IS〈インフィニット・ストラトス〉少女の目に映るもの 作:煌酒ロード
side 一夏
俺は黙って更衣の話を聞いていた。許せなかった。そんな扱いを受けていることが。
更衣は笑っていたけど、それは見てられないほど空虚な笑みで。見てられないほどに痛々しかった。多分俺も苦い顔になってたかもしれない。
話を聞き終わって、何かを言おうとした時
「ゴメンね・・・、こんな汚れた〝物〟と同室でしかもこんな暗い話しちゃって。あーあ、君の顔から笑顔が消えちゃった」
俺は何も言えなかった。自分を物としてしか見ていない、いや見られてこなかったのかもしれない。俺は迷った。迷ってしまった。
「バイバイ、一夏君」
俺が迷っている間に彼女は走り出して行ってしまった。慌てて後を追う。彼女を見失ってはいけない。何故かそう思えた。
「更衣ッ!」
海岸で、首をナイフで切り裂く彼女を見つけて叫んだ。忌悪が海面に倒れ、水面に赤が広がっていく。俺は更衣を海面から引き上げ、医務室に駆け込む。その場で医務の先生に忌悪をたくす。慌てたせいで滅茶苦茶に喚き立ててしまったけれど、事態を察してくれたのか何も聞かずに治療してくれた。
それから一時間。未だに忌悪は目を覚まさない。
千冬姉も来て、忌悪の事を再確認し、俺から話を聞いた後。更衣財閥に抗議の電話を入れるとだけ言って去っていった。
「相変わらず・・・騒がしいですね」
俺はその声に振り返る。そこには忌悪が目を開けていた。
「起きたのか!?」
「うん。たった今だけどね・・・。それでさ」
忌悪が少し悲しそうな顔になる。
「・・・ゴメンね」
「謝るなよ・・・」
ポツリと呟いた言葉に俺はそう返してしまった。
「・・・でも、一夏君に迷惑をかけてしまった。本当なら私はもう死んでるはずなんだけど、一夏君が助けてくれたからね」
「迷惑なんて思ってねえよ、更衣が今までどういう扱いを受けてきたのかなんて知らないから俺には何も言えないけどさ」
俺はそう言って手を差し出す。
「せっかく同じルームメイトなんだしさ、頼ってくれたっていいんだぜ?」
そう言った時の更衣の顔は、泣いたような、笑った様な顔をしていた。
「ズルいなぁ・・・一夏君は」
「ズルいって・・・今のそれで何処をどうしたらズルいって感想になるんだよ」
更衣が笑ってるのにつられて、俺も笑っていた。
side 更衣
嬉しかった。頼っていいと言われた時。私はただの物だって割り切って来たつもりだったけど、私の覚悟はいとも簡単に崩された。だから・・・
「ズルいなぁ・・・一夏君は」
口から出たのはそんな言葉で
「ズルいって・・・今のそれで何処をどうしたらズルいって感想になるんだよ」
気がついたら私は笑っていて、多分釣られて一夏君が笑っていた。
でもそんな幸せな一時は長くは続かない。
医務室の扉を開けて入ってきたのは僕の父、
「・・・お父様」
「私を父と呼ぶな。道具の義務も満足に果たせぬ不良品が」
「ッ・・・」
IS学園への来訪。恐らくそれは私を連れ戻しに来たに違いない。
「役立たずが・・・、医務室のベットは病人や怪我人が使うものだ。物を修理する場所ではないぞ」
私を見てそう冷たく言い放つ。私は萎縮してしまったが、一夏君は噛み付いた。
「誰だよアンタ、それに更衣は怪我してるんだ。怪我人なんだからベットを使うのは当然だろ」
「君が男性操縦者の織斑一夏君だね。この度は不出来の道具に君の手を煩わせてしまい、こちらとしても申し訳なく思っている所存。何卒ご容赦願いたい」
「・・・そんな事は聞いてねーよ」
一夏君の声が冷たくなっていく。
「何しに来たんだって聞いてるんだよ」
「此度参ったのは我が道具が不具合を起こしたと聞き及んだため、回収しに参った所存。納得していただけるかな」
声音こそ優しいが、これはコチラの問題だと暗に突っぱねている。しかしそれ位で引き下がる一夏君でも無かった。
「道具ってどれだよ」
「む?」
「道具ってどれだって聞いてるんだよ。少なくとも俺には、アンタの言う道具ってのがどれか分からないね」
一夏君がそう言い放つ。しかし父は
「わからぬならそれでも結構。貴殿が歩む道には邪魔はせぬ。私としてはソレを回収するだけだ」
そう言ってお父様は私を連れ出そうとする。
「私の生徒にその汚い手で触れてくれるなよ下衆が」
凛とした声が医務室に響く。声の方を向くと、織斑先生が立っていた。
「織斑先生・・・」
「千冬姉!」
次の瞬間出席簿が炸裂する。
「織斑先生と呼べ馬鹿者。そして更衣、お前はお前で入学早々から自殺などしてくれるな、心臓に悪い」
「す、すいません」
「わかればいい」
「織斑千冬先生。これは当家の問題なのですがな」
そこに口を挟むお父様。織斑先生に介入されると面倒なのか少し必死だ。しかし織斑先生は笑いもせず。
「当家の問題?
