東方供杯録   作:落着

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お待たせしました
四十杯目にございます


平和な喧騒に供する四十杯目

 

 綺麗に修理された店内で涼介は今日も店を開く。萃香達と仲良くテーブルやカウンターの修理を行った。それだからだろうか、前よりも一層店内が、この店が心地よく感じられる。修理の間もずっと賑やかな作業であった。それさえも楽しかったと思い出す。

 

 

――欲を言えば萃香姐さんにここへ居ついてもらえたら……仕方ないか

 

 

 萃香は今博麗神社で寝泊まりしている。萃香いわく、煎り豆だらけの場所は嫌だとのことだ。そればかりはどうしようもないと涼介も苦笑してしまった。かといって店をやめるわけにもいかない為、萃香は気にいっている霊夢の所へと押しかける運びと相成った。

 その後、ご立腹の霊夢が店へと文句を言いにやってくる事もあったがそれはまた別の話。

 涼介がつらつらと取り留めのない事を考えていると不意に耳へ鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 

「おや、お前さんかい。今日も大変だね」

 

 木をつつく軽い音と鳴き声のする場所、窓を開ければそこには一羽の鴉が留まっている。涼介がねぎらう様に声をかければ、鴉は全くだと言いたげに相槌をする様に一度鳴く。鴉の賢い対応に涼介はクスリと笑う。

 

「少し待っていてね」

 

 鴉に涼介が声をかけ、カウンターの中から小さくカットした果物を数欠片、手に持ち再び窓際へと戻る。手の上に置き鴉に差し出せば、鴉は感謝を示す様に一度頭を下げた後に果実を啄む。その光景に涼介は和やかな心持となる。鴉は少量の果物――食べ過ぎると飛行に支障が出る為――を食べ終わると再び感謝する様に一度鳴く。

 

「はい、お粗末さまでした」

 

 涼介も鴉の鳴き声に返事を返す。そして鴉が何かを求めるように自らの顔を見つめてくる。その様子に苦笑し、求めているのであろう言葉を返す為に口を開く。

 

「萃香姐さんならいないよ。そう主人に伝えておくれ」

 

 鴉は了承する様に一度鳴き、羽を広げて山へと飛んでいく。涼介は僅かな間だけその後ろ姿を見送るとカウンターへと戻り手を洗ったのち、豆を挽き始める。店内には豆を挽く音だけが静かに満ちる。コリコリと小気味いい音が涼介の耳を撫でる。

 不意に窓がガタガタと音を立てて揺れる。その音に涼介は客が来た事を理解する。直後、扉の鈴を鳴らして予想した人物が来店する。

 

「こんにちわー、涼介さん!」

「やぁ、文。こんにちは」

 

 現れた人物は天狗の新聞屋、射命丸文。顔にニコニコと笑みを浮かべ元気よく挨拶をする。その肩には先ほど店を訪れた鴉が一羽乗っている。鴉も騒がしい主人の態度を詫びるように、一度涼介に向けて頭を下げる。

 鴉の態度に涼介は内心で小さく笑う。主人の文とはまるで似ない、使い魔鴉に親近感を覚える。同じように君も振り回されているねと仲間意識さえ芽生え、口元がほころぶ。

 

「おやおや、何か良い事でもありましたか? 口元が緩んでいますよ。あ、私が来たからですね!」

「はは、そうだね。文が来たからだね」

 

 実際には使い魔の鴉に親近感を覚えたからだが、文が来たからそれを感じたのであながち嘘でもないと涼介は内心でそう結論付ける。鬼の弟分を名乗るのであれば明確な嘘はつくまいと考えている。けれど、相手が勘違いするのは仕方ないと萃香にも習ってみせる。萃香も嘘は言わないが、わざと言葉にしない事や、誤解される様な言い回しをする事もある為にこれも許容範囲だと涼介は考える。

 文は涼介の答えを受けるとあからさまに嬉しそうに笑みを深める。羽もパタパタと忙しなく動き、喜んでいることがよくわかる。相変わらず他に客がいない時の文は分かりやすいなと涼介は考える。他に誰かが居たりする時の文は、初めてであった時の様に内心を隠してしまう。これも仲良くなれた証しだろうと、今度は本当に文に対して混じりけのない笑みを向ける。

