた”タイムライン通し道歌”、その次の三曲目がお昼の休憩タイムに向かってガッツを入れる”燃えろ通し道歌”と、最後の十八曲目は午後の多忙なスケジュールを前に絶望する”死にたい通し道歌”へ続きます。さあ、どうですか?」
「既にこの時点で聞けば聞くだけ死にたくなるようなレパートリーだな? それでその通し道歌ズ、曲名以外にどう違うのだ?」
「Jud.、曲名が違うだけですが?」

 やばいスタート切らせたらブレーキぶっ壊れてる系のが返って来た。
今度自爆してもちゃんと自力で空気仕切ろうと少年は素直に猛反省する。
なんか早速こめかみ辺りの血管が朝から破裂しそうなのだが、若いうちに血圧管理出来てないのはマズイ。原因は目の前の女だが。

「それで? 何者ですか貴方? 急に背後からR元服系の陵辱キャラが言いそうな台詞で挨拶してくるとは。番屋と仲良くしたいのですか?」
「見逃してくれたんじゃなかったのかYO!?」

 隙を生じぬ二段構えに思わず語尾が欧州訛りになった。
ちょっとどころかこの女超やり辛い。具体的に言うと今猛烈に逃げたい。成り行きで墓所まで来て知らない女に声かけるんじゃなかった死者の皆さん御免なさい。

「アー、ナンカオナカガスイテキタナー。チョットアサメシデモクイニイコウカナートオモウノデココデシツレイシタイナー」
「ふむ……。自動人形すら上回る見事な棒読みですね。そして朝食をご所望でしたらどうですか? こう見えて私、軽食屋兼パン屋の店員ですので、今から開店準備をしに店まで行く予定です。本日最初のお客様として歓迎いたしますよ」
「やべえ、神様が俺に死ねと言っている……」
「ほう? そこまで切迫していますか。まるで正純様みたいですね? ならこんなところでもたもたしている暇はありませんな。さあ、行き倒れる前に速く行きましょうか」
「しつこいセールスに掴まった押しに弱い専業主婦かよ俺は……」

 実際小腹は空いているのだが何という都合か。
間が悪いとも言えるし、実は何かのドッキリ特番か何かか? と少年は肩を落とす。
見れば、歌っていた少女の足元には桶があった。水の入ったそれには、柄杓が立てられている。
誰かの墓参りか、と今更になって思うも、

「それはそうと、人間様の理屈では、こうやって話すのも何かの縁。一応自己紹介でもしますか。――私はP-01sと申します。なんか昔のことをよく憶えていない、通りすがりの自動人形です」

 唐突に名乗る少女に、またも少年は妙を得た。
そして名乗られたからには名乗りを返さねばと、武人の礼節が言う。

「そうだな、俺は……、――まあ、ここは本名を名乗るってのが筋だろうけど、悪いが一身上の都合で、今は”(とら)”と呼んでくれ。ただの旅人で、一応傭兵かぶれな仕事をやっている。同じ通りすがりとして宜しく頼む。P-01sとやら」

 過去を失った通りすがりとはまた、お互い様だと。
成り行きが決める出会いとしては、妙な偶然もあったと、少年は小さく笑った。
 同時に、遠くから鐘の音が鳴る。
朝八時半の時刻を報す音。普段ならこの時間、教導院では一時限目の授業が始まる頃だ。


◆ ◆ ◆


「後悔通りを艦首側に行くぞおーーー!」

 と、野次の叫びが上がったのは、武蔵が右舷二番艦・多摩表層部にある商店街からだった。
叫びに釣られて、多くの物見が集まるのは街道の端、脇、そして窓際や屋根上と、誰もが道を譲る位置に徹する。
 喧騒の大元は破壊と破砕の音を伴いながら、艦上を往く。
この時間、街中は店々が商売を行うのもそうだが、同時にあるクラスが活動する時間でもある。

