東方供杯録   作:落着

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幻想の昨日
劇に供する三八杯目


 人形達が飾り立てられ、舞台の上で躍動的な動きを見せる。舞台の前で真剣な表情をした子供たちが見逃すまいと、舞台の邪魔をすまいと、声をひそめて観劇している。子供たちの瞳は、目の前で紡がれる物語に惹きつけられている。語られ、演じられ、人形達が作り出す一つの世界に子供たちの心が囚われる。

 

 

――あぁ、相変わらず素晴らしいね。アリスの劇は本当にすごいな

 

 

 涼介が横目で舞台と子供たちを見ながら感心していると、腰をトントンと突かれる。ハッとして涼介が視線を巡らすと、アリスが目配せをしている。腰元には上海でも蓬莱でもないアリスの人形の内の一体が、涼介の不注意を責めるようにガラスの瞳で涼介を見上げている。人形の瞳に映る自身の顔に苦笑が浮かんでいると気が付く。

 ほら、用意してとでも言う様に人形が涼介の服をクイクイと軽く引く。涼介も人形の催促に促され、役者を舞台へと上げる。どこかひ弱な王子様然とした服装をした、デフォルメされた上海サイズの涼介が舞台へと上がる。顔などの見えている肌は、透けており霊体であることを示している。練習通りに人型をした霊体を動かせば、背後に魔法で作られた台詞が文字となって浮かぶ。

 

『あぁ、ありがとう上海。君が来てくれると信じていたよ』

『もう心配ありません。私が貴方を守ります』

 

 浮かぶ台詞に涼介が遠い目をする。何故、自分は今アリスと人形劇をしているのだろうと過去に思いを馳せる。そして、何故私が攫われるヒロイン役なのかと心の内に悲しみがこみ上げる。涼介の内心を読み取ったのか、アリスが人形を操る手を止めることなくクスクスと劇の邪魔をしない程度に抑えた笑いを漏らす。涼介は綺麗なアリスの笑顔に心の中で悪態をつく。

 

 

――魔女め

 

 

 人形達の舞台は操り手の想いとは関係なく進んでいく。人型をとる霊体を複雑な心境で眺めながら涼介は数日前を思い返す。始まりはアリスの家へ頼みごとをしにいった事がきっかけだった。

 

 

 

 

 コンコンコンと、絵本の中の魔女の家をそのまま取り出したかのような家の扉を涼介はノックする。少し待てば扉が静かに開かれる。

 

「やぁ、今日は蓬莱なんだね」

 

 そうだよと、肯定する様に蓬莱人形の首が縦に振られる。涼介が蓬莱の愛らしい仕草にクスリと笑いを漏らせば、蓬莱がどうしたのと首をかしげる。本当に生きているみたいだと感じられる蓬莱の動きに思わず涼介は感心する。

 

「君は、本当は生きているのではないのかな蓬莱?」

 

 涼介の言葉を受け、さらに蓬莱が首をかしげる。うーん、うーんと悩む様に小さな顎に手を当てながら頭が左右へと振られる。可愛い振り子もあるものだと涼介が馬鹿な事を考えていると、聞き覚えのある声が涼介の耳へと届く。

 

「今日はどんな厄介ごとを持ってきたのかしら?」

「酷いなぁ。厄介ごと前提かい、アリス?」

「はぁ」

 

 身もふたもない辛辣な物言いが、家の奥より聞こえてくる。涼介が視線を声の方へと向ければいつの間に現れたのか、アリスが通路の壁に軽く持たれながら涼介を見ている。心外だと涼介がアリスへ反論の声を上げるも、返される反応は呆れを含んだため息である。

 

「貴方との付き合いももう三年目になるから色々と学んだわよ」

「厄介ごとを運んでくることかな?」

「貴方が厄介ごとに好かれている事よ。せっかく注意しても意味がないのだからため息も出るわよ」

「あはは、ありがとアリス」

「お礼なんていいわよ。もう心配なんてしないから」

「それは寂しいね」

「全然そうは聞こえないわよ、まったく。パチュリーみたいな心持の方が正しいわね、貴方と付き合うのなら」

「それは嬉しいね」

「褒められてないわよ」

「私との付き合いを続けてくれるのだろう」

 

