東方供杯録   作:落着

9 / 48
異変の結末に供する九杯目

 咲夜が加わり、移動を再開してすぐに体が震えるほどの力の圧力を感じる。

 

「お姉様の魔力だ!!」

 

 フランドールが力に反応して声をあげて外を見る。それに従うように涼介は窓に近づき外を見る。

 他の面々もそれに倣うように窓際に近づき窓を開ける。赤い霧により深紅に染まって見える満月が浮かぶ夜空に、赤い影が二つ浮かんでいる。

 フランドールの姉である悪魔の当主と紅白の脇の空いた変形巫女服を着た博麗霊夢だ。すでに弾幕ごっこが開始している。

 霧で赤い中天が、夥しい数の大型の紅色弾幕でさらに赤く染まる。赤、朱、紅、緋、赫、アカいということがゲシュタルト崩壊しそうだ。

 

「目がチカチカするぜ」

「あの紅白が博麗の巫女…」

「もう何が何だかわからないですね、パチュリー様」

「お嬢様……」

「わぁ…わたしもやりたいなぁ」

 

 各々の感想が漏れ出る。涼介は赤に染まる空を見ながら霊夢も紅白色だから、ただでさえ弾幕で見づらいのにまるでウォーリーを探せみたいだと思う。

 かろうじて目が慣れてくると、霊夢の姿を遠目に何とか見つけることが出来るようになってきた。霊夢の周りにぷかぷか浮かぶ陰陽玉のおかげでそれが霊夢とわかる。

 周りが当然のように追えている事実に涼介は少しだけ悔しい。紅色弾幕に中型の青色弾幕までまかれ始める。

 

「なるほど、負ける姿が想像できない、の意味理解できたわ」

 

 パチュリーが言葉を漏らす。視線の先では霊夢が、弾幕の奥にいる異変の吸血鬼に弾幕を打ち返している。

 霊夢の動きはまるで風で揺れる木の葉の様に、風で飛ばされるタンポポの種の様にユラリユラリとゆれる。

 それは時にふわりと浮くように、それは時に風で煽られたように激しく動く。

 前後左右に、上下を含めた三次元的な動きで迫りくる弾幕をすべて紙一重で避けていく。

 霊夢に見えるのは弾幕と吸血鬼だけだろう。空も地面も弾幕の厚みで彼女には見えない。

 弾幕に囲まれた世界ではきっと、どちらが天か、地面かさえ曖昧だ。

 しかし、霊夢の動きに迷いはない。

 

「すごい、出口が解ってるみたい……」

 

 フランドールの口から思わずといったようにこぼれる言葉。しかし、それがきっと一番真理に近い。

 その言葉が一番的確にその様を表している。涼介は依然霊夢に聞いたことがある。君に迷いは見えないけど、出口でもわかるのかい、と。

 そして、彼女は、それは勘だと、なんとなくだと言っていた。恐るべき勘ともいえるし、勘にすべて任せて動ける彼女の胆力にも脱帽する。

 やはり、彼女は天才と言える存在なのだ。涼介は隣にいる魔理沙をちらりと見る。その顔が映し出す表情は、羨望と嫉妬だ。

 吸血鬼の弾幕はパチュリーのそれよりも一層濃く、圧倒的だ。だからこそ、それと対等以上に戦える霊夢をうらやむと同時に、自分がそこに立つことが出来ないからこそ嫉妬を抱くのだ。

 

「もっと、もっと……強くなる……追いついてやる」

 

 目の前の光景を目に焼き付けながら、普通の魔法使いは自身に誓いを立てる。きっと魔理沙はこれから先もっと強く、大きく成長していくと涼介は思う。

 涼介は視線を空に戻す。霊夢が弾幕を潜り抜け、吸血鬼に手に持つ御幣で一撃を加える。

 吸血鬼は体をひねり躱そうとするが、避けきれず御幣を左手で受け止める。霊力と魔力がぶつかり両者が反発する様に飛ばされる。

 吸血鬼は手から流れる血をなめとる。一度なめるわずかな間で傷が塞がる。

 