 武蔵アリアダスト教導院。三年梅組。
生徒会と総長連合の主な役職者が在籍する学生の集団は今、体育授業の真っ只中だ。
担任であるジャージ姿の女教師が先頭を走り、生徒たちがそれを追う図式がある。生徒たちは各々が独自の武装を持ち、術式を使い、ジャージ姿を標的に追撃を執拗に行う。中には指示を出す者もおれば、単に走っているだけの者もいる。
人である者や、人でない者。雑多な種族が入り混じる彼らは、譲られた街道や屋根上の空間を足場とした。
そして、

 「おっと、張り出しを忘れちゃアカンな」

 物見の中、不意にそんな言葉をを言う者がいる。
商店街の住民であり、己の店を経営する店主の誰かは、そう言いつつ手に取った紙にメモを書く。
 同時に、それを聞いた他の住民もまた、動きを作った。多くは、店のシャッターを下げ、防護用術式の設置を確認する。梅組の現在位置はまだ遠い。教導院がある中央後艦・奥多摩から前艦・武蔵野を通り、そこから多摩を経て右舷一番艦・品川を目指す流れだ。
ルートは事前に全艦住民へ通達されているが、細かい寄り道までは流石に知らない。ゆえに、授業による被害に遭わないよう、一時限目の時間に多摩に立ち寄る他の艦の者は少なく、多摩の方でも、朝の時間は営業を中止し、建物の保護のための準備をする動きが殆どだ。
午前は閑散となるな、という仕方ない考えもあるが、

「まあ、俺らも現役時代は似たようなことして遊んでたしな。――代々続けば名物ってもんよ」
「しかしどうだろうか今年の面子は? 副長役が不在で攻撃の(かなめ)が無いのもあるが、これまで一点取れた奴いねえだろ」
「Jud.、しかもルール上、一発ヒットでミスだ。生徒がよほどの間抜けじゃなきゃ、単にあの姉ちゃん先生が化け物って話だがな。とは言え前回は惜しかった記憶がある。それでも一年の時よりは格段に上手くなってるさ」

 うーむ、と店主たちが雑談する間も、授業の物音は近づいてくる。
それを合図に、彼らは自分の店が通り道にならないよう祈り、手早く午前の店仕舞いを進めた。

 そんな中、通りの中央、一軒だけ閉めてない店があった。
青い屋根瓦が特徴的な、西洋風の軽食屋だ。門前に、”青雷亭(ブルーサンダー)”と看板が立てられた店には、”店主配達中””営業中”という札が掛けられてある。
それを見た住民の何人かは、珍しがるも、特に何かを言う気はなかった。仮に店に被害があった場合、補償金は生徒会の予算から出るため、敢えて朝の営業を続ける店も勿論ある。
とは言え、”青雷亭”は多摩付近でも、朝早いことで有名な店だ。パン屋も兼業しているため、二十四時間態勢で働く機関部や番屋にとっては、腹ごしらえに良い場所だ。
店主が元(さむらい)なため、肝っ玉が据わってるのか、どうにも体育授業に対する騒ぎに反応は無いらしい。

「っと、見ている傍からか」

 考えると、当の本人が返って来た。
授業の音とは逆の方向、艦首側から通りに来る影がある。
年季の入った皺を顔に刻む、腰に前掛けを巻いた一人の女だ。
”青雷亭”店主である女性の姿を見て、他の住民たちが反射的に挨拶をする。

「よう、店主。あんたんとこ、相変わらずかい?」

 呼ばれ、女店主は笑みを作りながら、手を振って会釈した。
店は閉めない、という返事だろう。証拠として、配達後の空になった手棚を担ぎ、彼女は店に入ろうとする。
すると、

「ぬぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 不意に、通りの先から唸るような叫び声が上がった。
見ると、路地の影から転げるように飛び出す者がいる。
細い小柄な体躯。商家の紋様が入った上掛けを肩に羽織ったのは、小等部くらいの年をした幼い少年だ。
顔に焦燥の色を汗と共に染めた彼は、必死に道沿いに走る。それを見た誰かが、少年に声を掛けた。

「おい、(たいら)! こんなところで何やってんだ? お前んとこの店、村山の方だろ?」
「ああ?! うっせえな商品の仕入れに立ち寄っただけだよ! つーか今日、高等部の体育授業だったのかよ!? 通知来なかったから倉庫区画で門前払い喰っちまったよこんちくしょー!!」

