東方供杯録   作:落着

47 / 48
誤字の指摘、いつも助かっております。
本当にありがとうございます。


案内と対面に供する四七杯目

「なんだかなぁ」

「無駄口叩かない。捕虜の自覚を持ちなさい」

「はいはい」

「めんどくさげにあしらうなっ!」

 

 少し前にうさぎの少女が漏らしていた呟きと一言一句違わない言葉を今度は涼介がぼやいていた。違いがあるとすれば込められている感情だろう。少女は諦観、涼介は不本意。

 涼介のぼやきを耳ざとく聞き届けた少女が、強めの口調で注意をするが適当にあしらわれて真剣な空気が霧散してしまう。

 

「まったくどうしてこんなことに……」

「ほら、やっぱり縄なんてかけないで普通に招いてくれればその辺も解決すると思うんだ」

「うるさい、捕虜の意見は聞いてないの」

「意見は聞いてくれなくても話は聞いてくれてるじゃないか」

「ああいえばこういうっ」

「幻想郷に住んでいればいずれそうなるよ、多かれ少なかれ。君も人里へ顔を出すようになればそうなるよ」

「出さないから大丈夫です」

「じゃあ私が出かける頻度を増やそうかな」

「あーはいはい、ご勝手にー」

「竹林に」

「やめてくださいよ! 私、相手するの嫌ですからね!?」

「満月の彼女のお相手をさせていただこうかと思っていたけど、君も相手をしてくれる気があるんだ。これは嬉しいね」

「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 両手で頭を掻きむしりながらかぶりを振る少女の姿についつい笑ってしまう。流石に不本意極まりない扱いの仕返しとしてはいささかやり過ぎただろうか。涼介は一瞬そう考えたが、腕の自由を奪う縄の存在を思い出してそうでもないかと思い直す。

 腕を後ろ手に縛られて市場へ連れて行かれる子牛よろしく、縄で引かれて連行されているのだ。多少の戯言くらいは仕方ない。そう考えながら涼介は胸の内よりこみ上げてくるものから目を逸らす。

 紅霧異変、春雪異変、三日置きの百鬼夜行、アリスの人形劇しかり、囚われる役が板についてきた自覚を本人は直視したくなかったのだ。騒動の後に言われることが手に取るように分かると涼介の瞳が遠くを見始める。

 

「ほんとに……ほんとうにあのまま穴に捨て置けばよかった」

「そんな絞り出すように言わないでおくれよ。私は穴から出られて、君は不穏分子を見つけてウィンウィンというやつではないかな?」

「私にとってのウィンは貴方が聞き分けよく帰る事でしたよ」

「それは無理な相談だ」

「でしょうね。えぇえぇ、知っていますとも。……これも全部てゐの所為だ、てゐの所為だもん」

 

 後半は自分に言い聞かせながら少女は気持ちを持ち直した。自己暗示に近いが何とか持ち直すと、再び涼介に繋がる縄を引いて進むことを促した。

 

「再度申しますが貴方は姫様の話し相手。無下にはできませんが野放しにもできません。ですので事態が終わるまで軟禁させていただきます」

「今までで一番穏便なのだから進歩はしているのかな?」

「何の事でしょうか?」

「拘禁される時の待遇の話」

「……そんな定期的にある事じゃないと思うんですけど」

「それが意外とあるから困ってしまうよね」

「うわぁ……」

 

 少女の理解できないモノを見る目が実に痛い。少女の視線の圧に気が付かないふりをして涼介は素知らぬ顔をした。この話題はこれ以上掘り下げられても自分が不利なだけだ。妹紅の薫陶通りに不利な話題は早めに切り上げる。

 けれども悪いことばかりではないと考えを改める。このまま連れていかれれば少なくとも騒ぎを間近で見ることが出来そうだと。今度は何が起きるのだろうか、涼介は期待を懐く。

 

「さてとうさぎの従者さん。あまり話しこんでも悪いので、そろそろ歩みを再開しましょうか」

「なんで連行されてる側に促されるんだろう……釈然としないなぁ」

「でも抵抗されるよりは良いと思いませんか?」

「なんだかなぁ」

 

 溜息と共に吐き出された言葉。人の悪い涼介はそれに笑って返すのであった。

 