 涼介が嬉しそうな笑みを浮かべて言い切れば、アリスは頭痛を堪えるように瞼を閉じ額へ手を当てる。アリスの背後に浮かぶ上海が心配する様にアリスの頭を小さな腕を目一杯動かして優しく撫でる。

 

「良い娘さんだね」

「聞き分けがよくてすごく助かるわ、どこかの誰かと違ってね」

「それは全く困った人がいたものだね」

「本当よ。貴方に会わせてあげたいくらいだわ」

「機会があれば是非お願いするよ」

「ちなみに鏡なら家にいくつもあるわよ」

 

 涼介がアリスの言葉に応えないでにこりと笑ってみせれば、アリスはこれ見よがしに盛大なため息を返す。アリスにしては珍しい、どこか少しだけコミカルな仕草に涼介は苦笑する。そんな姿をわざわざしてみせるほどに相当呆れられていると理解できてしまう。涼介が自らの仕草から、伝えたいことを読み取ったとアリスは察すると少しだけ溜飲を下げる。指を軽く動かし、蓬莱を上海同様自らの背後へと呼び戻すとアリスが口を開く。

 

「もういいわ。お茶でもしながら聞くから上がりなさい」

「私がお茶を用意しようか?」

「今日は私が用意するわ。はちみつジンジャー・ラテのお返しよ」

「あれは商売の話だから違うんじゃないかなぁ」

「良いから受け取っておきなさい。助かったのは事実なのだから」

「それじゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」

 

 アリスの案内に従い、涼介が魔女の家へと消えていく。扉がひとりでに静かに閉じる。

 

 

 

 

 コポコポとお湯が沸く音が聞こえてくる。室内を人形達がふわふわと飛び交い、それぞれの仕事をこなす。これらすべてをアリスが動かしていることが何度見ても信じられない。アリスいわく、ある程度前もって設定しているから半自動的らしいがそれにしても精彩に満ちている。

 

「いつ来ても思うけれど見事だね」

「そう?」

「あぁ。まるで童話の中に迷い込んだみたいだよ」

「それなら私は悪い魔女かしら」

「こんな美人の魔女に捕えられるのならやぶさかではないね」

 

 テーブルを囲うアリスが、対面に座る涼介へ馬鹿を見る目を向ける。呆れを多分に含んでいるアリスの視線に涼介は頬を掻く。これは軽口が過ぎたかと、内心で自省する。

 

「本当に貴方は変わらないわね」

「安心するかな?」

「むしろあれだけ色々あったのに全然変わらないことに不安を感じるわよ。貴方はまるで静かな水面ね」

「波風は経つけれど、時間がたてば凪いでしまうからかい?」

「そう。それでいてその水底に怪物を飼っている、不気味ね」

「不気味、ね。初めて言われたよ」

「そう? 新しい一面の発見ね、喜ばしいわ」

「そうだね。確かに私もアリスたちの様な強い感情を飼っているね」

「魔に魅入られた私と、(アヤカシ)に魅入られた貴方、ね」

「楽しいね」

「狂っているわね、私も貴方も」

「はは、でもアリスは常識的だよね。私に忠告してくれるし」

「私は命を大切にすることを知っているだけよ。貴方が身の程を知らないから注意していただけ。……でも、もうやめるわ」

「何故?」

 

 アリスが酷く真剣な表情をして涼介を見つめる。

 

「私が貴方を一人の存在として認めるからよ」

「今までとは違うのかな?」

「えぇ、今までは友人だけれどどこか下に見ていた。守ってあげないといけない存在だと私の中では位置されていた。でも、貴方は鬼と闘い勝ちを奪い取った。それは私にはきっと出来ないこと……だから、私は貴方を対等な存在だと思う事にしたわ。だからもう忠告はしない。求められれば助言はするわ、むろんタダではないけれど」

 

 アリスがクスリと笑い、最後の言葉をつなげる。歓喜が涼介の中に生まれる。面と向かって認められる言葉を貰う事は何度経験しても色あせることない感動を与えてくれる。一度瞼を閉じ、溢れ出そうな歓喜を表に出さぬよう静かに感じ入る。胸がいっぱいになりそうな思いが落ち着けばゆっくりと目をあける。

 

「魔女との取引か、心躍るね」

「馬鹿ね」

「当り前さ。でなければ幻想郷で暮らさないよ」

「なるほど、その通りね」

 

