東方供杯録   作:落着

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子供の喧嘩に供する三五杯目

「さぁさぁ、行くぜ」

「かっかっかっ、威勢の良い嬢ちゃんだ! かかってきな!!」

 

 魔理沙が風を切って夜空を駆け抜け弾幕をばら撒く。それを真っ向から捩伏せる馬鹿げた物量の弾幕を萃香が放ち迎え撃つ。

 

「おいおい、こりゃすげぇな! 五人に分かれてんのに何だってんだ!!」

「鬼を! 山の四天王の伊吹萃香を舐めるんじゃあないよ!!」

「鬼だって!? 幻想郷にいないはずじゃ!?」

「じゃあ、今目の前にいるのは何なんだろうな!!あっはっはっはっは!!」

 

 魔理沙が持ち前の速度を生かし萃香の弾幕の隙間を針の穴を抜けるような器用さで飛ぶ。霊夢の闘いを何度も歯噛みしながら観て、パチュリーに力の差を見せつけられながらも決して諦めず喰らい付いてきた魔理沙の力は確実に成長している。弾幕ごっこというルールの中だけでの強さかも知れないが確かに魔理沙は成長している。弾幕の中心、萃香目掛けて魔理沙が翔ける。

 

「知らない者が目の前にいる、ワクワクするぜ!! 魔法使いの好奇心魅せてやる!! 天儀・オーレリーズソーラーシステム!!」

「なんだいなんだい、地上にも面白い奴がゴロゴロいるじゃねぇか!! 萃符・戸隠山投げ!!」

 

 魔理沙の魔法が空を彩る。

 

 

 

 

 

「切って知るたぁ、面白いこと言うじゃねぇか」

「私は剣士、切るとは即ち闘う事。この闘いをもって貴女を知ろう」

「くっくっくっ、これだから武芸者って奴は嫌いになれねぇ。テメェの腕で鬼が切れるか試してみな!!」

「魂魄流剣術指南役、魂魄妖夢! 押し通る!!」

「元、妖怪の山四天王の鬼の伊吹萃香! 受けて立とう!!」

 

 刀を抜いた妖夢と萃香が空で激突する。弾幕を放つのと平行に、両者が近づき近接格闘(ドッグファイト)を行う。弾と打の応酬が空で火花を散らす。

 

「ハァ!!」

「よっと!」

 

 拳と刀がぶつかり火花が散る。妖夢が驚愕に目を見開き、萃香がニヤリと笑いをこぼす。

 

「並の鬼なら切れるだろうが、密度を高めた私の肌にゃ通らねぇな!!」

「くぅぅう!」

 

 鍔迫る様にぶつかる妖夢の刀ごと体を萃香が腕をふるってはじきとばす。空を滑る様に後方へ飛ばされた妖夢が姿勢を正し、萃香を見据え刀を一度虚空へ向かい空振りする。生まれるものは飛ぶ斬撃。

 

「刀本体で切れねぇのにそんなもんが通ると思ってんならあめぇな!!」

 

 萃香は飛んできた斬撃に向かって腕を打ち払う。妖夢の放った斬撃が萃香の拳で破壊される。萃香はニヤリと笑って妖夢を見る。

 

「どうしたもう手詰まりか?」

「私の刃は貴女に届いた様です」

「あん?」

 

 妖夢が萃香の腕を指差す。打ち払った腕に僅かな傷が見て取れる。ほんの僅かな傷ではあるが確かに妖夢の刃は萃香に届いた。

 

「へぇ、こいつは驚いた。けど、これだけじゃあ勝てないぜ」

「そうですね。まだまだ足りない。貴女を切るには鋭さが足りない」

「じゃあ、どうするってんだい?」

「能力を、霊力をもっともっと研ぎ澄ませる。この闘いで貴女に届かせる。以前の異変で私は魔理沙に負けた。悔しかった、負けた事もそうだけれど約束を果たせなかった事が死ぬほど悔しかった。だから私は努力した。涼介さんを守る為に、幽々子様を支える為に、だけどまだ足りない、まだ足りないんだ。貴女を糧に私はもっと成長する」

「私を糧にするか……くっくっくっく、ついつい昔の人間を思い出しちまうな。良いだろう。お前の剣が私の骨まで届けば勝ちをくれてやる、勝負と行こうか!超えてみな!!」

「ならば私は骨を絶とう」

「あぁもう全く気の良いやつらだ」

 

 剣戟と拳戟がしのぎを削る。

 

 

 

 

 

 

「霧になって攻撃を避ける。当てるまでに時間がかかりそうね」

「時間を止めるたぁ、馬鹿げた能力だ。楽しめそうだね」

 

 咲夜と萃香が互いに掠る事すらなく空を舞う。妖力弾と霊力を纏うナイフが空を飛び交い空を切る。

 