「吸血鬼の不死性……」

 

 すさまじい不死性ではないかと涼介は驚愕する。思い出せと自分の記憶に問い掛ける。

 紫から吸血鬼についての話を聞いたはずだと。天狗の速度に、鬼の膂力そして首から下が無くなる怪我でも一晩で再生する不死性。

 まさに怪物中の怪物、夜の王吸血鬼そう聞いたことを思い出す。吸血鬼がカードを取り出す。光輝きカードが弾け、吸血鬼が光を纏う。

 

「幼き、デーモンロード」

 

 咲夜がスペル名を呟く。吸血鬼から全方位に向けて細い青色の線が走る。

 さらに吸血鬼を中心に一定の間隔が離れた位置に中型の紫弾幕が球体を作る様に現れ、それからも一本ずつ、細い青色の線が走る。

 そして、吸血鬼自身から黄色の大玉と青色の中玉の弾幕が放たれる。弾幕が霊夢に迫ると変化が起こる。

 空に走っていた青い線が急激に太くなる。それはまさにレーザーで作られた檻の様だ。

 レーザーで出来た格子に動きを制限された霊夢に、黄と青の弾幕が迫る。

 霊夢が迎撃ではなっていた弾幕を止め、回避に専念していく。

 その動きはひらりひらりとまるで舞でも踊っているようだ。

 

「頭の後ろにも上にも足の下にも目がついているみたいです」

 

 小悪魔、その生き物はかなり不気味だと涼介は心の中で突っ込みを入れる。吸血鬼は移動しながらそのスペルを継続していく。

 レーザーの檻が消えては、新しい檻が生まれそこに弾幕が殺到する。霊夢の回避が安定してくる。

 反撃の弾幕が吸血鬼に向けて放たれる。弾幕ごっこは美しさを競う側面が存在するが故に、放たれるスペルには一定の法則が存在することが多い。

 そして、霊夢はそれを把握し、適応するのがずば抜けて巧い。あたる姿が想像できない回避性能に、把握能力、だからこそ負ける姿が想像できないのだ。

 吸血鬼の体から光が消える。スペルブレイクだ。霊夢がカードを掲げる。カードが光輝き弾け飛び、霊夢が纏う。

 霊夢を中心に全方位に無数のお札が放たれる。あれはたしか

 

「夢符・封魔陣」

 

 飛び交うお札が結界を描く様に空を覆い尽くしていく。そしてその札の結界は霊夢を中心にゆっくりと回り始める。

 吸血鬼の放つ弾幕がお札の物量に押されていく。攻守が先ほどと逆転して、今度は吸血鬼が追い立てられる。

 

「お姉様、がんばれ……がんばれ」

「楽しそうねレミィ」

 

 吸血鬼の身内から小さな応援が飛ぶ。涼介の視界からは表情までは見えないが楽しそうなのか、それは素敵なことだと思う。

 そして、霊夢のスペルがブレイクされる。二人が距離を開け対峙する。同時にカードを掲げる。カードが弾け光を纏う。

 吸血鬼からは無数のナイフ形の弾幕と、小さな楕円型の弾幕が放たれる。霊夢からは大量のお札が放たれる。

 先ほどとは違い今度は赤と黄色のお札の2重奏だ。さらに小型の弾幕も放たれる。

 

「獄符・千本の針の山」「神技・八方鬼縛陣」

 

 魔理沙と咲夜の声が重なる。小型の弾幕と小さな楕円の弾幕が、お札とナイフ形の弾幕が、空の支配率を争うようにぶつかり合う。

 両者がスペルを発動したまま高速で空を駆け巡るため、発射地点が移動する。そのため空の至る所で両者の弾幕がぶつかり合う。

 霊夢も吸血鬼も、針の隙間を縫うように細かくそして、鋭く、飛翔する。

 さすがに、濃密すぎる弾幕であるためか、霊夢の袖が、スカートが弾幕に掠り破れている。

 吸血鬼も同じような状況だが、こちらは体にもあたっているようだ。しかし、それはすぐに再生する。

 制空権の奪い合いの様な濃密な弾幕合戦が続く。次第にそれが弱まっていき、両者のスペルがブレイクする。

 空に浮かぶ両者はいまだに余力がありそうだ。吸血鬼が腕を振ると、赤い槍の様な物が生まれる。

 

