東方供杯録   作:落着

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鬼の話に供する三七杯目

 博麗神社へ通じる石段の両脇に青々と木々が生い茂る。木で出来たアーチの様に、背丈の高い木から茂る葉が階段を歩く涼介を初夏の日差しから守る。葉が風に揺られ、生まれた隙間から日の光がチラチラと石段に降り注ぐ。石段を吹き抜ける風が気持ち良いと目を細めながら涼介は歩を進める。耳を澄ませば気の早い蝉の声も聞こえてくる。

 

「もうここにきて三度目の夏か……最初は危険に構わず幽香に会いに行ったな。去年は紅魔館で初めての異変に参加して、今年の夏は何があるのだろうね」

 

 楽しげな声色で呟き、未来へと思いをはせる。考え事をしながらも、コツコツと足音を立て石段を進んでいけばいつの間にか最後の段に足がかかる。踏み出し石段を登り切れば視界が一気に開かれる。古めかしく歴史を感じる鳥居と石畳の先にある博麗神社が視界に入り込む。宴会は一昨日に終わっている為か、境内の中で宴会の名残を見つけることはできない。目の前の光景に異変終わりの宴会へ参加できなかった事に対する残念さが、改めてこみ上げてくる。

 

「あぁ、本当に寝てしまうなんて惜しい事をしてしまったものだね」

 

 少しだけ切なげな吐息が漏れるも終わった事は仕方ないと涼介は意識を切り替える。一先ず神社に来たのだからと足を拝殿へ向ける。

 

「二拝二拍手一拝だったかな? でも、ここの神様を知らないからなぁ」

 

 秋の神様などが実際に存在する幻想郷において、いない、もしくは分からない神様に祈るのもおかしな話だと涼介は苦笑する。

 

「代わりと言ってはなんだけど、そうだね」

 

 涼介が懐から賽銭を取り出して目の前の箱に投げ入れる。その後、鈴を鳴らし二拝し神社その物への敬意を示し二拍手を打ち、感謝を奉ずる。

 

 

――幻想を維持する要、感謝いたします

 

 

 最後にもう一礼をし、神社への祈りを終える。目を開けばとっとっと、と軽快な足音が涼介の耳に届く。どうやら入れ違いに成らなかった様だと涼介に笑みが浮かぶ。少しだけ待てば拝殿の障子戸が開き、霊夢が顔を見せる。

 

「やぁ、霊夢。リハビリがてら遊びに来たよ」

 

 お参りをしていた人物が想定外だったのか霊夢が一瞬きょとんとした顔をするも、直後に顔がむっとした物に変わる。

 

「どうして自宅でじっとしていられないのかしら、涼介さんは」

「何となく、霊夢の顔が見たくてなってね」

「わざわざ身体に無理をさせなくてもこっちから出向くわよ」

「本当かな?」

「どういう意味よ」

「何となくだけれど店を再開するまで霊夢が来ない気がしてね」

 

 涼介がさらっと言えば霊夢の眉に皺が寄る。霊夢は実際そのつもりであったために言い当てられて内心でドキリとする。布団の上で療養している涼介を見るのが嫌で元気になるまで時間を空けようと霊夢は考えていた。弱っている涼介を見ればまた感情に引きずられそうな気がして足が進まなかったのだ。

 

「なんでそう思ったのよ?」

「何となくだね。しいて言うなら勘だよ」

「勘ねぇ……」

「まぁ、霊夢の勘とは違うだろうけどね」

「ん? どういうことよ」

「勘とは本来積み重ねた経験をもとに無意識的に判断する事なんだよ。でも霊夢の勘はもっと超常染みているじゃないか」

「褒められているのかしら」

「羨んでいるのさ」

「そんな風に見えないわよ」

「そうかな? 憧れてはいるけれど欲してはいないからかも知れないね」

「ふぅん。それで、ハルがいないみたいだけれどまだ不調そうなのに無理をしてまで来た理由は何かしら?」

「最初に言った通り霊夢の顔見に来たのさ」

「呆れたわね。全く妖夢や咲夜は何を言いに行ったのかしら」

 

 霊夢が大きくため息を吐いて首をやれやれと振って見せる。僅かに非難がましい気持ちのこもった視線を涼介に向けると口を開く。

 

「ここまで来ちゃったならしょうがないわね。上がっていって、涼介さん。お茶位なら出すわ」

「はは、それならお招きに預かろうかな」

「何を言っているのよ、人の家まで来て」

 