「面倒な……」

「そう嫌うなよ、一緒に楽しもうじゃないか」

「嫌ってないわ、面倒がっているだけよ」

「あっはっはっは、面倒なだけとは言うじゃないか」

「当たり前よ、全ての時間は私の物。たとえ貴女がどうやって避けようといつかは時間に捕まるわ」

「そうかいそうかい……それならどっちが先にぶち当てられるか勝負と行こうか?」

「弾幕ごっこでなく?」

「あぁ、先に相手に届かせた方が勝ちさ。受けるかい?」

「……なるほど。貴女そういう妖怪なのね?」

 

 咲夜が萃香に問いかけると、萃香は嬉しそうにニヤリと笑い咲夜に応える。

 

「あぁ、そうさ。鬼とは人に勝負を持ちかけ試練を与える妖怪。お前さんが鬼を超えられるか試してやろう」

「貴女に時が捕まえられるかしら?」

「私相手に鬼ごっことは……くっくっくっく!!」

勝負開始(ゲームスタート)

 

 そして二人の姿がその場から消える。姿を消しては別の場所に現れる。咲夜と萃香は一時たりとも同じ場所に留まることなく、空間を飛ぶ様に競い合う。振るわれ物はナイフと拳。弾幕はもう一つたりとも飛んでいない。

 

 

 

 

 

「妖怪退治が仕事ね……私を、鬼をただの妖怪だと思ってんならお前さんじゃあ勝てねぇよ」

「それは一体どういう意味かしら?」

「さぁ、どうだろうねぇ」

「はぁ、もうまったく」

 

 霊夢が一度面倒臭そうに肩を回す。霊夢の自然体な様子に萃香が笑みを深める。

 

「さてさて、アンタは戦わなくて良いのかい?他の三人はもう始めちまっているよ?」

 

 萃香が霊夢にそう言葉をかけて他の三人を見る。魔理沙は弾幕ごっこを、妖夢と咲夜はそれとは違う勝負をそれぞれがしている。

 

「そうねぇ、私もそろそろ始めようかしら?」

「何でやるかい?私は何でも構わんよ」

「涼介さんとはどうやって戦ったの?」

「ルールなんて特に決めてなかったね。強いて言うなら私が涼介をさらおうとして、涼介はお前さんらが来るまで耐えようとしたってところかな?」

「ふぅん……そう」

「そうさ。いやぁ、涼介もやるもんだよ。全然諦めないから結局四肢の骨砕いて止めてやったんだよ。それでもあいつは諦めなかったね、私を六人も気絶させやがったしな」

 

 萃香が涼介との店での勝負を思い出し笑みを深める。小さな声で良い喧嘩だったと呟けば、萃香の背筋にふと僅かな寒気が走る。視線を目の前の霊夢に向ければ、霊夢が感情の乗らない視線を萃香に向けている。長い間、散々人を見てきた萃香にも霊夢の内心を窺い知ることが出来ない。

 

「そうなんだ……ふぅん……」

「おや、怒ったかい?」

 

 霊夢は手に持った御幣をお手玉でもする様に投げては掴むを繰り返しながらつぶやく。御幣を投げる霊夢に萃香が問いかける。霊夢は萃香の問いかけに答えることなく口を開く。

 

「それじゃあ勝負しましょうか?」

「おっ、決めたかい。何でやる?」

真剣勝負(ガチンコ)

「そいつぁ……また大きく出たじゃないか?」

 

 萃香の声に少しだけ怒りが混ざる。妖力が漏れ出る。大妖怪と呼ぶのに全く持って不足のない、むしろ余りあるほどの力が発される。分割されているとはとても思えないほどの濃密な妖力が溢れ出る。しかし、霊夢の様子に変化はない。

 

「涼介さんとはアンタが殺さない様にする以外は似たような物だったんでしょ?」

「あ?……いや、まぁ、そう言われりゃ確かにそうだが……あの時と今じゃ前提が違うぞ」

 

 霊夢のあまりに自然体な様子に萃香は虚を突かれ威勢が削がれる。

 

「これは私が感情を引きずっている証拠」

「ん?」

「勝負の方式は私の感情で決めたわ。でも安心なさい、勝負中は全部を浮かせて博麗の巫女として全力で叩き潰してあげる」

 

 霊夢が萃香に言葉をかける。涼介に対して目の前の妖怪が四肢の骨を砕くほどの蛮行を働いた。霊夢はその事で以前の冥界での事を思い出した。先ほど見た感じの涼介からは萃香に対する負の念も、怪我の跡も見当たらなかった。だけどそうではないのだ。

 

 

――私の予感は当たっていた、けど足りなかった

――だからこれは八つ当たりだ

 

 

 変な予感だったのは涼介にとっては良い結果になるからなのかもしれない。だけど、四肢の骨を砕かれるほどの出会いが涼介にとっては必要だったとしても、そんな物霊夢には関係ない。不甲斐ない自分への怒りと、目の前の妖怪への怒りが霊夢を駆り立てる。

 