 話していると上海と蓬莱が紅茶を運んできてくれる。生地の焼けるいい匂いがする事から後でクッキーが来るかもしれないと考えながら涼介は紅茶を口に運ぶ。

 

「うん、美味しいね」

「良かったわね、貴方達」

 

 アリスが上海と蓬莱に言葉をかければ、二体の人形はハイタッチをして喜びを表現するとキッチンへと戻っていく。涼介が二体を微笑ましげに見つめているのにアリスは気が付く。ふとした疑問がアリスの中で生まれる。自身と似たように幻想に取りつかれた人間へアリスは質問する。

 

「貴方もいつか人間をやめる時が来るのかしら」

「……さぁ、分からないね。でもきっと妖怪になるのなら鬼が良いね」

 

 涼介の視線が虚空を見つめる。何かの姿を見つめながら応える涼介にアリスは希薄さを感じる。このまま幻想へと転じてしまう様な感覚を覚える。

 

「遠い未来ではなさそうな感じね」

「そうかな?」

「そう見えたわ」

「はは、そうなんだ。でもきっとまだ先だよ」

「そう?」

「私には霊夢や魔理沙、咲夜に妖夢を殺せる覚悟は無いからね」

 

 涼介の言葉にアリスが一瞬きょとんと虚を突かれる。しかし、すぐに言葉の真意を悟る。

 

「別に貴方が殺すわけではないのに」

「それぐらいの覚悟と言う事さ」

「……そうね、それくらいの覚悟が無いのならやめた方がいいものね」

「妖怪の生は長いからね」

「人間の死を耐えられるくらいの気概がないと」

「その通り」

「まぁ、好きにしなさい」

「好きにするさ」

 

 アリスは涼介の答えに呆れ気味の吐息を漏らす。涼介はアリスの答えに楽しげな笑いを零す。アリスは目の前の友人の能天気な様に毒気を抜かれる。

 

 

――なる様にしかならないわね。人として死ぬなら見送ってあげる

――妖怪として生きるなら長い付き合いになりそうね

 

 

 紅茶を味わう涼介を見ながらアリスはなんとなくそう思う。自分でもどちらの未来が来るのか予想できない不軌道な人生を歩む友人の先に好奇心を懐かされる。どちらにしても楽しくなりそうねと、緩む口元を紅茶の入ったカップで隠す。そして、そろそろ本題に入ろうと口角の上がった口元が元に戻るのを知覚するとアリスはカップを離し、口を開く。

 

「それで、今日はどうしたのかしら?」

「ん?あぁ、そうだね。今日はアリスにあることを教授してもらおうと思ってさ」

「魔法なら教えないわよ? 意味ないもの」

 

 何でもない様に言ってのけるアリスに涼介は苦笑する。自覚はしているけれど、スパッと斬り捨てられるのは心にクるものがある。

 

「違うよ。人形の仕草とかを勉強しようと思ってね」

「うん? お店で人形劇でもするのかしら?」

「違うよ。こういう事さ」

 

 涼介はそう言うと自身の人魂を机の上に移動させる。人魂はぐにゃりと歪むと形を変える。拳二つ分より僅かに大きいだろうかと言う程度の大きさの人型をとる。デフォルメされた涼介と言った具合で服装はいつもの仕事着をしている小さな涼介が現れる。色合いは人魂の透けた白色一色の味気ないものである。アリスが感心したように小さな涼介を見て目を細める。

 

「へぇ、面白いわね」

「人魂と言うけれど、霊体にくるまれているからね。死んだときは人型をとるのだから、これが取れない道理はないよ」

「それにしてもこうなってから随分時間がたってからのお披露目ね」

「最近妖夢にやり方を教わってね。妖夢はこれを自分と同じ大きさに出来るのだけれど私にはできないね」

「あら、どうしてかしら?」

「中に入れる空気が無いからさ」

「なるほど、それは残念ね」

「まぁ、薄く広げればもう少し大きくなるのだけれどこれが一番安定しているサイズだからね」

「へぇ」

 

 アリスは感嘆の吐息を漏らしながら卓上の幽霊をツンツンと指で突く。突かれている幽霊はされるがままで反応に乏しい。アリスの中に理解が生まれる。

 

「なるほど、人形の動かし方とはそう言う事ね」

「そう言う事さ。何というか視界が増えて混乱するし、うまく動かせないのだよね」

「妖夢には聞かなかったの?」

「先天性と後天性の違いと言えば分かるかな」

「あぁ、感覚が分からなかったのね」

「互いにね。だから人形を手足の様に操る君が思い浮かんだのさ」

「ふぅん」

 