 

「ふふ、全く涼介さんは寂しがり屋さんですね」

「それは……確かにそうだね。私は存外寂しがり屋なようだ」

「あやや、今日の涼介さんは随分と素直ですね?」

「いや何、妖夢や咲夜と話したことを思い出してね」

 

 見舞いに来た二人と話したことを思い出す。仲間外れにしないでくれと、輪の中に入れて欲しいと願った自分は確かに寂しがり屋なのだろうと涼介は考える。

 

「どのようなお話をされたんで?」

「言わないよ」

「そんなぁぁ、いけずですよ」

「まだイヤーマフラーの記事の事は忘れていないからね」

「あはは、いやーそれはですね……部数が良く捌けました」

「全く……素直でよろしい」

「ん? 許してくれんですか?」

「もともと怒ってはいないよ、忘れていないと言っただけだよ。それにあれはアリスが決めた事だからね。約束を守らなかった私にとやかく言う権利は無いさ」

「なるほど、涼介さんらしい結論ですね」

 

 文がクスクスと笑い声を漏らせば、涼介は勘弁してくれと肩を竦める。文の肩に留まる鴉が羽を広げ、身体を丸めるハルの近くへと降り立つ。ハルは一度瞳をあけ鴉を確認すると再び閉じる。鴉もそれに対し反応を示す事無く、そのままそこで身体を休める。

 

「仲良しだね」

「うーん、どうなんでしょうね。でも悪くは無いのは確かなのでしょうか」

「悪くないのならそれでいいよ。それでお客様、本日のご注文は?」

「そうですね……店長さん、カフェロワイヤルを一杯くださいな」

「えぇ、すぐに」

 

 手元の挽き終っていた豆を使い一杯の珈琲を供する。文も抽出され、火をともす砂糖を見ながら楽しげに時を過ごす。一杯の珈琲が供されるまでの間、僅かな無言が店内に訪れる。

 美味しい一杯を飲んでもらいたいと真剣になる涼介と、それを楽しみに待つ文。ゆったりとした平和な時間が過ぎてゆく。

 

 

 

 

 文が嬉しそうに珈琲を口に運ぶ姿を見ながら涼介は笑みを浮かべる。やはり、自分は皆の輪に入りついていくのも良いけれど、こうやって店に来た友人達と過ごすのも同じくらい幸せな事だと考える。

 涼介の視線に気が付き、文が口元からカップを離す。

 

「そんなに見つめられてしまうと飲みにくいですよ……」

 

 少しだけ口をとがらせながら文が文句を漏らす。声色に少しだけ羞恥の色が混ざっているように感じられ、申し訳なくなる。

 

「あぁ、ごめんね文。でもやっぱり商売柄の所為か、嬉しそうに飲んでもらえるのはやはり嬉しいんだよ」

「まぁ、分からなくはないですけれど。私だって新聞を読んでもらえるのは嬉しいですからね」

「じゃあ許してもらえるのかな?」

「ちょっとだけですよ。でも、今日はもうダメです」

「これは手厳しいね」

「当り前です、乙女の顔を凝視するなんて……記事にしちゃいますよ?」

「はは、これは後が怖そうだ」

 

 涼介が降参という様に両手をあげる。文も涼介の反応にクスリと小さく笑う。

 

「それなら記事が書かれてしまわない様に仕事をしようかな」

 

 涼介はそう漏らすと文に背を向け仕事に戻る。文が何をしているのか少しだけ覗きこめば、料理の下準備をしている。そしてちらりと文の視界の端へ入る本日の日替わりのメニューの内容。なるほど、巫女用の料理の準備かと理解する。涼介のその姿に、文は相も変わらずマメな友人だと思う。