「全力で真剣勝負(ガチンコ)ねぇ。後悔するよ?」

「いいえ、しないわ。弾幕ごっこじゃないのなら私はいつまでだって浮き続けられる」

 

 霊夢から漏れ出ていた霊気が安定し始め弱まっていく。しかし、弱まる気配とは裏腹に萃香は霊夢の様子に僅かな不気味さと警戒を覚える。

 

「魔理沙にはズルいと言われたからスペルにして時間制限を付けた。でも真剣勝負(ガチンコ)だったら関係ない。魂を浮かせば格が上がる。存在を浮かせば誰も私に触れられない。心を浮かせば私に隙は生まれない」

「おいおい紫……こんなやつどこで見つけてくるんだい……」

 

 萃香の口元が無意識に引きつる。霊夢の言葉に合わせて、萃香の目の前で霊夢の格が、位置が、心が変化する。文字通り格があがり、輪郭が朧げになり触れることが叶わなくなり、僅かに高ぶっていた霊夢の戦意さえ感じられなくなった。霊夢が唱える言葉に魂が宿る。

 

「夢想天生――」

「こりゃ、勝負をミスったな……」

 

 幻想郷の守護者(博麗霊夢)萃まる夢、幻、そして百鬼夜行(伊吹萃香)のルール無用の真剣勝負が始まる。

 

 

 

 

 

 

「あぁ、どいつもこいつも良い人間じゃねぇか、くっくっくっく」

 

 萃香が涼介の前方で立ちながら空の闘いを眺める。機嫌よさそうに萃香が笑う。涼介も空の四人を見上げながら笑みを浮かべる。みんなも戦っている、ならば自分も最後の勝負に挑もうと涼介は杯に酒を注ぐ。このまま待っていても誰かが異変を解決して自分の挑戦権が無くなってしまうと考える自らの思考に意外と好戦的だなと涼介は苦笑しながら、酒の満ちる杯を見つめる。戸惑う自分の背中を押す様にもう一度空の四人を眺める。一度大きく深呼吸を行い、視線を杯へと戻す。

 

 

――さぁ、挑もう!

――さぁ、超えよう憧れを!!

 

 

 決意を固め、酒を煽る。涼介の瞳に剣呑な光が宿る。足に巻きつく重りの鎖を意識する。行けると涼介は確信し、前方で背を向け空の霊夢達を眺めている萃香めがけて飛びかかる。

 

 

――ジャラジャラジャラ

 

 

 萃香は背後で鎖が音を鳴らした事で涼介が動き出した事を知る。思ったよりも遅かったと内心でほくそ笑みながらも余裕をもって振り返る。

 

「随分とのんび――」

「遅い!!」

 

 振り返り切る前の萃香の首に涼介の腕が伸び小柄な萃香を持ち上げる。神社の屋根から神社の裏手の地面めがけて萃香の体を叩きつける。

 

 

――ドッ!!

 

 

「かはっ!!」

 

 地面に硬いものを打ち付けたような音と共に、地面に打ち付けられて萃香の肺から空気が漏れ出る。さらに地面には打ち付けられた萃香を中心とした放射状のひび割れが走る。萃香の思考が困惑に染まる。涼介の動きが喫茶店の時とはまるで違う。明らかに早くなっている涼介の動きに、タイミングを読み間違えた萃香は地面へと叩きつけられる結果となった。

 

「こ、んの――」

 

 とっさに悪態を吐こうと口を開きかけるも、涼介に触れられている事に気がつき焦りが浮かぶ。意識を落とされると思い、自身の能力で意識を萃めようとする。涼介の口元に笑みが浮かび、萃香の瞳が驚愕に見開かれる。

 

「てめぇ」

「ハズレだよ、萃香さん」

 

 

――こいつ、意識じゃなくて能力とそれを使おうとする感情を落としやがった!!

 

 

「能力への干渉する感覚を教えてくれたのは萃香さんですよ。意識か能力、二分の一の賭けは私の勝ちですね」

 

 涼介の口が言葉を吐き出す。口調に変化はないが強い高揚を涼介の声から萃香は感じる。一本取られた事への驚嘆と、一杯食わされた事への怒りが萃香の中で湧く。咄嗟に掴まれている腕を喫茶店の時の様にへし折って引きはがそうと、自らの手に掴まれた事で落とされたなけなしの妖力をこめて掴みかかる。接触し続けているために今なお様々な力を落とされ続けている。早くしないと拘束を外せなくなると萃香の中に焦りが浮かぶ。

 

「へし折ってや――」

 

 腕を掴み、力を込める。しかし、涼介の腕が折れない。そして萃香はやっと気がつく。涼介の腕が赤みを差している事に。いや、腕だけでなく涼介の肌が赤く染まっている。それは萃香にとっては見慣れた仲間の、一般的な鬼の肌。今度こそ萃香から明確な叫びが吐き出される。

 