 霊夢はそう言うと縁側を歩いて母屋に向かう。涼介も縁側の外周に沿うように霊夢の隣を歩いてついていく。霊夢は先に母屋に入ってお茶の用意をしようと思い少しだけ早めに歩いていたが、涼介が歩調を合わせるように歩いていることに気が付き速度を緩める。

 

「ありがと、霊夢」

「何がよ」

「ははは、なんでもないよ」

「ふん、それでいいのよ」

 

 霊夢が不満そうに鼻を鳴らすも、涼介から見える横顔の口元は笑みを浮かべている。素直じゃない霊夢の様子があまりにも可愛らしくてクスクスと笑い声を零す。すると、霊夢が一度半目で涼介を睨むも笑顔を返せば顔を再び前へと戻してしまう。

 母屋に着くと、縁側へ上がる為に一段高くなっている石段で靴を脱いでいる涼介を横目で見ながら霊夢は奥の台所に入っていく。涼介も靴を石段の上にそろえて置くと勝手知ったるとばかりに居間へ入りちゃぶ台のそばに腰を下ろす。

 

「少し疲れたなぁ」

 

 倦怠感を訴える身体へ意識を向けながら言葉に出す。けれども感じる疲労が心地良い。鳥居の先に小さくなった人里が見える。博麗神社は幻想郷の端にある為、郷内を一望できる。空から眺めれば、霧の湖に紅魔館、迷いの竹林、人里、香霖堂、無縁塚、魔法の森、妖怪の山など様々な場所を一望できるだろうと涼介は想いを馳せる。うらやむような視線を空へと向ける。

 

「近いのに遠いなぁ」

「何の話をしているの?」

「お茶の用意ありがとね、霊夢」

「別にお礼なんていいわよ」

「感謝を示したいんだよ」

「はぁ、勝手にすれば」

「勝手にするさ」

 

 霊夢がお盆に湯呑を二つとお茶の入った急須を持って居間に現れる。空を眺める涼介に問いかけるも帰ってくる返答は質問とは別の物。いつも通りの安心する笑顔でお礼を言われると少しだけ胸の奥がこそばゆくなりついつい反射的に憎まれ口をたたいてしまう。しかし、涼介は自らの態度に眉をひそめることなくさらに言葉を重ねてくる。涼介の包み込んでくれるような態度に霊夢は安心感を懐く。

 

「それで本当に何の事を言っていたの?」

「空の話だよ」

「空?」

「そうだよ。近くに飛べる人が多くいて、飛べる方法も教えてもらおうと思えば教えてもらえるのに私にはその為の資格(霊力)が無いからね。だから、近くて遠いのさ」

「ふぅん、そんなに飛びたいの?」

「飛べたら気持ちがよさそうだと思うけれど、今はここから幻想郷を一望してみたくてね。飛べないと木々があって見えないからさ」

「呑気ねぇ。でも、涼介さんが飛べないのは良いわね」

「ふらふらする範囲が狭まるからかな?」

「自覚があるなら直しなさいよ」

「うぅん、でもここは誘惑が多すぎる」

「霖之助さんを少しは見習ったら?」

「身体に苔が生えてしまうよ」

「涼介さんが言っていたわよって本人に伝えちゃうわよ」

「本人に直接言っているから今更さ」

 

 涼介が霊夢に返答し肩を竦めれば、二人の間に小さな笑いが生まれる。二人でお茶をのんびりと飲みながらただただ無為に過ごす。少し前のあわただしい宴会が嘘のようだと霊夢は思う。ほっておいても神社へとやってくる面々はたいていが騒がしい為に、誰かといるのに静かな空間は貴重だなと考えながらお茶を飲む。しばしの間何気ない話題に花が咲く。そして不意に話題が直近の異変へと変わる。

 

「それで涼介さんはあの鬼とどんなやり取りをしていたの?」

「萃香姐さんとかい?」

「そうよ、と言うか本当に姐さんって呼んでいるのね」

 

 霊夢が涼介の言葉に苦笑する。相変わらず、人妖関係なく誰とでも仲良くなる人だなとしみじみと思う。

 

「色々だよ。でも……そうだね、萃香姐さんのおかげで心に刺さっていた棘が抜けたんだ」

「棘?」

「外で死なせてしまった妖怪の話さ」

「紫の言っていた……どういう関係だったの?」

「恋人だよ」

 

 霊夢が涼介の返答に目をぱちくりとさせ、キョトンとした表情をする。霊夢の表情を見た涼介は微かに口元を緩めると言葉を続ける。

 