 アリスは涼介の説明に満足すると観察するために前のめりにしていた上体を起こす。視線をキッチンへと一度向けると、上海がアリスの横へ着くように飛んでくる。隣に来た上海をアリスが突けば擽ったそうに身をよじる。涼介がそれを見て頷きを一つする。

 

「そこまでとは言わないけれど、ウェイターとして活用しようと思うからある程度はね」

「あら、可愛い店員さんね」

「はは、それも私なのだから可愛いと言われると少しだけ複雑だね」

「嫌かしら?」

「可愛いと言われて喜ぶ男性は稀だと思うよ」

「道理ね」

 

 アリスがクスクスと楽しげに笑う。アリスの様子に涼介がやれやれと肩を竦める。

 

「そうねぇ、面白そうだし構わないわ」

「いいのかい?」

「えぇ、教えてあげる」

「助かるよ」

「でも、タダではないわ。だって貴方は対等だもの」

「はは、そうだね。代価はいか程でしょうか、魔女殿?」

「公演一回」

「公演一回?」

「人形劇に出演なさい」

 

 涼介はアリスの言葉を理解すると顔を引きつらせる。

 

「アリスさん?」

「ダメよ、譲歩も変更もなし」

「私が出たら劇のクオリティが――」

「下げさせないわ、私が」

 

 強い意志を感じさせるアリスの言葉に涼介はつばを飲む。拒否できないと理解できてしまう。

 

「アリス……お手柔らかにお願いするよ」

「善処するわ」

 

 浮かべられるのはいつもの様な綺麗な笑顔。しかし、同じような笑顔であるのに涼介は内心で冷や汗をかく。魔女との取引は安易にするものではないなと少しだけ思う。涼介は諦めて後は流されるままに受け入れようと覚悟を決めると口を開く。

 

「それでは先生お願いします」

「まかせなさい」

 

 人形師による劇にも出せる動かし方のレッスンが始まる。それはそれは熱心な指導(スパルタ)であったとのちに涼介は語る。

 

 

 

 

 

 人形劇が終わる。パチパチと力強い拍手が観客から惜しみなく送られる。アリスと人形達が観客たちへ終わりの挨拶をしているのを横目で見ながら存外悪い物では無かったなと思える。むしろ終わってみれば楽しかったとさえいえると涼介は思う。脚本に不満は残るとの注意書きが付く所ではあるがと、涼介は称賛に笑みを浮かべながらそう考える。視界の先では霊体の涼介が上海達の隣で一緒に手を振っている。いや、涼介が振らしている。アリスの教育の成果が出ていると言える光景であろう。しばらくすれば観客たちも捌けてゆく。

 

「大好評だったね」

「新しい新人のおかげかしら」

「はは、それだと頑張った甲斐があったね」

「貴方もお疲れ様」

 

 アリスが隣を浮かぶ霊体を突けば、上海の様に精彩を感じさせる動きをする。上海の様にくすぐったがると言うより、逃げようとする様な弱い抵抗を示す動きをする。

 

「随分上手になったわね」

「先生のおかげかな。と言うよりあれだけ練習すれば散々慣れたよ。自転車みたいなものなのかな」

「一度乗れればと言うやつね」

「そうだね」

「ねぇ、この子と言うかこっちの霊体に何か呼び方でもつけない?」

「ん?」

「半霊ではないし、人魂って感じでもないでしょう? ねぇ、貴方もそうでしょう?」

「はは、いやまぁそれも私自身だから何とも困った提案だけれど、あっても困るものではないかな?」

「そうよ」

「うぅん、何と呼ぼうか……普通に涼とかでいいのではないかな」

「安直で面白味が無いわね。まぁ良いわ」

「いや、人形ではないのだから面白味を求められてもね」

 

 アリスの言葉に涼介は苦笑いをしながら応える。しかし、アリスの視線は涼に向かって聞きいれられている気がしない。アリスは涼と遊んでいる上海達を見ながら笑みを浮かべている。

 

「友達が出来たみたいで和むわね」

「まぁ、動かしているのは私とアリスなのだけれどね」

「それは言わない約束よ」

 