「テメェ! 華扇の薬酒煽りやがったな!!」

「ご名答! 伊吹萃香ァ!!」

「人間辞めるタァ!焼きが回ったな!!!」

「鬼を追い出す方法だってあんたから学んでいるんだよ!!!」

「な!? まさか……憑いた鬼を落とすのか!?」

「私は人間を辞める気はまだない」

 

 ググッと首に込められる力が強まるのを萃香は感じる。

 

「私の勝ちだ、萃香さん」

「舐めんな、まだま――」

 

 まだまだだと、鬼をなめるなと啖呵を切ろうと口を開くも後が続かずしぼんでしまう。萃香は自分の感情に気がつくと盛大に笑い声をあげて笑い出す。

 

「あ? くく、ははは……あっはっはっは! テメェマジか? はっはっはっ、こんな、こんな勝ち方、くそ、あっはっはっは!! 完敗じゃねぇーか、いっひっひ、あっはっはっはっはっは!!!」

「こんな不意をついた不本意な方法でしか勝てないんですよ。萃香さんは強いから、真正面からでは勝てないからこんな手段しかなかったんです。萃香さんが鬼だからこそ勝てたんです。嘘が嫌いで感情に従うそんな鬼の萃香さんだから勝てたんです」

「はっはっは、そんな情けない事言うなよ。こりゃ立派だ、完敗だよ。まさか一本取られた、こりゃ負けだわ、それ以外の感情の多寡を軒並み落としちまいやがって。私は負けを認めさせられたんだ、立派な勝ちだ」

「誇れませんよ、こんなだまし討ちみたいな方法」

「いいや違いね、こんなものだまし討ちでもありゃしねーよ。油断した私が馬鹿なのさ。完璧に反撃の手を潰したと、テメェには逆転の手が無いと高をくくって胡座かいてっから負けたんだ。飼い犬に手を噛まれるとはこの事だ。誇れよ人間、お前の勝ちだ」

 

 この戦法を取られたのが紫や天狗の文であればここで終わりにはならなかった。彼女らは思考を優先する事ができてしまう。しかし、感情のままに生き、自身の思いを偽らない鬼に対してはある種、致命的と言えるほどに効果が出る。萃香の言葉に涼介がわずかに複雑そうな顔をするも、萃香はまっすぐな瞳を涼介に向ける。

 

 

――あぁ、もうまったく

「大昔を思い出すじゃねえか……」

 

 

 満足げであり、同時にひどく寂しげな表情で萃香は言葉を漏らす。涼介はその表情に心を強く揺さぶられる。割合としては三割ほどが鬼となっている今は鬼の正直な、感情のままに行動する性質が涼介にも宿っている。それを能力で抑える事もできるが、みずからの心をだますようで気が乗らない、どうにもその気が起きないのだ。それがもう鬼に惹かれているという事を自覚しながらも、止められない言葉を発する。

 

「それは……どんな昔なんですか?」

「興味があるのかい?」

「今みたいな遠くを見る目をあの子もしていた時があった。同じ過去ではないかもしれない。でも、それでも聞きたい」

「昔も昔、大昔さ。まだ私だって今と比べ物にならないくらいに若くて人間たちの術も今とは比べ物にならないくらい研鑽されていなかった時代。私らも人間たちも空を飛ぶなんて発想もなくてただ身に余る妖力やらの力で体を強くして殴り合う、そんな時代があったのさ」

「それは、なんとも人間たちには大変そうな時代ですね」

「だろうな、鬼と足止めて打ち合うなんざ昔だろうが今だろうが狂気の沙汰さ。だから昔の人間は工夫したのさ、知恵を絞ったのさ。能力を持つ人間が、私ら鬼の命に届くほどそれを特化させた。丁度今のお前みたいにな。楽しかった……本当に楽しかった……吹けば飛ぶような霊力しか持たない弱い人間が私らの命を取ろうとギラギラしていた。だから私ら鬼は自分たちを倒した人間の勇気と知恵を讃え宝を渡した、昔話にもよくあるだろう」

「打ち出の小槌とかですか?」

 

 涼介の問いかけに萃香が頷く。

 

「あぁ、そうさ。他にも金銀財宝を得た鬼が島の桃太郎なんてのもあるね。話じゃ犬、猿、雉だけど実際はそんなもんじゃなかった。動物を使役する能力で見渡す限りの平原が、空が、一面黒く染まるくらいの獣を率いて襲ってきてさ……くく、あれも楽しい喧嘩だった。本当に楽しい喧嘩ができた時代だったんだ。未だに地底にいる鬼の中にゃ、あの時死んでりゃ、打ち取られていりゃ良かったなんてボヤくやつも多くいる」

 

 昔を思い出していた萃香の中で、ある感情が高まる。今討ち取られるなら本望だと。気持ちよく死ねそうだと芽生えた感情が顔を出す。仲間が戻って来るようにと希望のない異変をガキみたいにこのまま起こし続けるよりずっとスッキリする。萃香はそう思ってしまった。だから、その言葉がそのまますんなりと萃香の口を突いて出る。