 返って来たのは、何とも口の悪い返事だった。だがそれを気にせず、住民の一人があー、と前置きし、

「そりゃあお前、通知なんか来なかったからな。何時もは奥多摩の方から連絡が来てから対処するもんだから、知ってたら俺たち、そもそもこうやって閉店の準備しねえって」
「マジかよ武蔵どんだけなんだ!? アンタ等良くそんなアドリブ力で生活できたな!? ていうか高等部の連中せめて進路くらいは事前説明しろよ!!? ていうか俺これからどうすんだよ!?」

 言われ、進路も担任の気分で当日に決めてるからなー、という言葉は口にしないでいた。
そんなことよりも、確かに子供一人が出歩くには危険な状況だ。一応、授業している連中も前方不注意で住民に怪我を負わせるような間抜けではないが、万が一と言うものがある。
しかし殆どの店は既に防護を張り終わって不可侵状態だ。地下区域への避難が最善だが、昇降口は艦の両舷端にあるため若干距離がある。どうしたものかと、皆が思案していると、先に”青雷亭”の店主が声を作った。

「ふーむ。なんなら暫くうちに来るかい? 坊や。うちは今日店を閉める気はないから、連中が通り過ぎるまでは匿ってあげられるよ。ついでに客として何か注文してくれたら有り難いだね」
「は!? マジかよおばちゃん恩に着るぜ!!」

 表情を明るくする平少年に、不穏な授業音が大きくなった。
武蔵野から多摩左舷を抜け、商店街大通りまで来る流れだ。つまり自分たちがいる辺りが通り道となる。
うへぇ~、と動きを止めていた住民たちはげんなりしながら足早に退散を進める。
 平や、”青雷亭”の女店主もそれに続いた。配達中の札を外し、扉を潜ると。

「今戻ったよ。――P-01s。大事無いかい?」
「Jud.、問題ありません。虎様の方も、丁度今新メニューの試食に大層ご満足しておられたところです。具体的に言うと、感動の余り動かなくなっておりました」

 店の中には、既に人がいた。
店員である銀髪の自動人形と、先客である一人の少年だ。
そしてついでに言うと、少年はカウンター前にある席に突っ伏していた。
顔が沈んだ机は血のような赤い液体で染まっている。

 現場だった。


◆ ◆ ◆


「うぁああああああああああああああああああああ!!?」

 突然目の前に映った光景に、少年――平賀(ひらが)(たいら)は己の不運を嘆かずにはいられなかった。
商家の朝は早い。取り扱う品物にも関係するが、朝の開店準備をするための仕入れや、在庫のチェック、店の掃除、一日のスケジュールなどを含めて、ある意味営業よりも忙しい時間帯が、朝の準備だ。
平は正確に言うと、生粋の武蔵民ではない。色々と訳があって、小等部三年の夏から武蔵に移住してきた、所謂帰化移民だ。教導院の学生寮に住む傍ら、親戚の叔父夫婦が経営する店で働かせてもらっている。

 仕事は正直に言って、出来る方ではなかった。
子供の身で仕方ないともいえるが、経理などの金勘定はまだ自分には難しすぎた。力仕事も、重いものは手に余るゆえ、もっぱら平の仕事は、簡単な雑事や店番、商品のチェック、あとは商品の仕入れに業者へ伝言を伝えることだけとなっている。それでも仕事をしているというよりも、仕方なくやらされている感が強い。いずれは自立して任されるよう、日々頑張ってるつもりだが、今日は日頃と比べてまた一段と災難だった。
 朝の仕入れに村山にある店の倉庫に行くと、前日のチェックミスか商品の在庫が足らず、急遽多摩にある業者に頼んで回して貰おうとしたら、よりにもよって高等部の体育授業のせいで多摩表層部の商店街はほぼ営業中止のなった。それに釣られて倉庫区画も午前は整備点検に入って一時立ち入り禁止となり、門前払いを喰らった平を待ってたのは件の体育授業がすぐ近くまで迫っていると言う事実。