 珈琲片手に友人の後ろ姿を静かに見ていれば、初めてであった時とは変わっている点も視界へと入ってくる。例えば身体の周りに浮く、霊体。材料を運んだり、カットしたりと、それはもう勤勉に働くその姿に舌を巻く。随分と幻想に馴染んできているなと思う。霊力何てまるでないのにいつの間にか騒動の中心にいる友人を少しだけ愉快に思う。

 そして涼介が動くたびに音を鳴らす鬼の腕輪。染みついている見知った気配に少しだけ心が怯む。伊吹萃香、元天狗たちの上役の鬼の中でも更に頂点に位置していた妖怪の気配。それに認められた目の前の友人には心底から驚かされたのは記憶に新しい。宴会の時に膝元で寝ていた理由を聞こうと後日店を訪れた時を文は思い出す。自分の間の悪さと涼介の呑気さには頭を抱えたなぁと内心で苦笑する。

 

 

――全く、飽きない()

 

 

 文の口元に笑みが浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

 幻想郷の空をふらふらと飛びながら今日も今日とて新聞のネタを文は探す。涼介の所に話を聞きに行くのも良いけれど、しばらくは安静にしているみたいだから騒がせるのもまずかろうと自重する。同時に、元気になった時には祝いと共に押しかけようとも計画している。

 

「さてさて、どうしましょうかねぇ。霊夢さんが異変の全容をちゃんと把握していないのはいつもの事でしたし、かといって他の人らも詳しくは知らないんですよねぇ」

 

 相変わらずあの巫女は鬼のように強く、異変を解決させる。原因の究明など碌にせずに、異変を終わりへと導くその手腕にはいつも記者として泣かされている。それと神社の空で萃香と真剣勝負をしているのを見た時はそれはそれは恐ろしかった。格をあげる。それは言葉にしてしまえば単純だ。けれど実行するのは至難の、いや至難どころではない業だ。

 もともと能力を持っている者は持っていない者と比べ格が高いと言える。それは世界に直接作用させる能力の特性上、世界に近しい位置にいる為と考えられる。だから名のある妖怪は皆程度の差はあれ能力を持っているし、力の弱い小妖でも人型を作れてしまう。能力を持っていないという事は能力に対しての抵抗力が皆無に近いと言える。極端に言ってしまえば能力持ちが三次元の絵描きで能力を持たぬものは二次元の絵とも言える。だからこそ、竹林に住まう小妖である蛍の妖怪は、妖力に見合わないのに妖蟲の女王となれている。

 

「全く、本当に紫さんはどこでああいう人材を見つけるのでしょうねぇ」

 

 思い出した霊夢の姿に僅かな身震いを覚えながら文はぼやく。霊夢がおこなった事は自らを高次へと浮かせること。能力持ち同士の闘いを、能力持ちと能力無しの関係性へと変えてしまう様な荒業。あれでは確かに勝負にならないと文は考える。絵では絵描きに干渉できない。萃香も奮戦していたがアレは相手が悪いと言える。涼介が同じ土俵へ引き込むのであれば、霊夢は土俵にさえ立たせてくれない。

 スペルカードルール様様だと文は小さくつぶやく。少なくともそれで戦えば、例のスペルさえ耐えきれば勝負になるのだからとため息をつく。

 

「まぁ弾幕ごっこもあの巫女は鬼の様に強いんですけれどねぇー」

 

 いやだいやだと、気だるげにつぶやきながら文は空を往く。さて、何か面白い事はと周囲を見渡していると、こちらへ向かっている者の存在を風の動きから察する。誰だろうかと考えるのもつかの間、大きさから自らの使い魔としている鴉だと気が付く。ふらふらと飛ぶのをやめてその場で待つ様に滞空すれば、使い魔が現れる。差し出した腕へと軽やかに留まり、報告をしてくる。

 

「ふむふむ、涼介さんは元気になられたんですね。ほう? それで今は神社から帰って店にいると。それなら善は急げですね、良くやりました! 後で褒めてあげま――」

 