 

涼介(人間)、私の首を獲っちゃくれないかい?」

 

 満足そうな、本当に満足そうに綺麗な笑顔を浮かべて萃香は言う。例えそれが涼介の能力で感情の多寡を操作された結果の産物だとしても、今この時は嘘ではない。確かに今萃香は偽りなく本心から打ち取られても本望だと思ってしまった。いや、もしかしたら能力による誘導が無くとも同じ結論に至ったかもしれないとも萃香は思う。対する涼介は、萃香のその声に、死を懇願する願いに、満足した表情に沸騰するほどの感情の高まりが起こる。湧き上がる感情は悲しみであり、怒りである。湧き上がる感情に身を任せ、萃香の首から手を離しその襟首を両手で掴みあげ泣きそうな顔で怒鳴り散らす。

 

「……けん……」

「ん? なんだって?」

「ふざけんな……ふざけんなよ! どうしてあんたら妖怪はそうやって笑うんだ!! 死にゆくときに笑うんだ!! 死を与えろと言いながら、どうしてそんなに安らかで満足した表情で笑うんだ!!! ふざけるな!!!!」

「……おいおい、いきなりどうしたってんだよ」

 

 突然の涼介の剣幕に萃香が困惑の声を上げる。襟首を掴まれ引かれたことでぶつかりそうなほど二人の顔は近くにある。萃香は涙がこぼれそうになっている涼介の瞳に深い悲しみの感情を見つける。

 

「あの時だってそうだった! あの娘は私の腕の中で満足そうに笑いながら消えていった!! 私に生きてと笑いかけながら死んだんだ!! 恐れを奪って殺した私に向かって笑いながら生きろと言ったんだ!! 勝手すぎるだろ!! 自分の中だけで一人で満足して何も言わずに死にやがって!! 私の気持ちはどうなるんだ!!」

 

 涼介の叫びは止まらない。頭の中が沸騰したような感情に支配される。能力で萃香を抑えていたことさえ止めてしまう。まるで酒に酔った時のように気持ちの抑制が効かない。現に酔っているのだろう。酒にではなく鬼に酔っている。涼介は感情のままに生きる鬼の部分に惹かれ振り回されている。しかし、だからこそ混じり気のない本音が吐露される。

 

「わかんねぇよ! 何考えてんだか分からねえんだよ!! 紫さんに幻想郷へ誘われたのに断った理由だって!! 最後に自分の能力で私の中から自分の記憶を隠したことだってわかんねぇよ!! 紫さんが戻してくれなきゃずっと忘れたままだったんだぞ!!」

 

 決壊したダムのように、普段は能力で落としていた感情が高まり、次々と言葉となって溢れ出す。萃香は突然な涼介の変貌に驚いていた思考が正常に動き出すのを知覚する。そして同時に萃香の中でも怒りが湧き出る。

 

 

――ふざけんじゃねぇぞ、この野郎!!

 

 

 目の前にいるのに自分を見ていない涼介に、自分に負けを認めさせたのに情けない姿を見せる涼介に萃香の中で怒りがわく。だから萃香も怒鳴り返す。

 

「私に言われてもそんな話知るかボケ!!」

「分かってんだよそんなこと!!」

「分かってねえだろ!!」

「ぐぅっ!」

 

 萃香の拳が涼介を殴りつける。掴みあげられた襟首が離され、二人の距離がわずかに開く。殴られてたたらを踏む涼介に向けて萃香が怒鳴り声を上げる。

 

「いいかよく聞けこの馬鹿野郎!妖怪が笑って死ねるのがどれだけ大変だと!!死に場所を見つけられることがどれほど嬉しいことだか分かってんのか!!!」

「んなこと人間の私が知るか!死に場所なんて探してんじゃねえ!!」

 

 涼介が叫びながら萃香に向かって殴り返す。打算も何もない、只々感情のままに殴り返す。

 

「っ! 殴りやがったなテメェ!」

「いっ! 先に殴ったのはアンタだろうが!!」

 

 涼介と萃香の二人は互いに殴りあいを始めながら叫び合う。叫んでは相手を殴り、叫び返しては殴り返す。まるで癇癪を起こした子供同士の喧嘩のように両者は真正面からぶつかり合う。

 

「私がテメェに教えてやらぁ!」

「勝手なこと抜かしているんじゃねえ!!」

「妖怪ってのはな! 精神が死ななきゃ腐るほど長く生きんだよ!!」

「馬鹿にすんな!それぐらい知ってんだよ!」

「いいや知らねぇな!精神が死んだからってすぐに死ぬわけじゃねぇんだよ!」

「アァ!? なにがいいたいんだよ!」

「弱ってジジイババアみてぇになって百何十年も死んだみてぇに生きんだよ!!」

「だからそれがなんなんだよ!」

「だから、テメェの好いた相手はこっち(幻想郷)に来てお前が死んだ後にそうなっちまうのが耐えらんねぇから死んだんだろうが!!」

「そんなこと! そんなこと分かんねぇだろ!!」

 