 

 

 

 

 竹林を少女の案内に従い進む。案内と言っても縄を引かれるだけの丁寧さの欠片もない案内ではあったが。

 それに丁寧に案内されたとしても涼介からすればどこも同じ景色に見えてしまうので意味はなかっただろう。名づけられた迷いという言葉に恥じない天然の迷路。

 されどうさぎの少女に迷いはない。勝手知ったる庭のように迷いのない足どりで先へと進む。涼介が適当な世間話をふれば当たり障りのない返事がちゃんと返ってくる。会話に思考を割く余裕があるという事だ。

 彼女の緋色の瞳に竹林がどのように映っているのか興味を惹かれたが視覚を共有できるわけもないので浮かんだ疑問を忘却する。根が善人らしく、なんだかんだと文句を言いながらも会話に付き合ってくれる少女と話しながら進むことしばし。ようやく目的地と思われる建屋が見えてきた。

 平安貴族が住まうような木造建築。竹林の中で隠れるように建っている屋敷はノスタルジー的な風情を感じさせた。

 広さに対して住民は少ないのか、人気を感じない。静謐さに沈む家屋は時間に取り残されているようでもあった。

 

「それではいったんここで止まってください」

 

 少女の指示に立ち止まることで肯定を返す。少女もそれだけで理解したので二の句を継ぐことはしなかった。屋敷を囲う立派な門の前で少女はしゃがみ込む。

 足元に兎がいたらしい。もちろん人型ではなく、見た目は普通のウサギだ。少女は何かをいうでなく、じっと足元の兎を見つめている。何らかの方法で意思疎通しているのか時折ぐぅぐぅと兎が鳴き声を返していた。

 制服に似た少女の服装も相まって登下校の途中で猫を見つけて睨めっこをしている女子高生に見える。実際は兎と意思疎通をしているという幻想郷的な光景であるというのにだ。幻想と現実の境界があいまいだと少しだけ可笑しかった。

 

(紫さん辺りなら他にもあると酒の肴に話してくれそうだ)

 

 友人との話の種ができた。ぼんやりと思考を遊ばせていると少女が立ち上がる。振り返った少女の顔は不満げだった。視線へ込められた圧が言葉にすることなく雄弁に語っている。

 涼介は何もしていないはずだがと首をかしげるばかりだ。いくら考えども答えが見つからない。

 自分の中で折り合いがついたのか少女がため息をわざとらしく吐き出す。涼介がどうしたと問い掛ける前に少女が涼介に近づき、腕を拘束している縄の戒めを解く。

 

「大変、大変に不本意なのですが、御客人として案内するよう仰せつかりましたので縄を解かせていただきました。一体どんな手を使ったんですか?」

「何も。というか一緒にいた貴女が一番よく分かっていると思うんだけど。私には何もできないし、やってはいないよ」

「ですよねぇ……やだなぁ、縄に掛けたこと怒られないといいな……」

 

 弱々しい呟きを漏らす少女の姿にさすがの涼介も居たたまれなくなる。確かに縄で縛っての連行に含むところがないわけでもないが、少女の対応は最善ではないにしても間違ってはいないと涼介も思っている。

 あまりにも哀愁を漂わせている少女をほっておけず気が付けば口を開いていた。

 

「私は何も言わないから大丈夫だよ。落とし穴で困っていたところを助けてもらったと話すから」

 

 涼介の言葉を受けて少女がぱちくりと瞳を瞬かせる。一瞬、瞳が喜色に染まるが直後にまたどんよりと曇った。

 

「お心遣いは大変嬉しいんですけど、たぶん手遅れなんですよね。貴方が来ていることが前提の指示を、さっきの子が持ってきていたので」

 

 あまりに覇気のない声。屋敷の住人を知る彼女が無理と言うのであれば、深い事情を知らない涼介が掛ける言葉はもう無かった。

 萃香が居る時の文の姿が目の前の少女と重なる。あまりに気落ちしているためにせめてもとぽんぽんと励ますように肩を叩く。

 

「ありがとうございます。性格は悪いけどいい所もあるんですね」

 