 アリスにメッと子供でも叱る様な仕草で注意されてしまう。涼介はその仕草に苦笑する。レッスン時にそう言った分かりやすい仕草を両者共に自身でしたり、させたりをしていたためにアリスは咄嗟についつい出してしまったのだ。アリスは涼介の苦笑いで自身の行いに気が付き、少しだけ感じる恥ずかしさを隠す様にそっぽを向いて自身の髪を手で梳いて見せる。

 

「可愛いね」

「……怒るわよ」

「これは失敬」

「まぁ、いいわ」

「ありがとう、アリス。それにしてもいつかこの人形劇も見られなくなってしまうのだろうね」

「私は辞めるつもりはないわよ」

 

 涼介がふとこぼした言葉にアリスが心外だと反論をする。涼介は予想通りの返しを聞いて、クスクスと笑いを漏らす。アリスは涼介の反応に少しだけムッとすると、非難する様に目を細めて涼介へ向ける。

 

「自分で先ほど劇に出ている自分を見ていて思ったんだよ。私の霊体は人形ではないから演劇に近いのではないかと。それであるならば、アリスが目標とする自分の意志を持ち自分の意志で動く完全な自立人形が出来たら、それはもうその娘達の演劇ではないのかなとね?」

 

 アリスが大きく開いた目をパチパチとさせて涼介を見る。そして、アリスがクスリと口元に手を当て小さく噴き出す。肩を少しだけ震わせ、声を出さない様に顔を俯ける。少しして肩の震えが収まると、アリスが顔をあげ晴れやかな笑みを浮かべる。

 

「そうね、そうよね。いつかはあの娘たちも独り立ちしてしまうのよね。自分でそれを目指しているのに全然考えていなかったわ、そんな事。ふふふ、子離れできない親みたいね。私も母の事を笑えないわね」

「お母さんも子離れできなかったの?」

「とても心配症だったわ。いいえ、いまだに子離れできていないわね。でも、私もそうなりそうな気がしてならないわ。やっぱり親子なのかしら、ふふ」

 

 アリスが明るい声でそう言う。けれども少しだけ声に寂しさが混じっているように涼介には感じられた。だから、涼介は言葉を続ける。

 

「もしそうなったら一緒に劇団でも立ち上げたら?」

「役者の大きさが違いすぎるわ」

「ガリバー旅行記の様な話でもしたらいいよ」

「いやよ」

「冗談だよ。そうだね、なら座長兼演出家をアリスがしたらいい。看板女優は上海かな? ははは、楽しそうだね」

「まったく、言うだけならただなのよ。……でも、それも楽しそうね」

「だろう? 劇団名は何にしようか。七色の劇団……ふむ、微妙だね」

「気が早いわよ?」

「考えるだけならたださ。そうだね、上海アリス演劇団なんてどうだろう? 語呂もいいしね」

「はいはい、候補に入れておくわ」

「ははは、夢が膨らむね」

「その時は是非あなたも客演として招待するわ」

 

 アリスに何でもない様な提案をして励ましてみれば、アリスもそれを察して軽快に言葉を返す。涼介が少しだけ調子に乗れば手痛いしっぺ返しが返ってくる。また舞台に呼ぶと言われ涼介が苦笑すればアリスは微笑む。

 

「だからそれまで腕が鈍らない様に定期的に貴方も参加なさい」

 

 有無を言わせないその響きに涼介は笑ってしまう。アリスにしては珍しいその強引さが心地いい。またさらに仲良くなれたようで、ついつい流されてしまう。

 

「仕方ないね。でも、ただでは出られないね」

「当り前よ、対価は払うわ。まずは涼が持つ用の盾でもあげる。有って困らないでしょう?」

 

 アリスがそう言って普段人形達に持たせている武具を示唆してみせる。

 

「次の公演は近そうだね」

「次は何の役をやってもらおうかしら」

「攫われるのは勘弁願いたいね」

「本人にそった正しい配役でしょう?」

 

 小首を傾げてそう問いかけるアリスへ涼介は返す言葉を見つけられない。アリスがクスクスと楽しげな笑いを漏らす。涼介はため息をつくと内心で不満を漏らす。

 

 

――全く、悪い魔女め

 

 

 それからのアリスの人形劇には不定期で参加する役者が一人増えた。その際の劇のコンセプトは闘う女性。魔女は楽しげに脚本を紡ぐ。


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