 文が能力と妖力を併用して、幻想郷最速の名に恥じない速度で空の彼方へと消える。言葉を最後まで言い切ることなく、主人がその場を去る。後に残された鴉は何か大事な事を伝えていないという様に大きな声で何度も鳴き声を上げるが、その声は主人に届くことは無い。やがて諦めたように鳴くのをやめ、鴉は桃源亭を目指す様に羽ばたく。見る者がいれば、哀愁が漂っていたと答えた事だろう。

 音と使い魔さえ置き去りにするほどの勢いで文は目的地へと近づく。店が視界に入ると、そういえば久しぶりに店に来たなとふと思う。宴会の異変中は飲みすぎや、宴会で時間を取られた分他への取材が忙しく足を運べなかったと思い出す。久方ぶりの桃源亭に気分が上向きになる。自身のお気に入りの一杯を思い出し、喉が渇く気さえしてくると文は表情を綻ばせる。

 

「全く、涼介さんにも困ったものです。私の胃袋を掴む気でしょうか、ふふふ」

 

 軽い冗談さえ口をついて出れば、自分が浮かれていると文は理解する。けれど、別段そんな自分も嫌いではない。むしろ、こういった気持ちになれる友人が出来たことが嬉しくさえある。視界の先の店の外に涼介の姿が見える。店から何かを抱えながら姿を現す。

 涼介も文に気が付いたのか顔が上向く。にこりと笑う涼介に笑みを返し、店の前へと文は降り立つ。能力で風を操り速度によって生じた勢いを相殺して、周囲への被害を失くす。僅かに残った風が、桃源亭の窓を僅かに揺らす。ノックのつもりでいつも残している弱い風の具合に今日も絶好調だとうんうんと頷いて見せる。

 

「やぁ、文。今日も元気だね」

「涼介さん、やっほーです!! もうお加減はいいんですか?」

「もうだいぶいいよ。それに動かないと身体が固まりそうだよ」

「なるほどなるほど。それでその板切れはどうしたんですか?」

「あぁ、これかい? これは壊れたテーブルやら椅子だよ」

「壊れた、ですか?」

「うん、そうだよ。ほら、攫われた時は店の中で暴れたから」

「ふぇ? お店で暴れたんですか!? でもお店の形が残っていますよ。もしかして外側だけで中身は全部壊れているとかですか?」

「荒れているのはお店の部分だけだよ」

「えぇっ。でも鬼が暴れたんですよね!?」

 

 文の言葉で涼介は何かに気が付いたように僅かに苦笑する。そして再び涼介は口を開く。

 

「ほら、私の力で被害を抑えたからね。まぁ、それでも店は荒れ放題だし、私はぼこぼこだったけれどね」

「なるほど、確かにそれなら納得ができますね」

 

 霊夢の浮く能力は反則だと思うが、涼介の落とす能力も厄介だなぁと文は内心で独りごちる。けれど、得心がいったと涼介へは頷いて見せる。

 

「なるほど、それでしたら私もお手伝いしましょう。涼介さんだけでは大変ですからね」

 

 文はそう言って気合を入れるように腕まくりをするそぶりをしてみせる。半袖であるために捲れる袖は無いのだが、分かりやすいポーズといえるだろう。そのまま軽快に歩きながら店内を目指す。

 

「文――」

「遠慮は無用ですよー。私と涼介さんの仲じゃないですかー。あ、お礼は取材と珈琲でいいですよー」

 

 それはもうニコニコとした嬉しそうな笑みを浮かべ文は涼介の言葉を遮り、店内への扉をあける。扉は壊れていないようで、いつもの様に聞きなれた鈴の音を耳へと届けてくる。視界に入る店内は、荒れている。けれど、鬼が暴れた後であれば可愛い物だと笑みを浮かべる。昔、鬼の方々が居た時なんてと大昔に思いを馳せてさえ見せる。思い出される壊された数々の物に思わず瞼の裏が熱くなるがかぶりをふって過去への哀愁を断ち切る。

 

「涼介ー、次はこれを運んで……ん? 天狗じゃないか、どうしたんだこんなところで」

 