「グングニル……」

 

 誰が呟いた声だろうか、目の前の光景に意識を奪われるあまり涼介にはわからない。

 霊夢がそれに応えるように御幣に霊力を込めるのがわかる。霊力で覆われ光を放つ。

 両者が同時に接近する。槍と、御幣を用いた接近戦だ。槍と御幣がぶつかり、霊夢が押し負け槍の勢いに流される。

 元々の地力が違う、種族の差だ。

 

「霊夢、敗けるな」

 

 霊夢はそれにひるむ様子を見せずに、再度突っ込む。先ほどの焼き直しの様に吸血鬼の振る槍を霊夢の御幣が受ける。

 しかし、霊夢は飛ばされない。御幣を滑る様に槍がいなされる。弱い種であるがゆえに生まれた技術だ。

 それは武術とも呼ばれるもの。吸血鬼は恵まれた能力が故に必要としない。その恵まれた能力を人間の積み重ねてきた英知が上回る。

 超至近距離の格闘戦(ドッグファイト)。霊夢が、槍を受け流しながら、距離を詰める。長物の槍の扱いにくい懐に潜り込もうとする。

 そこまで行けば短い御幣を持つ霊夢が有利だ。それを察知しているからこそ吸血鬼はその筋力にものを言わせ、高速で槍をふるう。

 振りおろし、横なぎ、袈裟懸け、そして突き。それを霊夢は受け流し、避け時に受け止め距離を離される。

 しかし、少しずつ見極めているのか、何度も突き放されるが、突き放されるまでの時間がだんだんと伸びていく。

 そして、吸血鬼が徐々に追い詰められていくのがわかる。あと数手で霊夢が追い詰める、見ている者たちが不思議と確信する。涼介の肩で大きく息を吸う気配がする。

 

「お姉様!! 頑張って!!!」

 

 フランドールが姉へ思いのこもった声援を投げかける。しかし、それは悪手であった。ここに居るはずがない、最愛の妹の声であるがゆえに、一瞬気を取られる。

 何物にもとらわれることがないゆえに、意識を逸らさない霊夢。その一瞬が明暗を分けた。霊夢の御幣が吸血鬼の腹に叩き込まれる。

 体がくの字に折れ曲がる。引き抜いた御幣で、くの字に折れたからこそ前に突き出た顔を下から上へとかちあげる。

 体が伸び、脳が揺れるからこそさらに隙が生まれる。霊夢が体を横に倒し、吸血鬼と合わせると十字の様になる。

 そして、体を回転させ遠心力を乗せた御幣で、吸血鬼の顔面に殴りつける。吸血鬼の体が、下へと向かって飛ばされる。

 

「お姉様! お姉様!!」

 

 フランドールの叫びが聞こえたのか吸血鬼の落下が徐々に止まる。完全に静止し、上空に位置する、霊夢に視線を向けると、彼女はすでにとどめの準備を終えていた。

 

「宝具・陰陽鬼神玉、か。容赦がないな」

「霊夢らしいぜ」

 

 霊夢の周囲を浮かんでいた陰陽玉が、何十倍もの大きさに膨らんでいる。それが吸血鬼に向かって堕ちていく。

 とっさに吸血鬼もカードを掲げ、はじけた光を身に纏うが間に合わない。直撃する。

 そしてそのまま、地上まで押され、吸血鬼の姿が地面と陰陽鬼神玉で挟まれ見えなくなる。

 背中からフランドールが飛び出して、その場に向かう。そして遅れて咲夜が、魔理沙が飛び出していく。

 残ったパチュリーと小悪魔に涼介が視線を向ける。

 