 殴り合いで押し負け萃香から離された涼介が何処か縋るような、泣き出しそうな響きが混ざる声で怒鳴りあげる。殴り合う二人の拳が止まる。萃香の叫びが涼介をうちつける。萃香の感情も目の前の人間に、目の前に鬼に惹かれ高ぶっていく。

 

「笑ってお前の腕の中で死んだんだろうが! 他のどこでもないお前の腕の中で!! クソみてぇに長え生の中でそこで死んでもいいって思えたんだろうがソイツは!! 殺されてもいいってほどに愛されていたんだろうが!!」

 

 涼介が萃香の言葉に瞳を見開く。

 

「だったら……だったら幻想郷に来てもっと一緒に生きてくれりゃいいじゃねぇか!!」

「それはお前ら(人間)の時間の物差しだ! 私ら(妖怪)からすりゃあお前ら(人間)の一生なんてほんの一瞬だ! だからこっち(幻想郷)きてズルズルみじけぇ時間に縋って生きて、テメェがあっさり死ぬのを見るよりスパッと死を選んだんだろ!!」

「なんだよそれ! 勝手すぎんだろうが!!」

「確かにそうだ! こっち(幻想郷)来てテメェが死んだ後に自殺しても良かったんだ! それを選ばなかったのはソイツの弱さかもしれねェ!! でもな、勝手なのが妖怪なんだ! 勝手も勝手さ、あたりまえだろうが!! それが嫌なら妖怪なんざに情を抱くな!!」

 

 あまりにもな萃香の言葉ではあるが、涼介はそれに対してぐうの音も出ない。

 

「胸を張れよ! 愛されていたんだって誇れよ! テメェ男だろうが! 意地があるんだろ!? だったら意地張り通して生きろや!!」

 

 萃香の叫びに圧倒される。体の芯が熱くなる。萃香の声に心が震える。

 

「過去を引きずってんじゃねぇ! 過去を振り返ったってどうにもなんねぇだろうが! 過去は所詮過去だ、無い物ねだりしてもしかたねぇんだよ! 私から勝ちを一度でももぎ取った人間なら引きずらねぇで背負うぐらいの気概を見せろや!!」

 

 涼介は思わず顔がにやけそうになる。愛されていたのだと肯定されて嬉しくなる。ずっと心の何処かで殺したことを、死なせてしまったことを恨まれていると思っていた。出会ったことを後悔されていると思っていた。でも違うのだと目の前の萃香(妖怪)に否定された。真実は、本当の所は、目の前の萃香と彼女の考えは違うのかもしれない。でも、もう本当のところを知ることはできない。なら愛されていたと思ってもいいではないか。だって、なぜなら、彼女の最後の笑顔はそれまでの中で最高に綺麗な笑顔だったのだから。

 

「くそが…好き勝手、言いやがって……くそ……かっこよすぎだろ……憧れるだろ、その強さ……」

 

 涼介は目頭が熱くなり、涙を隠すように俯いて顔を覆う。恥ずかしさと情けなさから、ついつい口から悪態が漏れる。真っ向からぶつかってくる鬼の気質に惹かれていく。偽らないその強さに憧れる。鬼が好きになってしまう。

 

「馬鹿が、泣いてんじゃねぇよ」

 

 からかうような、子供を励ますような少しだけ優しい声で萃香が言葉を投げかける。涼介の中に悔しさと我儘な気持ちが生まれる。言われっぱなしが悔しくて言い返したくなる。萃香には鬼らしくもっともっとカッコ良くいて欲しいと自分勝手な押し付けがましい我儘さが涼介の口を開かせる。

 

「だったら……だったら! 萃香さんだって過去を引きずってないで前を向けよ」

 

 涼介が涙を拭い、顔を上げて叫びをあげる。今度は萃香が涼介の勢いに飲まれる。

 

「こんだけ宴会をしてもこねぇならもう帰ってこねぇんだよ!! どうしようもねぇんだよ!! 萃香さんだって無い物ねだりして過去に縋ってんじゃねぇよ!!!」

 

 萃香が涼介の言葉に自分も同じ穴のムジナだと自覚させられる。

 

「今は自分も少しだけ鬼になって鬼がどんな妖怪かよくわかる! 萃香さんがカッコいいのだってわかる!! だから、だからさ、勝手なことを言うけれど終始かっこいいままでいてくれよ! 憧れを、羨望を抱いたかっこいいアンタでいてくれよ、萃香さん!!」

 

 涼介のあまりにも身勝手で我儘な物言いが気持ちいいと萃香は感じる。遠慮なく本音でぶつかってくる目の前の人間についつい口の端が釣り上がる。涼介の言っていることは正しい。自分だって知らない間に過去を引きずっていたのだ、耄碌したものだと内心で萃香は苦笑する。しかし、それは表に出さずに不敵に笑ってみせる。鬼が言葉で言われただけで、はいそうですか、と頷けるわけがない。カッコいいアンタでいてくれと言われたのだから、情けない自分で出来る最大限の見栄を張る。