 授業内容は去年の同じ時期に遠くから眺めていた記憶があるが、あの時は何かすげー、としか思わなかった。術式の光弾や斬撃が絨毯爆撃のように飛ぶも、高等部の授業だから自分にはまだ早い、一般市民だから関係ないと、他人事みたいで現実味が無かったが、間近で巻き込まれようとなると話が違う。
ていうか高等部の先輩たちは毎年ああいうのやってんのかよ頭おかしいんじゃねえのと思ったが、実際はあのクラスがおかしいだけで他は普通なのは平の知るところではない。
 また、あんな物騒な授業が近くで行われていると言うのに、一軒だけ営業を続けている頭おか……、肝っ玉の据わった店があったのは平にとっては幸いだったが、

「ひ、人が死んでるぅうううううううう!?」

 人の良さそうな店主に誘われて店に入ったら、いきなり店内が番屋案件になってるのはどういうことか。
もしかしたらここ、外よりヤバイんじゃねえのか? と平は尻込みするも、

「おい、まだ死んでねえよ。……まあ、一瞬、意識が飛びかけたのは事実だが」

 途端、返ってくる返事は、赤塗れな席から来た。
突然なことに、え、と平は疑問するも、目の前、机に突っ伏していた死体が(おもて)を上げた。

「ふー……、久しぶりに強烈なのを喰らったぜ。なんだよこれ、ボルシチかと思ったらタバスコじゃねえか!? その上ガチで何か動物の血とか入ってんぞ! つーかこれ料理か!?」
「Jud.、味付けとして七味と黒胡椒、カレー粉、より色を鮮やかにするために臭みを抜いた豚の血を入れて煮込みました。P-01s特製、鮮血火山カレーです。まだ肌寒い時期なので身体を暖めるのに丁度よいかと」
「ああ、温まるどころか喉が焼けるかと思ったわ!! 殺す気か?!」
「殺す気だなんてとんでもない……。少し調味料の用量を間違えただけです」
「間違えたと解った上で仕上げんなよ!?」

 言うことはご尤もだが、顔面赤いスープ塗れは見ててホラーだ。
そしてこの男、見るからに奇妙な装いをしている。黒髪黒目、見た目は極普通の極東人だが、衣装が特徴的だ。
首元を覆う襟首式、K.P.A.Italiaのハードポイント。上半身は清武田の白い前立てに赤い三征西班牙(トレス・エスパニア)意匠の外套を羽織り、下はM.H.R.R(神聖ローマ帝国)のズボンに腰巻と、随分とハイブリットだ。共通点としてはパーツの殆どが(カトリック)派寄りだが、長い間使い込まれているのか、装甲部分は瑕が目立ち、布もそこそこ(いた)んでいる。本人も、年齢は見た目的に高等部くらいか、外見からして余所者なのは確定してるが、やや長めの髪を無造作に束ねた第一印象は落ち武者に近い。
更に、

「武装はご丁寧にIZUMO製かよ……」

 顔面赤スープの背負う得物に、思わず平は心の言葉が口から漏れた。
(あけ)色の金属製鞘。刃渡りが男の背丈ほどある直刃の大太刀だ。抜き身ではないため鞘の形状や造工から推測するしかないが、一級品の業物であることは素人の平にも解る。
そしてこちらの声に気付いたのか、顔面赤スープが振り向く。正面から改めてみると病院行けと言いたくなる絵面だが、アレはスープなのだと平は自分に言い聞かせる。飲んだら身体に実害の出るスープだが。

「なんだ? このタイミングで他にも客が来るとは、俺以外にも物好きがいるじゃないか、店主」
「なーに、この子は単に雨宿りに来ただけだよ。まあ、武蔵は命知らずや馬鹿に困らないのでね。少し時間が経てば他にも来るさ。――坊や。席は適当に取っておいて構わないよ。良かったら何か食べてくかい?」
「Jud.、考えとく……」