「パチュリー、私を運んでもらえるとうれしいのだが、お願いできるかい?」

「元からそのつもりで、飛んでいないわ」

「本当に君は親切な魔女だな」

 

 

 

 

 涼介とパチュリーがたどり着くと、クレーターの中心に吸血鬼とフランドール、咲夜がいる。

 クレーターの淵に魔理沙と霊夢が浮かんで中を見ながら話している。吸血鬼は挟まれた衝撃からか、気絶している。

 外傷はないみたいだから問題ないと涼介は思う。涼介とパチュリー、小悪魔の三人はクレーターの淵に降り立つ。

 

「やぁ、霊夢。異変解決おめでとう」

「あ、涼介さんじゃないこんなところにいたのね。お店に行ってもいないんだからちゃんといてくれないと困るじゃない」

「すまないね、色々と事情があってね。埋め合わせはするよ」

「そ、ならいいわ」

 

 相変わらずタンパクな反応だ。しかし、その反応が心地いいと涼介は感じる。彼女は浮くことで涼介の能力から逃れているため、何も考えないで付き合える。

 涼介にとって得難い人物だ。クレーターの中でフランドールが吸血鬼をゆすって、呼びかけている。涼介も、斜面をおり彼女たちに近づいていく。吸血鬼が目を覚ましたようだ。

 

「フラン、どうしてここに?」

 

 驚くほどに穏やかで優しい声だ。依然、一度見た人物と同じ生き物だと思えないと涼介は感じる。

 

「お姉様が心配でずっと見ていたのよ」

「ずっと?」

「はい、お嬢様。お嬢様があそこの紅白と、スペルカード戦を始めからずっと見ておられました」

「そう、なの? フランあなた正気に」

「貴女様の妹君は、もうだいぶ落ち着かれておりますよ」

 

 正気に戻ったなどと聞かれることが涼介にとっては腹立たしく、言葉を斬る様に話しかける。あれは正気に戻るではない、正気を知ったのだ。

 誰も教えないから彼女はあれしか知らなかったのだ。だからその聞き方が涼介には許容できなかった。

 

「お前は……」

 

 驚愕が吸血鬼の顔に現れる。それはそうだ、招いた客は死んだとパチュリーに聞かされていたのだ。

 

「妹君を一度落ち着かせてから、ずっといろいろ教えておりました。落ち着いていてもすぐに、貴女様に合わせるのは互いに感情的になりすぎるかと思い、魔女殿に協力をしてもらい真実を隠しておりました」

「わたしを騙したのか」

 

 向けられる殺気に涼介は寒気がする。身がすくむがここは引けない。

 

「必要なことでしたので」

 

 吸血鬼から魔力が噴き出る。霊力の弱い涼介ではこれだけで殺されそうだ。濃密な魔力に呑まれ息ができなくなる。

 ふらりと涼介の体がゆれ、膝を地面につく。消えそうな意識の中で、視界の端でフランドールと咲夜が狼狽えるのが見えるが首を横に振る。

 大丈夫、ここには霊夢がいると涼介は友人を信頼する。体を押しつぶす魔力の圧力が消える。

 

「何しているのよ。私の見えるとこでそんなこと許すと思っているの?」

 

 うっすらと周囲に結界が張られているのが涼介に見える。自分の前に霊夢がたっている。

 

「あぁ、助かるよ霊夢。埋め合わせはまた後日」

「まったくいい加減に危機感を持ちなさい。何度注意しても学ばないのは涼介さんだけよ」

「まったく面目次第もないな」

「はぁ。治す気がないの、バレバレよ」

「これは習性だからなぁ。それはそうと霊夢まだ彼女と話すことがあるからもうちょっと頼むよ」

 

 それを聞くと霊夢は呆れた顔をした後何も言わずに涼介の前から退き、視線が吸血鬼と再び合う。

 