 扉の前でかぶりを振っていた文へと声がかかる。かけられた相手は涼介であるが、生憎今は外に居てこの場にいない。カウンターの裏から小さな影がひょっこりと顔を出す。頭から生える二本の立派な角に、僅かに漂う酒気。そして動くたびに音を鳴らす金属の鎖。背丈は自らよりも何周りか小さい相手ではあるが文は血の気がサッと引く。鬼、それもとびきりの鬼の中の鬼。その出現に身体が反射的に息を吸う。

 

「文、私は一人じゃなくて萃香姐さんが手伝ってくれているんだよ」

 

 背後から扉が開き、涼介がそう補足する。聞こえた内容に聞きたいことが山積みとなる。どうして鬼が手伝っているのか、どうして姐さんと呼んでいるのかと、疑問は尽きないが今はそれどころではない。ぎぎぎと油の切れた絡繰(からく)りの様に文が顔だけを涼介へと向ける。その顔にはどうしてもっと早く言ってくれなかったのかと書いてある。けれど、涼介は天狗と鬼の関係を知らない為に首をかしげるばかりだ。

 

「文? あぁ、あんた能力持ちのあの天狗かい。丁度いいや、あんたも手伝っていきなよ」

 

 萃香が何でもない様に言いながら軽く文の腰を叩く。本当に軽い衝撃を受け、しかしそれが最後の引き金となり文の中で感情が爆発する。混乱と驚愕、それに過去に積み重ねられた畏怖と様々な想いが一気に高まる。衝撃が来た直後、まだ萃香の手が離れてもいない刹那に文が口を開く。

 

「みぎゃぁぁああぁぁあぁぁあぁあぁぁぁぁ!!」

 

 天狗の悲しき悲鳴が店内に木霊する。それは今なお空を駆ける使い魔鴉にも届かんばかりの勢いであったという。

 

 

 

 

 

 思い出された幾日か前の出来事に文は気疲れを覚える。空になったカップに意識を今へと戻される。その事に少しだけ安堵を覚える。あの後からは酷かったと文の視線が虚空をみつめる。文の過剰な反応を面白がった萃香に散々からかわれ、構われ、涼介にも情けない姿を大いに微笑ましげな顔で見られてしまった。あぁ、もう失敗したなぁと後悔が自らの中で顔を出す。

 

「涼介さーん」

「なんだい、文?」

「おかわりくださーい」

 

 もう失態は見られるだけ見られたのだから、取り繕う見栄もないのだと文はテーブルの上にだらんと突っ伏しながらお代わりを要求する。確かに失態であったが、それでここまでダラダラと素をさらけ出せるならあの出来事にも良い事はあったのだろうと前向きに思い直す。正直そうでもないとやっていられないとの自棄も混じっている。

 涼介は文のダレ具合に苦笑しながらもまた豆を挽き始める。

 

「やはり飲んでもらえるのは嬉しいね」

「ふふ、私は飲んで嬉しいのでWin-Winですね」

「はは、そうだね。萃香姐さんは珈琲を飲めないからなぁ」

「あぁ、煎り豆の汁ですもんね」

 

 それを聞いた文はなるほど、それならこれからも日中の間に来るのであれば鉢合わせは無いだろうと考える。これは良い事を聞いたとさらにニコニコと笑みを浮かべる。

 

「同じ煎り豆には触れないフラン達が飲めたから萃香姐さんも飲めると思ったんだけれどダメみたいだね」

「あぁ、そう言えばあの吸血鬼の姉妹は良く飲んでいますね」

 

 確かにそれは不思議な事だと文は思う。少なくとも吸血鬼たちは煎り豆で火傷をするはずだと過去に調べで確定している。吸血鬼異変で痛い目を見た天狗たちが色々と調べたのだからその情報に間違いはないと文は確信を持っている。

 