 見たのは自分かと思ったが、どうやら店主に反応したらしい。
男とこちらに会話を交えながら、店主はカウンターの方へと回って行った。
急に手持ち無沙汰になった平は店の奥にある席を取った。外の様子が解らないため、窓際を選ぶ勇気が無いのもあるが、将来戦闘系に走るつもりはないので、仮に体育の授業を見ても内容を理解出来ないだろうと。
しかし、

「にしても外は面白いことやってんな。―――ここの役職者たちだっけ? 戦科訓練に艦上レースとは考えたものだな」

 不意に、カウンターの方で顔面赤スープの声が届く、見れば顔を手拭いで拭きながら、彼は店内にあるショーケースを物色していた。商品の羅列の多くは焼きたてのパンだ。稀に幾つかのゲテモノが混じってるようだが、先ほどの流れで誰が作ったのかは想像しないでおこう。

「そういう言い方は止めといた方がいいよ。ここでは体育の授業さ。アレも単なるランニングで、まあ、ドンパチはついでみたいなものだと思って欲しい」
「あー、それもそうか。武蔵、武装解除されてるもんな。確か今期の監視係は三征西班牙だっけ? 艦の周囲を猛鷲(エル・アゾゥル)が巡回してるのを何回か見かけたな」

 聞いた感じ、やはり男は余所者か。否、――暫定支配によって武装解除された武蔵で、堂々と武器を所持してる時点で余所者か。
しかし余所者という意味では、平も同じだ。武蔵の住民と自分で言い張れるほど長く住み着いたわけではない。そういう同属的な感覚からか、思わず平の意識は会話の方へ集中してしまう。

「まあねえ、暫定支配下で仕方が無いとは言え、申請する装備や訓練もそれっぽい名目は必要なのさ。一応、その辺は聖連も理解してるので、やり過ぎない程度には目を瞑ってくれている。それが良いのかどうかは解らないがね」
「訓練くらい自分の庭で好き放題やりゃあいいのにと、俺は思うがね。邪魔ならあの武神(ハエ)ども、俺が代わりに叩き落してやろうか? 値段はちょいと高いが」
「頼もしいこと言ってくれるねえ。でも仕事の話なら生徒会の連中にでも持ちかけてみるといいよ。今年の副会長はちょいとお堅い人だけど」

 今、何やら物騒なことを聞いたようだが、気のせいだろうか。
人間が単独で武神と渡り合うには、各国では英雄級の個人戦力を持つ副長か襲名者が妥当だ。この男は今、自分は出来ると豪語したのか? 武神を落とすという所業を、平は耳に疑ったが、そんなとき、不意に外から大きな声が聞こえる。
声は、焦りを含んだ大きなもので、

「と、とうとう来たぞおーー!!」

 意味に、何が起きたのかは解る。
三年梅組の体育授業が、商店街に訪れたのだ。


◆ ◆ ◆


 外から聞こえる住民の声に、先ず虎は時間を確認した。
店内の壁に掛けられた時計を見ると、授業の終わりまであと半分を切ったところにある。
ショウケースへの興味は早々に尽きた。極東出身ならやはり和食か、洋食であるパンへの思い入れは余り無かった。そしてゲテモノの列は最初から眼中に無い。試しにP-01sへと視線を向けると、向こうは無言のまま親を立ててくる。やはり貴様の傑作か。
ともあれ、約束通りご馳走になったのは事実だ。出費は自腹だが、一応礼は言っておく。

「一食だが世話になった。縁があったらまた会おう」
「おや、もうお帰りになられるのですか? これからP-01s特製メニューフルコースをお届けしようと思ったところですが……」
「……試しに聞くがどんなレパートリーだ?」
「Jud.、先ずは前菜としてラムネソーダコーンスープと、チョコビスケットの生刺身サンド。後は――」
「Tes.、何も聞かなかったことにしてくれ」

 和洋折衷ところか、和洋相殺レベルだそれは。
この娘の料理は近いうち死人が出る。自分がそうなる前に退散しておこうかと思ったが、一つ気になったことがあるので、虎は確認としてP-01sを見る。