「色々後悔はあるけれど、私の中で一区切りを付けられたんだ。姐さんのおかげでね」

「そう。どんな人だったの?」

「そうだねぇ……遠慮の無い性格だったね」

「遠慮が無い?」

「もうこっちの事なんてお構いなしに何でも言ってくるそんな人だったよ」

「涼介さんの事だからタジタジだったんじゃないの?」

「私も随分言い返したよ。口喧嘩だって数えられないほどしていたね」

「涼介さんが口喧嘩……想像できないわね」

「もう本当に酷かったよ。くだらない事でも良く喧嘩したものだよ」

「なんだか楽しい喧嘩だったみたいね」

「そう?」

「顔が嬉しそうだもの」

 

 喧嘩を思い出しているであろう涼介の表情が幸せそうな為、霊夢はそう判断する。涼介は少しだけ呆けた顔をするも、霊夢に指摘され自覚する。本当に気が付くのが遅かったと、幸せな記憶が沢山あったと改めて自覚する。

 

「ははは、確かにそうだね。楽しい思い出が、楽しそうにしていた彼女をたくさん見ていたのに私は何を取り違えていたのだろうね」

「今だったら里の中に店を建てようと思える?」

「思わない」

「……どうして?」

「別にもう忌避感は全くないよ。でも里の中だと不便じゃないか」

「何が?」

「里の人たちがいつでも寄りやすくなるからふらふらと散歩に行きにくい」

「働きなさいよ」

「これは失敬」

 

 霊夢はまるで真面目さの無い涼介の言葉に、あきれ顔をする。霊夢はあきれ顔をしているけれども、口角が僅かに上がっている。仕方のない人だと思いつつも涼介らしさだと感じる為に安心する。

 

「涼介さんは人間なのに妖怪が大好きよね」

「否定できないね」

「だからそんなにも鬼に惹かれたのかしらね」

「鬼、ね……」

 

 何処か含みのある雰囲気で涼介が呟く。霊夢が不思議に思い問い掛ける。

 

「鬼に何かあるの?」

「霊夢はさ、鬼についてどう思う?普通の妖怪だと感じるかな?」

「ん? 普通に妖怪じゃないの」

「私はそう感じなかったんだ」

「妖怪じゃないってこと? そう言えばあの時にもそんなことを言っていたような……」

「なんて言っていたの?」

「確か、えぇっと……鬼をただの妖怪だと思うなよ、みたいな事を言っていたわ」

「へぇ」

 

 霊夢の返答に涼介が興味深げな声を上げる。

 

「どういう意味か分かるの?」

「勝手な推測くらいかな」

「どんなもの?」

「私の中では鬼ってあまり妖怪っぽくない気がするんだよね。一度鬼になったからそう思うのかもしれないけれどね」

「ん?」

「鬼というも――」

「ちょっと待って」

「どうしたの?」

「鬼になったってどういうことよ」

「そういう鬼の宝があってね、それで一時的に少しだけ鬼に片足を突っ込んだのさ」

 

 涼介があっけらかんと何でもない様に言えば霊夢は頭痛を覚える。見た所妖力も感じないから本当に問題はなかったのだと理解できるが、内容が内容なだけに霊夢は頭を抱える。目の前で何か問題でもあるかなと言いたげに不思議そうな顔をしている涼介を見れば、霊夢はドッと疲労感が押し寄せてくる気さえする。

 

「もういいわ、今が問題無いなら気にしない。いちいち気にしていたら心労で倒れちゃう」

「苦労をかけるね」

「もう諦めたからいいわよ」

「ははは、これじゃあどちらが年長者か分からないね」

「本当にダメダメなお兄さんって感じよね、涼介さんは。それで? どう続くのかしら」

 

 霊夢が頬杖をつきながら涼介に問いかけてくる。本当に呆れられ始めているなと涼介は察すると、気を付けようと気を引き締める。怒られている内が花と言うくらいだからとこれからは注意しようと少しだけ思う。

 

「私が思うに鬼はもともと妖怪ではない存在だと思うんだよ」

「妖怪ではない?」

「たとえば天狗の中には神として崇められている者もいるだろう。妖怪は恐れの集まり、神は信仰の集まりともいえるよね。多くの人間たちの認識が変われば存在が変質することもある」