 

「言うじゃねぇか、涼介! テメェも今、少しだけ鬼ならわかるだろう!!」

 

 萃香は腰を落として左右の拳を身体の前でぶつけて見せる。涼介も不敵な萃香の笑いにつられ、獰猛に笑って構えてみせる。

 

「能力も妖力もなしのただの殴り合いでどうだ! 本当の、純度百パーの鬼の、山の四天王の力を見せてやる!!」

「一勝一敗、これで白黒つけようや」

「くっくっくっ、いいねいいね。滾ってきたよ」

「余裕こいてるとまた負けるぞ」

「言うじゃねぇか、泣き虫坊主」

「泣かす!!」

「上等ォ!!」

 

 二人が近づき殴り合いを始める。完全な鬼と、六割人間三割鬼一割幽霊の涼介では部が悪い。もともと負けるつもりで、気持ち良く負けたくて挑みかかっている。だから涼介はそんな不利など知ったものかと身の内で荒振る鬼に従うままに拳を振るう。萃香も明らかに自分が有利であるが殴る拳は本気で繰り出す。交換するように一発殴られたら一発殴り返す。萃香の拳が涼介をとらえるたびに身体がのけぞり、倒れそうになる身体を踏みとどまらせる。のけぞった身体を戻す反動を込めて萃香に向けて涼介は拳を突き出すも、萃香は微動だにせず涼介の拳を身体で受け止め殴り返す。拳を用いた語り合いを、互いに互いで情けない相手を叱咤するように殴り合う。骨を打つ鈍い音が辺りに響く。宴会場となっている神社の裏手で行われる観客の誰もいない子供の喧嘩。互いに歯をむき出した獰猛な笑顔を浮かべ、血を流しながらの殴り合いが続く。

 

「おぉぉおおぉお!!」

「これで終いだぁ!!」

 

 互いの拳が互いの顔面を捉える。涼介が後ろに崩れ落ちる。ボコボコにされ指一本動かす気力が湧かない。しかし、涼介の心は晴れやかで清々しい。散々心の内を叫び、馬鹿みたいに殴り合った。これだけ散々暴れたのだ、満足したと笑みを浮かべる。

 

「二勝一敗で私の勝ち越しだな」

 

 倒れている涼介の上から萃香の声がかかる。肌が少しだけ赤らんでいるだけで、痣や腫れだらけの自分とは明らかに違う萃香の様子に苦笑いが浮かぶ。

 

 

――遠いなぁ

 

 

 近づきたいと、並びたいと思ってしまう。おこがましいと、傲慢だと分かっているのにその思いを涼介は止められない。不敵な笑みを浮かべる萃香の格好良さに思わずクラリとする。

 

「いつか、いつか萃香さんに、山の四天王に勝って死んだあの娘に言ってやる。お前の惚れた相手はすげーんだぞって」

「かかかっ、いいねいいね。その意気だ。いい面するようになったじゃねぇか」

「あーもう、気風がいいね。姐御って感じだよな、萃香さん」

「なんだい、惚れたかい?」

「はは、あぁ惚れた惚れた。私はアンタ()に心底惚れ込んでしまったよ」

 

 言って涼介はそろそろ、身の内に巣食う鬼の勢いを落す事が難しくなっていることに気がつく。このまま鬼の面が強くなる前に憑いた鬼を落とす。すると身体がどっと疲れを覚え、瞼が重くなる。鬼と一緒に体力がごそっと抜け落ちる。

 

「くくく、私もお前さんが気に入ったよ。だから、弟分にしてやらぁ」

 

 萃香が涼介の様子に気がつくことなく機嫌よさげに口を開く。もう眠りに落ちそうな意識を能力で留めると、開くのも億劫な口を懸命に開く。

 

「――――――――――――」

 

 消え入りそうな小さな声で返答をすると、涼介は満足し眠りに落ちる。すぅすぅと規則正しい寝息が萃香に届く。

 

「好き勝手言って満足してんのはお前じゃないかい、涼介」

 

 言葉とは裏腹に萃香の口元が満足げに弧を描く。空を見ればもう誰も戦ってはいない。

 

「五戦五敗で私の負けか。あっはっはっはっは」

 

 楽しげな萃香の笑い声が周囲に溶けて消えていく。

 

 

 

 

 わいわいがやがやとした周囲の喧騒の音に涼介の意識が覚醒する。

 

「あ、れ? いま、なに?」

 

 眠る前の事が少しだけ曖昧で動かない体に疑問が出る。寝ぼけた頭が目覚めていくと萃香との喧嘩を思い出す。開いた視界の情報が頭に入ってくる。博麗神社で宴会が行われている。

 

「お! 起きたかい、涼介」

 