「そう言えばお前、何故あんなところで歌っていたのだ?」
「……さあ? 特にこれといった理由は無いと思います。強いて言えば、自然の成り行きかと。何せこのP-01s、昔の記憶が無いので、自分で自分のことをよく解っておりません」
「それは記憶喪失を便宜良く解釈してるのではないか……?」
「じゃあ、何故P-01sは毎朝一人墓地の真ん中で歌っていたのですか? この文面から見るに不審者めいたP-01sの不可解な行動に適切な解釈をお願いしたいのですが、今自分で言ってて何か負けた気がしたので今日はこの辺で赦して差し上げましょう。さあ、お代金を残して速やかに退散することをお勧めします」
「こ、こいつ……! 無理矢理自分ルールで納得した上に人を見下したな!? 最悪だよ!!」

 親指を二度立てる自動人形に、虎はチクショーしつつも財布から銭を取り出す。
ともあれ、本人に答えが無いのであれば確認のしようがない。記憶が無いから説明出来ないとは言ったものの、毎朝と習慣付けているからには、それ自体が答えとも取れる。

 代金を残し、虎は店を去った。
最後に店主の方にも挨拶を済ませ、

「先に失礼するよ店主。あと、長く商売したければこの自動人形どうにかした方がいいぞ。個性的過ぎて手に負えねえ」
「ははは、こう見えても仕事は出来る子なのでね。武蔵にいる間は何時でもうちに寄ってきてくれなよ。次は個性的じゃない方の料理を出すからさ」
「Tes.、宜しく頼む」

 会釈し、店の出入り口を潜るベルの音が鳴る。
外を出ると、見えるのは青の空と太陽の陽射し、眩い空の景色に、大気を奮わせる破砕の連続が迫った。

 艦尾方向から来る学生の集団を、虎は視界に収める。
先頭を高速で駆けるジャージ姿に、後続する学生たちが各々の武器で接戦し、術式の光弾や矢が降り注ぐ。
爆撃の連続だ。多くの動きには無駄が無く、効率化と最適化が見られる。訓練と言うよりは、極めて実戦に近い形での模擬戦だ。

……成程。アレが今年の武蔵か……

 内心で頷き、虎は跳躍した。
新たに足場とするのは、屋根の上。
武蔵表層部は長屋形式の建物が多く、自然と通りは入り組みが少なくなる。それゆえ、艦上戦で兵士の進行方向の邪魔になる構造物が少なくなり、結果として建物の屋根や壁もまた、加速や移動のための足場の一つとして成立する。具体例としては、現に体育授業と称して三年梅組が遠慮なく疾走してるように、

「射線の確保も容易となり、防御陣形を組む際も、盾として機能し易くなる。――貿易用の航空都市艦にしては、随分と実戦形式な作りだな」

 武装解除とは、笑いたくなる。
暫定支配により、極東の闘争心は重奏統合騒乱以降、百五十年かけて削がれたかも知れないが、その根本的な思想や精神は彼らの環境に根付いている。
虎は周囲を見た。授業ゆえ、通りに住民の人影は見当たらないが、屋内に退避した人達は皆、窓際から外の様子を窺っている。彼らの多くは、建物の安否をはかるよりも、授業の様子に興味を抱いているような視線が多く、

「来たか」

 手前、まだ数百あった間合いが詰まった。
屋根に立つ虎の傍を、先ずジャージ姿が一瞬で横切る。
 瞬間、二人は目が合った。
自分と同様、IZUMO製の長剣を背負った女教師が、どこか怪訝そうな表情を浮かべるも、すぐに授業の方へ集中して去ってゆく。
続いて、頭上から弾丸の嵐が降ってきたのは、一秒にも満たないことだった。
多くは連射重視の非加護射撃。弾丸自体に特殊な効果を付与しない、高速の直進弾だ。見れば、上空を羽ばたく人型が二人いる。

 背に六枚翼を持った少女。M.H.R.R由来の魔女(テクノへクセン)か。
射撃に若干遅れるよう、次々と通りや屋根を行く他の生徒たちもまた、誰も彼もが個性的だ。
彼らは皆、一人屋根上に立つ虎を好奇な視線で見るも、すぐにジャージ姿を追う動きに意識を切り替える。
注意を逸らされることはあっても、動きの一貫性や連動は止まらない。
現役を任せられる高等部三年、その代表である役職者としては、十二分な集中力だ。
そして、