「そうね。人外はそれらの想念の集合体ともいえる。そして精神に比重を多く置くからこそ大多数の認識が変われば変質しやすい」

「そうだね。けれど変質しても変質前の性質も変質後に残る。山の雛さんなんていい例だよね。厄神様と言われているけれど、元々が妖怪だったから神になっても信仰を必要としていない」

「それなら鬼はもともと神様だったってこと?」

「私はそれも違うと思う」

「涼介さんはなんだと思うの?」

「理想の象徴」

「理想の象徴?」

 

 霊夢がよくわからないと首を傾げながら言葉を反芻する。涼介も確信を持っている話ではなく、何となくそう思うという話であるためにどう説明した物かと頭をひねる。

 

「そう、憧れだよ。妖怪は恐れの集合体、神は信仰、妖精は自然への想い。そして鬼は理想の集合体。私はそう考えているよ」

「どうしてそう思うの?」

「鬼であった時に人間に超えて欲しいという衝動が湧いてきたんだ」

「超えて欲しい?」

「そう。勝負をして負かせてほしいそう思うんだ。だから妖怪だと思えなかった」

「……確かに、負けたら恐れは得られない。それだと妖怪の在り方として矛盾する」

「だから鬼はもともと妖怪ではないと思うんだ」

「それじゃあなんなのよ」

「さぁ、呼称は分からないよ。目標、超越者、試練、憧憬、到達点、そう言った存在だったんだろうね。だから真っ向から向かってくる。只々強い。肉体が、精神が、すべてが強い」

「うん。特筆して何がって訳ではないけれど全てが全て高水準だったわね」

「萃香姐さんが言っていたのだけれど、大昔は本当に殴り合うか能力の凌ぎ合いの真剣勝負が主流だったらしい。鬼以外の他の妖怪ともあまり大きな違いの無い闘いだったのだろうね。そして大昔の人間が妖怪に負けないように理想とする強さを夢想して」

「形になった者が鬼と」

「その通り。だから鬼は人間に勝負を仕掛けるのではないかな、超えてみろと。時には人間側から仕掛けることもあったのかもしれない。もちろん超えるためにね。でもそれで命を落とす人間も出たんだと思う。結局そこで起きるのは真剣勝負なのだから」

 

 霊夢は涼介の推測の話を聞きながらあながち大きく外れていないのだろうとなんとなく思う。涼介がさらに言葉を続ける。

 

「鬼に挑むほどの人間であれば名の知れた人物なのだろうと考えられる。そして、その人物が鬼との勝負で命を落とす。そんなことが繰り返されれば、人間は鬼が人間を攫う化生(けしょう)だと思い始める。後は坂を転がる様に鬼は妖怪としての性質を帯びる。鬼は興味を持った人間を攫いたくなるんだ。それは、興味を持つ相手が自らを負かせる可能性のある人物だから勝負の対象として見ているんだ。そこに人を攫う妖怪であるという認識が鬼の元々の性質に沿うように変化して鬼は人間を攫い試練を与えるように勝負を仕掛ける」

「そう聞けば何となくそんな気がしてくるわね」

「鬼は豪快で、嘘を言わず、圧倒的な強さを持つ。勝った相手を称える為に宝を渡す気前の良さだってある。そして人間の前に超えるべき壁として立ちはだかり、超えられれば役目を全うしたと言いたげに笑って死ぬ。まるで妖怪らしくない」

「でも鬼ってほとんどいないのね。討ち取られたのかしら?」

「地底に去ってしまったらしいよ。どうも人間の嘘に愛想を尽かせたらしい」

「嘘に?」

「鬼は剛毅で真っ向からぶつかり、嘘を嫌う。そういう存在として生まれたんだ。それなのに、生みの親とも言える人間が強すぎたからと言って嘘を用いて鬼を討つことに耐えられなかったのではないかな?」

「難儀な妖怪ね」

「そうだね。でも、そんな鬼だから私は惹かれたんだと思う」

「でも、想像なのでしょう?」

「いやまぁ――」

「大体あっているよ」

 

 涼介が霊夢の言葉に苦笑して応えようとするも言いきられる前に別の声に割り込まれる。霊夢と涼介が視線を声の場所に向けると、縁側で背を向けるように萃香が座っている。

 

「萃香姐さん」

 

 涼介が思わず名前を呼べば萃香は振り向きニカッと歯をみせ明るく笑う。そして一度身体が霧散して消えると、霊夢と涼介の囲うちゃぶ台のそばへ唐突に現れる。

 