「他者の力を借り、私と対等に話すというか。反吐が出るぞ、人間」

「力を借りることの何が悪いのかわかりません。人は一人では生きてはいけない。だからこそ、誰かとつながり助け合う。そして、それは貴女達妖怪だってかわらない」

「私を、貴様らと同列で語るな。殺すぞ?」

「いいえ、語ります。それは何も力だけの話ではない。妖怪だって生きて、ここに居て、話し合える。心がある。だからこそ一人では生きていけない。たった一人でいたら、孤独に押しつぶされる」

 

 言葉の最後でフランドールを見る。

 

「だから、妖怪だって他者とのつながりが必要なんだ。それは、妹とのつながりを求め続けたあなたならわかるはずだ。それにあなただって自分ではどうにもできないから、別の方法を、他の誰かを探していたじゃないか」

「それは……」

 

 図星をつかれたからか言葉に詰まる吸血鬼。

 

「まぁ、今はそんなことは良いのです。主題は貴女の妹さんです」

「そうだ、なぜ嘘などついた、パチェ!!」

 

 涼介の横にいつの間にか来ていたパチュリーに吸血鬼が問いかける。

 

「それが一番解決に早かったからよ。あなた、妹の事となると冷静に判断できないでしょ」

「それは……だが、だからといって」

「レミィ、貴女の願いはなんだったの?妹との絆を取り戻すことでしょ?貴女が自分の力でどうにかしたいというのは不純物よ」

「ふじゅ――」

「いいじゃない。誰が妹を救っても。それが貴女を騙した人間でも。それで願いが叶うならあとは全部あなたのわがままよ。それにその嘘は必要な嘘だった。ならば、大妖怪としての、紅魔館の当主としての度量を見せなさい」

 

 吸血鬼が言葉を発する暇を与えず、パチュリーが畳み掛ける。

 

「あと、あなたの妹を見なさい。不安そうな顔しているでしょう。大好きな姉と、孤独の戒めから助けてくれた人が仲たがいしていてどうすればいいのか解らなくて困惑しているのよ」

 

 吸血鬼がフランドールを見る。フランドールは涼介と姉を交互に見て、何かを言おうとするも言葉が出てこない。

 当たり前だと涼介は思う。こんな修羅場みたいな状況で、コミュニケーション歴二日のビギナーがうまくとりなすことはできない。

 

「貴女様の妹君は狂気に呑まれていたのではありません。それしか知らなかったのです。貴女様が狂気と呼ぶもの以外の感情表現を、他者との接し方を知らなかったのです。それが普通で、それが正気だったのです。ですが、私の力で破壊の衝動を抑え、多くの事を学びました。当たり前に誰かに感謝する。当たり前に誰かと遊び、喜び悔しがり気持ちを共有すること。不満があってもそれを我慢すること。誰かを気遣い、労わるということ。そして、知ったのです。私たちが正気と呼ぶ、他者との接し方を」

 

 吸血鬼が絶句する。問題の根本を取り違えていたことに。そして、妹がどんな状況に置かれていたのかを。

 

「今はほとんど、前の様に何かを壊したいと思わなくなってきました。あと数日誰かとかかわる日常を過ごせばきっともう大丈夫でしょう。だから、お姉様である貴女様も、妹君のために協力していただけませんか、お願いします。そして、必要なこととはいえ騙すような真似をして申し訳ありませんでした。だから、どうか貴女の力を貸してください!!」

 

 涼介は土下座をする。必要なこととはいえ、こちらは一度騙しているのだ。だからこそ謝る。

 そして、フランドールを助けるためにはこの吸血鬼と協力する必要がある。

 ならば、こんな頭の一つや二つ涼介にとって惜しくない。

 

「レミィ、あなたはどうするの?一度騙したからと追い出すなり殺すなりするの?それとも妹のために過去を水に流して協力できるの」

 

 吸血鬼がフランドールに抱きかかえられている体勢から立ち上がる。

 