「なんでも元々の性質の違いだろうって萃香姐さんは言っていたよ」

「元々の性質ですか?」

「うん。吸血鬼はもともと西洋の妖怪でヴァンパイアとかと呼ぶよね。吸血鬼というのはこちらにその存在が知られてから付けられたいわば後付の物だろう」

「あぁ、なるほど。鬼の性質は後から付いたものだから煎り豆はダメでも加工して意味が失われてしまえば関係ないと」

「それが原因だろうと言っていたね。後、私らはあんな中途半端な鬼じゃないから汁だって駄目さとも言っていたね」

「確かに萃香さんなら言いそうですね」

「そうだね。はい、文。おかわりだよ」

「ふふ、ありがとうございます。でもそれだと萃香さんには飲んでもらえないから涼介さんは残念なのではないですか?」

「あぁ、その事かい。確かに最初は残念だったけれど私も色々勉強していてね、だ――」

 

 カランカランと鈴が鳴り、涼介の声を遮り来客を告げる。文は言葉を区切り、お客を出迎えようとそちらを向く涼介から手元のカップへと視線を向ける。続きはまたひと段落したら聞こうと、今はこの一杯を心行くまで堪能しようと香りを嗅ぐ。珈琲の香りと洋酒の香りが心地良いと感じながら、カップを口元へと運び今の幸せを噛みしめていると来客の声が聞こえる。

 

「よぉ、涼介。代用なんたらだっけ? 味見をしに来たが今大丈夫かい」

 

 聞こえてくる声に文は身体が固まる。

 

「はい、萃香姐さん。ばっちり用意してありますよ。後、代用珈琲ですよ。タンポポ珈琲でも構いませんが」

「まぁなんでいいから――およ? 天狗も来ていたのかい」

 

 涼介が萃香と呼びかけ答えが確定する。声が似ているだけの別人であるという儚い希望が打ち砕かれる。床板を踏む音に萃香の接近を悟る。とっさの出来事に混乱からカップを口に運んだまま固まる文には逃げようがない。

 

「いやー、奇遇だね。私も一緒にお邪魔するよ」

 

 萃香が気軽に、あの日の様に何度も繰り返したからかいのごとく座っている文の肩に触れる。刷り込まれた反射か、やはり自らの限界を超えたのかは不明だが文が再び爆発する。傾けたままであったために口に含まれていた珈琲を吹き出し、悲鳴を上げる。

 

「あっつ! あっつ! こら天狗!!」

「ひにゃぁぁぁぁああぁあぁああぁぁああぁ!!」

 

 吹き出された煎り豆の汁で火傷をしながら萃香が凄めば文が絶叫する。涼介は眼前の光景に頭痛を覚えながらも笑みを浮かべる。静かなのも良いけれど、やはり賑やかなのも同じくらい楽しいとクスクスと笑う。

 その後、夜間営業までもつれ込み小さな酒宴となる。途中で日替わりランチを食べに来た霊夢も混ざり四人の夜は更けこんでいく。

 

 

 

 

「まぁまぁ、うまかったよ。珈琲ってのも」

「もう、本当に涼介さんの所で引き取ってくれないかしら」

「涼介さん、今度から来るなら来るとちゃんと教えておいてくださいよぉぉ……」

 

 三者三様の言葉を残し、全員が店を後にする。萃香に褒められ嬉しさを噛みしめながら、霊夢には難しいかなと苦笑を返す。そして文には悪い事をしたなと謝り通しであったと片づけをしながら涼介は店内で笑う。

 

「そういえば、あの使い魔は要領がいいんだなぁ」

 

 文の使い魔の鴉はいつの間にかハルの丸まっている腹のあたりで蹲って存在感を消していたなと思い出す。けれども、帰った後は大変そうだと使い魔の受難を思う。

 

「ハルの友達も大変そうだね」

 

 涼介がハルへと言葉をかければ、どのような気持ちを込めているのかは分からないがハルがわぅと短く応える。とげとげしさは感じられないから肯定的なのだろうと勝手に一人納得しながら涼介はハルを一瞥する。

 

 

――いつか君や、あの鴉と話せる時は来るのかな?

 

 

 浮かんだ思考に少しだけ可笑しさを感じクスリと笑う。頭を軽く振り、思考を切り替える。また明日の為にと片付けと準備をする。

 

「明日はどんな事があるのかな」

 

楽しげな声が幻想郷へと溶けていく。




文は可愛いですよね

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