 儚い笑顔と共に混じりけのない少女の本音が吐露された。少女に悪意や悪気がないのは分かる。本心からの感謝だと解るから混ぜっ返すこともできない。だが心にぐさっとくる一言だ。涼介に唯一出来たのは引きつった笑みを返すことだけだった。

 反応が良いからとからかいすぎた自分の行動を少しだけ反省する。だけども反省したからと行動が改められるかは今までの結果を見ればお察しである。

 

「さてそれでは」

 

 微妙な空気を少女が仕切り直す。

 

「ようこそ永遠亭へ、初めての人間のお客人。奥で師匠が待っておりますのでどうぞこちらへ」

 

 自らが時折、満月の君へしているような畏まった仕草で少女が一礼をする。

 

「お招きにあずかり光栄です、従者殿。道中の案内、大変感謝しております」

 

 鏡合わせのように涼介も礼を返す。互いに顔を上げて見合わせると共に小さく噴き出した。

 門を開けて中へと招く少女に従い、涼介は屋敷へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 屋敷内を進み、客間へと通された。少女は師匠と呼ぶ人物を呼びに行くのか、少し待つように涼介に伝えると部屋から出て行った。

 しばし手持無沙汰な涼介は室内を見渡す。掃除が行き届いたきれいな部屋。畳の香りも心を落ち着ける。

 畳の香りで博麗神社や稗田家を思い出すが、それらとはまた違うと感じられる。

 張り替えられたばかりのような新品の香りに似ていた。部屋も掃除が徹底していると思ったが違った。新築然としているのだ。まるで生活感を感じない。

 それがどことなく居心地を悪くする。誰かが住んでいるはずなのに痕跡が何もない。汚れも、傷も、日に焼けた跡さえどこにも無かった。指をそっと畳へ走らせてもほつれの一つも、埃のひとかけも存在しない。

 出来上がった瞬間から時が止まっていると言われても信じてしまいそうな程に歴史を感じられない。

 

「お待たせしました。何分忙しくしておりまして」

 

 部屋ごと時間から切り離されたような心地を味わっていた涼介に声がかけられた。視線を向ければ開いた障子の先に美しい女性がいる。銀の御髪になんとなしに咲夜を思いだした。

 女性は軽く一度会釈をすると座卓を挟んだ涼介の向かいに腰を落ち着けた。

 

「鈴仙」

 

 女性が誰かを呼ぶ。呼ばれた人物、兎の従者が茶を乗せたお盆を手に部屋へと入ってきた。従者の少女は鈴仙という名前らしいと初めて知る。会話が弾んでいたから気にしていなかったが、改めて考えるとお互いに名乗ってもいない状況が少しだけ可笑しなものに思えてくる。

 鈴仙は師匠と言っていた人物がいるためか、先ほどまでの接しやすさがなりをひそめていた。粛々と二人の前へ湯呑を置いて茶を注いだ後、部屋の隅に控えて存在感を薄くした。

 女性は鈴仙が茶を準備している間、静かに待っていた。姿勢が驚くほどいい。微動だにしない姿は、この部屋と同じく時が止まっているようにもみえた。

 

「粗茶ですがどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 女性がお茶を勧める。確かに喉は乾いている。竹林を走って穴に落ちて連行されてと大忙しであった。断る理由もなく、好意を無下にする気もないと涼介は湯呑を手に取る。湯呑から伝わる熱は飲みやすい適温。行き届いている配慮に思わず感嘆する。

 紅魔館の紅茶といい、ここのお茶といい人外の方々は嗜好品の趣味が良いらしい。届いた香りでもう味が素晴らしいと分かる。

 

「頂きます」

 

 一言断りを入れてから湯呑を口へ近づける。

 

「駄目よ」

 

 静止の言葉と共にひんやりと冷たい手が腕を掴む。思わず湯呑を持つ手が揺れて中身が僅かにこぼれた。

 

「姫様」

「あら。何かしら永琳?」

 

 気が付くと輝夜が涼介の隣にいた。永琳と呼ばれた女性の咎めるような険の籠った声にどこ吹く風と輝夜は素知らぬ顔を通す。

 

「そんなに見つめられてしまうと穴が空いてしまうわ、涼介」

 