「なんで紫といい、萃香といい、まともに入ってこないのよ」

「神出鬼没ってな」

「字面通り鬼なら没しなさいよ」

「揚げ足取るなよ、霊夢。可愛げのない」

「なんでアンタに可愛げみせないといけないのよ」

「かっかっか、まぁいいさ」

「萃香姐さん、聞いていたんですね?」

「んあ?そうだな、聞いていたよ。私はどこにでもいられるからね」

「全く面倒ね」

「邪険にするなよ。まぁそれでさっきの話だが涼介の推測で殆ど問題は無いよ。私ら鬼はもともとそういった存在だ。神が信者を庇護し守るなら、私らは羨望者を鍛え目標として立ちはだかるってとこかね」

「それで私にあの時あんなこと言ったの?」

「そうさ。まぁ、ぼこぼこに敗けて恥かいたがね。まさか自分の格をあげるとはぶっ飛んでいるね、今代の巫女は」

「どうも」

 

 霊夢の気のない返事にも萃香は気分を害する事無く楽しげに喉を鳴らす。霊夢が萃香の様子に処置なしとため息を吐く。霊夢のため息さえ萃香にとっては楽しい出来事なのであろう、萃香の顔に浮かぶ笑みがさらに深まる。自然体で接してくる人間が心地良いのだ。霊夢は笑う萃香を一瞥し、手元の湯呑を空にすると立ち上がる。

 

「境内の掃除をしてくるわ」

「それなら私も――」

「涼介さんはこの鬼が神社に悪さをしないように見ていて、お願いするわね」

 

 霊夢は涼介の返答を聞く前にパタパタと足早に境内へと向かう。少しだけ忙しない霊夢の様子に涼介は首をかしげると、隣の萃香がクスクスと笑う。

 

「なんだいなんだい、あの巫女も可愛い所があるじゃないか」

「どういうことですか?」

「まぁ、涼介に気を使ったのだろうね。良い勘をしているじゃないか」

 

 涼介は萃香の言うことが分からず涼介は首をかしげる。

 

「普段超然としているのにお前さんの前だと少しだけ地が出るみたいだね。異変の時よりわかりやすいね」

「普段とあまり変わらない気がしましたけど?」

「私くらいの鬼になると分かるのさ」

「長い間人間を見てきた年季ですね」

「当り前さ。それで? 話があるんだろう?」

 

 萃香が涼介に視線を向ける。涼介は、萃香の表情から何を言うのかを悟られていると察する。少しの間逡巡するも涼介は口を開く。霊夢が気を聞かせてくれた事に内心で感謝を示す。

 

「萃香姐さん」

「どうした、涼介?」

「まだ薬酒は残っていますか?」

「あるよ……それで?」

「いただくことはできますか?」

「鬼になりたいのか?」

「少なくとも今はその願望はありません」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、萃香は内心を見透かすような瞳を涼介に向ける。涼介も萃香の視線から視線を逸らす事無く応える。

 

「私は弱いです。皆の輪に入るにはどうしようもないくらい弱い」

「だから欲しいと?」

「安易に頼るつもりはありません。ですが選択肢として、手札の一枚として所持しておきたいというのが偽りのない本音です。また失くしてしまいましたがレティの結晶や人魂、能力と言った物がありますが、まだまだ足りないと感じました」

「なるほどね……とりあえず冬妖怪の結晶は問題ないよ、今返す」

 

 萃香が指を振ると涼介の胸元にレティの結晶が現れる。

 

「霧散したのでは?」

「私は密と疎を操る。それでその結晶を拡散させて周囲に漂わせていたのさ。それを元に戻しただけさ」

「なんでも運び放題ですね」

「便利だろ?」

「とっても」

 

 涼介が胸元に戻った結晶を軽く触れれば、手放したことを非難するかのように一瞬だけ冷気が強まる。涼介はレティの反応に苦笑する。全く、妖怪とは勝手気ままなものだと改めて感じる。小さな声で結晶に向けてごめんねと言えば冷気は弱まる。

 

「くくく、相変わらずだね」

「前より酷くなったかもしれませんね」

「良かったね」

「それはもう。それでどうですか?」

 

 涼介が萃香の答えを聞こうと再び水を向ける。萃香はすぐに応えず、しばらく手元の鎖を指でいじりながら涼介を見つめる。チャリチャリと鎖の擦れる音だけが居間に響く。涼介も萃香の答えをじっと待つ。

 

「そうだねぇ……」

 

 萃香が言葉をためる。涼介が僅かに緊張を示す。涼介の緊張を読み取ると萃香は笑みを浮かべる。

 