「さて、こちらも仕事に取り掛かるか。売り込みはまあ、暇を見てからにしよう」

 一瞬にして去り行く梅組の後姿を見て、虎もまた動いた。
意識を背後に背負う大太刀に向けると、武装に内蔵された術式OSが己の流体反応と連動して、装甲の一部が作動する。
鞘先端、鐺部分が上下にスライドし、一つの銃口――否、口径として砲口に近いものが顕になる。

「後で怒られないよう、一応通神文(メール)くらいは送っておくか。――まあ、ゴミ掃除の手伝いに、向こうもそうそう文句は言って来ないだろう」

 言う言葉に、虎は姿勢を低くした。
全力疾走を示す前傾、クラウチングスタート。左手は地面に添い、右手は背負う刀の柄を握り、鞘から伸びたロック解除用のトリガーに指を当てる。
トリガーは刀を抜く際、鞘からのセイフティを解除するものだが、今はもう一つの役割として機能する。
それは、

「非実弾。空砲設定。加速用としてはこれでいいだろ。――さあ、行くか」

 合図に、虎はトリガーを引いた。
同時に、背後に向けた鞘の先端。砲口が火を噴く。
迸る流体光。大気に爆圧を殴り捨てながら、強大な反動が虎の全身を推す。

 その力を利用して、虎は駆けた。
加速と言うよりは、短距離の瞬間移動。その連続ともいえる疾走だ。
加速の力は、足場となる屋根に圧力を掛け、本来武神クラスの加圧重量でしか突破できない防護加護に歪み(・・)を生じさせる。
虎が一踏みを加えるたびに、防護の表面は極限に(たわ)み、反動によって元の形に戻る際には、劇的な形状運動に耐えられず、防護はその衝撃によって自壊する。

 その日、防護術式の破裂による警告音が武蔵表層部で多発した。
被害を示すエラーはしかし、実際に破損を被った家屋の件数は数えるほどしかない。
虎の加速は、防護を砕くだけで、足場を破壊しない絶妙なものだった。

 そんな繊細な加速で彼が目指す場所はただ一つ。
武蔵右舷一番艦・品川。――奇しくも、三年梅組がゴールとする、体育授業最後の場である。






 再投稿です。
予告どおりの更新、週末までに間に合ってホッとしてるクロです皆さんこんちわ。

 再度始まった継虎。スタートは緩く切るのがクロ流、初っ端から劇的な展開が好みの方には物足りないかもしれませんが、まあ次回で何時もの武蔵節なので若干気長に待っててくだされ。この虎、基本被害者なので(意訳:外道度が足りない時にありがちな武蔵でのアレ)。

 以前投稿したバージョンとの変更点は完全なぼっちスタート。友達も味方も理解者もいない無所属とは境ホラ世界観でも斬新かな? 既存が他の二次にあったら申し訳ない。そして相変わらずなのは本名を明かさないこの虎の謎っぷりである。その辺がコイツのぼっちを際立たせる=外道相手に被害者になり易い。そんな虎を今後とも宜しく、思う存分感想欄でネタにしてくだせえ。後でぶった斬られるけど俺は責任取らないよ。

 一応話のコンセプトとしては「非武蔵スタート」の一言に尽きる。まあ要するに武蔵側じゃない主人公の話。長編連載の多くは主人公が武蔵所属なのでたまには違う感じのも読みたい方には丁度いいかも。一巻の時点は話の都合上、やはり三河事件の二番煎じですがそこはご容赦を。その分一巻ラストは華々しく祭り気味にはっちゃけるつもりなのでご期待下さい。クロの作風を知ってる人にはどういう意味なのか伝わりますので……。

では皆さん。次の更新は恐らく夜桜の方。またの機会にお会いしましょう。そして感想宜しくぅ!

※タグのヒロイン未定に関してですが、武蔵側の女性キャラは考慮に入れてません。武蔵好きの方には申し訳ないと思います。






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