「私は妹のためなら何でもできると思っていた。例えそれが泥水だろうとすすって見せると。しかし、思いのほかそれは難しかったらしい。私のプライドが、人間を下等と見下すその意思がその決意を邪魔していたようだ。目が覚めたよ。私を打ち倒す者がいる人間がどうして下等であろうか。私の妹のために、利用し殺そうとした相手にすら頭を下げられる人間のどこが下等であろうか。」

 

 フランドールに話しかけていた時の様に穏やかな声が聞こえる。その言葉は並んでいる涼介と霊夢に向けられたものだ。霊夢の結界はいつの間にか消えていた。

 

「人間……いや、名前を教えてくれないか、恩人よ。そして、頭をあげてくれないか」

 

 涼介は頭をあげて、視線を合わせる。吸血鬼の表情は穏やかだ。

 

「白木涼介と申します。ご当主様」

「レミリア・スカーレットだ。レミリアでいい」

「わかりました、レミリアさん」

「さて、涼介。私は妹のためにどうすればいい?」

 

 穏やかながら、吸血鬼、レミリアの表情は緊張の色を見せる。妹を救うためなら何でもしてみせるという気概が現れているのだ。

 せっかくだからと、涼介は至極真剣な顔で、いかにも真面目くさった顔で、初めのお願いをする。

 

「では、まずは妹さんを目一杯可愛がってその愛情を示してください」

「ん?」

「人との基本的な接し方はだいぶ覚えましたので、今度は家族に愛し愛されるそんなことを手に入れてもらおうかと考えております。それにわたしや小悪魔が相手でしたので力加減は完ぺきでしたが、やはり力いっぱい抱きしめたりもしたいでしょう。それを考えるとお姉様であるレミリアさんと触れ合うのが一番だということです」

 

 レミリアの思考が停止したのか動く気配が見られない。フランドールはそんな姉を期待のこもった目で見上げている。

 

「馬鹿面さらしてないでしゃんとしなさい」

 

 

――いや、パチュリーさんちょいと厳しすぎやしないかね

 

 

 

 

 その後、屋敷に戻り、レミリアとフランドールはレミリアの部屋でゆっくりと過ごすことになった。

 感情が万が一高まった時は咲夜を呼び、涼介の入れたブラッドコーヒーを供することになった。

 咲夜には時を操れる能力がある。なんだその最強の一角みたいな能力は、と涼介は思わないこともないが便利でいいなぁ程度でとどめておくことにした。

 異変の事後処理は、涼介とパチュリーが霊夢と魔理沙の二人と対談し、赤い霧はこれ以上出さない。

 そして、今ある霧も魔力の供給を止めるから直に消えるということで今回の件は解決と相成った。

 その後、魔理沙とパチュリーは大図書館に消えて、霊夢と涼介だけが残った。

 

「なんで、異変の首謀者側で折衝しているのよ」

「いや、本当になんでだろうね」

「はぁ、これはお賽銭じゃあ足りないわね」

「お賽銭は入れに行くのも大変だからなぁ」

「頑張りなさいよ、涼介さんまだ若いでしょ」

「いや、遠いからなぁ。じゃあ、こうしようか」

「聞きましょう」

「お賽銭の代わりに、霊夢には一日一食提供しよう。もちろん料金は取らないよ。そうだね、内容は日替わりメニューと食後の珈琲とお茶請けのお菓子でどうだろう」

「期間は?」

「そうだね」

 

 いったいどれくらいがいいのだろうかと涼介は考える。

 しかし、よくよく考えてみると幻想郷があるのは霊夢が結界の管理をしてくれているからだ、ならばその感謝もここで示しておこうと決める。

 それに、先ほども結界で命を助けてもらっている。というか涼介は霊夢に助けてもらっている回数は片手では足りない。

 それらを加味してと、考え答えを口にする。

 

「私が死ぬまででどうだろうか」

 

 それに対して霊夢は珈琲を一口飲むと涼介に応える。

 

「意外と短そうね」

 

 

――いや、どうあがいてもこの条件以上の期間は存在しないぞ

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。