「構わないよ。というか初めからやるつもりだったよ」

「そうなのですか?」

「神社の屋根で言ったじゃないか、あれは私を六人倒した褒美だと」

「それはあの時だけの話ではなかったのですね」

「特に決めていなかったさ。まぁ、その後色々あって涼介に必要だろうと思ったからさ」

「ありがとうございます」

「気にするな、私の弟分なら鬼の力を使いこなして見せな。負けるんじゃないよ、くっくっく」

 

 萃香が期待を向けてくれることが嬉しいと涼介は感じる。歓喜が心の内に生まれる。

 

「決して情けない姿を見せないと約束します」

「鬼との約束は高くつくよ?」

「承知の上です」

「だろうね、かかかっ。それと私に勝った褒美もやらないとね」

「褒美ですか?」

「私は鬼だからね」

 

 萃香がそう言うとちゃぶ台の上に霧が集まる様に酒瓶が一つ現れる。さらに自身の腕にある三角錐の分銅が伸びた鎖の先に付く鉄の腕輪を外すとそれも机の上に置く。

 

「ほれ、受け取れ」

 

 萃香が何でもない様に言ってのける。

 

「この鎖はあの時の物ですよね?」

「そうさ。持ち主の意に従って動き伸縮する私の鎖だよ。霊力の弱いお前では操り伸縮は出来ても鉄以上の強度は得られないがな」

「さすがにこれ――」

「遠慮するな。貰える物は受け取っておけ。それに私の弟分なら使いこなしてみせると不敵に笑ってみせな」

 

 萃香の期待に涼介は胸が詰まる。心に満ちる感情をしっかりと咀嚼し言葉にする。

 

「あの時の言葉を嘘にはしません。山の四天王からも勝ちをもぎ取れるくらい強くなります。萃香姐さんが他の鬼に対して誇れるくらい立派になって見せます」

「……おう、頑張れ涼介」

 

 互いの顔に浮かぶのは力強い笑み。涼介が酒と鎖の先端に三角錐の付いた腕輪を手に取ると、萃香がぽんと自身の膝を打つ。

 

「さて、涼介。話も纏まったから行こうか」

「どこにですか?」

「桃源亭へさ」

 

 涼介の頭に疑問が浮かぶ。今は荒れ放題で店として機能できないために行っても意味は無いのだから萃香の発言が理解できない。萃香は涼介の反応を予想していたのか少しだけあきれ顔をする。

 

「店を直すんだよ。私らは力仕事も得意だからね、かっかっか」

「良いんですか? 自分でどうにかしますよ」

「お前さんはもう少し他人に頼る事を覚えた方がいいよ。何でもかんでも自分ですることは無いよ」

「よく助けてもらっていますよ? 豆なんて幽香に頼りっぱなしですし」

「冬の異変の時に自分一人で動いていたって聞いたよ。それに詳細は知らんが赤い霧の時も何かしていたそうじゃないか? 今回だって妖獣を逃がしたしね。お前さんとあの妖獣に冬妖怪の力を合わせれば神社までは行けたかもしれないと私は思うね。お前さんは肝心な所では、自分一人でどうにかしようとしていると私は思うよ」

「それは……」

「まぁ、頑張るのもいいが見極めも肝心と言う話だ。無謀と勇猛を履き違えるんじゃないよ」

 

 萃香はそう言うと振り返ることなく、居間から出ていく。涼介は萃香の背中を目で追い、視えなくなると追いかけるように立ち上がる。

 

「そうですね……みんなの輪に入るなら協調性を持たないとね」

 

 自分で気が付いていなかったことを指摘されて自らを改める。輪に入りたいと言いながら、入り方が間違っていたことに気が付く。苦笑が涼介の顔に浮かぶ。歩を進め日の光の元に出る。箒を片手に境内を掃除する霊夢に、涼介を待つ萃香がまとわりついている。腰に抱きつかれた霊夢が、胸元にある萃香の頭をぱしぱし叩いているも効果はあまり見られない。霊夢が、涼介を見つけると萃香を指さし、口をパクパクとさせ何かを言っている。涼介は笑みを深めると、二人の元へと近づいていく。

 

「萃香姐さん、霊夢――――――」

 

 幻想の園に新たな仲間が加わり、今まで以上に騒がしい日常が始まる。次はどんな祭り(異変)が起きて、どんな仲間が加わるのだろうかと未来へ思いを馳せる。幻想の時間は進む。騒がしさを増し、仲間を増やし進んでいく。


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