織斑先生はそこで一旦言葉を切り、そして冷たい目で告げる
「
「何?」
織斑先生がそういうや否や、医務室の扉からもう一人、水色の髪の上級生が入ってくる。それを確認してから織斑先生が言う。
「更衣、今日からお前は更識の家の保護下に入る。これは決定事項だ」
どうせ一字しか違わんし良かろう?と織斑先生は言っていた。お父様は驚愕に目を見開き、織斑先生に反論する。
「織斑千冬殿、いくら貴殿がブリュンヒルデと言えど人の家の道具を勝手に持ち出し、あろう事か他人にくれてやれなどと非道とは思わんのか」
「思わんな。それにこれは私の一存ではない。政府の決定だ」
その言葉にまた私達は驚く。織斑先生の力がどれほどなのかは知らないが、この人はそれがどうしたとでも言うふうに伝えてきた。
「言っておくがコレは私の力では無い。織斑の力だ」
「俺の!?」
目を白黒させる一夏君。それはそうだろう。いきなり自分の力で政府が動きましたーとか言われても訳が分からないだろう。
「なんてことはない。世界初の男性操縦者の友人が不等な扱いを受けている。対策をこうじてくれないのならば今後一切データ協力は出来ないと言ってやった。それが嫌だから政府は動いた。その程度ならどうにでもなるからな」
織斑先生が言う。一夏君には世界初の男性操縦者と言う
「そういう事だ、更衣冬牙。今後更衣忌悪の身柄は更識家が預かる。文句があるのなら政府にでもなんでも抗議するがいいさ、どうせあの腰抜け共は聞く耳などもたんだろうからな」
悔しそうに睨みつけるお父様と仁王立ちを崩さない織斑先生。少しの沈黙の後、先に折れたのはお父様だった。
「承った・・・、しかし今後ソレが何をやらかしても私の方に文句を言ってこないでいただきたい」
「言わんさ、何度もいうようだがココにはココの法がある。生徒の処分を外部に任せるような事を誰がするか」
そう言って睨みつける織斑先生。そして私の方に振り返って優しい声で、
「お前は今後更識の保護下だ。名字を変える必要は無いが保護者が変わるとでも思っておくといい。何、この学校においての立場は一切変わらん」
無論特別扱いも無しだと付け加え、お父様を連れて更識さんと退出した。
私は救われた。
その事に私の理解が及ぶのに少しかかってしまった。
「ねえ・・・一夏君」
「何?」
彼の笑顔が映る
「私は・・・救われたんだね」
「ああ」
「もう・・・その日あった人に好き勝手体を弄られたり・・・その人に媚を売ったり・・・その人に犯されなくてもいいんだよね・・・」
「そうだよ・・・もうお前は、道具じゃない。更衣忌悪として、俺たちと一緒に・・・笑っていいんだよ」
「そう・・・なんだよね」
私の目から涙が溢れる。とっくに枯れ果てたと思っていた涙腺が崩壊し、私の喉から嗚咽が漏れだした。恥も外聞もなく私は一夏君にすがって泣きつく。
そんな私を一夏君は優しく、抱きしめてくれた。
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