 いつものように前兆もなく現れた輝夜に涼介は面食らっていた。さらに見目の整った者が多い幻想郷においてなお抜きん出た美を宿す輝夜が目と鼻の先にいる。

 これまでの全ての邂逅を含めても、今この瞬間が最も近い距離だと言えた。だからこそ息を呑むような美しさの字面通りに、呼吸さえ忘れるほどに魅入られていた。

 

「いや……不躾で申し訳なかったよ、満月の君」

 

 輝夜の指摘で涼介が我に返った。腕を軽く動かそうとすれば輝夜も抵抗すること無く手を離した。離れゆく手に僅かばかりの心残りを覚えたが平静に務める。腕が自由になったので湯呑を座卓へ戻す。

 

「ふふ。私の名前、知っているのでしょう? 名を呼ぶことを特別に許してあげる」

「下の名前しか知らないよ」

「構わないわよ」

 

 おかしいことでもあったのか、輝夜はずっとクスクスと笑っていた。向かいに座る永琳は処置なしと諦めたのか溜息を一つ吐いたきり何も言いはしなかった。

 

「それで輝夜」

「なにかしら涼介?」

 

 問いたい内容を把握しているだろうに輝夜はわざととぼけてみせる。その冗長さに幽々子を連想させられた。

 

「何がダメなのか教えてくれるかい?」

「あら単刀直入ね。遊びが無いのはいけないわ」

「余裕のない私は嫌いかい?」

「そんな事無いわ。私も貴方を困らせてみたいと思う程度には気に入っているわ」

 

 輝夜の視線が涼介から僅かに逸れた。涼介もつられて輝夜の視線の先を追う。湯呑の隣にこれまたいつの間にか新聞が置いてあった。いつぞやに妹紅から回収した不本意極まりない記事の載った新聞。失くしたと思っていたがどうやら輝夜が持って行っていたらしいと理解が及ぶ。

 

「その新聞だけで私はお腹がいっぱいだよ」

「小食なのね、残念だわ」

「むしろ食傷気味といった所かな」

「それならちょうどいいわ。あそこにいる永琳は薬師なのよ。きっといいお薬が見つかるわよ」

「それは重畳。天狗がゴシップを書かなくなるような薬は無いかな」

「ネズミ団子くらいしかないんじゃないかしら?」

「それは薬じゃなくて毒団子だよ、輝夜」

「知らないの、涼介。毒も薬も紙一重なのよ」

 

 月が二巡りする程度には久しぶりだというのに、二人の気安いやり取りはまるでそれを感じさせない。鈴仙が信じられないものをみているみたいに何度も瞬きをしていた。永琳は少しだけ興味深そうに観察していた。

 

「それでお答えはいただけるのかな、姫様?」

「そうね、いいわよ。あのお茶、それこそさっきの話ではないけれど毒入りなの」

「それは……穏やかじゃない話だ」

「あら怒らないの?」

「死ぬような毒ではないだろうし、怒るほどでもないかな」

「どんな毒かわかるの?」

「分からないよ。でも私を殺すならそんな回りくどい真似をしないはずだよ。だって私は」

「弱いから?」

「ご名答」

 

 毒を盛った盛られたと話題の内容に穏やかさは欠片もない。けれどそれを話す二人はまるで明日の天気でも話しているのではないかと言う程に落ち着いていた。

 

「ふふ、せっかく正解したのだからご褒美をねだろうかしら」

「それは勘弁願いたいな。実は荷物を小さなうさぎさんに盗られてしまってね。手持ちがないんだ」

「あらあら、それは大変ね。それなら少し趣向を変えてお願いでもしましょうか」

「お願い?」

「そうお願い。いえ、やっぱり違うわ」

「輝夜?」「姫様」

 

 疑問を浮かべる涼介と、再び硬い声で諌めようとする永琳の声が重なる。輝夜は永琳にそっと掌を向ける。口出し無用と示すその仕草に永琳は無理を悟ったのか瞳を閉じてしまう。

 

「貴方へ難題を与えるわ。涼介、見事応えてみせなさい」

 

 輝夜が笑う。永遠を生きる姫が楽しげに笑う。されどその瞳は涼介を見ているようでいて、遥かな過去を見つめているように焦点が定まっていなかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。