 頭上から声がして視線を上に向ければ萃香の顔が覗く。頭が覚醒してきて状況を察する。胡座をかいている萃香の足の間に頭を置いて寝ていたらしいと自覚する。咄嗟に、これはまずいと思い身体を起こそうとする。

 

「あっ! づぅぅ!」

 

 動かそうとした身体に電撃が走るような痛みを覚える。筋肉が引きつり、骨が軋む。痛みに身体が硬直して動くことができない。

 

「かっかっかっ、無理に動くんじゃないよ。あんな無茶したんだ、身体がボロボロなんだからしばらくじっとしてな。鬼の力は安いもんじゃないのさ」

 

 楽しげな笑いを漏らし、萃香は涼介の頭をぽんぽんと優しく叩く。恥ずかしいが動けないものは仕方ないと諦める。能力で痛みを抑えてもひどく動かしづらい。無理をして動かなくなっても困るので涼介は大人しくする。萃香は涼介が動くのをやめた様子に笑みを深め、手元の酒を煽る。涼介が視線を周囲に巡らせれば皆思い思いに酒を飲んでいる。

 

「異変が終われば宴会で禍根を流す。いい風習じゃねぇか涼介」

「はは、そうでしょう? 我ながらいい風習を思いついたなと思っていますよ」

「まったく、トコトン鬼が好く性格をしているなお前は」

「攫いたくなりましたか?」

「どこの世界で弟分を攫う鬼がいるのさ」

 

 涼介の問いに萃香はクツクツと喉を鳴らして機嫌よさげに答える。涼介は萃香の返答に思わず笑みを浮かべる。

 

「異変はどっちの勝ちで終わったんですか?」

「五戦五敗で私の負けさ」

「私との勝負は二勝で勝ち越しているじゃないですか?」

「先に負けた方を計算しているのさ。そのあとの喧嘩は異変とは関係ない個人的な喧嘩だからな」

「じゃあ、宴会の異変も終わりですね」

「そうだねぇ……まっ、あのまま続けていても仲間は誰も帰ってこねえんだから、どちらにしたって異変は失敗したさ。今回の勝負には私の負けしか用意されていなかったんだよ、最初からな」

「そんなことは――」

「過去に囚われて始めてんだ。出発が間違ってりゃ目的地にはどうやってもたどり着けないんだよ」

 

 涼介の咄嗟に出かけた慰めの言葉を萃香自身がバッサリと切り捨てる。寂しげな萃香の様子に涼介は心が痛む。だからこそ言葉を紡ぐ。

 

「確かに仲間は誰も帰ってきませんでした」

「涼介?」

「でも、仲間はできました。地上に来た時は何時だって誘ってください。一緒に杯を交わしましょう。もう独りぼっちじゃありませんよ――」

 

 心の底から湧き出る気持ちを言葉に込める。羨望を、慕う気持ちをその言葉に涼介は込める。

 

「――萃香姐さん」

 

 萃香が涼介の言葉に僅かに瞳を見開く。そして、堪えきれない愉快さが漏れ出る。

 

「く、くくくくく。なるほどなるほど確かにそうだ、私の仲間はここにいたな」

「それじゃあ異変は成功で萃香姐さんの勝ちですね」

「試合に負けて勝負に勝ったってところか? かっかっか! しかし涼介、いいのかい?」

「何がですか?」

「人間なのに異変の片棒を担いじまってさ」

「私は一割幽霊で、鬼の萃香姐さんの弟分です。なら、たまには人間側でなくて妖怪側の立場にたっても良いのではと思いませんか?」

「かかかっ! 確かにそうだ、お前さんは私の弟分。なら私の異変に協力したっておかしくねぇな」

「そうで、ふわぁ……」

「まだちと眠いか。気にすることなく寝ちまいな、身体が休息を求めているんだよ」

「そうですね、ちょっとだけ甘えさせてもらいますね」

「弟分が、んな事気にすんな」

 

 萃香のその言葉を聞き、涼介は再び眠りに落ちる。

 

「あらあら、鬼の足元でこんなに安らかそうに眠る人間がいるなんてね」

 

 紫がいつの間にか萃香の隣に現れ、杯を傾ける。

 

「なんだい、紫? 妬いているのか、くくく」

「そんな事はないわよ。嬉しそうね、萃香」

「嬉しいね、嬉しいさ。こんな愉快な気分はもういつ以来だろうね」

「ふふ、そう」

「こんな面白い人間達、よく見つけてきたな」

「当り前よ、私の幻想郷なのよ?」

 

 萃香が自らと戦った人間達を、膝元で眠る涼介を見つめる。

 

「全く、これからが楽しみで仕方ねぇ」

「もっともっと騒がしくなるわよ」

「くっくっくっく」

「うふふふふふふ」

 

 愉快な気持ちを隠しもしない笑い声が宴会の喧騒に溶けていく。もう独りぼっちの鬼はいない。未来はもっともっと騒がしく明るい。


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